朝見草
2024-11-04 20:25:39
Public
 

とんぼの旅

参加企画 君と僕のせかい(@tonosekatl)様

special thanks イナノメさん



▽無間病棟



最初の記憶。
窓から風が吹き込んで、カーテン越しの日差しは柔らかくて、穏やかで今にも消えてしまいそうな意識。ただそこに在っただけの、何も成さずに消える命。

……虫?』

大きな生物が音を発した。
窓辺に影が落ちる。自然のものでない風が起き、翅が捕らえられ、身体が宙に浮いた。
掌の上の動かない羽虫を、大きな瞳がじっと覗き込んでいた。


似ている。
靄の掛かった意識で"患者"は思う。
白い部屋に吹き込む風は優しくて、何にも遮られない陽差しは眩しくて、角度の付いたベッドに寄り掛かる"患者"は、今にも閉じそうな瞼の隙間から外を見詰めた。
そこは終わりの近い存在が過ごす場所。
拾われた命は、再度終わりを迎える。

「違う」

大きくなった存在から言葉が漏れた。

「まだ、果たせてない約束があるから」

瞬きの後、今度こそ大きく開かれた眼は、陽差しの眩しさを堪えて外を見据えた。
二度三度、何も見逃さないようにと視線を動かすが、やがてここでは見つからないことを確信して眉が下がる。

風が止んだ。

ふ、と息を吐き視線を外す。白い掛け布団を剥ぐと、男は上半身を起こし、身軽に立ち上がった。風に煽られても揺らがない、確かな足取りで白い部屋を後にする。

遠くでチャイムが鳴った。
面会を待つだけの患者は、もう病室に居ない。


元世界