場地という温度(東リベばじふゆ)

pixiv再掲
場地さんの死後一年経って、墓参りにいった千冬が、幽霊になった場地と再会するお話です。
血ハロから一年後ですが、色々と事件も解決して平和になっている、という前提を捏造しております。
Twitterで10月31日から載せていた連載を、11月3日編をくっつけて最後にまとめました。
終始切ないですが、私はハピエンだと思ってます。
最初から死を前提にしているお話なので、苦手な方は申し訳ありません。

10月31日

 薄ら寒い風が、北から吹いてくる季節になった。
 墓石はところどころ苔が生えて、周りの草や枝に同調するようになってきた。水をかければ濡れた墓碑銘が黒く浮かび上がる。珍しい名字だよな、そういえば。とそこに刻まれた名前のことを考える少年は、磨かれた石と対照的な、汚れにまみれた手と布を握りしめる。
 線香の煙がたなびいて、風に乗ってふんわりと消えた。その先の、霞みがかった空の彼方に鳥が飛んでいる。群れをなして飛ぶ鳥の名前は知らないが、無名からのし上がった群れ──今や知らない者はいない、自分の所属するチームのことをふと考える。
 そして、チームにとって転機とも言えた、あの日のことを、千冬はいつどんなときでも思い出す。
 千冬にとってこの突き抜ける秋晴れの空は、どこか一年前を彷彿とさせて震える。

 焦がれていた男の死の間際、「ありがとな」という言葉が、これほど深く抉り、心臓を貫いていくとは思わなかった。
 悲しみが広がり、それを飲み込むことはできても吐き出すことは敵わなくて、毎夜涙は一条、枕を濡らす。たとえ相棒と言ってそばにいることを決めた武道のまえでも、尊敬して付き従う総長たちのまえでも、千冬は必ず笑顔でいた。
 場地の名前は、ここぞというときにしか使えなかった。それは自分がその名前を口から滑らせてしまった瞬間、うず高く積んだ理性の壁が壊れて剥き出しの悲壮が襲ってくるから。そんなものは一人のときだけでいい。
 千冬ぅ、と名前を呼ぶ記憶の中のあの人の声がだんだんと掠れてくる。録音しておけば良かった、なんて少し気持ち悪いことを思った。同性に抱く感情としていささか度を超している。はあ、とため息をついて、とっくに知っている自分の気持ちを虚しく思う日々だった。
 自分は、場地圭介に想いを寄せていた。その感情は、場地の亡骸を膝で、腕で、全身で感じ取ったときに今さら知った。
 俺、場地さんが好きだったんだ。
 そんな単純なパズルをいつまでも組み立てられなくて、それが尊敬なのか思慕なのか、いっそ性欲なのかもわからないまま、もうすぐ一年が経とうとしていた。
 パンッと墓前に手を合わせる。心の中で、場地に詫びた。
(こんな気持ちでそばにいたの、卑しい奴だと思いますよね、すみません)
 敬愛も崇拝も、ついていきたいという背中のたくましさへの憧れも、引っくるめての彼という存在。
(惚れないわけには、いかなかったんだよなあ)
 千冬が合掌を解き、最終的にそんな答えを出してパッとまえを向いた。
……え?」
 たくさんの墓が連なるこの場所の、少し先には水を汲むところがある。そこに、肩まで伸びた黒髪の、特徴的なつり目が笑ってこっちを見ていた。そんなバカな、と月並みなセリフしか浮かばない。千冬は敷き詰められた玉石を、ジャリ……と踏んで、一歩二歩と後ずさる。

 そこには、場地圭介がいた。

 ◇

「俺には見えないけどなあ」
「俺は見える」
 東卍のメンバーでも、霊感の強い者にははっきり場地の姿が見えるらしい。武道も、
「見える、本当に幽霊?」
 と首を傾げていた。
 千冬にはあまりにもはっきり見えた、足も朧げながらあった。だからあちらの世界の人間なのか最初は区別がつかないほどだった。けれど、見える見えないと騒がれるということは、やはりこの場地は幽霊なのだ。
 状況を楽しむように浮遊して笑ってる場地は、武道の頭を軽く小突いてる。ぼんやりと叩かれる感覚はあるみたいで、武道は「ば、場地君⁈」と慌てている。ケラケラ面白がる場地は、生前そのままの姿で声だけは出ていない。
「場地さん、タケミっち困ってますよ」
 千冬でさえも聞こえない場地の声は、本人も聞こえないものなのだとわかっているらしい。ジェスチャーで両手を上げて、もうやらない、と伝えていた。顔はまだまだ意地悪そうにニヤついているから、もしかしたらまた違ういたずらをするかもしれない。
 おう、どうした。と三ツ谷が向こうから歩いてくる。
 場地はやわらかな、和らいだ表情を見せた。
「あ、れ……ん? 千冬、お前、そいつ……
「あの……昨日墓参り行ったら、場地さんが出てきて……
 猫目をくるり、と場地に向ければ、幽霊は笑ってうなずいた。
……場地、お前なあ……!」
 三ツ谷は垂れ目の目尻をほんのわずかに潤ませた。「急に出てきやがって」と悪態づいている、情に熱いこの男にも、場地の姿はしっかり見えている。千冬は安心した、創設メンバーで見える見えないの差があれば、両者共に少なからず悲しむだろうから。
 この状況を喜ぶ二人は、抱き合って再会、とまではできず。時折場地の手が透けて三ツ谷を通り抜けそうになるから、何度も支えながら体に触れさせてやる。怪我をしたときの場地を介抱するみたいだった。
 やがて別の方角から、今度はドラケンとマイキーがやってくる。
 この二人に関しては絶対に大丈夫だろう、見えないわけがない。ほら、丸い目をして二人とも、だんだん駆け足で近づいてくる。
 破れんばかりの大声で、ドラケンが叫ぶ。マイキーが「ケンチン声デカい!」と楽しそうにカラカラと笑う音が響く。
「場地!」
 幽霊でも、幻でも、どうでもよかった。今この瞬間は、涙を流して喜び合う創設四人の姿を見られて、目の奥が限りなく熱くなる。
 千冬は少し離れた場所で、再会、と呼べるのかわからないこの邂逅をひたすらに見つめていた。

 ◇

 自分の影のあるところに、どうやら場地は居ついているらしい。さすがにトイレや風呂までは勘弁してくれと一瞬不安が頭をよぎったが、そこは意外とすんなりわきまえて影の中で待っていてくれた。
(本当は影からこっちを覗いてたりして……
 と疑っても見たが、場地に聞いたら苛立たしい顔をして舌打ちをされたので、ちゃんと約束は守ってくれているのだろう。
 彼が見える人間はほとんどが東卍の人間ばかりだった。学校の連中に見えるやつはいなかった。場地の元担任でさえ見えていなかったのだから、よほど接触を避けてきたんだろうな、とわかる。
 場地は自分のテリトリーへ入れる者を極端に狭めるし、むやみやたらと人を信じはしない。だからこうして幽霊になっても、見えない者が多いから、ありがたいことに騒ぎにならずに済んでいる。
 それでは自分が許された理由、は何なのか。
 場地に聞いてみたかったが、くだらないと返されるだろうし、そもそも今の彼は声が出せない。せっかくこうして出現できたのに、話せないのは悲しい。
 でも、物体と多少なりとも触れ合うことができるのなら。
「場地さん、筆談ならできます?」

 その日から、千冬と彼の奇妙な筆談生活が始まった。