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しちろ
2024-06-18 17:17:15
22563文字
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LOM・宝石泥棒編
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宝石泥棒編 12
ティアストーン前編。
1
2
3
4
光が止んだとき、四人がいたのは廃屋ではなかった。
「なんだ、ここは」
瑠璃が不審そうに視線を動かす。
上質な家具を取りそろえた、貴賓室のような内装。白々と灯る壁付きの照明。毛足の長い絨毯には塵ひとつなく、花瓶には新鮮な生花が生けられていて、部屋の隅々まで手入れが行き届いている。カイには驚きもあり、予想通りの場所でもあった。
「やっぱり、ここ
……
!」
「知ってるのか?」
「さっきの、宝石箱の中だよ。たぶん、だけど」
「アンタ、どうしてそんなこと知って
……
」
瑠璃がそこまで言ったところで、四人の視線が部屋の奥に集中した。
そこに置かれた、巨大な六角形の宝石箱。巨大な宝石箱に隠されていた、真の宝石箱が、音を立てて開いていく。
「核が
……
!」
瑠璃と真珠姫の核が、強く煌めいた。そして、箱の中からも、かすかな煌めきが一つ。
「待っていました
……
誰かが、私を見つけてくれるのを」
開いた宝石箱のなかには、夢で見た、美しい少女が座していた。
珠魅は美しい種族である。
煌めく核、老いぬ身体。人間の目から見れば、整いすぎてさえいる美しい容姿。
その珠魅であってなお、この世のものとは思えぬほどに美しい少女だった。
今にも空気にほどけて消えていきそうな、淡く儚げな面差し。絹糸のように繊細な髪を背中まで伸ばし、赤銅の瞳は髪と同じ色。肌は病的に白く、唇にも色がない。いかにも身分の高そうな、緑青色の長衣と大きな帽子は、ドレスというより礼服や祭服のような印象を受ける。薄氷めいた美貌に生気の乏しさが相まって、彼女の周囲だけ、時の流れが異なっている印象さえ受けた。
そして、身にまとう法衣の、大きく開けられたその胸元。
「蛍石の
……
珠魅?」
瞬きも忘れて、瑠璃が呟いた。
少女の胸元にあるのは、灰色のフローライトと思しき核。本来の色がわからないほど、細かくヒビが入ってボロボロの。
少女は来訪者たちを端から順に見渡すと、ゆっくりと口を開いた。
何度も呼びかけられた、あの声で。
「みな、よく私を見つけてくれました。私は、玉石の座に座す珠魅。名は、蛍
……
」
「アンタが、そうなのか
……
? 珠魅一族を、その命で支えてきたという
……
」
信じられないと言わんばかりに瑠璃が言う。
蛍姫。この世で涙を流すことができる、ただ一人の珠魅。
肯定を示すかのように、少女の核がかすかに煌く。しかし声では返事はできず、蛍姫は弱々しく咳こんだ。深刻な病に蝕まれているのだと、聞かずともわかった。
「ジオに、いたのか
……
なんてこった」
「ずっと
……
ずっと、呼んでいました
……
。ここにいる私に、誰かが気づいてくれるまで
……
」
今にも儚く消えてしまいそうな、か細い声。蛍姫の長い睫毛が細かく震えている。おそらくは、この時を迎えるまでに長い時がかかったのだろう。とても
……
とても、長い。
蛍姫は一度静かに目を伏せて、それからカイに目を止めた。
切なげだった姫の顔に、はじめて柔らかな微笑みが浮かぶ。
「なぜかしら。はじめまして
……
のような気が、しませんね。貴女が扉を開けてくれたのですね。私の鍵を持っていた、不思議な方
……
」
暗闇に光が差し込むような、優しい笑み。
なぜだろう、それだけで無性に泣きたくなる。心の隅々まで温かに満たされるような、慈愛に満ちた笑顔だった。姫の言葉に応えるように夢の鍵は仄かに煌めき、しらしらと空気に溶けて消えていく。役割を終えたのだ。
「そして
……
」
蛍姫は、ゆっくりと真珠姫へ眼差しを移す。
唇を開いて語りかけようとした蛍姫は、しかしできず
……
激しく咳をした。
その様子を目の当たりにして、真珠姫が急に顔を歪めた。
「核が
……
」
蛍姫と同等、あるいはそれ以上の苦痛を感じている様子である。真珠姫は核を両手で抑え、それでも立っていられずに膝を折ってしまう。
「真珠!」
「真珠ちゃん!」
瑠璃とカイが血相を変えて駆け寄る。
呻いてうずくまる真珠姫と、彼女に寄り添う二人の上から、蛍姫の声が降ってきた。
「私の苦しみを、和らげようとしないで
……
。パール」
失われた都市の玉石姫は、真珠姫を『パール』と呼ぶ。かつての己の宿命、かつての玉石の騎士の名で。
「核を分けてまで、私を守ろうとしないで
……
。その白い心臓を、今は消して
……
」
それを聞いた瑠璃が気色ばんだ。
「なにを
……
真珠姫をどうするつもりだ!」
「本来の姿に戻ってもらうの
……
聞きたいことがあるのです
……
。大丈夫、私は傷つけません
……
。私の役目は、与えるだけ、癒すだけ
……
。その胸に輝く、漆黒の核に命じます
……
元の姿にお戻りなさい
……
」
蛍姫は優しく、しかし、厳かに宣告する。真珠姫を案じる瑠璃の眼差しに、戸惑いが混じった。
カイと瑠璃、二人が真珠姫を囲む中、真珠姫と蛍姫、二つの核が同時に煌めきを放つ。
真珠姫を中心として、薄紅色の煌めく気流が一気に立ち昇った。気流
――
煌めくマナの光はカイと瑠璃を押しのけて、薄紅色の花となり艶やかに花開く。
メキブの洞窟と同じだった。
マナの花々に包まれながら、真珠はみるみる黒真珠へと変わる。
そして全ての花が消えたとき、黒真珠の騎士がそこには凛として屹立していた。
「レディ、パール
……
」
瑠璃の呟き。
レディパールは意に介すことなく、仕える主
――
蛍姫へと向き直った。握った片手を胸に当て、騎士の礼を取る。
「煌きの都市にて姫より命を受け、幾年過ぎたか
……
。遅くなりました
……
お久しぶりです、姫」
「どうか謝らないで。貴女一人に、途方もない無茶を命じたのは私なのですから
……
。今日まで困難な道だったでしょうに、よく戻ってきてくれました、パール
……
」
レディパールが畏まる。
彼女と蛍姫との関係は、カイは夢で見聞きしたに過ぎなかったが、どうやら事実らしい。
「そなたに探索を命じた、マナストーンを解く鍵
……
聖剣は、どうなりましたか。彼
……
瑠璃に託したそれは、違うものなのですか?」
レディパールが、片手を頭上に差し出すように掲げた。と、魔法で喚び出されたかのように、手中に青みを帯びた長剣が現れる。
「残念ながら
……
。これはレイリスに伝わる、古き血を持つ騎馬族からのもの」
いつもなら瑠璃が腰に佩いている、運命の剣だ。
レディパールは器用に剣を宙で回転させると、剣の主である瑠璃へ柄を差し出した。
「彼らは過去を見る種族。私が傷とともに失った過去を、彼らはこの剣に注いでくれた」
運命の剣を受け取った瑠璃は、無言で剣を見つめる。この剣は、魔法の剣であるとともに、レディパールの一部でもあったわけだ。
蛍姫はしばしの間、剣とレディパール、そして瑠璃を静かに見比べていたが、やがて、意を決したように口を開いた。
「貴女に尋ねねばならぬことが
……
。レディパールよ
……
」
「
……
オレも聞きたいことがある」
「控えよ、姫の御前である」
口を挟んだ瑠璃を、レディパールが咎める。
だが、蛍姫が先を促した。
「言ってください、瑠璃。たぶん、私の聞きたいことも同じ
……
」
蛍姫に言われ、瑠璃が進み出る。
「
……
オレはずっと疑問だった。砂漠で倒れた貴女を見つけたとき、貴女は確かに黒き核のパールだった。それが、オレの腕の中で、白き核の姿に
……
」
カイには、初めて聞く話だった。
カイが感じていた通り、瑠璃はやはり、最初からレディパールと真珠姫のことを知っていたのだ。知っていて、黙っていた。カイも察して、無理に聞いてはいなかった。
「レイリスでもメキブでも貴女の姿はうつろう、白と黒とに
……
。貴女がパールだと言うなら、何故、真珠姫は生まれた! 真珠は、何者なんだ!」
「パール。答えてください
……
」
「私は
……
」
瑠璃と蛍姫から問われ、それでもなおレディパールは口ごもった。よほど言いたくないらしい。
「言ってください
……
私も覚悟を決めています」
「わかった
……
」
再度促され、レディパールはついに語り始めた。彼女が秘していた、失われていた過去の記憶を。
■■■
煌めきの都市に珠魅が集っていた、最後の時代。珠魅の核を狙う、帝国との戦争に明け暮れる日々。
不死皇帝率いる帝国軍は侵略の手を緩めることなく、各地にある珠魅の都市がいくつも陥落し、次第に劣勢に追い込まれつつある中
――
当時、最も力のあった都市の玉石姫・蛍は、己の騎士レディパールに密命を与えた。
触れた者の願いをなんでも叶えるという、マナストーンの探索。
そして、そのマナストーンのあるマナの聖域へ至る鍵、聖剣を手に入れること。
途方もない話だが、伝説にも等しい存在に縋らざるを得ないほど、珠魅側は追い込まれていたとも言える。
不死皇帝軍の目を欺くため、そして隠密裏に、自由に行動できるよう、表向きは追放という形で煌めきの都市を発ったレディパールは、蛍姫の命を果たすべく探索の旅を続けていた。
都市で異変が起きたのは、その旅の最中のことだった。
主たる蛍姫が、煌めきの都市から攫われたのだ。
――
不死皇帝軍の仕業によるものか、それとも。
もっとも当たってほしくなかった、最悪の予想が正解だったと、レディパールは確信を得ることになった。灼熱の砂漠の、オアシスで。
「来てくれたね
……
パール
……
」
レディパールの跡を継ぎ、玉石の騎士となった青年。アレクサンドル。
煌めきの都市で任についているはずの彼に呼び出されて来てみれば、久しぶりに相まみえた彼は、以前と変わらぬ微笑みを浮かべているようにみえた。ただし、見たこともないほど昏い瞳をして。
「都市から蛍姫を連れ出すなど
……
。どういうつもりだ」
蛍姫様をお救いしたいのだ、とアレクサンドルは答えた。
「このまま戦いが長引けば、多くの珠魅が傷つく。その度に、お優しい蛍姫様は命を削って涙を流す
……
」
「一族を己が命で支える。それが、玉石の座に座す玉石の姫の務めだ。百年のお勤めの後は、次なる姫が選ばれ、解放される。それまでは耐えてもらわねば
……
」
アレクサンドルが後任となり、それなりに経つ。今更するような問答ではなかった。
そもそもアレクサンドルだって、それを承知で騎士となったはずだ。
珠魅一族を、自らの命で支え続ける玉石姫。その姫を命を懸けて護り、影から支えることこそ、玉石の騎士の役割なのだから。
だが、歴代で最も若い玉石の騎士はゆるゆると首を振った。
「
……
蛍姫様は、もうじき死ぬ」
「まさか
……
」
あまりにも早すぎる。
姫から命を授けられたとき、姫は命に関わるほどの状況ではなかったし、戦況にもまだいくらか余裕はあった。だからこそレディパールはディアナやルーベンス、サフォー、そしてアレクサンドルに後事を託して旅立つことができた。
「貴女が戦場に出てから変わったのだ
……
。繰り返される激戦で多くの珠魅が傷つき、姫様の元へ担ぎ込まれてくる。あなたがマナストーンを見つけても、蛍姫様には間に合わない」
限界なのだと口にするアレクサンドルに、嘘偽りの色はない。
「
……
そうだとしても、蛍姫は都市に戻すべきだ」
砂漠のぎらつく太陽が、二人の騎士を焼きつけるように照りつける。
オアシスの水が蒸発しては陽炎となり、熱波とともにゆらゆら立ち昇る。
「たとえ儚く消えようと、周りの者の苦痛を放ってはおけぬ
……
。彼女は
……
蛍姫は、そういう女だ」
蛍という女がどういう珠魅であるか、レディパールはよく知っている。
誰よりも心優しく高潔で、たおやかな見た目に反して、強固すぎる意志の持ち主でもある。周りがいかに案じようと、蛍姫自身が涙を流すことを止めないことも、都市を離れることを良しとしないであろうことも、容易に予想がついた。
……
そして、そんな彼女に甘え、頼りきっているのが、情けなくも珠魅の現状だった。
「もはや、蛍姫様のご意志は関係ない。姫様は長き眠りにつかれる
……
」
アレクサンドルが、感情のこもらぬ声で言う。
「なにを
……
したのだ
……
」
「蛍姫様を、時の干渉を受けぬ宝石箱パンドラに
……
」
閉じ込めたのか。
「それ以外に延命処置はない
……
」
苦渋の選択なのだろう。アレクサンドルの苦悩は、長らく蛍に仕えてきたレディパールにも理解はできる。
……
理解するだけなら。
「わかった
……
。ディアナに、蛍姫を玉石の座から廃すように進言しよう」
だが、それが、レディパールにできる最大限の譲歩だった。
高まる緊張からか、酷暑のせいか。それとも両方が原因か。喉がひどく貼りつく。
「そして、新しい玉石の姫を仕立て上げ、また命をむしり取るのか?」
「
……
我々はそうして生きていくしかない」
……
それが唯一の、珠魅が生き残る道だ。
「だが、蛍のことは私が何とかしてみる。だから、皆の元へ返してやってくれ
……
。彼女は珠魅のシンボル。珠魅の希望そのものだ。明日迎えに来よう
……
」
「そうして、背を向けるのか?」
アレクサンドルの双眸が、ギラリと光った。
「パール。他人の命を保険に、生き長らえる汚い種族を、何故その手で滅ぼさない!」
「
……
仲間を裏切れぬ」
アレクサンドルは薄く嗤った。失望混じりの言葉とともに。
「やはり、石人形の貴女にはわからないのだな
……
」
「人形
……
?」
レディパールが片眉を上げる。
アレクサンドルの姿が、陽炎の向こうで揺らめいている。そこから染み出す、どす黒い感情の渦。
「ずっと不思議だった。何千年も生きる貴女が。蛍姫様から聞いた。貴女の核は漆黒。内に輝きを宿さぬ、体のみの抜け殻
……
。玉石の騎士レディパールとは、代々の玉石姫の命で動く戦闘人形だと!」
「私は石人形ではない
……
」
いいやとアレクサンドルは強く否定する。その眼から、声から、全身から、強烈な怒りと殺意があふれ出す。
「貴女は輝きの宿らぬ人形だ! 貴女だけではない。輝きを無くした、珠魅の全てが人形だ! 他人をいたわる心を忘れ、涙を流せなくなった私達。滅ぶべきは、姫様ではない! 滅ぶべきは私達だ!」
「アレク
……
!」
ひどい眩暈がした。容赦ない砂漠の熱波に、真珠の核が悲鳴を上げていた。
「その愚かな珠魅を守る貴女を、私は許せない! 死んでくれ、パール!」
揺らめく熱波を断ち割り、白銀の武器が飛ぶ。
避けようもなかった。
アレクサンドルの投げた短剣は一筋に黒真珠を撃ち、深い傷をつける。
「アレク、仲間を傷つけては
……
!」
倒れたレディパールを無感動に一瞥し、アレクサンドルはくるりと踵を返した。
正確には、『アレクサンドルだった』女が。
陽炎に揺らめき、薄れていくレディパールの世界の向こう。
玉石の騎士アレクサンドルは、見たこともない姿に変わっていた。緑の衣装を身にまとい、亜麻色の髪を高く結い上げた、細身の女の姿に。
アレクサンドル
……
。
もはや届かぬ、友だった男へと、レディパールは手を伸ばす。
アレクサンドル、行くな。その先へ行くな。これから、お前の往こうとする道に、光など。
レディパールの意識が暗く、暗く閉じていく。闇へと落ちる。
そして、完全に途絶える最後の瞬間
――
胸に浮かんだのは、己が守るべき姫だった。
蛍
……
。我が姫
……
。
ただ一人、涙を流すことのできる玉石の姫。
涙を流せぬ 騎士の私が
こんどこそ わたしが
あなたを すくうなら
……
。
……
。
…………
。
「アンタは! おい、おい、しっかりしろ
……
!」
せっかく、仲間に会えたと思ったのに
……
。
やけに、温かかった。誰かが、自分を抱きしめている。嘆いている。
ああ、誰だろう。この声。どこかで聞いたことが、あるきがする
……
。
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