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しちろ
2024-06-18 17:16:30
27145文字
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LOM・宝石泥棒編
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宝石泥棒編 11
フローライトです。
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「カイさん、お帰りなさい! 濡れたんじゃないですか?」
「師匠お帰り! 今日も遅かったな~。朝帰りよりはましだけど。おれたち、そろそろ風呂入って寝ようかと思ってたぜ」
「あはは
……
ごめんごめん、ってバド。どこでそんな言葉覚えたんだい」
しっとり濡れて帰宅したカイを、寝間着姿の双子が元気に出迎えた。
それに笑って応えつつ、雨除けの外套を脱いで水気を叩き、ハンガーラックに掛けておく。気を利かせたコロナが、乾いたタオルを渡してくれた。
「カイさん。瑠璃のおにいさんと、真珠のおねえさんは?」
「あ、ああ、えっとね」
しまった。家に連絡するのを忘れていた。
「瑠璃たちとはジオで解散したんだ。二人とも、自分たちのことは自分たちでもう一度考えてみるって」
「そう、なんですか」
子どもなりに何か察したのだろうか。コロナは複雑そうな顔をする。
「なんだ。瑠璃の兄ちゃん、今度おれの稽古に付き合ってくれるって約束してたのに」
「バド、アンタそんな約束してたの」
「だってかっこいいじゃん。武器と魔法、両方使えたら」
鞄を開けたカイの横で、双子はのんきにそんな会話をしている。嘘は言っていないのだが、申し訳なさが去来した。おそらく、瑠璃と真珠姫がここに帰ってくることはもうないだろう。
「これは?」
コロナが言うのは、カイが出した包みだ。シオンから渡されたそれは、無愛想な少年が選んだにしては可愛い包装の紙袋に入っていた。
「わかんないけど、お土産みたい。たぶん」
適当に答えながら、ある考えがよぎる。まさか、また砂じゃないだろうな。
封を切ったコロナが、ああと声を出した。
「お茶ですね。うん、いい香り。せっかくだからお湯沸かして淹れましょうか。カイさん、服脱いだら先にお風呂入っちゃってください。そのままじゃ風邪引いちゃいますよ」
てきぱきと言われ、追い立てられるように風呂に入れられた。どっちか弟子だかわからない。
風呂から上がると、コロナがお茶を用意して待っていてくれた。
「いただきもののミントティ
―
です。リラックス効果でよく寝られます」
これまた、どこかで聞いたような。
風呂上がりに一杯いただいたカイは、これまた双子に追い立てられて、湯冷めしないうちに床に就いた。
「
……
眠れん」
疲労はたまっているのだが、ちっとも眠くならない。
仰向けになっても横を向いてもどうにも落ち着けず、温かな布団の中でもぞもぞ寝返りを打つ。シオンのバカ。あんなもんで熟睡できてりゃ苦労はないのだ。
「みんな、人の気なんか知らないでさ
……
」
階下から、バドとコロナがじゃんけんをする声が聞こえている。風呂の順番を決めているようだ。
賑やかな子どもらの声を背景に、シオンに理不尽な怒りをぶつけているうち、うとうと眠気がやってきた。
寝支度を整えたコロナとバドがはしごを上がる音がし、屋根裏部屋のベッドに入っていく。サボテンくんはすでに夢の中。
寝静まる家の外、しとしと降っていた雨はやがて雪に変わりはじめていた。
瑠璃と真珠姫に出会ったのは、草原の夏草がわき立つ白雲と青空に映えるころ。
それから目まぐるしく時は過ぎ、季節はいつしか冬を迎えていた。
■■■
カイと双子、そしてサボテンとの生活が戻ってきた。
先日シオンと揉めたことを思うと隣町のドミナへも足が向かず(発端はカイにあるが)、平穏な時間だけが過ぎていく。
――
自分だけ、こんなにのんびり過ごしていていいんだろうか。
そんな焦燥感すら真綿でくるんで溶かすように、この家では時は優しく流れる。
薪を集め、保存食を作り、コロナと料理をしたりバドに稽古をつけてやりながら、折につけて離れた仲間のことを、珠魅のことを、自分のことを考えた。そして、鏡の向こう側や、汲んだ水桶や、弟子の瞳の中に自分の浮かない顔が映っているのを見つけては、ため息をついたりほろ苦く笑ったりするのだった。
「うまくいかないなあ、ホント」
一人ぼやいて、柔らかなクッションに身をうずめ、安楽椅子をゆらゆら揺らす。
カイがいろいろ思うように、皆にもそれぞれの思いはあるのだろう。
その、どれもが真剣なはずなのに、きっと大切な誰かを思っているはずなのに、近づいたと思えば遠く離れ、交わったかと思えばすれ違っていくばかりで、いつまで経っても重なることはない。
「師匠、まだかよ~! おれ、もう準備して待ってるんだけど~!?」
玄関が勢いよく開けられ、バドが顔をのぞかせた。
「あっ、ごめんごめん! もうこんな時間か、バド、先に牧場に行ってて!」
「りょーかい、早くしてくれよな~!」
カイは急いで立ち上がり、槍を取って玄関を出て行く。
どんな出来事があっても自分が自分を保てているのはきっと、家族のおかげだ。
そうして幾日か過ぎた、ある夜。
双子が屋根裏部屋に戻った後、寝間着姿のカイはキッチンで湯を沸かした。沸いた熱湯を、茶葉を入れたポットに注ぐ。ここ最近の、寝る前の習慣になっている。
「これで、最後か」
シオンからもらったハーブティー、最後の一杯。すっきりした味と香りで、けっこう好きだ。
ポットとソーサー、カップ、それから砂時計をトレーに乗せ、なるべく足音を忍ばせて階段を上がっていく。他の者はすでに眠りについている。静かに上る階段の、古い家屋の床板はそれでも小さく鳴き声をあげ、壁にかけたねじ巻き時計の針がカチカチ鳴っている。
トレーを寝室の丸テーブルに置いたカイは、砂時計の砂が落ちきるのを見計らって、中身をカップに注ぎ入れた。湯気の立つお茶に息を吹きかける。
「
……
そういえば、もらったお礼、言ってなかったな」
カップ片手に立ち歩き、カーテンをめくってみると、雲った窓ガラスを通して外の冷気が伝わってきた。
あの日以来、シオンには会ってない。カイは会いに行かないし、シオンは相変わらずこの家に寄り付かないしで、別に喧嘩したいわけではないのだが、彼とはこんなんばっかりだ。
「本当にわかっているのか
……
か」
ディアナの言葉、瑠璃と真珠姫の真意。
『アンタも考えてくれ。オレ達と関わりを断つなら今がいい
……
』
瑠璃たちが離れていった理由。本当はカイだってわかっている。
出会って間もない頃、やはり何も告げずにカイのもとを去って行った瑠璃と真珠姫。とりわけ人間を信じようとしない瑠璃は、自分たちの領域に踏み込むことを決して許さなかった。
けれど、人間との交流を重ね、人を知り、人を信じることを知った今。
瑠璃と真珠姫が去った理由は、かつてとは真逆になっていた。
ふと、外の景色を見たいと思い、指で窓をなぞってみる。曇りガラスの向こうは冷たく澄んだ、綺麗な星月夜だった。
「
……
外、寒いよね」
瑠璃と真珠姫は、今頃どうしているだろう。温かい場所で休めているだろうか。寒い思いはしていないだろうか。危険な目に遭ってはいないだろうか。
彼ら自身が『考えよう』と言ったこと。何か、答えは見つかったのだろうか。
カイは元通りにカーテンを引き、空のカップをテーブルに置いた。
羽織っていたストールを脱いで椅子に掛け、蝋燭の火を吹き消してベッドに入る。
平和な寝床と、香りのいいお茶と、マイホーム。
泣きたくなるくらいの温かさに包まれながら目を閉じると、間もなく、深い眠りに落ちていった。
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