場地という温度(東リベばじふゆ)

pixiv再掲
場地さんの死後一年経って、墓参りにいった千冬が、幽霊になった場地と再会するお話です。
血ハロから一年後ですが、色々と事件も解決して平和になっている、という前提を捏造しております。
Twitterで10月31日から載せていた連載を、11月3日編をくっつけて最後にまとめました。
終始切ないですが、私はハピエンだと思ってます。
最初から死を前提にしているお話なので、苦手な方は申し訳ありません。



11月1日

 寝て起きてみると夢だった、なんてことはなく、変わらずにふわふわとベッドの横に場地がいた。千冬の愛猫ペケJは彼の存在にしっかり気付いていて、にゃーんと鳴いて場地に愛想を振りまいている。この黒猫は生前場地によく懐いていて、撫でられながら気持ち良さそうに喉を鳴らしていた。
 屈託なく笑いながら猫に触れる横顔にほんの少し心臓を高鳴らせながら、千冬は、
「おはようございます」
 と口にした。くるりと向き直る場地の長髪がわずかに頬に触れた気がする。
 おう、おはよ。と口に出したのだろうが彼の声は聞こえない。それを考慮してわざわざ読唇できるようにわかりやすく言ってくれるような男でもない。千冬はわかっているから、場地の挨拶にぺこりを会釈をした。
 ふと、千冬は自室の椅子に影ができているのを見つけた。「場地さん場地さん」と招いて床を指差す。
「影から影に移動、ってのはできないんですか?」
 千冬はあくまで、場地の自由度を広げるための選択肢として提案した。当の相手はいささか不機嫌そうに鼻を鳴らした、ように見える。しばらく腕を組んで考え込む様子だったが、千冬の影にスルスルと入り込んで沈み、彼は椅子の影から出てきた。
 おお、と感嘆する。場地も少しばかり得意げだった。これなら彼が色々な場所へスムーズに行きやすい。
「行きたい場所とかありますか? そこで俺から離れたら、好きなとこ行けますよ」
 いわゆるタクシーのような役割をする、と発言しておいて、はた、と千冬は立ち止まる。
 もし、そうしてしまったら、場地はもう千冬の側に帰ってくることはないんじゃないか?
 東卍のメンバーたちの語らいに参加することもできるし、パーや一虎の面会にだって行けるかもしれない。母親に会うこともできるだろう。何も千冬一人が彼を独占していいわけではないのだ。
 自分で言っておいて、ズキリと心が痛む。少しでも場地という存在を捕まえておける自体すごいことなのだから、と言い聞かせるけれど、顔はどうしてもうつむいてしまう。サラリと揺れた自身のくすんだ金髪が額を隠した。
 そのとき、カリカリと音がして、千冬は不思議に思ってそっと頭を持ち上げる。ペケJがどこかを引っ掻いている音かと思いきや、場地が机の上のペンを握って書いている音だった。それも、
「え、場地さん?! ちょっと、紙にしてくださいよ!」
 紙を探すのを面倒くさがった場地が、あろうことか机の上に濃くしっかりと書いた。場地は生前から筆圧が強い。力のこもった文字が卓上に踊る。
『お前がちゃんとしてるか見とく』
 特徴的な文字の形は死してなおも場地圭介だ。千冬は懐かしさにジンと背中を震わせる。
「わかりましたよ……でもほんと、よそ行きたくなったら言ってくださいね」
 俺、運ぶんで。そう言って細腕で力こぶを作った自分に、彼はケッと言った、のだろう、顔が少し歪んだ。けれどそれは不機嫌とは違う。生前と変わらない癖に、千冬は茶化すように笑うと制服に着替える用意をした。

 ◇

 学校で場地はほとんどの生徒に見られない。関わり合いが極端に薄い生活をしてきたのがよくわかる。それに、場地の卒業予定の年から一年たっているから、知られている範囲が狭くなっているのは当然だ。
 スタスタと歩く廊下のタイルには、ぼんやりと自分しか写っていない。それなのに、どことなく真横にあたたかい温度を感じた。彼が確かにそばにいる。千冬はそれを嬉しく思ってむず痒くなった。並んで歩くのは本当に久しぶりで、鼻の頭がツンとする。
 場地さん、と呼ぼうとしてやめた。ここで呼んだらただのでっかい独り言だ。千冬は慌てて口を閉じると、持っていた携帯でメールの画面を開いて内容を伝える。
『授業、退屈じゃないスか?』
 ううん、と首を捻った場地は、ペンを出せ、とジェスチャーで伝えてきた。頷いて差し出したペンは黒いマーカー。蓋を外して渡せば、腕を寄越せと目で言ってくる。そして、千冬の腕にさらさらと書き出した。
『まじめにやってるか見てる、でもあきたらどっか行く』
 からかわれた千冬は頬を膨らませた。それを面白そうに眺めて、場地はぽんと頭に手を置く。くしゃくしゃと撫でられる感覚はいつぶりか。じわりと涙が出そうになって、ごまかすために乱暴に文字が書かれた腕をこすった。
 一限の始まる鐘が鳴る。
 場地は宣言通り、千冬の横にいた。横にはいたが、時折ふらりと誰かの教科書を覗き込んだり、ノートを見たり。そのたびに千冬はハラハラする。いたずらをしないか、落書きをして気味悪がられないか、先生にちょっかいをかけないか……ちっとも信用されていない場地は、その考えとは裏腹に意外にも大人しくしていた。
 三十分ほどして飽きてきたのか、彼は影をするする移動して窓側へ向い、外を見る。グラウンドでは体育の授業中で、寒くなってきた気温の中ジャージの袖を伸ばして少しでも外気を遮ろうとしている生徒が何人もいた。
 ずっと外を見下ろす場地の髪は、窓からくる風に吹かれてなびいているようだった。生きている世界の影響は受けないだろうと勝手に思い込んでいたけれど、場地は物体に触れられるから、もしかしたら関わることができるのかもしれない。
 教師がそのうち教科書の朗読を始める。千冬は喉奥から酸素を求めて、くあ……と欠伸をした。非現実的なことが起きて昨日から興奮したせいか、寝不足だ。霞みがかる頭で黒板はぼやけてきた。机に肘をついて顔を乗せ、ぼんやりと窓に立ちすくむ憧れの人を見つめる。
 端正な横顔はこっちを見ない。ずっとずっと遠い、どこか一点を見ている。いつも場地はそうだった。千冬の想像を超えたと思えば、身近なことを気にしている。浅いところを渡ると思えば、深い場所を探り当てたり。
 カッケェ、と思う。しかし千冬は同じになれない。肩を並べることは最大の喜びだが、いつまでも心の中に場地の影を残しておいて塗り替えることはしない。
 まどろむ意識は、最後に教師が言った教科書の一文をどうしてか頭に刻む。
『秋の田の穂の上に霧らふ朝霞いつへの方に我が恋やまむ』

 ◇

 チャイムが鳴って、千冬は帰る準備をした。場地の言いつけ通り真面目に授業に全て参加した。眠りはしたが、こんなことはあまり無いから教師陣に珍しがられる。まさか場地がいたからとは言えず、うるせぇな、と言いつつも気恥ずかしく感じた。
 ただ、いよいよ受験を控えテストもひっきりなしにある真っ只中、千冬は将来を決められないでいた。東卍の幹部も新しい高校に入ったり、働きに出ている者もいる。そうまでしてなりたいものは何だろう、と考えると、千冬にはまだそれが浮かばない。武道は夢があるらしいし、同じ年の八戒も目標があると言う。皆それぞれに上を向いている中で、千冬の心はまだ内側に篭ったままだ。
 どうにかしなければ、という焦りはため息になって流れる。白くなった息が、ここ数日の急な冷え込みを明確に示している。
 場地が、それをじっと上から見ていた。