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しちろ
2024-06-18 17:17:15
22563文字
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LOM・宝石泥棒編
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宝石泥棒編 12
ティアストーン前編。
1
2
3
4
「傷ついた私の黒き核から、白い真珠が新たに生まれた
……
。それが
……
真珠姫だ」
「そう、でしたか
……
」
蛍姫は、深々と溜息を吐いた。
「貴女は傷つきながらも、私の苦しみを肩代わりしようと
……
その真珠の身体で
……
」
姫に応え、レディパールの核が、『白く』煌めいた。
「蛍姫。あなたは、都市を出てからずっとここに?」
レディパールの話が終わったところで、カイが尋ねた。ええ、と蛍姫が頷く。
「アレックスに匿われていました。ここならば宝石泥棒が来ない、安全だから、と」
「アレックス
……
だと?」
瑠璃が眉を顰める。
そこで、同じような顔をしていたカイと目があった。レディパールは『攫われた』と言ったし、ディアナやエメロードもそういう認識をしていたが、蛍姫自身の物言いは、その自覚が乏しいように見えた。
「
……
クソ、あのヤロウ」
「そっか
……
だから」
カイと瑠璃、同時に気がつく。
宝石商アレックス。廃墟の主にして、宝石箱の持ち主。宝石を冠するその名もまた
……
おそらく。
蛍姫が苦悩の表情でうつむいた。
「
……
わかって、いたのです。彼が、アレックスが本当は誰なのか
……
彼が何をしようとしているのか、心のどこかで
……
」
アレックスは、姫に何も告げてはいなかったのだろう。
しかし、蛍姫は気づきはじめていた。深い眠りにつかされ、珠魅から、外の世界から、時の流れからすら隔絶されながらも、夢うつつに真実を疑っていた。
認めたくは、なかっただろう。その懊悩が、苦しみが、あの根深い悪夢を生んでいたのだ。
「
……
決心がつきました」
蛍姫が顔を上げる。
「貴女を傷つけ、一族を裏切った彼を
……
アレクサンドルを止めてください、パール。彼はおそらく、煌めきの都市に
……
」
「止めるのではない
……
倒すのだ。蛍姫。彼はもう、珠魅の敵だ」
「いけません
……
誰も傷ついてはいけない
……
。私は、彼の傷ついた心を癒します
……
だから」
「できない
……
」
「パール、お願い
……
私の騎士であった貴女に
……
」
これまでに多くの珠魅が犠牲になった。アレクサンドルの手にかかった。
そのうえでまだこう言えるこの姫は、どこまでも限りなく優しいのだろう。優しすぎて
……
哀しいくらい。
「ああ、時間が
……
。どうか、これを
……
」
蛍姫の差し出した杖を、カイが受け取る。
それは、いくつもの宝玉のついた豪奢な杖だった。
「滅びてしまう
……
みんな
……
やめて
……
」
蛍姫は力を失い、倒れこみ、その姿が霞のように薄れていく。
「消えた
……
」
転移魔法の一種だろうか。
「
……
見つかった、な」
レディパールが目を眇めて言った。誰に、とは言わずともわかる。
瑠璃がフンと鼻を鳴らした。
「構わん。どうせヤツには、これから会いに行くつもりだったんだ。不本意だけどな」
「これは?」
カイが、受け取ったばかりの杖を見せてみる。
「玉石の王杓
……
玉石の座の姫が持つ、最上位の証だ。そして、煌めきの都市の門を開く、唯一の鍵でもある」
レディパールの説明を聞きながら、カイはじっと目を凝らしてみた。中から湧き上がるような、特有の力を感じる。アーティファクトで間違いない。
「これでいよいよ、煌めきの都市に行けるわけか。待ってるのが石屋じゃ、これっぽっちもうれしくないが
……
けっきょく、最後の最後までアンタの世話になっちまうことになるな」
瑠璃の最後の一言は、カイに向けたものである。
「今さらそんなこと言うかなぁ。あたし、最初からそのつもりだし」
瑠璃がしょうがないとばかりに肩をすくめる。玉石の王杓を使える者は、この場ではカイしかいない。
レディパールが、瑠璃に水を向けた。
「瑠璃、君も行くつもりか? すでに滅びし、煌めきの都市へ」
「当たり前だ。オレはそのために、長い旅をしてきた。レディパール。アンタまさか、今さらオレに行くなとでも言う気か?」
すでに行く気満々の瑠璃である。
レディパールが、諭すような眼差しになる。
「
……
瑠璃よ。君は珠魅のしきたりに囚われず生きてきた。玉石姫の涙を受けず、座を知らず、戦を知らず」
「その通りだ。だが、それはオレがたまたま、そういう時代に生まれたというだけだ」
レディパールは、そうだな、と意外な優しさで肯定した。
「そして、それがゆえに珠魅でありながら他種族と交わり、人間と友となり、新たな関係を築こうとしている。珠魅の、新しい時代
……
新しい可能性。君には未来がある。古い世代の私とは、違う」
「
……
レディパール、オレは」
レディパールは、ふと笑った。
どこか、真珠姫を思わせる柔らかさで。
「瑠璃」
ふわり。
黒真珠の騎士の周りに、薄紅の蕾が躍る。蕾は花開き、煌めきとともに騎士の姿を変えていく。
白と黒の光の中から、レディパールの声が聞こえた。
「私は、真珠姫とともに君を見てきた。未来ある君に、すべてを託そう。真珠姫と私の、すべてを
……
」
光りに包まれる二色の真珠と、瑠璃色の騎士を見つめながら、カイは思い出していた。
先ほどレディパールがしてくれた話には、実はもう少しだけ、続きがある。
オアシスの傍らで、傷つき、倒れたレディパール。
瀕死の彼女を見つけたのは、一人旅をしていた瑠璃だった。
「レディパール! レディパール。大丈夫か、しっかりしろ!」
今にも息絶えそうな黒真珠を抱きしめ、瑠璃は嘆いた。彼とレディパールが初めて出会ったのは、この前日の夜のこと。
「そんな
……
せっかく珠魅に、会えたと思ったのに
……
」
まだ、姫でも騎士でもなかった瑠璃。
うなだれる彼の腰には、どこかで手に入れた濁った鋼の剣と、彼女から賜ったばかりの運命の剣があった。
「じゅみ
……
?」
声が、聞こえた。
瑠璃はハッとして顔を上げる。
深く傷ついた黒真珠の核から、真っ白な光がきらきらとこぼれていた。光はレディパールの身体を包み込み、そして瑠璃の腕の中で、騎士は姿を変えた。
「ここは
……
? じゅみって
……
あなたは
……
」
あどけない顔をした、無垢な白真珠の少女の姿に。
それだけではない。
「
……
わたしは
……
」
白く変わった真珠の騎士は、一切の記憶を失くしていた。
過去も、力も、寄る辺も、名前さえも失くしてしまった珠魅の騎士。
瑠璃は、生まれたばかりの名もなき白真珠を、強く抱き寄せた。
「キミは『真珠姫』。心配しなくていい。オレは、キミを守る『騎士』だから
……
」
「思い出したわ、瑠璃くん」
真珠姫が、花がほころぶように微笑んだ。
「あなたがわたしに、名前をくれたのね
……
ずっと、探してたのよ
……
」
「真珠
……
」
ついに、すべての過去を取り戻した真珠姫。
瑠璃の顔に、幽かに不安の色が見える。
「心配しないで。わたしもパールもおんなじよ。瑠璃くんはわたしたちの騎士
……
」
真珠姫が、瑠璃のラピスの手を取る。
わたしはだいじょうぶ。るりくんは、だいじょうぶ?
瑠璃が目を見開いた。真珠の白い核に黒が混じり、翡翠色の瞳に琥珀が混じる。あどけない少女の面差しに、厳しくも美しい騎士の面影が重なっては消える。
『昼間の記憶が夜の夢になり、夜の夢は世界の原型になる。夢を作るのは自分自身、その夢が変われば現実も変わっていくんですぅ」
夢の世界で、通じ合った瑠璃と真珠姫。夢が変わったように、現実も今また変わっていく。
「真珠
……
レディ、パール」
「うん」
瑠璃は、二つの名を呼ぶ。
騎士であるレディパールは、癒しの涙を欲し、姫としての己を望んだ。
姫である真珠は、戦う力を欲し、騎士としての己を望んだ。
二つの願いを胸に、絶え間なくうつろう姫と騎士。瑠璃の表情から迷いが晴れていく。
真珠姫と、レディパール。白と黒、二つの顔を持つ一人の珠魅。それはかつての瑠璃が、運命の剣で斬りたいと思っていたもの。切り分けて閉じ込めたいと思ったものだ。
だが、真珠姫とレディパールは表裏の存在。手段は違えども愛する者のために戦い、仲間を守りたいと心から願っている。たとえ姿は変わっても、彼女の本質は何ら変わることはない。
瑠璃は、決意を込めて誓った。己の守るべき存在、真珠の姫と騎士へ。
「守ってみせるよ、オマエもパールも!」
パンドラと名付けられていた宝石箱の部屋を出ると、元通りの廃墟に戻された。
「やはり、時間が歪んでいたんだな
……
」
瑠璃や真珠姫の感覚は正しかったらしい。
出てきたばかりの箱を見て、カイは言った。
「こんな近くに、蛍姫はいたんだね。あれほど、みんな探していたのに」
灯台下暗しである。鍵付きの箱の中に厳重に匿い、アレックスは蛍姫を守ろうとしていた、
「蛍姫のいた箱。パンドラ
……
っていってたね」
なぜ、そんな名前がついていたのだろう。
カイが疑問を口にすると、シオンは、名づけの理由までは知らないけど、と前置きして言った。
「パンドラは神話に登場する女性の名前、『パンドラの箱』はその話に出てくる箱のこと。神代の時代、パンドラという女性がある日、神から授かった『絶対に開けてはいけない箱』を開けてしまった。箱の中にはあらゆる災いが詰まっていて、世界中に不幸や災厄がふりまかれてしまう。慌てて閉じた箱の中には唯一、希望が残されたって話」
「へええ」
豆知識にカイが感心すれば、瑠璃は忌々しそうに鼻にしわを寄せた。
「決して開けてはいけない、災厄の箱か。いかにもアイツらしい、皮肉な名前だぜ」
もはや、アレックス
――
アレクサンドルへの苛立ちを隠しもしない。サンドラの所業を思えば当然だが、そもそもウマが合わないのだろう。
「そうかな? なら、あたしは、その箱に残された希望を信じるよ」
カイが屈託なく笑うと、シオンがちょっと目を丸くした。
「あたし、何かおかしいこと言ったかな?」
「
……
いや、別に」
「なんだい? ヘンなの」
首を傾げながら、玉石の王杓を掲げる。
「行こう。そして、必ず、帰ってこよう」
そして、イメージする。アレクサンドルを止めるために、これ以上の惨劇を繰り返さないために。仲間と少しでも、希望をつかみ取るために。
さあ、古の鍵よ。煌めきの都市への道を示せ。
「長かったな、この日が来るまで」
王杓の声の向こうで、瑠璃の声がする。
こんな時だから言うのか、それはわからないけれど。
「カイ。オレは信頼している。オレたちのそばでずっと見てきてくれた、アンタのことを」
長年にわたって、他種族を拒絶してきた珠魅。同族のみに心を許し、やがて同族さえも信じられなくなってしまった彼ら。そんな珠魅の、都市を開く最後の鍵を持つ者
――
それは珠魅ではなく、ただの人間だった。
イメージが高まる。無数の煌めきが天へと昇って行き、そして空から流星雨のように降り注ぐ。
奇跡のように美しく、幻想的だった。
それはあくまでもカイのイメージの産物だったけれども、瑠璃も真珠姫も、同じものを見ているかのように天を仰いでいた。
小さな希望を、見つめているかのように。
「そして、オレは信じてる。珠魅はこれで終わりじゃない。この先にかならず、新しい未来があるってことを」
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