忘れ花の合間1:主人公と珠魅がロアで観光してるだけ
月夜の町、ロア。レイリスの塔からほど近い、夜に包まれた町である。
消耗した瑠璃や真珠姫を気遣って、寄り道がてら休んで行こうと提案したのは、カイだった。
「すてきな町
……」
真珠姫がうっとりと声を漏らす。
夜空に散らばる星々と、地上を彩るランプの揺らめき。街中に張り巡らされた水路が、空と地の明かりを映してさらさら流れている。人々をしっとり酔わせる雰囲気が、この町が人気の理由のひとつである。
「ここがロアか」
瑠璃もまんざらではなさそうだ。常夜のロアでは、目立ちがちな珠魅の容姿も闇に紛れて目立たない。無事に真珠姫が戻ってきたこともあり、瑠璃からはやっと肩の力が抜けた様子がうかがえた。
疲れ切った面々は宿に着くなり泥のように眠り、そして、その翌朝。
もはや急ぐ旅でもなし、たまにはのんびり観光でもしようということになった。カイが真珠姫を誘い、自動的に瑠璃が付属。一人で宿に残されるのは面白くなかったのか、結局シオンもついてきて、四人そろって町へ出た。
カイが真珠姫を案内する形で並び、その後ろを男二人が黙々とついてくる。なお、瑠璃は長年の習慣で四方に目を光らせていたが、これはもう仕方がないだろう。
「この街、職人さんが多いらしくってさ。工房やお店が多いんだよね」
例えば、ランプ屋を営むセイレーン、リュミヌーもその一人である。
閑静な夜の町は思索や創作活動に没頭するにはもってこいらしく、彼女のような職人や作家が路地に工房を構えて職人街を作っている。彼らは気の済むまで何日でも作業場にこもり、疲れれば酒場にふらりと立ち寄って、職人談議に花を咲かせたりもするらしい。
カイはまず、リュミヌーの工房に向かうことにした。真珠姫と一緒にランプを選びたかったし、ギルバートと別れたリュミヌーのその後も気になっていた。
「おねえさまのもっているランプを作ったひとなのね」
「そうなんだ~。歌もとっても上手だよ」
リュミヌーの奇妙なランプ
――そしてそこに灯る癒しの炎は、いまやカイの旅の相棒だ。
ところが。
「あらら。なんだ、お休みか」
店のドアには、【臨時休業】の看板がかかっていた。店だけでなく建物全体の明かりが落ちていて、どうやら不在らしい。
「仕方がないや。また来るかぁ」
リュミヌーと言えばあのウマ、今頃どうしているのだろう。まあ、どうでもいいのだが
……果てしなくどうでもいいが。ヤツにランプを押しつけられた恨みは未だに忘れていないカイである。
今日のところはランプは諦め、他の店を巡ることにする。
カイは弟子への土産を探すことにした。あちこち冷やかしたりお菓子を買ったりしながら、やがて『世界樹の呼び声』という名の武器屋にたどり着く。
「モティさん、こんばんは~」
「いらっしゃ~い。あれ、あなたたち。たしか前にも来てくれたね」
軽快なステップを踏んでいたモティさんは、ビシッとポーズを決めてカイとシオンを指さした。先だって、シオンが短剣を売った店なのである。
「今日もなにか売りに? そうかい、買い物かい。うちは品ぞろえにも自信あるんだ。ちょうど、いい商品が入ってきてね。ゆっくり見ていっておくれよ」
モティさんは上向けた両手のひらを交互に上げ下げ、軽やかにターンする。
それを黙って見ていた瑠璃が、ボソッと聞いてきた。
「
……なあ、前から疑問だったんだが、なぜオマエら人間の商売人はみんな、頭にターバン巻いて踊っているんだ?」
カイが驚愕の顔で瑠璃を見た。驚かれすぎて、瑠璃のほうがビビる。
「子どもの頃から当たり前だと思ってたけど、言われてみれば、確かに
……!」
「アンタ、疑問に思えよ」
モティさん一族、永遠の謎である。
さて、散々買い物を楽しんできたカイと真珠姫はここでも大はしゃぎで、商品をとっかえひっかえ手に取っては騒ぎ立てた。とくに真珠姫にとっては、人のプレゼントを選ぶというのは新鮮な体験らしい。
「おねえさま、おねえさま。これなんてどうかしら」
「うん、個性的! 名前からして呪われてるね!」
真珠姫は『死者のつちほこ』を手に朗らかにほほ笑んでいる。先端に呪われた髑髏がぶら下がっている。
「それとも、コッチのあかいリボンとか
……レイリスの塔めいぶつだそうです」
「うん、赤黒くってすごく珍しい色! そっちもとっても呪われてそうだね
……!」
こちらの赤いリボン
――正式名称『ビティウムリボン』は、たまにレイリスのカーミラから手に入るらしい。製造過程を無視すれば有用な防具ではあるが、吸血鬼から手に入る血染めのリボンとか、細かいことはあまり考えない方がいいかもしれない。
はしゃぐ女性陣を見て、モティさんがきらりと眼光を輝かせた。
「ねえちゃんたち、それを選ぶとはお目が高いねぇ。実用品としてもさることながら、最近は人気漫画の推しアイテムとしても大人気でねえ
……。なにしろあの、伝説のシャーマン『でち』が使っていたと言われている
……」
「え? あたし、ToMの大ファンなんだよね~!」
これしかないというテンションになってしまったカイは、死者のつちほこと血染めのリボンを会計し、丁寧にラッピングしてもらった。装備効果といい謂れといい、いかにも魔法使いっぽいし、弟子たちもきっと喜ぶだろう。
「おい、シオン。アイツの弟子、あれで本当に喜ぶと思うか?」
「
……。さあ
……」
ホクホク顔のカイと真珠姫の向こうで瑠璃とシオンが若干引いているが、多分、こちらの方が少し常識はある。
買い物を終えた一行は、店に隣接する酒場『悪魔のぼったくり亭』に入った。
「ようこそ、お客様。よく、また来てくれましたね」
お世話になったマスターも、カイとシオンのことをよく覚えてくれており、相変わらずのダンディさで迎えてくれる。マスターは瑠璃と真珠姫に目を止めると、優しいまなざしをしてカイに言った。
「この方々はもしや
……そうですか。やはり、あなたとご縁があったということですね」
「えへへ」
カイが照れて頬をかく。
ポルポタ事件の後、瑠璃と真珠姫が見つかなくて腐っていたカイは、マスターの温かな励ましに救われた。
「なるほど、コイツにガトのことを吹き込んだのはアンタだったか」
ガト以来怒涛の日々だったが、こんなところにきっかけがあるとは思いもよらなかった。
四人はテーブル席を選び、席に着いた。いつでも夜のロアではいつでもバータイムだが、実際に時間を考慮してここはティータイムとする。なお、シュークリームケーキチョコレート~♪と上機嫌のカイが下手くそな歌を披露しているが、理由を知っているのはシオンだけである。
「瑠璃くん、おにいさま。ながい時間、つきあわせてしまってごめんなさい」
「いいさ、オレも買ったしな」
「え? 瑠璃、何買ったの?」
瑠璃は内緒だと言ってグラスの冷水をあおった。空いた手の親指で隣のシオンを指す。
「それにコイツだって、なんだかんだいろいろ見てたし。たしか、道具屋じゃ妙に似合わない茶っ葉選ん」
「あ、手が滑った」
シオンが投げたタバスコが、傷だらけの瑠璃の核を直撃した。瑠璃の絶叫が轟く。
「核が砕けるところだったぞ! 殺す気か、キサマ!」
椅子を倒して、瑠璃がシオンにつかみかかった。とっつかまえられながらも、シオンはしれっと暴露する。
「瑠璃、お前の買ったもんってたしか、真珠姫気にしながら宝石屋でこそこそ買」
「クソ、オマエ、普段ろくに喋らんくせに、余計なことしか言わないその口閉じろ!」
取っ組み合いを始めた野郎どもを、野次馬のアナグマたちが囃し立てている。ガトの乱闘再来だが、ロアのスイーツに夢中だったカイは放っておくことにした。核ってタバスコ沁みるんだ。カイの辞書にどうでもいい知識が増えた。
「真珠ちゃん、これおいしいよ~」
「しゅーくりーむっていうんですね。ふわふわであま~い」
そのうち、後方の水路で、二つの水柱が上がった。
なお、呪いのお土産の結果であるが。
「ひゃっほう! 師匠最高! 支配者ごっこに使えるぜ!」
「えっ、このリボン、あの漫画のキャラクターのなんですか! やったー、みんなに自慢しちゃいます!」
瑠璃の予想に反して、バドとコロナには大好評だったのだった。
推しは人間を変える
……瑠璃の辞書にも、どうでもいい知識が増えた。
忘れ花の合間2:今日はカレーの日
【前回までのあらすじ】
これを書いた日がたまたまカレーの日(1月22日)だったため、とくに理由はないが、マイホームの夕食もカレーに決まったのだった。
というわけで、カレーである。
「真珠のおねえさんや瑠璃のおにいさんがいるときは、やっぱりカレーですね!」
一度にたくさん作れる。
次の日に持ち越せる。
ドリアにしたりうどんいれたり、アレンジも効く。
トレントなどは、カレー専用としか思えないタマネギまで実をつける。しかも、人間には超強敵のハニーオニオンも、対珠魅にはノーダメ。とにもかくにも、カレーは最高なのである。
「チクショウ、このタマネギ! つるつるつるつる滑りやがって!」
「瑠璃、右手が石だからね。滑るよね~」
「カイさん、瑠璃さんがタマネギを押さえているのは逆の手です。瑠璃さんが荒っぽいだけです」
騒がしいカレー部隊をよそに、真珠姫は真剣な手つきでサラダを盛りつけ、仕上げにパウダーをぱらぱら振りかけた。
「おねえさん。そのサラダ、テーブルに運んでいい?」
「
……ああ」
「
……?」
配膳担当のバドが首を傾げる。真珠のねえちゃんはこんなダークな雰囲気だっただろうか。
そして瑠璃もまた、首を傾げていた。はじめ一つだったはずのカレー鍋が、いつの間にか二つに分かれ、一つをコロナを、一つをカイが煮込んでいるのである。
「おい、大丈夫なのか。その
……片方のほうは」
「カイさんですか? いい加減、マスターにも料理上手くなってもらわないと困りますからね。修行中なんですよ」
「なのだよ」
「
……」
瑠璃は死の予感しかしない。
「いただきます!」
テーブルに置かれた二つの鍋。ひとつはコロナが仕上げたおいしいカレー、もう一つはカイが仕上げた見た目だけはおいしそうなカレー。
「
……ロシアンカレー」
誰かがごくりと喉を鳴らした。カレーはカレー。見た目で分からないのが非常に厄介だ。
「おにいさまも、いっしょならよかったのに」
みごと正解を当てたらしい真珠姫が、スプーンを口に運びながら残念そうに言う。一曲披露してとっとと帰ってしまったシオンは、おいしいカレーを食べ損ねたともいえる
……し、地獄を免れたともいえる。どっちかは知らない。
とっくに
――というより最初から割り切っている瑠璃は、すました顔でカレーをすくいとった。
「今度はあの仏頂面の口に突っ込んでやればいいさ。コイツの作った地獄直行カレーを」
「なんであたしを見るんだよ。前よりかは、ちょっぴり上手くなったでしょ」
「そうだな
……。奈落の底行きが、奈落の一丁目になったくらいにはな
……」
うっかり間違った方を口に入れた瑠璃は、顔を手で覆い小刻みに震えている。
「お口直しにこちらを」
コロナが勧めたのは、真珠姫お手製のサラダ。
すまないと言って一口食べた瑠璃は、ついにフォークを取り落とした。
「えっ、どうしたの瑠璃!?」
瑠璃はぴくぴく痙攣している。
コロナが、真珠姫の振りかけたパウダーを見て顔をひきつらせた。
「真珠のおねえさん、それ塩じゃなくて麻痺の粉
……」
「あら」
なぜだか、瑠璃のぶんだけ思いっきり毒のマークが書いてある。
「どうしてかしら
……なぜか急に、瑠璃くんのだけそれをいれたくなったような気がして
……」
不思議がる真珠姫の白い核に、黒が一瞬混じって見えた。瑠璃は泡を吹いて卒倒した。
「オレの核は、まだ砕かれていない
……!」
「瑠璃ーーーー!」
とくに意味のないまま、『アレクサンドル』へ続く。
◆参考(投稿済み作品より)◆
※『忘れ花』のちょっとした後日談 →
英雄の一番弟子 73年後
※主人公と世界観の簡単な設定
第4話より
※『禁断の書』の登場 →
いつかどこかのファ・ディールで
※旧作をご存じの方へ
当時入れられなかった裏設定を織り込んで、話を練り直しています。悪しからずご了承くださいませ。
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