しちろ
2024-03-04 16:52:16
28442文字
Public LOM・宝石泥棒編
 

宝石泥棒編 10

アレクサンドル。

アレクサンドル

「来たね、魔法都市」
 カイたち四人は、ジオの正門前に立っている。騎士に左右を守られて立つのは真珠姫。
 カイの手には、ディアナに託されたAF『魔導書』がある。巨大で複雑な魔法陣と喧噪、明るく華やかなイメージとともにこの本は開かれた。
 ジオ。大陸有数の魔法都市であり、学園都市であり、商業都市でもある巨大都市。開放的な雰囲気でありながら、その堅固な造りに強大な軍事都市だった名残がある。ジオを初めて訪れたとき、カイは素直に驚き胸を高鳴らせたし、瑠璃はやはり軽い驚きを表しつつ、努めて冷静にふるまっていた。今の二人はどちらとも違う。事情を聞いている真珠姫とシオンは何も言わない。
……瑠璃」
「ああ、行こう。ディアナが待っている」
 薄曇りの空と寒風の中、カイと瑠璃を先頭に、一行は大門をくぐった。
 都市中央にある噴水広場を通り過ぎて北へ直進するとやがて、勾配の緩やかな階段に行き当たる。それを上がった先が目的地。都市の最も高い位置に、大商人クリスティーの宮殿はある。
「おや、あなた方は」
「こんにちは、サザビーさん。地下に入れてもらうことはできるかな」
 宮殿に入ると、真っ先に執事のサザビーが出てきた。サザビーはカイと瑠璃のことをよく覚えており、面倒な手続きをすることなく中へ通された。
「あら、今日はずいぶんと大勢でいらしたのね。また、地下のビーナス像にご用?」
 急な来客に女主人クリスティーは驚く風もなく、ゆったりと葉巻をくゆらせる。
 カイがそうだと言うと、クリスティーはよござんすと許可してくれた。
「ビーナス像は地下倉庫です。ただ、見に行っても無駄かもしれないわよ」
「どういうこと?」
「行ってみれば分かりますわ。私も困ってるのよ」
「そう、ですか」
 嫌な雰囲気だ。
「何とかしていただけるなら、私も助かるわ。倉庫は好きにご覧になっていってくださいな」
「クリスティー様もこのように仰っています。これからはどうぞ、ご自由に」
 ひとまず主人たちに礼を言い、地下倉庫へ向かう。
 クリスティーの言う意味はすぐに分かった。
 その姿を見た真珠姫が、口元を両手で覆う。瑠璃もまた、愕然として目を見張った。
「ディアナさんが石に……?」
 そこにあったのは、ただの石像。
 ディアナは文字通り、物言わぬ石に成り果てていた。当初かかっていた保護布は取り払われたままになっており、冷たく滑らかな肌を無防備に晒している。胸元で輝いているはずの核もまた石像の一部と化していて、ダイアモンドの煌めきはおろか生命の鼓動ひとつ感じられなかった。
「瑠璃、何かわかる?」
「いいや……オレもはじめて見る」
 瑠璃も困惑している。
「おねえさま、ど、どうしよう……
 なんとかなるとは答えたものの、この場ではどうにもならない。
 もう一度、クリスティー達に話を聞くことにした。
「教えてくれ。なぜディアナは石になった?」
「ディアナ?」
 瑠璃が尋ねると、クリスティーの蛇のような目がぎろりと光った。怖い。
「そう、あのビーナス像はそのような名でしたか。ご覧の通りですわ、私にも理由がわかりませんの」
 弱り顔で頬に手を当てた主人に、サザビーが横から言葉を添える。
「心を閉ざした珠魅は石になると聞いたことがございます」
「そんな話なら、たしか、ガトで聞いたな」
 瑠璃が記憶をたどるように上目遣いで顎をなでた。その話ならカイも覚えている。石の眠りだとかなんとか、サンドラが言っていたはずだ。その病を治すためにルーベンスは薬を探していた。
「もしかして、石の病気が進んじゃったってこと?」
「かもしれんな……参ったな」
 瑠璃が難しい表情で唸る。
 石化の理由は定かではないが、いずれにしてもあの状態では話を聞くことはできない。

「違うな……

 沈黙を割ったその声は、聞き慣れない美しいアルト。
 発した主に、全員が注目する。
 真珠姫だった。
 低音の声色だけではない。眉根を寄せた考え深げな表情も、顎に右手を当て、腰に片手を当てたやけに小難しいポーズも、およそ無垢で可憐な彼女らしくはない。
 真珠姫は一点を凝視したまま、誰に語るともなく、ぶつぶつと述べはじめた。
「これは、パートナー選びの儀式。心の鍵を集め、石になった姫を目覚めさせたる……その者が、姫の騎士となる……古い儀式だ……
 思案する眼差しに、琥珀の色が混じる。真剣な白い横顔が誰かとかぶった。
……レディパール?」
 驚いたカイの呟きに、返事はない。
「真珠ちゃん。真珠ちゃん、大丈夫?」
「うっ……あれ? わたし?」
 呼ばれて正気に戻った真珠姫は、きょろきょろと仲間を見回した。すぐに自分が注目されていることに気がつき、ぽっと顔を赤らめる。
「そうそう、心の鍵を探すのね。行きましょう」
 真珠姫は何事もなかったかのようにニコッと笑った。



 やるべきことはわかった。
 宮殿の門を出たカイは、手で庇を作って、階段の最上段から町を眺めてみた。眼下に広がる都市は途方もなく広く、しかも道が入り組んでいて、複雑な構造をしている。
「心の鍵……どうやって探せばいいのかな?」
 先日のエメラルド探しでも、同じように頭を悩ませた覚えがある。鍵というからには、鍵らしい外見をしているのだろうけど。
「ディアナはオレ達に探されるために石になったんだろ? なら、それほど難しい方法じゃないはずだ」
「ふむ、なるほど」
 瑠璃の言うように、珠魅のための儀式ならば珠魅に読み解けるはずである。そこは珠魅が二人もいるのだから問題はないだろう。
「鍵……多分、いくつかあるみたいなの」
「真珠ちゃん、分かるの?」
 真珠姫がこくんと頷いた。ただ、それがどこにあるのかまではつかめないようだ。
「瑠璃は?」
「言われてみれば、そうだな……なんとなく……
 瑠璃は真珠姫以上に難しい顔をしていて、彼女ほどはっきりとは感じ取れないらしい。
 さてどうするか。早めに済ませたいところだが、ジオはとにかく広い。闇雲に探していては埒が明かない。
「カイ、二手に分かれて探そう」
 瑠璃が提案した。二手と言っても、今回の要はおそらく珠魅の能力だ。珠魅と人間に分かれては意味がない。
 カイが訊き返す前に瑠璃は、カイと真珠姫、自分とシオンだと言った。
「瑠璃、それでいいの?」
 パートナーのこととなると人一倍心配性の瑠璃である。真珠姫と離れては不安だろう。
 だが意外にも、瑠璃に迷いはなかった。
「アンタに、真珠を頼みたいんだ」
 そう言われては、カイに断る理由はない。
 カイは背に括り付けている自分の武器をちらっと見てから、表情を引き締めて同意した。
「わかったよ。集合は?」
「夕暮れ、今日最後のウィスプの刻。場所は例の宿で。鍵があってもなくても、いったんそこで落ち合おう」
「りょーかい」
 カイは自分から決して離れないようにと念押しし、真珠姫を連れて階段を下りていく。
 最も人出が多くなる昼下がり。巨大都市の市場を求めて、町は世界中から集まる客でごった返している。噴水公園まで降りた少女たちは、すぐに雑踏に紛れて見えなくなった。
「行ったな」
 カイと真珠姫の姿が完全に見えなくなったところで、瑠璃がふーっと息を吐く。姫が先に行ったというのに、騎士の瑠璃は動こうともしていない。
……瑠璃」
 ずっと無言だったシオンが、瑠璃を横目で見た。
「悪いな。どうせアンタは誤魔化せていないと思ったんだ」
 シオンが続けて何か言う前に、よろけた瑠璃が階段にしゃがみ込んだ。


 
 ■■■



 なんとか階段下の噴水広場まで降りた瑠璃は、空いていたベンチに倒れこむように腰を下ろした。驚いた鳩が一斉に飛び立つ。
 肩も貸さずその一部始終を黙って見ていたシオンは、一応は瑠璃がベンチにたどり着くまで見届けてから、歩いてどこかへ姿を消した。だが、薄情な奴と思う余裕は瑠璃にはない。マントに隠した核が疼く。
 少しすると、瑠璃の頭上から冷めた声が降ってきた。
「やせ我慢にもほどがあるんじゃ?」
 視線を上げると、声同様の冷めた目が瑠璃を見下ろしている。戻って来たシオンは両手に一つずつ、湯気の立つカップを持っていた。先ほどいなくなったのは、近くの露店にでも行っていたかららしい。
「たしかに痛い。だが、動けないほどじゃない」
 瑠璃は額に浮いた冷や汗をぬぐうと、背もたれに背を預けて座りなおした。カイのおかげで普段問題なく過ごせている瑠璃だが、核の傷が深いことに変わりはない。時々こうして痛む。
「少し休めば問題ない。心配するな」
「心配はしていない。呆れてはいる」
「普段ろくに喋らんくせに、小うるさい奴だな。カイといい勝負だぜ、アンタ」
……
 瑠璃はいいから気にするなと手を振って、差し出されたカップを受け取った。珠魅とは言え、寒空に温かいものはありがたい。口に含んでみると、飲みなれない味がした。果汁を合わせたもののようだが、妙に粉っぽいというか薬臭い。
「なんだ、この味」
「知らない。適当に選んだから」
 普通のにしろ、と喉元まで出かかったが、文句をつけるのはやめた。味はともかく、シオンが気を効かせてくれたことに変わりはない。
「真珠姫相手に格好つけてどうするんだ」
 シオンが瑠璃の隣に腰を下ろす。自分にも同じものを買ったようで、手にしたカップからは瑠璃のと同じスパイスの香りがした。
「そういうつもりは、ないんだがなぁ……
 ぼやいた瑠璃だが、言われてみて気づく。もしかしたら意外と、シオンの指摘は当たっているのかもしれない。自分は真珠姫と、彼女の影にいるもう一人……彼女たちに少しばかり、見栄を張りたいのだろうか。
 そこまで思って、瑠璃は前髪をくしゃりとやった。今はそれを考えるときではない。
「今は、それは置いておこう。ちょうどいい機会だ。アンタに話したいことがいくつかあったんだ」
「俺に?」
 ああ、と返事した瑠璃は、隣のシオンを向いた。
「アンタに礼を言ってなかった」
「礼?」
 シオンのほうは瑠璃も見ず、謎の飲み物をマドラーでぐるぐるかき回している。
「あの砂。アンタのだったんじゃないか?」
「なんの話」
「オレの核に使ったやつだよ」
「だったら違う」
 そっけなく答えたシオンは、カップに口をつけた。それ以上話す気はないらしい。
……アンタがそう言うなら、まあいいが」
 瑠璃は深く追及はせず、ずずっと飲み物を飲んだ。不味くはないが、気を付けないとむせそうだ。
 時間をかけて半分ほど飲んだ瑠璃はやっと人心地がつき、長い息を吐き出した。
 ジオの噴水公園は憩いの場である。人々は思い思いに時を過ごし、一流の大道芸人が芸を披露し、行商たちが露店を広げている。同じ噴水公園でもドミナとはずいぶん違うなと思った瑠璃は、隣の無愛想な横顔を見やって、思い出し笑いをした。
「なんだよ」
「いやさ。アンタたちと出会ったの、噴水の前だったなと思って」
…………ああ」
 シオンの反応が微妙なのは当然といえば当然で、瑠璃にもカイにもシオンにも、三人そろっていい思い出ではない。だが、最悪の出会いから巡り巡って今がある。時にすれ違い別れても、再び出会って共にいる。不思議な縁だ。
……実は、前から迷っている。これでいいんだろうかって」
 瑠璃がぽつりと言った。
 やっと顔を上げたシオンが、意外そうに瑠璃を見た。
「なんだ、その顔は」
「瑠璃からそういう相談をされるとは、思わなくて」
「当たり前だ。オレだって、誰かに言う気なんかなかったんだ」
 ちょっと不満そうに答えた瑠璃は、膝の上に置いたカップに視線を落とした。赤紫色の飲み物に、浮かない瑠璃の顔が映っている。
……ポルポタでアンタが言ったことさ。あれからずっと考えている」

『いいのか? って、ただそれだけ』

 逃げ出した瑠璃に投げかけられた、ただそれだけの問いかけ。なのに瑠璃には、あの一言が刺さり続けている。
 あれ以来、瑠璃は考え続けている気がする。珠魅とは、人間とは。自分の在るべき姿とはなにか。そして誰かとともにいるとは、誰かを守るとは、どういうことだろうか。
「いいか、シオン。オレは今の今まで、本当に黙っておく気だったんだからな。笑わずに聞けよ。……無性に不安になるんだよ、最近」
……真珠姫のこと?」
……
 瑠璃は一拍置いて、「……アンタらが人間だってことさ」と告白した。
「アンタらに散々甘えてきて、今さらだと思うだろ? オマエやカイと出会った頃は、珠魅だ人間だとあんなにこだわっていたはずなのにな……いつの間にか、あまり気にしなくなっていたんだな」
 それがいい変化なのかはわからない。
 人間と過ごす時間が長くなるうち、瑠璃はいつしか種族差に固執しなくなりはじめていた。だから忘れかけるのだ。人間は本来、珠魅と一緒にいるべきではない種族だということを。
「『珠魅のために涙する者、すべて石と化す』……あの人が言うからには本当なんだろうな、やっぱり」
 レディパールがカイにした忠告だ。レディパールだけではない、今まで出会ってきた多くの者が彼女に同じ警告をした。
「今さら心配になったわけか」
「だからアンタに相談している」
 シオンはあきれ顔になった。
「そういうことなら、なんでお前は俺に言うんだ。本人に言ってやれよ」
 言えるものなら言っている、と瑠璃がため息をついた。
「カイに言えばどうなるかくらい、アンタも予想できるだろ」
……
 否定をしない辺り、シオンも同感らしい。
 底抜けにお人よしのカイだが、こうと決めたら自分を曲げない。よく言えば意志が強いが、悪く言えば融通が利かなくてわがままだ。下手に説得したところで、逆に意固地になるのは目に見えている。
「それにな、カイのことだけ言ってるわけじゃないぜ。オレはアンタも心配だよ」
 シオンが怪訝そうに片眉を上げた。
「まさか、俺が泣くとでも思ってる?」
「いや、全く」
 瑠璃は即答した。笑ってもつついてもすぐに涙が浮かぶカイとは真逆で、仏頂面を張り付けたようなシオンは逆さに振っても涙ひとつ零しそうにない。
「ただ……
 瑠璃がわざとらしく天を仰ぐ。
「アンタ、ものすごい嘘つきだから」
 シオンは目を丸くした後、思いきり苦虫を噛み潰したような顔をした。
 滅多に表情を動かさない彼の顔を変えたのがなんだかおもしろくて、瑠璃は思わず吹き出した。するとシオンは余計に嫌そうな顔になった。
 これ以上笑うと本気で怒りだしそうなので、なんとか笑いをかみ殺しながら、瑠璃は謝った。
「いや、悪い。嫌味で言ったわけじゃないんだ。なんというか、その……
 うまい言い訳が思いつかなくて適当にお茶を濁した瑠璃を、シオンが不機嫌丸出しの目で見ている。こうなるとこの少年も機嫌の良し悪しは意外と分かりやすい。
「なぜだかアンタには、迷惑ばかりかけているような気がするんだよ。すまんな。それだけは言っておく」
……
 カイと出会ってから、そしてシオンと出会ってからだ。狭い世界で生きてきた瑠璃に、真珠姫のほかに気にかけるような相手がたくさんできた。パートナーである真珠姫のことは、もっと大切に想うようになった。
 瑠璃は一度深呼吸してから、飲み物の残りを一気に飲み干した。
「時間とらせて悪かったな。もう大丈夫だ」
 この謎の液体、独特な風味があるがくせになる味だ。それに冷え切った身体が程よく温まっていて、香辛料は身体を温める効果のものだったと気がついた。
「これ、飲んでみれば悪くなかったな。どこで買ったんだ」
「そこのフルーツパーラーだけど」
……そうか」
 シオンが答えると瑠璃はカップを見つめ、それからうっすら口元にうっすら笑みを乗せた。
「なるほど、カイにはあとで謝っておこう」
「?」
 瑠璃の笑みは、少しだけ愁いを帯びている。瑠璃がカイやエメロードとフルーツパーラーに行く行かないで揉めたことまでは、シオンは知らない。
「奢りじゃないよ。あとで返せよ」
「いいぜ。倍にして返してやるさ」
 へえ、と言い、シオンは潰した空の容器をごみ箱目がけて放り投げた。コップは宙で綺麗な弧を描き、くず入れに入った。
「横着だなぁ、アンタ」
 言いつつ、瑠璃もまねして投げた。コップはシオンより少し高い弧を描いて、くずかごの中に入る。初めての挑戦で成功した瑠璃は、シオンに向かって「どうだ」と得意げな顔をした。そうしていると見目麗しい種族の珠魅も、その辺にいる普通の人間の青年と変わらない。
「そうだ、さっきの石の件だが」
 瑠璃が話を戻した。話しかけながら、あえて隣の少年からは目を外した。なんとなく、そうした方がいい気がした。
「カイは何も言っちゃいないぜ。オレが勝手に、アンタだって確信しただけだ。……なんでだろうな」
……
 瑠璃の目に映る空は、一面に雲がかかっていてすっきりしない。こういう空模様を、人間の言葉で『泣き出しそうな空』と呼ぶことを、瑠璃は最近知った。
「さて、行くか」
 瑠璃が腰を上げた。動いても、もう探索には支障なさそうだ。
「どこを探すつもりだ」
「カイが行きづらい場所と、真珠たちより遠い場所だ」
 オレなりにこれでもアイツらには気を使っているんだぜ、と瑠璃は言った。
……俺は?」
「真珠やカイと違って、アンタ相手に気を使う必要ないだろ。ディアナが石化した理由を調べたいんだ。それから、ディアナの心の鍵。真珠姫とカイに全部見つけられちゃ、騎士の面目が立たないぜ」