しちろ
2024-03-04 16:52:16
28442文字
Public LOM・宝石泥棒編
 

宝石泥棒編 10

アレクサンドル。


 一方、瑠璃たちと別行動することになったカイと真珠姫。
 エメラルドを見つけた大通りから探すことにした。
 掃き清められた白亜の階段を降り、噴水公園まで着けば、たちまち町は活気に満ちている。真珠姫と並んで歩いていたカイは、彼女の小さな変化に気がついた。
「あれ、真珠ちゃん。イヤリングしてたっけ?」
 真珠姫の耳元で、小さな真珠が揺れている。真珠姫によく似合う華奢なデザインで、色味は核の真珠色よりやや灰色がかって見えた。
「あ、えっと」
 真珠姫がぱっと顔を赤らめる。
「瑠璃くんに、もらったの」
「ほおおおお?」
 まさかあの瑠璃が、そんな気を利かせていたとは。というか、いつ買ったんだ。
 そういえば心当たりあるなぁ……などと余計なことを考えていると、真珠姫がそわそわと耳飾りを触りながら、耳まで赤くして言った。
「瑠璃くんね、おねえさまがよくバドくんとコロナちゃんにおみやげ買うから、自分もまねしてみたって。その……びっくりしちゃった。こういうのもらったの、はじめてだったから」
「ほうほう……へえええ。そうかね、瑠璃があたしの真似をねぇ……
 絶っ対ウソだ。
 いいネタが仕入れられたとほくそ笑みつつ、真珠姫の笑顔を見るのは純粋にうれしいカイである。それにしても、町中からストーカーと呼ばれていた時代からは想像もつかない進化ぶりだ。
「よく似合ってるよ、真珠ちゃん。よかったね」
「えへへ。ありがとう。おねえさま」
 花もほころぶ笑顔で礼を述べた真珠姫は、しかしそこでもの言いたげに言葉を止める。風がまたひゅうと吹いて、真珠の耳飾りを静かに揺らした。
……真珠ちゃん?」
 曇天の北風は冷たい。
 真珠姫は陽だまりで咲く花に影が差したように、ふっと表情を落とし、翡翠の瞳を陰らせた。
「瑠璃くん……エメロードさんを守れなかったこと、自分のせいだと思っているの」
……
 騎士である瑠璃は決して、自分の苦悩を真珠姫には見せない。
 カイは何と答えることもできず、改めて真珠姫に、はぐれないようにと言うしかなかった。
 噴水公園から目抜き通りへは、隣接するフルーツパーラーを横切っていく。
 今日は甘いものを楽しむ余裕など持てなかったカイだが、
『バーテン、本日のおすすめ!』
 入り口にあるカラフルな立て看板の前で、足が止まってしまった。

『まずはフルーツパーラーで祝杯、じゃない?』

 姉たちとの再会を果たしたエメロードは、そう言って悪戯っぽく笑った。結局その日はダメで、明日こそいっしょに行こう……そんな風に約束したのだ。
 チョークで可愛らしく書かれた看板の内容は、季節に合わせた物に変わっており、フルーツたっぷりのパフェは温かなパイに、搾りたてのフルーツジュースはスパイス入りのホットドリンクになっていた。
「おねえさま、どうかしたの? えっと、本日のおすすめ、サンタリンゴの焼き立てパイ、三種ベリーのスパイスドリンク……? わあ、おいしそう」
「あ、うん。真珠ちゃん、よかったら、あとで行こうね」
「え、うれしい! おねえさま、ありがとう! わたし、あまいものだいすきなの」
 真珠姫が、頬をそれこそ林檎のように赤らめる。
 それを見たカイは、懐から財布を出した。
「真珠ちゃん。やっぱり、今買おう」
「え? はい?」
 満席のフルーツパーラーへ入り、カウンターのバーテンに声をかける。食べ歩きでアップルパイとはいかず、パイの中身と同じ、甘い林檎煮を刻みいれたクレープを二つ買った。
「おいしい」
 えへへと笑う真珠姫のほっぺたに、生クリームがついている。カイに言われて、真珠姫はそれを赤い顔でふき取った。
「瑠璃くん、うらやましがるかなぁ」
 真珠姫と並んでクレープをほおばりながら、カイはいない人々を想った。
 また、あとで。また明日。その日が必ず来るとは限らない。
 二人のクレープがなくなるころ、目抜き通りに出た。
 ふいに真珠姫が顎を上げ、空気を嗅ぐようにすんと鼻を鳴らす。
「おねえさま、鍵がちかくにある気がする」
 真珠姫は通りを軽く見渡すと、そっちだわとカイを促した。レイリスの時とはまるで別人のように、真珠姫の目つきも足取りも確かなものだ。導かれた先は通りの入り口近くにある建物で、店先に出された立て看板には、『レスターの竪琴』とある。
 入店すると、壁一面の楽器が二人を圧倒した。ローブ姿の学生や魔法使い風の客たちが真剣な顔で吟味している。
「楽器屋さん……かしら」
「これだけ揃うとすごいなぁ。初めて入ったよ」
 精霊魔法と言えば魔法楽器、楽器と言えば魔法と連想できるほど、楽器は精霊魔法に欠かせない。
 店名にもなっている竪琴を筆頭に、リュートやフルート、ドラムなどの打楽器、角笛など、様々な楽器が置かれている。カイは、魔法楽器といえば代表的な四種類しか知らないが、この品ぞろえの豊富さ、さすが魔法都市と言ったところか。
「それにしても、こんな目立ちそうな場所に?」
 宿屋のティーポが隠し持っていたエメラルドのように、どこかに隠してあるのだろうか。
 真珠姫があっと声を上げ、カイの肩を叩いた。
「おねえさま、あそこ……!」
 一点を指さす。店の中央に置かれた、大きな太鼓の上。
 平に貼られた鼓面の上で、真珠姫の声に呼応するように何かが光った。
「鍵だ……!」
 それは金色に光る鍵だった。煌めきは控えめながらも、自身の存在を主張するかのようにきらりきらりと輝いている。
 カイは急ぎ、鍵に近づいて、さっと手を伸ばした。
「そこの、頭に棒の刺さったお客さん!」
「は、はい!」
 カイの指先が鍵に触れた時。唐突に上段から声をかけられ、びくっと背筋を伸ばす。
 誰かと思えば店主のモティさんで、今にも鍵を取ろうとしているカイをじいっと凝視している。
「あ、ごめん! 勝手に持っていくつもりとかじゃなくってさ、これには深~い事情が……
 カイは焦り顔で手を離し、わたわた両手を振った。見つけた鍵は近づいてみれば、金細工に青い宝石のついた、いかにも高価そうな品だ。ティーポからエメラルドを譲ってもらうのだって、けっこう骨が折れた覚えがある。
 ところがモティさんは蕩けそうな恵比須顔になって、いそいそと両手をもみはじめた。
「いやあ、お客さん! お若いのに素晴らしい! お目が高い! い~い太鼓だろ! ほしいなら安くしとくよ! ご自宅までの配送もちろん無料! 見栄えするかな~と思って仕入れてみたんだけど、ティンパニ持ち歩こうなんて奇特な魔法使いはどこにもいなくってねぇ……!」
 そりゃ、いないだろう……
 カイが冷や汗交じりに断ると、モティさんはがっくり肩を落とした。「だから止めとき言うたんや」と、店のティーポがモティさんにツッコんでいる。魔法生物であるティーポの置かれた店が多いのも、魔法都市ならではだろうか。
 改めて鍵を拾い上げたカイは、鍵をまじまじと見つめた。
「もしかして、この鍵……他の人には見えてない?」
 モティさんやティーポだけではない。誰もが鍵の前を素通りし、他の楽器や楽譜を手に取ったりしている。
「核が光ってる。きっとそれが、心の鍵よ」
 スカーフの下に隠された真珠姫の核が、ほの白く輝いている。
 真珠姫に応えるように、鍵がもう一度きらりと瞬いた。

 これは苦悩の鍵……
 ディアナの心の、ほんの一部に過ぎない……
 
 男にも女にも聞こえる、若いとも老いているとも判じがたい、不思議な声。
 どこからともなく響いてきた謎の声に、カイはきょときょとと瞬きした。
 それから、掌に載せた鍵に視線を落とす。間違いない、この鍵だ。
 それは、声そのものというより心のイメージ。頭の中に直接語りかけてくるような、そこに籠められた想いを伝えてくるような――重く、切なく、孤独に心を苛むそのイメージは、アーティファクトのそれに、少し似ている。
「苦悩……
 カイは、ディアナの悲しげに揺れる紫の瞳を思い出す。冷たく無機質な言葉と声とは、裏腹の。
 彼女の苦悩が、この小さな鍵に籠められているのだろうか。
「ディアナさん……
 真珠姫にも今の声は届いていたらしい。さみしそうに眉を下げて、カイの手にある鍵を見つめていた。
「鍵、他にもあるんだよね」
「ええ。これで、ぜんぶじゃない気がする……
 真珠姫は外のほうを見て、軽く頭を振った。
「なんか、へんね……。わたし……どうしてそうおもうのかしら……
 楽器屋を出た二人は、目抜き通りを歩きながら鍵探しを続ける。
 途中、アレックスの宝石店を通りがかったカイは、窓から店の中をのぞいてみた。
「おねえさま、ここが気になるの?」
「あ、うん。お世話になった人のお店なんだ。……けど、閉まってるみたいだね」
 宝石店『ウェンデルの秘宝』は無人で、入り口のドアはきっちり閉じられている。最高の宝石を求めて世界を飛び回っているらしいアレックス。たまたま留守なのか、もしかしたらまたどこかへ仕入れにでも行っているのだろうか。
「あら、ざんねん……。とりあえず、ここには、鍵はないみたい」
 真珠姫の言に従い、他を当たることにする。
「うーん、と……こっちかなぁ……? うん、こっちみたい」
 よく迷子になっていた頃と同じようなことを言いながらも、真珠姫の目つきは明瞭そのものだ。いつも夢を見ているような、ふわふわ彷徨うお姫様という印象は、今の真珠姫にはない。
 鍵の気配を探りながらたどり着いた先は、魔法学園だった。
「これが、がっこう……
 魔力の象徴たる、巨大な双竜が守る正門。
 木の精霊ドリアードの魔法により常緑を保つ芝生と、その奥に見える、歴史を重ねた重厚な佇まいの校舎。華やかなクリスティーの宮殿以上にジオを象徴すると言っていいのが、この魔法学園だ。
「心の鍵、この先にあるような……おねえさま?」
 門をくぐろうとした真珠姫は、小さな異変に気付いた。
 真珠姫をエスコートしていたカイが、その場から動かずに立ち止まっている。

 見えない結界が張り巡らされた、魔法の門の向こう側。
 この場所でカイはエメロードと約束した。
 共に珠魅の涙を探すこと。
 そしていつの日か、魔法剣士となった彼女と、肩をならべて冒険することを。
『ねえ、カイ。あなたがあたしの騎士で良かった!』
 真っ赤な夕陽に照らされながら、エメロードは希望に溢れた笑顔を見せてくれた。
 それが、エメロードとの最期の会話になった。

……おねえさま?」
「あっ、ごめん!」
 心配そうな真珠姫の声で、我に返る。
 呆けている場合ではない。しかも今は真珠姫を連れているのだ。瑠璃の信頼を裏切るわけにはいかない。
 学校はすでに授業を終えている時間で、人気は多くはない。
 立ち話をする学生たちを横目に見ながら園庭を越えて校舎に入ると、青いローブを着た学生とすれ違った。
……カイ?」
「えっ?」
 呼ばれた気がして振り向くと、実験にでも使うのだろうか、両腕一杯に機材を抱えた少女がこちらを見て驚いた顔をしている。癖のある赤毛を少年のように短くし、そばかすの浮いた快活そうな顔つき。年齢はカイと同じくらいだろうか。
「ええと……ごめんね。どこかで会ったこと、あったっけ?」
 初めて見る顔だし、学生の知り合いもいない。
 少女は何でもないとばかりにふるふると首を振り、遠慮がちに会釈すると、そそくさと立ち去っていった。見た目と雰囲気が一致しない……というか、妙にちぐはぐな印象の子だ。
「初めて会う子、だよね?」
 そのはずなのだが……どこかで会った気がする。それも、つい最近。
 さて、校舎を入り、まっすぐ行けば図書室、そして、ヌヌザック教授のラボがある。
 ヌヌザックとはエメロードの死以来、連絡を取っていない。たった一人の愛弟子を失った彼は今、どうしているだろう。
「おねえさま。そっちじゃないわ。このお部屋みたい」
 真珠姫に促されて、左側の通路を渡る。
「また、この部屋かぁ……
 一段高い、階段を上がった先。校長であるメフィヤーンスの部屋だ。
 幸せのエメラルドのひとつは、校長室のチェストから見つかった。夜にこっそり忍び込んで、お返しいただいた……というか、まあ、はっきり言えば盗んだ。
 そっと中を窺うと誰もいない。テーブルの上に小さく光るものが見えた。
「何か用かな」
「うわっ!」
 心臓が口から飛び出るかと思った。
 恐る恐る振り向くと、学園長のメフィヤーンスが怖い顔で立っている。授業を終えてきたのだろうか、片手に出席簿、片手に教鞭を手にした彼は、カイをじっと見ながらしなる鞭で出席簿をぺちぺち叩いた。
「君はたしか……カイ君、だったかな。さて今日はこの部屋に何を取りに来たかね」
「うげっ!」
 思いっきりバレている。しかもいつの間にか、名前まで。
「私も珠魅の事情は知っている。ヌヌザックからも説明は受けたゆえ、気にしなくてよろしい。……まあ、一言あってしかるべきだった、とは思うがね」
 メフィヤーンスは厳しい表情は動かさず、きびきびと言った。すっかり恐縮してしまったカイは、首をすくめて頭を下げた。この教授、気さくなヌヌザックやカシンジャと比べるといかにも厳しい堅物という感じで、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。一方で教育にも研究にも熱意があり、嫌な感じはしない。
 目的の鍵は、机の書類の上だった。今度は赤い石がついた白銀の鍵だ。
「心の鍵だわ……
「それが見えるのか?」
 多くの者に見えないらしい心の鍵、メフィヤーンスには見えるらしい。魔力が強いからだろうか。
「あの……これ、いただいていいですか?」
「持っていきなさい。私には意味のないものだ。あの、エメラルドと同様にな」
 メフィヤーンスが、珠魅のエメラルドを手に入れた経緯はわからない。ただ、なんとなくカイは彼自身が欲して手に入れたわけではないような気がした。
 ありがとうと言い、真珠姫が鍵を手に取った。赤い石がきらりと光る。

 これは憎悪の鍵……
 ディアナの心の、ほんの一部に過ぎない……

……今度は、憎悪」
 カイと真珠姫に、心の鍵がイメージを伝えてくる。
 どす黒く燃える炎。深く暗い闇の底でくすぶる激情。憎しみという負に満ちた感情のはずなのに、なぜだかひどく胸が苦しくなる。締め付けられる。誰しも本当は、心の奥底に隠した一番醜い部分など見せたくはないだろうに。
 真珠姫から心の鍵を渡されたカイは、先ほどの金の鍵と一緒に、大事に鞄にしまった。果たしてディアナは何に対して憎しみを抱いていたのだろう。

「メフィヤーンス先生、ありがとう。おかげで助かったよ」
「待ちなさい」
 退室しようとすると引き留められた。
「私からも聞きたいことがある。君は何か、魔法に関するものを持っているのではないかな」
「あたし?」
「そうだ」
 メフィヤーンスが首を縦に振る。カイが鞄を開けた瞬間、強い魔力を感じた、というのである。
「と言われても、あたしは魔法なんか……
 そこで、あっと思い当たった。鞄を開けてそれを取り出す。
「もしかして、これのこと?」
 ディアナから受け取った『魔導書』だ。その力はカイによって既に解放されている。
「中は難しくて読めないんだけどさ。先生、よくわかったね」
「これでも校長を務めているものでね」
 メフィヤーンスは本を受け取りながら、何でもなさそうに答えた。悪魔族のメフィヤーンス、実は大陸有数の非常に強力な魔導士だという。それについては何やら噂があるらしいのだが、詳しいことまではカイは聞いていない。
 メフィヤーンスは魔導書の裏表を返し、なるほどと呟いた。
「ふむ、アーティファクトか。久しぶりに目にする」
「知ってるの?」
「過去に見かけたことがあるな。地方の小さな教会に祀られていた。あくまでも戦争時代の遺物という扱いで、アーティファクトだとは思われていなかったが」
「へえ」
 他人からその単語を聞くことはまれである。そもそもアーティファクトという名称自体が知られていない。
 妖精戦争時代に生み出された工芸品アーティファクト。現代では一種のコレクターズアイテムだとか骨董品として集めている物好きはいないでもない……が、大抵は、頼めば比較的簡単に譲ってもらえる。普通の品ではないのは確かだが、大したものだとも思われていないのだ。
「だが、好んで持ち歩く者には初めて会ったな。普段から持ち歩いているのかね」
「今日は必要だったから、たまたま。でも、あたしには大事な物だよ」
 興味あるの?
 カイが尋ねると、メフィヤーンスは魔導書の表紙を軽くたたいて「価値を認める者が少ないのは確かだな」と言った。
「そもそも現存するアーティファクトが限られる。賢人の一人であった傀儡師アニュエラ亡き今、新たなアーティファクトが生まれることもない。この学園でも歴史の授業に少し登場する程度で、重視されてはいない。知識として知ることはできても施行するための道具がなく、また、運よく手に入れたところで術式を理解し使える者がいないからだ。使えぬ術に価値はない。それよりは発展性のある術を研究し、学び、腕を磨きたい。そう考える魔法使いが多い、ということだ。だが……
 私はそうは思わないがね。メフィヤーンスは言った。
 講義のような口調は、静かだが、どこか熱を帯びている。熱心な教育者である彼は、魔法研究家として失われた魔法を復活させることに腐心したりもしている。
 小難しい話に頭が痛くなりそうだと思いながら、カイは聞いた。
「先生。なら、アーティファクトってなんなの?」
「とうに失われた学問で、詳しく語ることは私にもできない。だが、古い文献にはこうあるな。世界を再認識するためのものだ、と」
「再認識……
 どういう意味だろう。
「当たり前にある物の価値を改めて認め、評価すること。あるいは、忘れていたモノを再び知る、ということだ」
「いやまあ、それはわかるけどさぁ……
 カイは頭をポリポリかいた。いかにもメフィヤーンスらしい、面白みのない、辞書のような回答である。
「それって、何か意味ある?」
「使ったことがないからな。私にはわかりかねる」
 なんだ。
「ただ、魔法の授業で私は生徒にこう伝えている。魔法とは力。魔法とは全て。だが、その力にどのような意味を持たせるのかは、使い手次第であると」
「使い手次第……
 道具は使い手次第。カイ自身も、弟子によく言っていることだ。
「魔法だけではない。なんでもそうだ。この教鞭も言葉も、君の持つその武器だってそうだろう」
 メフィヤーンスは教鞭でカイの槍を指した。鞭も言葉も武器も、正しく使えば誰かを導くことができるし、簡単に誰かを傷つけることもできる。
「世界を再認識するというのも、また同じなのではないかな。世界の有り様とは見る者次第だ。見る者が違えば違うモノが見え、また同じ者が見たとしても、見る角度や環境やその時の気分次第でいくらでも変わるものだ。そして意味を忘れた力など、いくら強大なものであったとしても無意味で空しいものであり……そしてただ、愚かなだけだ」
 講義のようだったメフィヤーンスの話の中で、最後の一言だけは、やけに実感がこもって聞こえた。……なんだろう。
「なにかを再認識するという意味では、もしかしたら、さきほどの鍵と似ているのかもしれないな」
「心の鍵、と?」
「『憎悪』とそちらの君……君は珠魅かな。そう口にしたのでね、ふと思っただけだ」
 メフィヤーンスに言われて、真珠姫とカイは鍵をしまった鞄を見る。
 珠魅の心を探し、心の中を再認識する鍵。その人を知り、心に触れる鍵。
 あるいは己を見つけてくれる人を探し、心の中をさらけ出す鍵。
 珠魅はなぜ、手間をかけてこんな儀式をするのだろう。
「先生、いろいろありがとう。勉強になったよ」
 カイが礼を言うと、メフィヤーンスはふっと遠くを見た。
「別に、君たちのためというわけではない。悪魔というのは、欲するモノを前にすると自分の欲に忠実になりがちでな。故に、たびたびこうして自分を戒めている」
「あれま……悪魔ってのも大変だねえ……
 カイは悪魔に偏見はないが、悪魔と人間とは似て非なるものらしい。人間には人間の、悪魔には悪魔の苦労があるのだろう。
「ところでカイ君。解読が難しいのであればその魔導書、しばらく私が預かりたいものだが。いや、買いとっても良い。言い値で買おう」
「先生、欲に忠実になってる! 言ったそばからさっそく欲望に負けてるよ!」
 メフィヤーンスの、悪魔の瞳が爛々と輝いている。
 この先生、群を抜いて優秀な魔法使いであることも、教育者として立派な人物であることも確かなのだが、こと魔法となると人が変わるようだ。
 本を返してもらったカイは改めてメフィヤーンスに礼を言い、魔法学園を出て、再び目抜き通りに出た。そろそろ日が暮れかけている。
「もうすぐ時間かな……
 再度のぞいてみた宝石店は、先ほど同様閉まっていた。やはり遠くに出掛けてしまっているのかもしれない。
「鍵はまだ、あるみたいだけど……
 真珠姫が呟いたその時、時を告げる鐘が五つ鳴った。本日最後の、ウィスプの刻だ。
「約束の時間だね。いったん戻ろうか」
「ええ」
 カイに頷きながら、真珠姫がふと空に視線を彷徨わせた。
「さっきからヘンな感じ……誰かに見られてるみたい……