しちろ
2024-03-04 16:52:16
28442文字
Public LOM・宝石泥棒編
 

宝石泥棒編 10

アレクサンドル。


 少し時をさかのぼって、その日の昼過ぎ。
 噴水公園を出た瑠璃とシオンは、市街地から外れた地区をメインに捜索していた。人目につきにくい地域や人気のない場所――治安に不安のある区域、とも言い換えられる。華やかな都会の影で、違法な裏取引や犯罪行為が行われているのもまたこの都市の一面だ。
「なあ、シオン。オレの気のせいかもしれんが……
 周囲を警戒しながら、瑠璃がこそっと言う。
 善良な一般人のみならず、ヤンチャそうな若者や、怪しげな商売に手を染めていそうな男たちまでが、まるで潮が引くように瑠璃たちを避けていく。
「この都市の連中、オレたちのこと避けてないか?」
 理由に全く自覚がない瑠璃である。鍵の気配を探っている瑠璃は、はたから見れば、誰彼構わずガンを飛ばしているガラの悪い兄ちゃんでしかない。
「この間、カイと来た時はそんなことなかったんだぜ。シオン。アンタ、愛想なさすぎるし、ほかの人間からしたら怖いんじゃないか」
 無言でいるシオンの内心は、お前にだけは言われたくない、である。
 結界魔法ならぬ、威嚇と恐怖という名の結界をまき散らしながら歩いていた瑠璃は、
「ん?」
 ある地点に来た時、ふっと遠くを見るように顔を上げた。真珠姫が何かに思いを馳せるとき――過去を見るときにする目つきに、少し似ている。
「核が呼んでいる……ような、気がする」
……『気がする』?」
 シオンがおうむ返しにした。やけに曖昧というか、あまり珠魅らしい表現ではない。
「初めての感覚で、よくわからん」
……
 堂々と言い切られると、シオンも突っ込みようがない。
 蜘蛛の糸のように頼りない感覚を探り探り、瑠璃が先導し、シオンが後をついていく。
 真珠姫の鋭敏さに比べると、乱暴で雑なところのある瑠璃は、こういう点ではいまいち頼りにならない。というより、瑠璃の核の共鳴は真珠姫の捜索に特化しており、これが核の性質によるものなのか個人の性格によるものなのかは不明である。
 だがやがて、瑠璃の感覚が確信を得られるものに変わった。
「そっちだ」
 顎でしゃくって先を示す。
 外壁に沿って歩いていくと、城門までたどり着いた。
「鍵……これか」
 心の鍵は、城門の外に無造作に落ちていた。
 誰も振り向かないそれを、腰を折り曲げて瑠璃が拾い上げる。手のひらに収まる大きさの、緑の宝石が嵌め込まれた銅色の鍵だった。
「不用心だな。まさか、こんな場所に転がっているとは思わなかった」
 よく誰にも拾われずに済んでいたものである。
 瑠璃は銅の鍵をしげしげと見つけてから、ほら、とシオンにぶら下げて見せた。シオンが訝しげに眉をひそめる。
「鍵?」
「あるだろ、ここに」
「見えないんだよ」
「なに言ってるんだ。アンタの目の前だぜ」
 同じやりとりを何度か繰り返して、瑠璃はシオンが冗談で言っているのではないと気がついた。なるほど、珠魅の『心の鍵』。シオンだけではなく、他の人間にも見えてはいないのか。
 瑠璃の知らない珠魅の儀式、心の鍵。古来の珠魅の騎士は、正式なパートナーとなるためにこのような手順を踏んでいたのだという。もしかして、ルーベンスもこうして鍵を探して、ディアナの騎士となったのだろうか。
 瑠璃がそう考えたとき、鍵の石と瑠璃の核が呼応するように、きらりと光った。

 これは誇りの鍵……
 ディアナの心の、ほんの一部に過ぎない……

「?」
 なにやら、奇妙な声が聞こえた気がする。
「アンタ、何か言ったか?」
 反射的にシオンを見てしまった瑠璃だが、違うようだ。
「『誇りの鍵』……珠魅の誇り、か」
 瑠璃は手のひらの鍵に目を落とし、強く握りしめた。
 深い絶望と癒しがたい諦観を露わにしながら、ルーベンスは心の底に希望を残していた。ディアナもまた、嘆く影で誇りを失ってはいない、ということなのだろうか。不思議な声が聞こえたときの感覚は、核が共鳴した時のそれに近いものがあった。
「行こうぜ。真珠が言うには、鍵は一つじゃないはずだ」
「当ては?」
「ない。……が、会っておきたいやつがいる」
 誰だとシオンが訊くと、カイには会いづらそうなやつだと瑠璃は言った。それ以上の説明はない。
 次なる目的地に行く途中、目抜き通りにある『ウェンデルの秘宝』をのぞく。
「いない、か」
 窓から見える店内に人の気配はない。瑠璃は試しにドアに手をかけてみたが、鍵がかけられていた。
「ここの人?」
「違う。いないならいないで構わん。おい、行くぞ」
「開いた」
「は?」
 シオンが開けたドアの隙間から、薄暗い店内が見えている。いや、確かに鍵がかかっていたはずだ。そのはずだ。
「閉まっていたよな? 間違いなく」
「きちんと戸締りしていないほうが悪い」
 しれっと言い放ったシオンの横を通り過ぎ、瑠璃が先に店に入った。
「真っ先に入るんじゃないか」
「アンタが開けたからだろ」
 もしかしなくても思いっきり不法侵入だが、この際だ。
 歩を進めながら薄暗い店内を見回すが、鍵らしい気配はない。
……ハズレか」
 この店の空気だかあの店主のせいだか知らないが、この宝石屋。妙に落ち着かないというか、核がひりつくのだ。だから、もしかしたらと思ったのだが。
 しかし、やはりなんだか気に食わない……そう思う瑠璃の視界に、店の隅に置かれた長持が目に入った。
「この宝石箱。なんか気になるんだよな……
 瑠璃が箱の蓋をこんこんと叩いた。当然だが、これもしっかりと錠が下りている。
「おい、シオン。これ開けられるか?」
「お前、俺を何だと思ってるんだ」
 言い合っている背後から、すっと黒い影が差した。
「いらっしゃいませ。何かご用ですか?」 
 反射的にビクッとしそうになったのは、かろうじて堪えることができた。
 いつの間にかドアが開いていて、戸口にアレックスが立っている。
 焦りなどみじんも見せず、シオンが至極平静な顔で振り返り、ぺこりと頭を下げた。
「不在だとは思ったのですが、ドアが開いていたもので。すみません」
「え? 施錠したつもりでしたが……それは失礼をしました」
 コイツ……。顔には出さずに瑠璃は思った。シオンは素知らぬ顔をしている。
「こんな真っ昼間から店ほったらかして、どこ行ってたんだ」
「私ですか? ちょっと所用で」
 何か御用でしたか、と問われた瑠璃はさらっと答えた。
「ちょっとな。だが、もう済んだ」
 鍵がない以上、ここに用はない。
「瑠璃さん、でしたね。今日はご友人とお二人で?」
 まあそんなところだと瑠璃は答えた。ちなみにシオンとアレックスは、ガトで顔だけは合わせている。
「御入り用の品がありましたら、なんでもご相談に乗りますのに。あの元気なお嬢さん方はどうされていますか? お変わりありませんか」
 お嬢さん『方』。
 アレックスの言う複数形が、カイともう一人――誰を指すのか気がついた瑠璃は、顔をカッと紅潮させた。思わず一歩踏み出しかける。
……瑠璃」
 シオンに静かに窘められて我に返り、踏みとどまった。アレックスは瑠璃の態度の理由がわからず、困惑顔を浮かべている。
 シオンに引きずられるように退店させられた瑠璃は、そのまま店を十分に離れてから、シオンに言われた。
「鍵のこと、聞かないんだな」
「そう言うアンタこそ」
「だって俺はあの人のこと、よく知らない」
「オレだってそうだ」
……
……
 初めて会ったときから、瑠璃はどうもアレックスが苦手だ。自分の大嫌いな宝石商だからというのは、もちろん理由のひとつではある。あるのだが――
 カイが好もしく思う通り、アレックスはいたって善良だし、いつでも穏やかで腰が低い青年だが、妙に得体の知れないところがある。できるだけ手の内を晒したくない。
「で、本命は?」
 シオンに促され、瑠璃は気を取り直して歩き出した。カイといるとカイが先導しがちだが、同行者がシオンだと瑠璃が先を行くことが多い。二人の性格の差なのだろうが。
 今度こそ寄り道せず目的の場所についた瑠璃は、その部屋のドアを叩いた。返事はなかったが、ややあってドアが開く。
「誰かと思えば、ラピスのクズ石くんかね」
……ああ」
 魔法の力なのだろう。ひとりでに開いた扉の向こうから、円形の魔法陣が姿を見せる。瑠璃が訪れたのは、魔法学園にあるヌヌザックの研究室だった。
「オレのことなら、クズ石とは呼ばんでいいぜ。気を使ってもらう必要はない」
「そうかね。では、珠魅の騎士の瑠璃くん。と、そこのへんてこな頭巾の少年は……会うのは初めてじゃな」
 ヌヌザックに向かって、シオンが小さく会釈した。
「さて、今頃ワシに何用じゃ? この学園にはもう、珠魅は一人もおらんぞ」
 言って、ヌヌザックはひらりと背を向ける。
 その背に向かい、瑠璃は深々と頭を下げた。
「エメロードを守れなかったこと、詫びのしようもない。仇は必ず討つ。核は取り戻す……それに、オレはまだ諦めちゃいない。涙石があれば死んだ仲間は甦る」
「クズ石くんと同じことを言う。瑠璃くん。見たところ、お前さんの核も割れかけじゃ。その傷でなぜ動けているのか知らんが、無理をすればそう長くは持たんじゃろう。悪いことは言わん、安全な場所で大人しくしておきなさい。お前さんたちが栄えていた時代ならいざ知らず、滅びゆく今の世に珠魅の涙など夢物語じゃ」
「オレもそう思っていた。エメロードに会うまでは。たとえ割れかけだろうが、オレの核はまだ砕けてはいない。やれることがあるうちは、休んでいる暇などないさ。……諦めないことも希望を失わないことも、アンタの弟子に教わったことだ」
……
 ヌヌザックは答えない。
……ヌヌザック、先生。アンタに、珠魅について聞きたくて訪ねてきた。長くエメロードといたアンタなら詳しいだろう」
 ヌヌザックは横を向いたまま、しばらく黙り込んでいた。瑠璃が彼を見つめて待っていると、やがて固い声だけがした。
……いいじゃろう。話してみなさい」
 瑠璃は、現在のディアナの状態について説明した。心の鍵を探せばいいことはわかっているが、石化の理由も原因も分からない。
「なるほど、珠魅の石化か」
 ヌヌザックには驚いた様子はなかった。
「なにか、知っているか?」
 すぐには、返答はなかった。
 ヌヌザックは、「かけなさい」と言って瑠璃とシオンを促し、椅子に座らせる。その真向かいに立つと、ヌヌザックはぽつぽつと語り始めた。
……ワシはその昔、珠魅について研究をしとってな。過去に、人間の魔導士が多くの核を抜き取った時代もあったと話したじゃろう。ワシ自身は見たことはないが、そうした犠牲者の中には、望んで自ら石になる珠魅もおったそうじゃ。といっても、誰でもできるわけではなく、上位の珠魅ならではの技だったそうじゃが」
「自分から石に?」
「核を、奪われないためじゃ」
……!」
 瑠璃が目をむいた。
 ヌヌザックは話を続ける。
「人間に捕獲された珠魅の一部は、自分の核を、そしてそこに籠められた魔力を奪われるまいと自ら石になった。石になった珠魅は利用価値がなく、人間に手ひどく壊されて打ち捨てられた。人間に捕まったまま行方知れずになった珠魅には、そうして命を落とした者たちが含まれておる。だが、たとえそうされたとしても、人間にいいように利用されるよりはマシじゃった、ということかのう……
 信じたくないとばかりに瑠璃はかぶりを振り、それから大きく息を吐いた。シオンは口をさしはさむことなく、黙って聞いている。
「そうか……だから、ディアナは」
 瑠璃は手を開いて、心の鍵を見つめた。もう一度、強く握りこむ。
……アンタがなぜそんなことを知っているかは、今は、聞かないでおく」
……
「ただ、希望を捨てていない珠魅は、オレたち以外にもまだいる。それだけはアンタに伝えておきたい」
 話をしてくれたことに対する感謝を述べ、瑠璃とシオンは研究室を出た。ヌヌザックがなぜエメロードを拾ったのか。そして彼女を匿い続けたのか。瑠璃は少しだけわかった気がした。
「そろそろ時間か」
 学校の鐘が鳴っている。今日最後の、ウィスプの刻だ。
「シオン、急ぐぞ。オレから言い出しておいて遅れると、カイがまたうるさいぜ」
 シオンが横目で張り紙を見た。廊下は走るなと書いてある。案の定、前を見ずに駆けだした瑠璃は角で学生とぶつかった。
「きゃっ!」
「わっ!」
 飛ばされた学生は尻もちをついてしまい、抱えていた機材がばらばらと落ちた。
「すまん、大丈夫か?」
 瑠璃が手を貸し、起こしてやると、赤毛で短髪頭の少女である。「すみません」と言って立ち上がった彼女は、瑠璃の顔を見てこれでもかと目を見開いた。
「どうした、アンタ。どこかケガでもしたか」
「え、えっと……
 戸惑う彼女にシオンが散らばった機材を拾って渡してやると、少女は小声で礼を述べて逃げるように走り去ってしまう。初対面のはずだが、なぜだろう……どこかで会った気がする。
「シオン……オレのしたことは、何かおかしかったか?」
「瑠璃の顔が怖かったんじゃ?」
「この野郎」
 外に出ると、辺りはすでに暗かった。季節がまた進んでいる。
 先を歩きながら瑠璃は空を見上げた。今回の件が終わったら、カイに言わなければならないことが瑠璃にはある。
「アイツは……カイは、怒るだろうか。……怒るだろうな」
 瑠璃は、シオンに背を向けたまま、すまんな、と言った。