場地という温度(東リベばじふゆ)

pixiv再掲
場地さんの死後一年経って、墓参りにいった千冬が、幽霊になった場地と再会するお話です。
血ハロから一年後ですが、色々と事件も解決して平和になっている、という前提を捏造しております。
Twitterで10月31日から載せていた連載を、11月3日編をくっつけて最後にまとめました。
終始切ないですが、私はハピエンだと思ってます。
最初から死を前提にしているお話なので、苦手な方は申し訳ありません。



11月2日

 朝起きるとベッドの側に場地がいることに、どことなく安堵を覚える。慣れてしまえば不必要な緊張もしなくなってきた。ふわふわ漂う彼を見て千冬は挨拶をする。

 昨日、二人は放課後に東卍のメンバーと集まって昔話に花を咲かせた。全員がやらかした出来事、マイキーの寝起きの悪さ、ドラケンの家の話……場地が戻っている今だからこそ湧いた数々の話題は、腹がよじれるほど笑い、涙まで出た。たまにペンが走る音がして、場地も筆談で参加する。皆の間をすり抜けて好きなように移動しながら、彼はおかしそうに肩を揺らして笑う。
 場地は元来、屈託なく笑うタイプだ。死の数日まえに見せたような彼の笑い方を思い出す。どこか歪んだ笑みの中で抗争が始まり、千冬は彼を殴れなかった。今は、その選択肢に誇りを持てる。そのときの、場地に対する読みが間違っていなかったことに、今の笑顔を見て確信する。
 昨夜の楽しい気分のままに眠ったから、千冬の心はひどく軽かった。帰りに場地は、ペヤングを買うことをねだったが、
「場地さん食えないのに?」
 と千冬が言うとむくれていた。そんなのもおかしくて、結局流されるようにコンビニに入りペヤングと割り箸を二本もらう。夜中にコンビニのライトが眩しくて目を細めたら、場地がニヤリと笑っているのを視界の隅に捉える。
 どうしたのかと思ったら。もう一本の箸を割り、半分寄越せと腕を広げていた。
(幽霊が食ったら、どうなるんだろ……
 食べさせてあげたいけれど、物体にある程度触れられる場地は食事を摂ることも可能なんだろうか。いよいよ霊の存在が曖昧な解釈を持ち始めたが、さすがに食すことは残念ながらできなかった。生命維持につながる行為はどうやら無理らしい。焼きそばをつかもうとしてもすり抜けてしまう悲しさに、場地の顔は引きつった。それがおかしくて、千冬は笑いを堪えるのに必死で。
 かわいらしい、とさえ思えてしまうからこの気持ちはタチが悪い。

 ◇

 翌朝、起き抜けにそんなことを思い出して笑っていると、場地は不思議そうに首を傾けた。
「昨日のことを思い出してて」
 そう言ったら千冬の机にまた文字が増える。
『食いたかった』
 よほど未練があったのか、あの食品に。千冬はクスクス笑って、
「俺もそっちへ行ったら死ぬほど食いましょう」
 と約束する。何とも不確実で不謹慎な取り決めに、場地は嬉しそうに破顔した。千冬はそれを、自分たちらしいと自慢したくなった。

 ◇

『千冬は、辛くねぇの?』
昨日までの晴天が嘘みたいな雨をもたらした。傘をさしながら歩く今は自分の影が薄い。場地の姿は見えなかった。もしかしたらどこかへ行ったのかな、と離れたことに不安を覚えながら携帯を見ると、唯一自分の気持ちを知っている武道からの連絡だった。
 なにが、とは聞かなくても明白だった。今こうして場地のそばにいることが、だ。雨はますます本格的に大降りになる。走りながら学校へ向かう頭の中では、武道の言葉がグルグル回っていた。
 辛くない、悲しくない、と言い切れたらどんなに良かっただろうか。いつまでこの世に留まっているのかわからない場地との一時の時間。長く続いて欲しい上に、できれば一生このままだったらいいのに、とさえ思う。彼の歳を追い越して、年老いた自分と並んでくれるだろうか、なんて想像もしていたくらいに。
 未練がましくしがみついている生き霊は自分の方だな、と心の中で毒づいた。幽霊である彼の方が、よっぽどサバサバと生きている。
『場地さんに、いつ向こうに帰るのか聞いてみる』
 その文面だけで相棒はわかってくれたようで、
『無理はすんなよ』
 と優しい一文をくれた。ありがとう、と心で思うと、今はひとまず授業を受けるために濡れた傘を畳んで玄関をくぐる。今更雨は上がったが、モヤのかかったような虹が出ただけで、空の色は相変わらず淀んでいた。千冬はため息をつくと、室内に入って濃くなった自分の影が現れる。
 いかにもそこからひょっこりと出てきそうなのに、今日は場地が出てこなかった。

 彼がいないと授業に出ても楽しいことはなくて、プラプラとペンを動かしながら取る気のないノートを眺める。
 いつもポケットに忍ばせていた黒いマーカーも、今日は出番がない。腕の文字は消えづらくて、風呂に入ったくらいではなかなか落ちなかったが、さすがにもう原型は留めていなかった。千冬は腕をまくってその事実を確認しながら、サッと顔を青ざめる。
(この文字のように、場地さんも実は今朝までで消えてしまってたんだとしたら?)
 ガタンと席を立つ。教師が体を震わせた。
「ちょっと、早退するわ」
 横柄な言い草に、しかし教師のうなずきは得た。
 それほど、松野千冬は切羽詰まった顔をしていた。

 はあ、はあ、と息を切らしてメンバーがよく集まっている廃材置き場へ来る。夕暮れの日差しを受けたマイキーはいたが、場地の姿はない。
「さっき来てったよ」
 とあっけらかんと言う総長は、
「でも次にどこ行くかは聞いてねぇわ」
 と続ける。礼を言って、くるりと踵を返す。横で座っていたドラケンが、
「頑張れよ」
 と手を振った。
 ──その言葉通り、場地探しはかなり難航した。
 手当たり次第に場地の行きそうなところを駆けて走って、とにかく探した。くまなく巡った。喉の奥から鈍い鉄の味がしてくる。酸素は回らなくて体がぎしぎし軋んだ。
 ゲーセン、ペヤングをよく買っていた行きつけのコンビニ、商店街。通りすがりに会った東卍の人間にも聞いた。誰もが皆、首を横に振る。たまに立ち止まって、影を確認して呼びかけてみても、場地はそこにいない。彼に似た黒髪の人を見れば、回り込んで顔を見ようとしてしまうぐらい、気が動転している。今や彼は幽霊だというのに。
(もしかして、もう)
 じわりと浮かべた涙は千冬を弱くした。しかし袖で力強くそれをぬぐう。
(今までが、特別だっただけだ。場地さんは、死んでるんだ、もういない人なんだ)
 最後の淡い期待をかけて家へ帰ってみる。働きに出かけた両親のいない殺風景な自分の家へ、足を踏み入れた。同じ団地の場地の家にでもいるのか、と思ったが、まずは自室をもう一度見てみることにした。夜の帳が降りて、電気のない部屋の窓からは薄い月が昇っているのが見える。
 愛猫がゴロゴロと、喉を鳴らす声がした。
「場地さん……!」
 はあ、と息を長く吐いて、肩の力が一気に抜けた。電気をつけると、場地はベッドサイドに朝のように立っていた。ペケJがその側に寄り添っている。
 でもどうして、俺のところなんかに。千冬の頭は目まぐるしく動く。
「何で……
 他の場所に、いたって、いいのに。それとも動けるような状況じゃなかったのだろうか。状況把握に部屋に入ってみると、影になるような物はたくさんあった。場地はあえて、自分の意思で最後にここから動かずに千冬を待っていたのだ。
 ふと見れば、一枚の手紙がある。それは場地が散々筆談で使った机の上に置かれている。場地はそれを掴んで、千冬の方へ投げた。乱暴に放られたそれは弧を描いて千冬に当たる。
「これ……場地さんが?」
 小さくうなずいた彼はペンを取り出した。机の上の文字が増える。たった半日その姿を見ていないだけなのに、妙に懐かしい。
『0時に、またあっちへ帰る』
『マイキーたちには、もうあいさつし終わった』
『手紙は、おれがいなくなってから読め』
 机に書かれた文字列は、千冬が脳内で変換して情報として処理するのにかなりの時間を有した。急すぎて、体が思ったような反応を示せず表情が固まる。
 0時、まではあと3時間。電撃が走ったように、立ちすくむ。たった3時間しか、もう場地とはいられない。
「何で最初に……
 言ってくれなかったんスか。そう言いかけて、千冬は止めた。
 場地は何も、千冬だけの特別ではない。帰るために挨拶に行ったっていいし、何をするのも彼の自由。一時的に自分の側にいただけだ。こんなことは、何度も頭の中でわかっていたはずなのに。
 いやだ、と体は拒絶する。
「勝手すぎるよ、場地さん」
 生まれて初めて、千冬はキッと場地を睨み付ける。場地に対して好戦的な態度など取ったことはない自分が、目に溜まる涙を抑え切れずに放った言葉は、場地の胸ぐらを掴んで、カチリと歯が合わさる不器用なキスと共に伝えた。