mishiadd
2024-10-28 22:40:50
12342文字
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ダンス・マカブル・ハロウィーン

2000年代アメリカ・ニューオーリンズの聖杯戦争で日系アメリカ人のイオリ・ミヤモトに召喚されたセイバー・ヤマトタケルが現地主催の怪しげな仮面舞踏会に潜入する。90年代価値観丸出しのゴシックホラー風怖くない話。

世紀末ミレニアム――には、まだ神秘が生きていた。あるいは、一度は死んでいた神秘が、世紀末という狂乱の中で一時的に息を吹き返したのか。あるいは、電子という新たなる世界の表皮レイヤーの黎明に世界が揺らぎ、その揺らぎが新たなる神秘を産み出したか。

いずれにせよ、2000年代とは未知と神秘に溺れた年代であった。インターネットは人類が新たに手に入れた万能であり未知数の魔法であり――無論、大それた比喩である――新たなる叡智の炎はその分影を濃く落とし、皮肉にも――進歩し続ける科学文明のさなかに失われた筈の神秘や怪異の居場所を新たに創り出す。



その混沌と狂乱の中に、ヤマトタケルは喚ばれた。



2000年、アメリカ・ニューオーリンズ。この国が大きく変わる2001年9月11日から一年前の、2000年10月のことだった。







ここの食事も悪くない、とセイバーは思う。

ケイジャン・スパイスの効いた南部料理だ。やや大味すぎるきらいはあるが、見た目と違って繊細さもあり――茹でたザリガニを手で砕いて豪快に身を啜るのなどは、もしかしたら江戸での食事の礼儀作法よりも性に合っているかもしれなかった。
小豆とは違う赤い豆と合わせて出される米も――あの江戸の日々で馴染んだ丸く柔らかい米とは違ったが、これはこれで旨かった。食感から、おむすびにはできそうになかったが。

食し終えたスプーンを置いて、「イオリ」と声を掛ける。
キッチンで洗い物をしていたイオリが、シンクの水を止めて振り返った。

「とても旨かった。……オミオツケは?」
「ミソスープのことだな? アジアンマーケットで味噌を買ってきた。初めて作るが、一応レシピは師匠シショーに教わっている――
「きみ、師匠がいるのか」
Dadのことだ。ただでさえ碌に話せない日本語なのに、たまに教わったと思ったら一般的な用法からずれている。日本語のコースで自信満々に答えたら笑われたのだ。シショー、とは本当は『マスターmaster』のことだろう」

ここまでの会話はすべて英語だった。
セイバーはといえば、今回召喚された折に聖杯から得た知識で問題なく意思疎通できているが、しかし日ノ本の言葉で会話をしない『イオリ』というのもやはりなかなか慣れるものではなかった。
とはいえ、当人は自分が日本語に堪能ではないことに気後れしている様子であったので、敢えて気に留めていないふりをする。

「うむ、そうだな。――まあ、私にとっては――あるいは、すべてのサーヴァントにとってそうだろうが――『マスター』にはもう少し、特別な響きがあるが」

そんなものか、とイオリが肩を竦める。それから、恐る恐る、先程よりもかなり小さな声音で、言った。

「セイバー、ハ、マスター、ガ、好キデスカ?」
「日本語としては合っているが妙な内容の質問だぞ。――そうだな、きみのことは好きだ。もう少し自信を持って話してみるがよい。充分、上手に話せている」
「そうか。セイバー、おまえにそう言ってもらえると」

少し考えた後、自信がついたのか先程よりは余程堂々とした様子で言った。

「オ褒メニ預カリ光栄ダ」
「妙な言い回しを知っているな」

素直に感心したあと、「悪くない」と頷く。それから、「もう少し肩の力を抜いて発音してみよ」と助言した。

「一音一音区切らずに。書き文字にあまり囚われぬようにな。きみが望むなら私も日ノ本の言葉で話すようにするから、自分の耳で聞いてみるとよい」
「恩ニ着ル」
……やはり、当世、この場所にいるきみの口から出る言い回しとしてはやや妙だな。やけに古風だ」

苦笑しながら、思う。――こうして、母国を遠く離れた土地で暮らす人々の母国語は、時に現代の母国で実際に話されている言葉よりも古風で美しく保存されることがあるのだという。ある時代に本筋から切り離されたっきり、脈々と受け継がれ、継承され、まるでタイムカプセルのように異国の地で保存され続けた当時の言葉たち――

その、保存されたあの頃の言葉遣いを、このイオリが口にする。それは、セイバーにとってもタイムカプセルを開けるような気分だった。このイオリの向こうに、伊織がいる



イオリ・ミヤモトは宮本伊織の傍系の子孫だった。



とはいえ、血の繋がりはない。彼の義妹であった小笠原カヤの子孫にあたる。それでもなぜか、イオリはセイバーの記憶にある宮本伊織に面差しがよく似ていた。

イオリの名がイオリ・ミヤモトであることは偶然ではない。カヤの子のひとりが御母堂の遺言により宮本姓を名乗ることとなり、以来『宮本』家に生まれた男児のうち必ずひとりは伊織と名付けられるようになった。
幕末から明治にかけて移民が起こるようになると、『宮本』家の『伊織』のひとりがハワイ王国へ渡り、『宮本伊織』は『イオリ・ミヤモト』となった。数世代後の『イオリ・ミヤモト』がやがて合衆国本土へと渡り――今に至る。

それはきっと、彼の義妹おがさわらカヤが未来に託した想いだった。花火のように一瞬のうちに駆け抜けて散っていったあの義兄が、四百年先もきっと忘れられることのないように、と。――宮本伊織というひとが、かつてそこには確かにいたのだと。



その宮本伊織というひとを、セイバーは知っているが。イオリには、特に告げていない。その必要は、特にないと思っている。



遠い、遠い日々――そこに確かにいたそのひとの、凛とした立ち姿に、その横顔に想いを馳せ――そして、セイバーははたと思い至る。

――イオリ。確かきみ、ミドルネームというものがあるのだろう」

セイバーのアドバイスを受けて熱心に「恩ニ着ル」の発音を繰り返し練習しているイオリの後姿に、セイバーが言った。

「イオリ、とミヤモト、の他にもうひとつ名があると。――なんと言うのだ?」

カヤの残した願いの他に、もうひとつ。継承される『イオリ・ミヤモト』に託されたもの。

なかばわかりきったことを言うように、笑い飛ばされて否定されるのを待つばかりのただの軽口のように、にやにやと人の悪い笑みを浮かべてセイバーは言った。

Yamatoヤマトだったりはしないのか? あるいは、Takeruタケルとか。イオリ・ワイ・ミヤモト。あるいは、イオリ・ティー・ミヤモト。うむ、悪くない響きだな!」
「エスだ」
「エス?」
「イオリ・エス・ミヤモト。エス……セイバー、だ。イオリIoriSaberセイバーミヤモトMiyamoto。人名としては奇妙だが、悪くはない響きなので気に入っている。
――そういえば、おまえは『セイバー』だな。俺と同じ名を持つ者に初めて出逢った。珍しい偶然もあるものだ」

さらりと言い、イオリが再び発音の練習に戻ろうとする。――が、俯いているセイバーに気付く。

垂れた黒髪の合間から覗く耳が赤いことに気付く。泣いているのかもしれないと思い声を掛けるのをためらうが、セイバーの方が先に口を開いた。どこか、声が湿っていた。

「それは――誰が?」
「名付け親か? 知らん。これもイオリの名と一緒に代々受け継がれているものだ。だが、そう――これも、理由は同じらしい。『忘れぬように』、と。何をかは知らん」



タイムカプセル――



託されたあの日々






2000年、アメリカ・ニューオーリンズ。――混沌と、狂乱のさなかに、あの日々が、息づいている。