mishiadd
2024-10-28 22:40:50
12342文字
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ダンス・マカブル・ハロウィーン

2000年代アメリカ・ニューオーリンズの聖杯戦争で日系アメリカ人のイオリ・ミヤモトに召喚されたセイバー・ヤマトタケルが現地主催の怪しげな仮面舞踏会に潜入する。90年代価値観丸出しのゴシックホラー風怖くない話。


あるいは、雄大に流れるミシシッピ川のほとり。あるいは、密やかにたゆたうバイユーおがわの行きつく先。――この街には、神秘が根を張れる場所がそこここにある。
だが、今回の仮面舞踏会の舞台に選ばれたのはそのいずれでもなかった。招待状に書かれた場所を見たとき、イオリなどは「趣味がいい」とほくそ笑んだ。



フレンチ・クオーター。――その、地下納骨堂カタコンベ



地図にも、ガイドブックにも、――この地に召喚されてセイバーが初めて触れたインターネットで見つけたウェブサイトでも、そんなものの存在は示唆されていなかった。
この、スペイン統治時代の華々しい文化の香りが色濃く残る歴史的区画に、『地下世界』が存在するなどということは――

「なぜだ? パリにも、ローマにも、エディンバラにもあるだろう。ここにあってもおかしくない。……ほら」

なんの変哲もない、愛らしいバルコニーのある二階建てのカフェの前にある、なんの変哲もない地下階段への入り口
黄昏時の、空が藍色に染まって一番星の輝く時分。薄闇の中で色彩豊かな街並みがライトアップされ、この街の夜の雰囲気を楽しもうという観光客で賑わう通りを尻目に、青緑色の着物に身を包んだイオリが、そっと左右を見回した。
白を基調としたロココ調の男性用衣装を身にまとった――コルセットのようなウェストコートで細い体を締め付け、金糸で刺繍の施されたコートを羽織り、白い絹靴下を履いている――セイバーが、つられて一緒に周囲を見渡す。――誰も、彼らを気に留めている様子はない。

イオリが、セイバーに目配せをする。地下へと続く昏い階段への入り口の小さな門を開けようとして、はたと手を止める。それから、おもむろに懐から取り出した。――目許だけを覆う、金色のヴェネチアンマスク。
慌ててセイバーも同じように仮面を取り出した。ふたりで向かい合って、しっかりと顔の上半分を仮面で覆う。頷き合う。

「セイバー。逸れるなよ」
「まさか。――きみのその衣装だ、どこにいたって見失うものか」
「そういうものか」

くすりと笑い、今度こそイオリが門を開ける。



――かすかに、重苦しいワルツの旋律が聞こえてくるような気がした。同時に、ふわりと地下から立ちのぼってくる――酒と、血と、死の臭い。



――きみ、ここは地下納骨堂カタコンベだと言ったか」
「一部が改装されてダンスホールになったのだ。――だがまあ、そうだな。壁にはきっと埋まったままだろう

こつ、こつ、と音を響かせながら階段を下りる。やがて、閉め切られた重厚な扉の前に辿り着く。特に案内も何も出ておらず、招待状を確認する者もいない。イオリが、扉に手を掛ける。――ゆっくりと、押し開ける。

それと同時に、あのかすかに聞こえていたワルツが大音量となって鼓膜に響いてきた。
生演奏のオーケストラのような重厚な響きに鼓膜だけでなく下腹部から体を揺さぶられるようだった。音に反して周囲は薄暗く、視界は悪い。悲劇的な響きの短調のワルツばかりが響き渡る中で、会場の広さも、どれだけの人がいるのかも、にわかには目視できなかった。――ただ、そこに蠢く人々がいることだけはわかる。

皆、一様に仮装をし、仮面で顔を覆っていることだけがわかる。――それらが、やってきた新参者の姿をじっと見つめていることも。

床に並べられたパンプキン色の蝋燭の灯りでやっと足許だけは見えるような状態で、そのかすかな灯りを頼りにイオリが会場の中へと進む。その後をすぐにセイバーが追ったが、ぼんやりとせいぜい人々の腰のあたりまでが暖色の炎でなんとか照らされているような中で、セイバーの視界にはすべてが黒と橙色に染まって見えた。――イオリが歩を進めるためにそれを追う。大音量のワルツがセイバーの鼓膜をつんざくように響く。ふと、なにかに引っ張られる。鴉の羽根を頭に飾り付けた女がセイバーの肩を掴んだのだ。それを乱暴に振り払い、慌てて前を向く。――いない。



――イオリが、いない。



――イオリ!?」

あの鮮やかな青緑色の着物を見失うはずがない。そんな確信も、すべてが闇と炎の色に染まったこの空間の中であっけなく崩れ去る。「イオリ――イオリ!」と叫ぶ声も、地響きのようなワルツに掻き消されてしまう。

闇雲にぐるぐるとその場で振り返っては周囲を見渡す。半ばパニックに陥りながら、人込みの中に飛び込んでいく。正体もわからない黒い人々の波を掻きわけながら、奥へ奥へと進んでいく。ワルツの音が遠く、近く、小さく、大きくなる。――どんどん、方向感覚がおかしくなる。眩暈を覚えながら、セイバーは精一杯に名を呼んだ。

「イオリ!」

ぱし、とセイバーの手を掴む者があった。ほっとして、「イオリ!」と振り返る。



――バロック調の、厳かな刺繍の入ったコートに身を包んだ、仮面の男。



驚いてセイバーの顔が引き攣り、男から手を取り戻そうとして乱暴に引っ張る。その手を更に引っ張り返される。――その、宥めようとするような、まるで労わるような優しい力加減。

毒気を抜かれて呆然と、セイバーが男の顔を見る。
顔の上半分を覆う白いヴェネチアンマスクに、すっと通った細く高い鼻梁。すっきりとかたちのよい顎。バロック調の厳粛な雰囲気の衣装に合わせたのか、波打つ豊かな長い髪を整えてひとつに結び、すらりと伸びた長身に豪奢な刺繍の入ったコートを羽織っている。
仮面の奥の瞳が、蝋燭の灯りを反射してちらちらと輝いているように見えた。まるで、月夜に輝く星屑のような

セイバーが、自分の手を掴んでいる男の手を見下ろす。――その、筋張った、大きな手。

どくん、と我知らず、セイバーの心臓が大きく脈打つ。その理由を、セイバーは知らなかった。――知りたくなかった。



――期待してはいけなかった



きっとそれは、このハロウィンの夜にセイバーが見ている白昼夢であったから

名前を呼んだら、きっとそれは消え失せてしまうと思った。掻き消えてしまうと思った。だから、気付いていないふりをしないといけないと思った。きっと、ハロウィンに出逢う亡霊とはそういうものだった

唐突にワルツの音が聞こえなくなったのは、果たしてそれが曲の終わりだったからか。それとも、セイバーの耳にはもはや、彼の声しか聞こえなくなっていたからか。

優しくて穏やかな、凛とした朝露のような声が、セイバーに問うた。



「一曲、踊っていただけますか」



返事の代わりに、セイバーが彼の手を引く。

周囲にひしめいていた人だかりがいつの間にか引いていて、黒い人々の群れが大きな円を作ってふたりを取り囲んでいた。いつの間にか再開していたワルツに合わせて、くるくると――その大きな円の中で、互いの腰に手を当てながら足を運ぶ。セイバーは自分がダンスを踊れることを知らなかったが、この相手がステップを踏めることなどもっと知らなかった。
くるくると巡る視界の中で、闇と炎がないまぜになって、そのコントラストの中で、ただ身を寄せた相手の姿だけが見える。互いにまったく柄ではない洋装を身にまとい、身分を隠す仮面をつけて。だからきっと――だからこそ、今夜だけは平気なふりをしている自分でなくていい。どのみちこれは、たった一夜のハロウィンの夢なのだ。

彼の手が優雅に持ち上がる。その手の下でくるくると回ってみせる。バランスを崩して倒れそうになったところを、彼の手に背中を支えられる。ふふ、と思わずセイバーの口許に笑みが浮かぶ。
彼の手が背中に添えられたまま、セイバーも彼の背中に手を回した。――再び、足を踏み出す。

くるくると――遠く、近く、大きく、小さく、くるくると響きを変えるワルツに合わせて、くるくると回りながら、やがては曲の終わりがやってくる。



人だかりの円のちょうど中心で、ぴたりと止まる。



終わってしまったな、とセイバーが思っていたところに、彼が身をかがめる。ぽそりと、セイバーの耳元で囁く。

――振り返るな。……三つかぞえて、同時に動く」

セイバーの目が見開かれる。仮面の奥で、夕陽の瞳がきらりと光ったようだった。

「三、二、」と彼がかぞえる。視界の端に、いつの間にか彼が手にしている二刀が映る。

「一」

互いの背後に迫っていた動く死体の額と胸をそれぞれの肩越しに貫く。蛇行剣を引き抜きながら、セイバーが仮面を脱ぎ捨てて満面の笑みを浮かべて叫んだ。



「ああそうとも。――きみと舞うならこれだとも! イオリ!」



視界の邪魔になったのか、彼が――伊織が仮面を脱ぎ捨てる。それと同時に自分の背後に迫ってきていた死体の首を五体同時に撫で斬りにする。身を屈めて斬った死骸を避け、振り向きざまにセイバーの背後にいた女の死体を斬り捨てる。鴉の羽根を付けた女の死体だった。
蛇行剣で力任せに十数体を薙ぎ払い、片手で床をついて宙返りをして振り向きざまにまた数十体を薙ぎ払う。伊織と背中合わせになりながら、セイバーが弾んだ声でいたずらっぽい声を張り上げる。

「イオリ! 宝具は?」
「だめだ。ここでそんなものを抜いたら地上がどうなるかわからん」
「ハハ! ――そう言うと思った!」

言いながら、身振りで伊織に共鳴絶技の誘いをかける。即座に反応して呼応した伊織に、「まるでダンスのようだ」とセイバーは思う。――こうして、いつも共に舞っていた。なぜだかいつも、こうしている間は彼の考えていることが手に取るようにわかるのだ。きっと、それは伊織も同じなのだと思う。それはきっと、セイバーのうぬぼれなどでは決してなかった。――ただ、わかるのだ。彼のことならば、セイバーにはなんでも理解る

結論としては、恐らくこの会場にはひとりとして生者はいない。先程までこの会場にひしめいていた――そして先程までセイバーと伊織を円く取り囲んでいた黒い人だかりはすべて術者によって操られた動く死体で、そもそもセイバーが最初に懸念した通り、この仮面舞踏会自体が彼らを仕留めるための大掛かりな罠だった。――この場所が地下納骨堂カタコンベであるならば、あるいは斬っても斬ってもきりはなく。

「術者を斬るしかないだろうな」

伊織の言葉に、セイバーが大きく頷く。

「どうせ、この会場のどこかに隠れ潜んでいるに違いないのだ。このように卑劣な手を使うからには、我らに見つからぬようこそこそと――

そのとき、会場の出口の方で足音がした。セイバーが振り向く。マスターというわけでもない、一介の術者に過ぎぬような小男が、こそこそと外へと出ていこうとしていた。

「見つけた! よし、共にやるぞ、イオリ――
「ああ。――しっかり頑張るんだぞセイバー

一足飛びで出口へと駆け寄って一刀のもとに小男を斬り伏せたあと、セイバーが振り向く。



――誰もいない。



ただ、誰もいなくなったがらんどうの会場に、橙色の蝋燭が灯っているだけだった。