しちろ
2024-06-18 17:17:15
22563文字
Public LOM・宝石泥棒編
 

宝石泥棒編 12

ティアストーン前編。


 ジオに到着したカイとシオンは、まっすぐ『ウェンデルの秘宝』に向かった。
 目抜き通りに入り、店まで行くと、いつもと違った点があった。
「ドア。開きっぱなしになってる」
 いつもはきちんと閉じられている扉が、開け放たれたままになっている。店内は洞穴のように暗く、外からでは見えない。
 そのまま中に入ろうとしたカイだが、そこで、強烈な違和感があった。
「な、なにこれ? 気持ち悪い」
 入り口周辺の空気が、ねばつくように重たい。恐る恐る手を伸ばしてみると、見えない壁に押し返されるような、妙な抵抗があった。
「結界」
「え?」
「結界が張ってある」
 シオンが見通すような目つきで暗がりを見つめている。
「結界……なんで、こんな普通の場所に、そんなものが?」
「普通の場所じゃないから」
「ほうほう」
 そうだった。
 結界とはすなわち、中に入れたくない者を排除する術。魔法学園にも張り巡らされている、防護魔法の一種だ。
 だからと言って、それで諦めるカイではない。
 結界の前で何度か屈伸して、大きく息を吸い込み、気合を入れる。そして。
「うおおおおおお!」
 雄叫びを上げて、真っ向勝負で突撃した。驚いた街の人々が一斉にカイのほうを見たが、本人はそれどころではない。
 視えない圧に阻まれながらも、負けじと足を前に出し続け、強引に結界を突破した。
「は、入れた……
 結界を破った瞬間、鍵を入れたポケットが、わずかに光っていたことにカイは気づいていない。
 それはともかく、入り口から店内に入るまでの、たった、十数歩。わずかそれだけで、カイは全力疾走した直後のように、全身ずぶ濡れで呼吸する羽目になった。
「よく、それで入れるな」
「キ、キミこそ……ちゃんと、ついて、きてる……?」
「うん、まあ……
 膝に手をつき、ぜーはーと荒い息を吐くカイの横で、シオンは汗ひとつかかず涼しい顔をして立っている。時々、何なんだコイツと思わないでもない。
 額からしたたる汗をぬぐい、顔を上げる。
 絶句した。
「なに、これ……
 そこは、カイの知る『ウェンデルの秘宝』ではなかった。
 ひどく埃っぽく薄暗い中を、カイは腰に提げたランプを掲げて、ゆっくりと動かしていく。
 古びてくすみきった絨毯には塵が積もり、陳列台も家具も砂と埃だらけ。床の上にはやはり、埃をかぶった宝石や宝飾品が無残にばらまかれ、壁には蜘蛛の巣がいくつも張っている。明らかに、泥棒が入ったとか夜逃げしたとかいう荒れ方ではなかった。長年……少なくとも年単位にわたって忘れ去られ、打ち捨てられていたといった印象だ。
 カイは念のため、無人のカウンターに身を乗り出し、奥まで覗いてみた。カウンター内はもちろん、バックグラウンドにも人がいる気配はない。
「やっぱり、誰もいないみたいだね」
 建物中、どこもかしこも水を打ったように静まり返っている。アレックスはどうしたのだろうか。
「シオン。キミ、こないだ、ここでアレックスさんに会ったって言ってたと思うけど……
 カウンターからぴょいと飛び降り、シオンを振り返る。店主との接触は、それが最後のはずだ。
 だが、カイに応えたのはシオンではなかった。

「誰だ。そこを動くな」
 
 低く抑えた男の声が、突然割って入った。
 と同時に、じゃり、と金属的な音が小さく重なった。武器の鳴る音だ。シオンは背中越しに入口へと目だけを動かし、瞬時に警戒を高めたカイが、いつでも槍をとれるよう身構える。
 次の瞬間、思いきり目を疑った。しかし、相手のほうはもしかしたら、カイ以上に驚いた顔をしていたかもしれなかった。
「瑠璃!?」
……カイ……
 店の入り口で、砂マントの青年が剣の柄に手をかけたまま、呆けたような顔をしている。
 間違えようもない。立っていたのは、この街で別れたはずの瑠璃だった。
「瑠璃くん? どうかしたの?」
 瑠璃のマントの影から、こそっと白い顔がのぞく。その表情が、見る間に輝いた。
「おねえさま! おひさしぶりです!」
「真珠ちゃん!」
 真珠姫が、瑠璃の影から勢いよく飛び出てきて、カイへ無邪気に飛びついた。つられて破顔しながら、真珠姫の華奢な身体を両腕で受け止める。
「うれしい。まさか、こんなところであえるなんて」
「あたしこそ。二人とも、無事でよかった。心配してたよ」
 明るい笑顔で再会を喜び合う。子猫のように甘える真珠姫に、屈託は見られない。
「真珠」
「あ、えっと、瑠璃くん」
 瑠璃に咎められて、真珠姫がそろそろとカイから身を離した。
「アンタたち、どうして、ここに」
……それはこっちの台詞だよ、瑠璃」
 牽制し合う瑠璃とカイ。一言ずつ言っただけで、互いに無言になってしまう。
 なにしろ、二度と会うことはないかもという別れ方をした。瑠璃は話を聞く前に自分から友人を遠ざけたし、カイはカイで瑠璃や真珠姫の気持ちを汲まず、うまい物言いもできなかった。そして今は互いに心の準備ができていない。
……あたしから、話そうか」
 カイは深呼吸をし、気持ちを落ち着ける。
 焦ってものをいう場面ではない。
「瑠璃。キミに言われた通り、考えたよ。キミたち珠魅との関わり方。自分がこれからなにをしたいのか、どうしたいのかって。それで、ここに来ることに決めた」
 瑠璃と真珠姫に伝わるよう、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「瑠璃たちがあたしたちのことを心配してくれるのは、うれしいと思ってる。あたしがキミたちのことを心配しているように、キミたちも気にかけてくれてるって、わかってる。でももう、関わるなとは言わせないよ。決めたんだ。あたしはこれからもキミたち珠魅と行く。あたしが、一緒にいたいと思うから。もう一度、会いたい人たちがいるから。この先にあるものを、瑠璃と真珠ちゃんと一緒に見に行きたいから」
 珠魅の犠牲が重なり、気負っていたときとは違う。迷いのない、澄んだ眼差しだった。
 瑠璃は気の抜けたようにふっと息をつくと、降参とばかりに首を振った。
……物好きだな、アンタ。とんでもないのと知り合っちまった」
 そう言いつつも、瑠璃の口元はほころんでいる。この、わがままで押しつけがましい、究極のお節介焼きは、きっと地獄の果てまで追いかけてくるだろう。
「ありがとう、おねえさま……
 こうして、二度別れた珠魅と人間は三度、仲間になった。次に別れることはもうないだろうと、みなが確信しながら。


「で、アンタらは何故ここに?」 
 場の空気が緩んだところで、改めて瑠璃が問う。
 互いの居所など知りようもなかったのに、示し合わせたように同じ時間、同じ場所。偶然とはいえ出来すぎている。
「夢で見て」
「は?」
「こないだ、夢でここが出てきてさ。誰かに呼ばれたんだよね。で、実際に来て確かめようと思ったわけ」
 真珠姫は素直に感心しているが、瑠璃は「夢かよ……」とぼやいている。まあ、信じられないのも無理はない。
「そもそも、誰かって誰だ」
「わかんないから『誰か』なんでしょ。うーん、綺麗な女の人の声だったと思うけど。あと、緑っぽかった。拾った鍵もそんなだし、ねえ、シオン」
「俺は見てない」
 相変わらず計画性皆無のカイとシオンを目の当たりにして、瑠璃は額に手をやった。
「まさか、そんな適当な理由でオマエら、わざわざジオくんだりまで……
「適当って、失礼だなぁ、瑠璃」
 カイが頬を膨らませる。たかが夢だって、カイには十二分に旅に出る理由にも根拠にもなる。いつだったか、変な樹の夢を見たときもそうだった気がするし。
「瑠璃たちこそ、どうしてここに?」
「いろいろ調べて回っていたのさ。珠魅のことやサンドラのこと、この店のことも」
 カイと異なり、こちらはしっかり足を使って調査したらしい。瑠璃はぐるりと首を巡らせる。
「ここ、他の奴らには廃屋に見えているらしい。ずっと、昔からな」
「アレックスさんって店員さんのことも、誰も知らないみたいなの」
 珠魅たちの言葉を聞いて、カイの血の気が引いた。
「え? じゃあ……
 すると、あの煌びやかな店は。朗らかな店主は。
 ドミナでも感じたいやな予感がむくむくとわき、暗雲のように立ち込めた。
 そうだ。今になって思い返してみれば、この店で他の客の姿を見たことがない。アレックス自身は、『流行らない店』と言っていたけれども。

『ボイド警部からも、サンドラには気を付けるように言われています。価値ある宝石を狙う女盗賊だと』

『アレックス? 誰だね、それは』

……やられた」
 カイは、自分の目元をぴしゃりと打ってしまった。
 アレックスは、カイとの会話で、ボイド警部がこの店に立ち寄っていることをそれとなく仄めかしていた。だから、無意識のうちに警部とは知り合いだと思い込んでいたのだ。そして、アレックスを信用のおける人物だとも。おおむね真実ばかりを述べていたアレックスの話には、ほんのひとさじの嘘が交じっていたわけだ。
 腕組みした瑠璃が、忌々しげに鼻を鳴らす。
「つまり、同業嫌いのあの店主。廃墟に結界を張って無関係な人間の出入りを防ぎ、理由はわからんが侵入を許したオレたちには偽りの姿を見せ、何食わぬ顔をしてアンタに接客していたってわけさ」
……
 魔法が解けた真実の姿が、この廃屋というわけだ。
 胸のざわつきを抑えられぬまま、カイは床に落ちていた赤い石を拾い上げる。アレックスが、輝きがない、価値のない石だと言っていた宝石である。
「だが、それにしたってこれはおかしい。まるで、時間が歪んでるみたいだ」
 居心地悪そうに瑠璃が言えば、真珠姫は核を押さえて不安そうな顔をする。
「なんか、へんなの。胸の核が、軋む……
「だが、唯一、変わらんものがあってな」
 言いながら、瑠璃が部屋の隅へ歩いていく。巨大な宝石箱の前で立ち止まると、固く施錠された蓋をラピスのこぶしの背で軽くたたいた。
「このでかい箱だけは、石屋にあった時の、そのままなのさ」
 カイは精霊のランプで照らしてみた。高級店では煌びやかな宝飾品に隠れて目立つ存在ではなかったそれが、廃屋では際立って異彩を放っている。薄汚れた部屋で唯一、その箱だけが汚れなく美しいせいで。
 瑠璃は蓋につけられた南京錠をつかんで、ガチャガチャやりはじめた。
「絶対に怪しいと思って、こうして何度も試しているんだがな……チッ、やっぱり開かないか。シオン、今度こそアンタの出番だぜ。今なら石屋も警察もいない」
「あのな」
 役立たずの男どもはさておき、カイはしげしげと宝石箱を観察してみた。宝石を入れるだけにしては、やたら大きくて頑丈そうな作りではあるが……
 カイが注目したのは、その色と文様である。見覚えがあった。それも、ここではない、他の場所で。
……これ」
 やがて、目の前の視覚情報がカイの記憶と一致した。「これだ!」
「なんだ、いきなり」
 驚いた瑠璃が動きを止めた。
 カイは脳内で何度も確認し、確信する。この色、形、文様。大きさは違うが間違いない。夢の『ウェンデルの秘宝』で見た、小さな宝石箱と同じものだ。
「南京錠のついた、開かない宝石箱……
 そこであっと思い立ち、腰のポケットに手をやった。
「任せて! 鍵なら、あたしが!」
 カイは、大事にしまっていたそれを意気揚々と取り出した。夢で見つけた小さな鍵。これこそ、宝箱の鍵に相違ない。この鍵で、夢の世界の宝箱は開いたのだ。
……大きさが、全然違うぜ」
「あれ」
 カイが得意げに掲げた鍵は、夢で見たままの、小さなサイズである。大振りの南京錠にはどう見ても合わない。
 瑠璃を筆頭に変な空気が流れるなか、真珠姫が上のほうを見た。
「どうした、真珠」
「なにか、きこえたような……
「げっ」
 カイが青ざめた。あえて口にはしていないが、いかにも『出そう』な廃屋だ。その手が苦手なカイとしては、ちょっとやめてほしい。
 だが、パートナーに合わせて耳を澄ませていた瑠璃が、表情を変えた。
「いや、確かに聞こえる……!」
「えっ!」

 誰か……

 今度は、カイにも聞こえた。
 暗い廃墟に儚くこだまする、今にも消えてしまいそうな声。
「この、声……
 カイは息をのんだ。間違いない、この声。聞いたことがある。
「鍵が……!」
 鍵が、強く光り出した。
 瑠璃と真珠姫が、同時に叫ぶ。
「強い、輝きを感じる!」
「この感じ……なつかしい……でも、どこから……?」
 光りが強まる。かちゃりと音を立てて、南京錠が外れた。閉ざされていた箱がついに開く。
 箱から光が溢れるその光景は、夢でカイが見たのとまったく同じ。視界を真っ白に埋め尽くす、まばゆい光だ。