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mishiadd
2024-10-28 22:40:50
12342文字
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ダンス・マカブル・ハロウィーン
2000年代アメリカ・ニューオーリンズの聖杯戦争で日系アメリカ人のイオリ・ミヤモトに召喚されたセイバー・ヤマトタケルが現地主催の怪しげな仮面舞踏会に潜入する。90年代価値観丸出しのゴシックホラー風怖くない話。
1
2
3
4
ばかげた
ridiculous
量の粉砂糖の振りかけられた正方形の揚げドーナツ
――
が要するにベニエと呼ばれるこの地の名物である。フリルのエプロンをしたウェイトレスが運んでくる間にも山盛りになった粉砂糖が宙を舞い床に落ち、テーブルに置いた拍子に散乱して木目を隠すほどにあたり一面真っ白にしてしまう。
セイバーが足許を見下ろせばまるで粉雪でも降ったようだった。つま先を避けるとそこだけくっきりと足の型が残り、そこに現れた茶色の木目に、このカフェの床には本来テーブルと同じ優しい色の木材が敷き詰められていたことを知る。
ぷっくりと膨らんだ四角いドーナツの上に更にこんもりと山盛りになっている粉砂糖の量に、「
……
なあ、イオリ」と食事を前にしたにしては珍しく渋い顔をしたセイバーが言った。
「私は甘いものはかなり好きな方だ。
――
だが、これは」
「いいから信じて食ってみろ。見た目に惑わされるな。見た目通りの味がするから」
「ダメではないか」
「これが意外といけるのだ。
――
というより、このくらいの甘さがなければ本体の油分に対抗できん。以前試したが、砂糖を減らした方がなぜか食えなくなるのだ」
「
……
なるほど?」
合理的なのかなんなのかよくわからない力説にひとまず説得されたふりをして、セイバーがひとくち齧る。
――
まあ、名物なだけある。見た目の通り甘いが、粉雪のように細かい粉砂糖のおかげか甘味に上品さがある。軽く優しい口当たりだが確かに油を吸っているだろうドーナツ生地のしつこさをうまく打ち消している。
しばらく夢中になって食べていると自分の口の周りが粉砂糖で真っ白になっていることに気付く。軽く袖で拭った後、「イオリに何か言われるだろうか」とぎくりと肩を竦めた。それから、言動を含めた自分の立ち居振る舞いのことで
この
イオリからは特に指摘を受けたことはないことに思い至る。
――
そんなのは、
遥か遠い昔の記憶だ
。
見れば、イオリはイオリで口の周りを白くしていた。誰が食べてもこうなるらしい。ちょんちょん、とセイバーが口の周りを指さしてやると、気付いたようでイオリが親指で軽く口許を拭う。
「それで、」とセイバーがホットコーヒーを口に運びながら切り出した。
「妙な招待状が届いた、のだったか」
「ああ。
――
『仮面舞踏会』だそうだ。季節外れだな」
「そうなのか?」
『仮面舞踏会』
――
に
季節
オンシーズン
も
季節外れ
オフシーズン
もあるものだろうか、と言外に滲ませると、少しだけ口許に得意げな笑みを浮かべてイオリが言った。
「
この街
では、季節外れだ。
――
ニューオーリンズで仮面舞踏会が行われるとしたら、それは
謝肉祭
マルディグラ
の季節だ。混沌と喧騒のさなかに
――
誰もが
正体を隠して
、
己をさらけ出す
。上品なばかりではないがそれもまた人の営みだろう。なかなか見ものだぞ」
「
……
イオリは
……
」
ふと、手元を見下ろす。
――
この街の名物の、ベニエ。
「この街が、好きなのだな」
「そうだな。嫌いではないよ」
「そうか。
――
そうか」
彼
も
――
浅草が、江戸の町が好きだっただろうかと、ふと思う。
この街
ニューオーリンズ
の名物だからとカフェに連れ出してきてくれてベニエを食べさせてくれて、マルディグラの話をしてくれるイオリと。
江戸中を巡ってはセイバーが尋ねるたびに名所や名物の説明をしてくれて、自分には見慣れた筈の場所でもセイバーのためにわざわざ立ち寄ってくれた伊織と。
彼
は、セイバーに見せたがってくれていたのだろうかと、思う。
「まあ、それはそれとして、だ」とイオリもコーヒーを啜る。
「
10月31日
ハロウィン
の日に仮面舞踏会。
――
まあ、悪くはない」
「悪かろう。まず間違いなく敵陣営の罠だぞ。わざわざ相手の術中に嵌りに行くのか?」
「だろうな。だがこれは、裏を返せばようやく相手に接触できる
好機
チャンス
でもある。逃す手はない」
その口ぶりに、よくないことだと思いながらも
――
「似ているな」、とセイバーは思う。
過度にリスクを避けるでもなく、かといって向こう見ずに負うでもなく。ただ、冷静な
論理
ロジック
だけが次の行動を決める。慎重なようでいて、それが合理ならセイバーでさえ怯むような大胆な行動も厭わない。
――
もっともそれは、セイバーが
彼
の身の安全を想うからこそ、怯むのであるが。
「きみ、突然自分が囮になるようなとんでもない作戦を言い出したりするんじゃないぞ。挙句の果てに私が反対したら私の嬉しくなるようなことを言って私を黙らせたりして」
「なんの話だ?」
「こっちの話だ。
……
こっちの話だよ、イオリ」
――
そしていつだって、一度言い出した
イオリ
にセイバーが反対しきれた試しなど、一度たりとてないのだ。
セイバーが目を閉じる。カフェの椅子の上で足をぷらぷらと揺らしながら、口許にうっすらと満足げな笑みを浮かべて、想いを馳せる。いつだってこうだった。
――
ああそうだ、そうだった。
柔軟で寛容で、何もかもをありのままに受け入れる彼が時折見せる、決して譲らないその頑固な芯の強さに
――
こうして押し切られることが、自分は嫌いではなかったのだ、と。
「
――
うむ、わかった。よい。仮面舞踏会だな。よいぞ。行ってやろうではないか。なあ、イオリ」
「先程から一体、急にどうしたというのだ。
……
まあいい。その気になってくれたのならばなによりだよ」
言いながら、真紅の封筒に蝋で封のされた招待状を開く。「ここにドレスコードが記載されている」とカードの紙面を指さした。
「基本的には正装に仮面をつけていればなんでもいいようだ。
――
正装か。であるならば、俺は
あれ
を着ようか」
「『あれ』?」
「とは」、と言いさしたセイバーに、イオリが穏やかに笑った。
「いつか着てみたいと常々思っていたのだが、機会がなくてな。
――
きっと、おまえも気に入る」
◆
ウォークイン・クローゼットの中からイオリが運び出してきたのは、ひとつの桐の箱だった。
慎重にカーペットの床の上に置き、恐る恐る、イオリが蓋を開ける。
――
目に飛び込んできた鮮やかな青緑色に、セイバーが一瞬、呼吸を忘れる。
それはきっと、セイバーが知るよりもずっと上等な生地で仕立てられた、ずっと高価で美しい一着だったのだろうけれど。
セイバーにとって、その色味にこそ価値があった。
意味
があった。その、鮮やかな
――
深い、深い、どこまでも続く透き通った深淵のような、青みがかった深い緑色。
――
あの、
月夜の瞳と同じ色
をした。
――
あの、後姿。
その着物を広げて、イオリが満足げに言う。
「我が家に古くから伝わるものだ。ただのキモノではなく、ハカマというのだろう。
――
いつか袖を通してみたかったが、なかなか着る機会がなくてな。民族衣装だから正装には違いないのだが、とはいえなかなか」
「
――
……
」
「着付け方は
師匠
シショー
から教わって
……
セイバー?」
セイバーが、イオリを見遣る。ふ、と柔らかな笑みを浮かべた。
「よい。とてもよいと思う。
――
着てみせよ、イオリ」
「うん。ちょっと待っていてくれ」
言って、隣の部屋へと引っ込む。脱力したようにソファに座り込んだセイバーが、ただ時が過ぎるのを待っている。
――
そして、「セイバー」と声がかかる。そちらを見る。
「
――
イオリ」とセイバーが呼んだのは、きっと目の前の彼ではない
別の誰か
の名前だった。
「セイバー、どうだろうか。
……
きちんと着付けられているか? 思ったより手間取ってしまった。何度か練習が必要なようだ」
ふわふわと
――
まるで異国の血が入ったような、否、実際に
異国の血
が入っている、それ故に柔らかな栗色をした波打つ癖毛と。
血管の赤みが透けて見える、色素の薄い白い肌に
――
すっと通った細く高い鼻梁。すらりと伸びた背筋。
――
その身を包む、あの色鮮やかな青緑色の着物。
たとえ大通りで逸れたとしても、遠目にもすぐにわかる。ああ、あそこにいるのが
彼
なのだと
――
。
セイバーの視界が
混線
する。サブリミナルのように目の前に立ち顕れては消えていく、
あの頃の記憶
。くらくらと眩暈を覚えながら
――
それでも、
違うのだ
と、気付く。
濃い睫毛に縁どられた、伏し目がちの重い瞼。
イオリが、長い睫毛を瞬かせる。そこに見え隠れする、瞳。
――
午前中の抜けるような、
明るく澄んだ青空の色
。
――
あの、見る者すべてを夜の帳の裡へと誘い込んでは釘付けにする、あの
満月の瞳
ではないのだと。
ふ、とセイバーが微笑む。まるで金縛りが解けたように、まるで白昼夢から目覚めたように、はっきりとした声でイオリに言った。
「とてもよく似合っている。まるできみのために誂えたようだ。
――
私も、きみと並んで恥ずかしくない格好をしていこう」
「民族衣装は正装だ。おまえはそのままでも問題ないとは思うが」
「せっかくだ。私もなにか新調しよう。
――
そうだな、きみが和装ならば、私はこの国の衣装でも着ようか」
嘯いて、イオリに背を向けて部屋を出る。廊下に出て、壁に背を預けた。ふ、と肩で息をつく。
――
こんなにも、惑わされている。
いまだに
。
きっとこの先、何百年、何千年経とうとも
――
。
あの日々は、まるで昨日のことのように鮮やかに、幾度となくセイバーの目の前に立ち顕れては彼の頬を優しく撫で、そして伸ばした彼の手の指先をするりとすり抜けて逃げていくのだ。
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