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しちろ
2024-06-18 17:17:15
22563文字
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LOM・宝石泥棒編
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宝石泥棒編 12
ティアストーン前編。
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ティアストーン 前編
ドミナ商店街にある武器屋(実質雑貨屋の)『ジェマの騎士』には、夫婦が日替わりで店番に立つ。
「あら、いらっしゃい!」
「こんにちは、ジェニファーさん」
買いだしもかねて、出立前に立ち寄る。店番はジェニファーだった。のどかな田舎町の雰囲気に見合った、のんびりした雰囲気の店であるが、ここ最近、来訪者が増え活気が出てきたことで、ジェニファーの商売魂にも火がついている。
「よそからのお客さんも増えたし、うちもがんばらなくっちゃねぇ。カイちゃん、シオンちゃん。おばちゃん、バンバンいい商品仕入れるから、今後ともよろしくひいきにしてほしいわぁ」
……
と、言いたいとこなんだけど。
ジェニファーは不満そうに愚痴をこぼしはじめる。いつも通りと言えば、いつも通りである。
「ダンナが、商売に身が入らないみたいでねぇ。今朝だって仕入れに行くの忘れてて、慌てて出て行ったのよぉ。いくらお客さんが来てくれたって、売るもんなきゃ商売にならないじゃないねえ。相変わらず娘とはぎくしゃくしてるし、昨日の晩なんか、とうとう『あれはレイチェルじゃない』なんて言っちゃって」
「う、うん
……
それは、なんと
……
いうか」
何とも言えず、カイは頭を搔いた。いい年して娘にべったりのマークもマークだが、まったく異常を感じないジェニファーもどうかと思う。
「これから出かけるんでしょ? うちはこんな有様だし、今日はバザールで買い物してもらった方がいいと思うわ。ほんと、しょうがないんだから」
どうやらこの家、ますますこじれている
……
。
ジェニファーの話通り、マークは取引に出かけてしまっていたため、それ以上の話は聞けなかったのだが。
何も買えず、愚痴をしこたま聞かされただけで店を出たカイは、シオンにボソッと言った。
「あたしの知らないところで、想像もつかない出来事が起きてる気がする
……
」
「
……
」
やむなくドミナバザールへ向かう。たちまち威勢のいい声が飛んでくる。
「そこの金髪のお嬢ちゃん、海の町からいい品持ってきたよ! 内陸じゃまず手に入らない、上物の貝細工! 女性にぴったりのおしゃれな防具やアクセサリーもあるよ」
「兄さん兄さん、武器作成に興味ないかい? この鉱石見てくれよ。見てくれは地味だが、質と値段ならどこにも負けないぜ。なにしろかの有名な、ウルカン鉱山直通だ!」
「旅支度? それならぜひ、よく効くうちの傷薬を! 骨の城の良質な薬草から作った特製で
……
」
リュオン街道の治安が安定してきたことで、ドミナには、これまで往来のなかった地域からも行商が訪れるようになっていた。それとともにもたらされる、より切れ味の良い武器、より優れた防具、良質な燃料。遠方の食材、地方の工芸品。さすがに大都市ジオには遠く及ばないが、地産地消が主だったバザールは目に見えて活性化していた。
つられていくつか買ってしまいながら、カイは感嘆の声を上げた。
「ふえええ、すごいねえ。夏頃は、螺鈿細工なんてポルポタまで行って買ったのに」
「真夏に大汗かいて盗賊退治した甲斐があったんじゃないか?」
「うん、まあね」
何の気もなしに笑って答えたカイだが、違和感を覚えた。
「キミ、今、褒めた?」
「褒めてない」
愛嬌のかけらもない少年はそっぽを向いて、その辺で買ったらしい林檎をかじっている。
季節は冬。けれども、古くは妖精戦争の時代から、大きな変化なく時を刻んできたこの町はいま、錆びついていた歯車が急速に回り始めたかのように、あるいは厳冬を乗り越えた木の芽が、暖かな春を迎えて一斉に芽吹くかのように、目覚ましい勢いで変わりつつあった。
「それで、これからどうする気だ?」
「ん?」
「瑠璃と真珠姫。探すんだろう」
言われて気がつく。
仲直りして空き家から連れてきたはいいが
……
彼にはまだ、詳細を話していなかったか。
「次の目的地ってこと? それなら、もう決めてるよ」
カイが予定地を伝えると、シオンがおうむ返しにしてきた。
「ジオ?」
「うん」
「何か、理由でも?」
「あ、えっとねえ
……
」
カイは本当のことを話すか、ちょっぴり迷った。夢のお告げで、なんて言ったら途端に胡散臭い。
「うーん、信じてもらえるかわかんないんだけど
……
」
だが、隠すようなことでも隠すような相手でもないので、ありのままを話すことにした。
夢で見た光景と、そこで出会った者たち。そして最後に登場した実在の場所
――
ジオの宝石店『ウェンデルの秘宝』について。
「不思議な話なんだけど、本当なんだよ。証拠もあるよ。これ、夢の中で見つけた鍵」
カイは、ポケットにしまっていた小さな鍵を取り出した。
シオンが、見えづらそうに眉間にしわを寄せる。
「
……
どこ?」
「なんと」
まさかの、ディアナの鍵と同じパターンのやつだ
……
。カイだけ、もしくは特定の者にしか視えない鍵らしい。
「あの、見えないかもしれないんだけど、ここにあるんだよ。これくらいの大きさの鍵で、金色で、薄い緑色の石がついていて」
カイは大仰に身振り手振りを交えて説明した。ここで信じてもらえないと後が続かない。
それで伝わったのかどうなのか、シオンはすんなり同意した。
「わかった。ジオに行こう」
「おや」
カイが意外そうにしたのが不服だったのか、シオンがむすっとした顔をした。
「なんだよ」
「いや、あの
……
ありがとう」
なぜか面映ゆくなりながら、カイは鍵を元通りしまいこんだ。動いても落とさないよう、あらかじめ頭に通しておいたひもを、服の内側にしっかり結びつけておく。こうしておけば失くさずに済む。
物資の補充を終えると人込みを避け、教会のほうへ向かう。
一歩バザールを離れればそこは昔ながらのドミナで、馴染んだ田舎町の風景が戻ってくる。
丘陵地に広がる、茶色い畝の波を左手に見ながら歩いていくと、くすんだコートを着込んだ人物が教会の前をうろうろしているのが見えた。
「ボイド警部じゃん」
カイが声をかける前に、向こうもこちらに気がついたようだ。風に飛ばされないよう、片手で帽子を押さえ、小さいわりにがっちりした身体を揺らして走ってくる。
「おお、カイ君とシオン君かね! ちょうどよい、探しておったんじゃ!」
「あたしたちを?」
ボイド警部がいるということは、もしかしてまた事件か。
「いや、今日はそういうわけではないんじゃが
……
あの二人はどうしたね」
「あの二人?」
「チミたちとよく一緒にいた、珠魅の二人じゃよ。瑠璃と真珠姫と言ったか。最近、姿を見せないが
……
」
てっきり、カイたちと一緒だと思っていたらしい。
カイは、荷物で膨らんだ鞄を軽くたたいた。
「実は、いろいろあって別れちゃったんだ。あたしたち、これから二人を探しにいくところ」
「そうじゃったか
……
無事じゃといいが」
「簡単にやられちゃう二人じゃないよ。元気な気がするんだ。なんとなく」
根拠のない話じゃのうと、警部は困り顔で顎をさすった。
「じゃが、チミの言うことは信じたくなるのう。あの、鼻っ柱の強い瑠璃君が、そうやすやすとくたばるとも思えんしな」
「あははは、たしかにね」
人の好い警部は、心から案じてくれているらしい。
「警察も、サンドラ逮捕に向けて動いてはいるが
……
早く見つけてやることじゃ。青い瞳、ルーベンスさん、エメロード嬢、ジオのダイアモンド像。なぜ今まで、瑠璃君と真珠姫の二人だけ見逃されてきたのかはわからんが、彼らがサンドラに顔が割れておるのは間違いない。珠魅とあらば手当たり次第に核を奪ってきたヤツが、そう簡単に彼らを見逃すとは思えんからな」
「うん。たぶん、サンドラにとっては、まだまだ終わりじゃないんだと思う」
ボイド警部の目が光った。
「おや、カイ君。ヤツについて新しい情報でもつかんだかね?」
「あ、えっと、そういうわけじゃないんだけど」
カイは慌てて手をふった。思うところはあるが、現時点では多くが憶測にすぎない。
「チミたち二人の、捜査への協力は感謝しておる。じゃが、くれぐれも注意することじゃ。サンドラは強く、狡猾じゃ。何かあってからでは遅いからな。友達思いなのはいいんじゃが、自分たちの身の安全が第一じゃぞ」
「は、はい。そうするよ」
カイは姿勢を正した。同じ忠告は散々されてきているカイだが、こうして現場の人間にストレートに言われるのが一番身に沁みる。
警部にも次の予定を聞かれ、ジオに行くと答えたカイは、ついでに聞いてみた。
「ねえ、警部。警部はなぜ、宝石泥棒を追うようになったの?」
「なぜって、それがワシの仕事だからな」
「でも、捜査に熱心なのって、ボイド警部と部下の人くらいだよね? 休みまで働いてるしさ。仕事ってだけじゃない気がしてる」
「
……
」
珠魅という種族は、一般にはなじみがない。存在すら知らない者が大半である。
しかし、ボイド警部は以前より珠魅に詳しく、そして好意的だった。それに、捜査に熱心すぎるほどに熱心でもあった。もちろん、警察としての正義感とか使命感とかあるのだろうが、それを差し引いても、彼が宝石泥棒確保に傾ける情熱は並大抵のものではなかった。
警部は空を見上げて、パイプをふかす。
「
……
チミの推察通り、個人的な理由はある。が、そんなこと聞いてどうするね」
「どうもしないけどさ、前から気になってたんだよ。この事件に最初から真剣だったの、ボイド警部だけだったから」
守秘義務とかあるなら仕方ないけど、とカイが言うと、そんな大した理由じゃないわいと警部はそっぽを向いた。
「話すのは構わんが、しがない中年オヤジの昔話じゃ。聞いて楽しいものでもないぞ」
「そんなの聞いてみなきゃわかんないじゃん。あたしは聞いてみたいのさ」
「チミは変わらんのう。見上げたしつこさじゃな、相変わらず」
教会のほうをちらり見た警部は、ここではなんじゃなと言い、場所を移すことを提案した。
「向こうの公園にするか」
女神の使い噴水公園には、あまり人が来ない。具合のいいことに一休みできるベンチもある。実際に行ってみると、カイたちの他にいたのは、地面を這う蟻と日向ぼっこしている鳩だけだった。
警部に勧められて、カイがまず腰を下ろす。シオンは遠慮したので、少し離れて警部が座った。どっこいしょと言って腰を落ち着けた警部は、くわえパイプの煙をぽっと吐き出した。
穏やかな冬晴れだ。澄んだ青空へと、ドーナツ型の煙がぷかぷか上っては消えていく。
「チミたちは、『怪盗淑女』を知っておるかね」
カイと並んでとぼけた形の煙を見上げながら、警部がぽつりと言った。
「『かいとうしゅくじょ』?」
カイの口ぶりで、知らないと踏んだらしい。
警部は両手を組み合わせて、小さな背中を丸めた。
「宝石泥棒サンドラの、昔の呼び名じゃ」
『淑女』とは、珠魅殺しを重ねるサンドラの印象からあまりにも遠い。
警部は目を閉じて天を仰ぎ、ゆっくりと語りだした。
「今では、知る者はほとんどおらぬがね。かつての宝石泥棒サンドラは、世間で有名な怪盗だった。どんな困難な『仕事』でも、誰一人傷つけることなく、鮮やかな手口で宝石を盗み出す。弱者は決して狙わず、悪党のみをターゲットにしてな。みな、応援したわい。警察ではなく泥棒をな。憧れたよ。ワシはまだ子どもじゃった」
そこでボイド警部はパイプを下ろすと、地面に視線を落とした。
「じゃが、ある時を境にサンドラは豹変した。標的を普通の宝石から珠魅の核に変えた。あれほど無血にこだわっていたのが、手段を選ばなくなり、犠牲を出すことを躊躇しなくなった。今の彼奴は怪盗でも淑女でもない。ただの珠魅殺しだ。いったいヤツに何があり、どうして冷酷な殺人者に変貌してしまったのか
……
その理由をワシは聞きたいんじゃ。本人の口から直接、な」
「
……
」
返事は、すぐにはできなかった。矛盾する殺人鬼と淑女の顔が、カイの頭の中で入り乱れている。
「警部は、手口の変化同様に、宝石泥棒の本質自体が変わったとは思わないのですか?」
黙ってしまったカイの代わりに、シオンが訊いた。
その可能性がもっとも高いのだろうし、そう考えるべきなのじゃろうな
……
と、警部は答えた。
「犠牲者があまりに多すぎる。じゃから、全部ワシの感傷なんじゃろう。警察としてもワシ個人としても、ヤツの犯した罪はとても許せるものではないわい。じゃが、それでも
……
」
それ以上は立場上、言葉にすることはできなかったのだろう。
いつの間にかカイは、ボイド警部と同じように両手の指を組み合わせて、手が白くなるほどきつく握りしめていた。
「もったいぶっておいて、こんな理由だったとはがっかりしたじゃろ。亡くなった珠魅たちに顔向けできんわい。警察失格じゃな」
「ううん、そんなことないよ。話聞けて、よかった」
警部には話しづらいことだっただろう。それでも聞かせてくれたことに礼を言う。
「チミたちはジオに行くんだったな。知っての通り、あの街はサンドラの活動範囲じゃ。危険だと思ったら決して無理をしてはならんぞ。警察を頼りなさい」
「そうするよ。あたしたち、まずはアレックスさんのお店に行こうと思ってて」
「アレックス?」
警部が訝しんだ。
「知ってるでしょ? ジオの目抜き通りにある宝石屋さん。警部が、宝石泥棒に気をつけるよう注意したって」
アレックスが言っていたことである。
ところが、ボイド警部の答えは思わぬものだった。
「誰だね、それは。ジオの、目抜き通りの一角に昔、廃業した宝石店があることなら知っているがね。珠魅の核を売り買いするような、それはひどい悪徳店だったそうでな、ヌヌザック先生も若い頃は出入りしていたとか
……
。けしからんことじゃ」
「
……
。えっ?」
カイは真っ白になった。ボイド警部は何を言っているんだ。
背筋に冷たいものを感じつつ、重ねて問う。
「アレックスさんだよ、宝石屋さんの。丸眼鏡でお団子頭の、優しそうな男の人」
しかし警部はやはり、知らないと首を振る。カイは、胸の奥がひどく泡立つのを感じた。
「それでは、これでな」
話を終えた警部を見送ると、カイは幾分青ざめた顔で、傍らに立っていたシオンを向く。
「シオン、なんだか急いだほうがいいみたい。変だよ、なにか
……
」
廃業した店舗のことなら、レイチェルからも聞いている。だが、それにしてもおかしい。話がかみ合わない。
ベンチから立ち上がったカイは、ぽつりとつぶやいた。
「
……
みんな、いろんな思いがあるんだね」
職務に戻っていく警部の背中が、みるみる小さくなっていく。
滅びゆく種族。珠魅とのかかわりは、人それぞれだ。様々な者たちの、さまざまな想いや思惑が幾重にも重なり、あるいは哀しくすれ違っていく。
「瑠璃や真珠ちゃんのことだって、二人が思うよりずっと、いろんな人が心配してるんだよね。二人とも、そのこと知ってるかな」
瑠璃と真珠姫にまた会いたいと願う人、彼らの無事を祈る人。そんな人間たちは確かに存在している。
せめてそのことは、どこかにいる二人に届いていてほしいと、そう願う。
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