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太公望と普賢
心臓
修行時代のドドメの話です。連載中。太公望と普賢にもう一人同期がいたらという話。オリキャラが出てきますので、苦手なかたはご注意ください。
4/10 1話「もう桃の花は咲いたか」
4/15 2話「そんなに怖い顔をしなくても。……“望ちゃん”」
4/22 3話「なぜおぬしは普賢を選んだ?」
5/26 4話「考えられるパターンは二つある」
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冷たい雨だった。雲は低く、空との境目は鈍色の絵の具で塗りつぶされたようだった。
太公望と普賢は無言だった。もうもうと焚かれた香が雨粒をかいくぐって漂ってくるが、その煙に瞬きすらしなかった。
目の前に横たわっているのは
杜光
とこう
という名の道士で、太公望と普賢が昇山したときから修行をともにしてきた同期だった。手先が抜群に器用で、正義感が強く勉強熱心だった。いつか仙人に、という願いはここに昇ってくるすべての者の目標であり使命であったが、それをもっともまっすぐに追い求めていたのはきっと彼だったと、太公望も普賢も思っていた。すくなくとも、復讐が原点でも、勉強が目的でもなく、純粋に仙人に憧れ、そのための修練をするために自らのぞんでここに来たのだと語っていた。
冬の寒さは厳しく、体の弱い杜光はたびたび体調を崩した。熱が引ききらぬうちに修行に出てくるからまたすぐに寝込む。ちゃんと休んだほうがいい、という周りの声は、修行を積まなければという焦りで聞こえなくなっていたらしい。どれだけ止めても這うようにして修験場に出てきては倒れて、自室に搬送されたことも一度や二度ではない。そのうち薬も効かなくなったが、もしかしたら飲んだふりをして飲んでいなかったのかもしれない。
次第に体を起こせなくなくなり、しゃべれなくなり、目覚めなくなった。息を引き取ったのは春が来る前だった。「もう桃の花は咲いたか」が最期の言葉だった。
葬儀は質素だった。まだ修行途中の一介の道士にはそれでも十分だった。太公望や普賢は同期であっても本来この場にいることは許されないが、普賢は「ちゃんとお別れをしたい」といって譲らなかった。
「杜光は肉体という器から放たれた。その魂が永劫自由であらんことを」
元始天尊が重々しく唱えると、その場にいた仙人たちがいっせいに頭を垂れた。棺の蓋が静かに閉じられるとき、普賢が太公望の左袖を握りしめた。横顔は青ざめていた。頬に伝うのは雨だと言うにちがいない。
「ねえ、望ちゃん」
冷たい雨に打たれ、目を見開いたままぽつりと呟く。
「
……
杜光は自由になって、どこに行くんだろう」
それには答えずただ空を見上げた。雲が低い。昼間なのに鈍色がいっそう暗く濃くなった気がした。
普賢が熱を出したのは、その夜遅くだった。
雨で体が冷えたのだろうと雲中子は言った。もしかしたら友人の死が思いのほか堪えたのかもしれない。熱さましと気付け薬をもらって飲ませたものの、翌日もさらにその翌日も下がらなかった。熱にうかされた普賢はときおり苦しそうに胸をおさえる仕草をした。そのたびに太公望は肩をさすり、手を握った。何年も一緒にいるけれど、こんなに辛そうな姿を見るのははじめてだった。
他の仙人や道士が看病を交替するといっても、太公望は普賢のそばから動かなかった。ついこの間、同期を一人失ったばかりなのに、もし普賢までいなくなったら。そんな、想像したくもない最悪の未来が頭の隅を過るたび、どうしようもない焦りと不安で叫び出しそうだった。吐きそうになるのをこらえて普賢の額を拭い、「望ちゃん」とうわごとを言わないだろうかと、息をひそめて耳をそばだてた。
どこかに一人で横たわっている夢を見ていた。何もない、白い空間だった。望ちゃん、と呼ぶ声がして目をあけると、普賢がいつもの調子で覗き込んでいる。早く起きてよ。桃の花が満開だよ。そう笑って手を差し出す。なにを言っているのだ、桃の花はまだ咲いてはおらぬ。今年は冬が長くてなかなかつぼみを付けておらぬだろう。だからいつまでも、
(桃が満開なんだよ、早く行こう)
そういって普賢は駆けだした。あわてて追いかけようとするが足が動かない。声をかけようとするのに声が出ない。どんどん遠くへ行く背をただ見ているしかない。
「普賢、」
絞り出した自分の声に目を覚ました。あたりはあかるく、すっかり朝になったのがわかった。何日も雨続きだったがようやく晴れたようだった。窓からさしこむ光はよわよわしいが、待ち望んだ春の色をしていた。
寝落ちている間に普賢の手を握りしめていたらしい。夢でよかった、本当にどこかへ行ってしまったのかと思った。肩で息をしながら手をほどき、そしてはっと目をみはった。
普賢が目を覚ましていた。横たわったままこちらを見て、首を傾げる。
「熱が下がったか。よかった」
普賢は体を起こした。そしてすこし気恥ずかしそうに口を開いた。
「おはよう」
その声も、寝起きの口調も、まちがえることのない同期のそれなのに、強烈な違和感で息が止まる。
「おぬし
……
」
「普賢」はもういちどはっきりとくり返した。
「おはよう、呂望」
目をみはったままの太公望に、ああ、と苦笑する。
「そうか。お前にはわかるんだな。さすがだね、呂望」
そういって、手を差し出した。
「俺は杜光だ。普賢の心臓にいる。お前に手伝ってほしい。俺はまだやりたいことがある」
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