しちろ
2024-06-18 17:16:30
27145文字
Public LOM・宝石泥棒編
 

宝石泥棒編 11

フローライトです。


 気がつくと、また、違う所にいた。
 急な明暗差に目がくらみ、カイは何度も目をしばたかせる。次第に目が慣れてくると、そこが薄暗い室内であることが分かった。
「あれ、ここは」
 今度の場所は見覚えがあった。
「アレックスさんのお店だ」
 間違いない。ジオの、『ウェンデルの秘宝』である。
 ただし店主のアレックスはおらず、人気はまるで感じられない。
「なんでこんなところに……
 首を傾げたカイは、自分の掌に何か載せていることに気がついた。
「なんだこれ……宝石箱?」
 それは、小さな宝石箱だった。
 カイの両手に収まるほど小さな箱の、小さな蓋には、これまた小さな小さな南京錠がかけられており、赤い小箱の表面には金字で幾何学模様が描かれている。この文様も……どこかで見たことがある気がする。
「あ、もしかして」
 閃いたカイは、ポケットをまさぐった。
 あった。夢の砂漠で、ジュエルビーストが落とした鍵。
 物は試しで、謎の鍵を南京錠のカギ穴に差し込んでみた。
「おっ、ちょうど合うじゃん」
 鍵は見事、南京錠にかみ合い、そのままくるりと回すと、ぱかりと錠が開いた。
 すこしワクワクしながら、カイは箱を開いてみた。
「うわあ!!」
 またしても、白い閃光。
 目がくらみ、奇妙な浮遊感がカイの身体を襲った。だがそれはすぐに消え、足下に地面の感触が戻ってくる。
 いや、地面のように固くはなかった。靴の裏に伝わってくる感触は、フカフカして柔らかい。
「ど、どこだい、ここは?」
 カイは目を白黒させた。少なくとも、今の今までいた宝石店ではない。
 飾られた生花、品の良い調度品。妙にフカフカしているのは、毛足の長いじゅうたんが部屋一面に敷かれていたからで、それもいかにも高級織物といった雰囲気だ。カイの足元にのみ、魔法陣らしい円形の文様が描かれている。
 部屋に窓は一つもなかったが、そのさみしさを慰めるかのように、四方の壁にも花が描かれていた。貴人――それも女性の私室だろうか。家具のひとつに、よく磨かれた鏡台がある。そして、部屋の一番奥には何が入っているものやら、六角形の巨大な箱が置かれてあった。
 カイが事態を飲み込めずにきょろきょろしていると、足元の魔法陣がぴかっと光った。
「ばふあ~」
 間近で響く、甲高い変な声。
「だ、誰だい?」
 一歩引いたカイの真横で、くるくると何かが回転し、姿を現す。
 丸々と太った動物に乗った、小さな少女だった。
 大振りの鈴が三つもついた帽子に古風な襞襟、だぼだぼの青い衣装は明らかにサイズ違いで、道化師のような化粧を施したまん丸の顔は、コロナと同い年か……もっと下に見える。
 謎の少女はカイを見るなり、場違いな陽気さで話しかけてきた。
「こんばんは~。私、夢魔少女ベルと申します。こちらは相棒のバクちゃん。カイさんには我々夢魔とバクちゃん一同、毎晩一方的にお世話になっており……
「え?」
 初対面でいきなりべらべら喋られても、そう簡単に飲み込めるものではない。
 夢の世界を渡る悪魔の一種、夢魔。そして、夢を食べる想像上の生き物バク。カイはどちらも、子どもの頃に読みきかされた絵本でしか知らない。
 ベルと名乗った夢魔はカイにかまうことなく、まん丸の目を細めて含み笑いをした。
「カイさん、寝付きはいいし、滋養たっぷりのいい夢ばっかり見てくれるおかげで、夢魔の間では大人気の上顧客なんですよう。さっすがイメージの使者、アーティファクト使い! いつもありがとうございますですぅ」
……あ、そうなんだ」
 よくわからないが、少なくとも向こうはカイにたいそう好意的らしい。
 だからいっつも、ほとんど夢を覚えていないのか。っていうか、滋養たっぷりのいい夢ってどんなんだ。
「いつもごちそうになってるお礼に、今夜の出来事を私から少ぅしばかり、説明させてほしいのですぅ。カイさん、意識のあるまま夢の世界に入り込んだですぅ。寝る前に、誰かのこと考えながら眠りにつきませんでしたか?」
「え? ええと……言われてみれば、そうだったかな?」
 言われて、思い出してみる。たしか、瑠璃や真珠姫のことを考えていたと思う。
 ベルと名乗った夢魔は、うんうんそうでしょうね、と頷いた。
「夢っていうのはですねぇ、砂鉄が磁石に吸い寄せられるみたいに、見ている人の気持ちや関係が近い方同士で引き寄せ合うんですぅ。その中にたぶん、蛍ちゃんがいたのですねぇ。蛍ちゃんの見る夢は恐怖心が強いせいで、強力な引力が発生していましてですね……あなた、ぐぐーっと悪夢に引き寄せられちゃったですねぇ」
「ほたるちゃん?」
「あなたが今、助けた方ですぅ」
 ベルの言葉に応えるように、巨大な箱が開いた。
 今晩で何度目か、カイはまたしても驚かされた。
 箱の中は寝台になっており、そこに美しい少女が目を閉じて横たわっている。この少女が『ほたるちゃん』らしい。
「蛍ちゃん、いつもすっごく怖い夢ばっかりみるですぅ。それも、私のバクちゃんがびっくりして夢の世界から飛び出しちゃうくらい怖くって、私もバクちゃんも困ってたですぅ。あれじゃ、のんびり散歩もできないんだもの」
 よほど弱っていたのか、ベルはぶつくさ言っている。
「ほたるちゃん……ほたる」
 口の中で何度か繰り返し、カイは叫んだ。
「まさか、蛍姫!?」
 噂の人物と、よもや、こんなところで。
 涙を失った珠魅で唯一、涙を流すことができる存在。レディパールとアレクサンドルの姫。
 肩を上下させて寝息を立てる少女の胸元をよく見れば、確かに、核らしきものがある。カイがすぐにそうと気がつかなかったのは、その核があまりにもボロボロだったからだ。
「そうか……仲間のために、たくさん涙を流したせいで、この人……
 カイは、涙石を手に入れる手段として、『蛍姫に涙を流してもらう』選択肢はないことを悟った。
 蛍姫の、フローライトの核。本来は美しい石なのだろうが、その核は細かくひび割れて白く濁っており、すこしも力が残されていないことを告げている。珠魅の涙は、流した者の命を削るという。命を仲間に分け与え続け、姫はもう限界なのだろう。
「蛍ちゃん、今は悪夢から解放されてぐっすり眠っているですぅ。心配ご無用ですぅ」
「そ、そっか。なら、よかった」
 ベルの言葉にひとまず胸をなでおろす。蛍姫の寝顔は安らかで、今すぐどうこうというわけでもないようだ。 
「ベル。夢の世界って言ってたね。あたしって今、起きてるの? 寝てるの?」
「起きてるとも言えますし、寝ているとも言えますね~」
 よくわからない答えだ。
 意識ははっきりしているが、まだ夢の中なのだろうか。
「蛍ちゃんがあまりにも怖がりすぎるもんだから、夢の世界に悪い虫が巣食っていたですぅ。あなたが虫を退治してくれたおかげで、夢の世界もちょっと過ごしやすくなったみたいですぅ」
「悪い虫?」
 さっきのジュエルビーストか。
「ねえ、ベル。今の夢って、やっぱりただの夢……だよね?」
 瑠璃と真珠姫から得た希望。初めて手が届いたレディパール。現実の自分にはありえない、奇跡のような力。
 その反面、夢であってほしい。真実だと思いたくない、そう感じたことも、見たものの中にはいくつもあった。
 ベルは人差し指をぴんと立てると、左右に振る。
「それが、そうとも限らないんですぅ。夢の世界を、頭の中で勝手に作られた嘘の世界だって思ってる人が多いけど……本当は夢にも実態があって、それを現実のフィルターを通して垣間見るのが夢なんですぅ。昼間の記憶が夜の夢になり、夜の夢は世界の原型になる。夢を作るのは自分自身、その夢が変われば現実も変わっていくんですぅ」
「え、え? ちょっと待って。それって」
「それでは、私はこの辺で……カイさん、これからもいい夢見てくださいね~。私、また食べちゃうですぅ。じゃあ、おやすみなさーい、ぐっな~い」
 邪気のない笑顔で手を振るベルが、暗転の最後だった。
 次に目を覚ましたカイが見たものは、見慣れた自室の天井だった。もちろん、着ているのはいつもの寝間着で、槍など持ってはいない。温かなベッドの中でぬくぬくとしている、いつも通りの自分がいるだけである。
「やっぱり、今の……夢?」
 寝起きのわりには、目も頭も冴えていた。
 やけに気分がさっぱりしている。時計の針はまだ明け方を指しているが、いまさら寝られそうにない。
 このまま起きだそうか迷ったカイは、手に何か握っていることに気がついた。
「鍵、だ」
 夢に出てきた、小さな小さな金の鍵。淡い緑色の石がついている。カイの気のせいなのか、ディアナの心の鍵に、すこしだけ雰囲気が似ていた。
「それじゃあ…………じゃ、なかったのかな?」
 どっちでもいいか。
 ベッドを出たカイは、失くしてしまわないように鍵を大事にしまうと、テーブルの上を見て頭をポリポリかいた。
……また、心配かけちゃったな」
 テーブルには、出しっぱなしのポットと、カップが置いてある。
 カイはカーテンを開けた。東の空がかすかに白み始めている。夜明けが近い。
 奇妙で不思議な一夜が、日の出とともに終わっていく。
 夢であってほしいこと。現実であってほしいこと。あの中に真実は、虚実はどれだけ含まれているだろう。
 そして。
「夢を作るのは自分自身。その夢を変えれば現実も変わる、か」
 夢の一員であった自分は、果たしてどうだろう。
 窓を開けると、全身を引き締める冷たい空気が流れ込んできた。胸いっぱいに吸い込めば、新鮮な空気が肺を満たす。
 やりたいことは決まっている。確かめなければいけないことが、いくつもある。
「よし、やるか!」
 ジオから帰宅して初めて、カイは出かける準備を整えることにした。
 まずはドミナだ。



 その日の朝。
 朝の家事を終えたカイは、いの一番でドミナへ赴くと、空き家のドアを叩いた。
 ひょっこり出てきたシオンに挨拶するが、それきり後が続かなくなる。
「あ、えーと、あのね」
 顔どころか耳まで熱くなってくるのが、自分で分かった。酒場での醜態が、みるみる脳裏によみがえってくる。
……先日は、ご迷惑をおかけして、スミマセンでした」
……。ご丁寧に、どうも」
 出来ることなら、自分とシオンの記憶から抹消したい。
「でさ。早速なんだけど、あたしの、新必殺技を見てほしくて」
「は?」
 ぽかんとしたシオンの前で、カイは槍を逆手に持ち替え、さっと構えをとる。上体をねじってジャンプして振りかぶり……よく覚えていないけど、確か、こんな感じだったと思う。
 えい、てい、などと腹から発声しながら、気合いを入れて槍を何度も振った。
「あれ? 出ない」
……
 口には出していないが、なにやってんの、とシオンが言いたいのがありありとわかる。
「本当だよ! そこの教会の鐘とかより……いやいや、ジオの宮殿よりずっとずっと高~くジャンプしてさ! 槍を背中までうんと振りかぶって、限界まで気合をためてがーッてやると、青くて強くてバカでっかい竜がぶわあああって出てきて、敵をぐわああああって」
……夢でも見たんじゃないか」
 カイはきょとんとした。
「よくわかったね」
「あのな」
 奇怪なダンスはそこまでにして、カイはシオンにまっすぐ向き直る。
 今日はもう、視線をそらさない。
「あたし、決めた。瑠璃と真珠ちゃんに会いに行く」
「それ、前も言ってなかったっけ?」
「言ったね」
 悪びれもせずに言う。
「もし会えたとして、瑠璃と真珠姫に断られたら?」
「そうだねえ。瑠璃は、嫌がるかもねえ」
 けろりと言ってのけて、カイは晴れやかに笑った。
「今はもう、珠魅のためだとか二人のためとかじゃないよ。あたしはまだ、二人のそばにいたい。友達でいたい。あたしが『そうしたい』から、会いに行くんだ」
 変わらない、かな?
 最後はすこし照れくさそうに尋ねながら、カイは鼻の頭をこする。
「さあ、どうだろう」
 はぐらかしたシオンの表情は、いつになく優しく見えた。
「あのさ、それでキミにもお願いが」
 少し遠慮がちに言い出すと、シオンはカイの頼みがわかっていたかのように、「一緒に行くよ」と言った。
「本当にいいの? この先、もしかしたら今までよりずっと、危ないかもしれないよ」
 危ないとかどうとか言うより……とシオンは言葉を濁した。カイをちょっと見て、すぐ目をそらす。
……実は、瑠璃にカネ貸したままなんだ」
「なんだい、それ」
 カイは吹き出した。
 そして、再び世界へ歩き出す。足取りにもう、迷いはない。
「行こう、二人に会いに」




『フローライト』 おわり