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しちろ
2024-02-14 16:17:34
20200文字
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LOM・宝石泥棒編
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宝石泥棒編 9
主人公サイドの番外編。20000字。
1
2
3
4
忘れ花
さて、諸君。はじめに断っておこう。
これは、珠魅たちの物語の裏側にある、ささいな話だ。世界の誰も知らない、決して歴史には語られることのない小さな話。
この世界に住むほとんどの者たちは、永遠に彼らの物語を知ることはないだろう。
この詩には、ささやかなオルゴールの伴奏も、詩を彩る星の輝きもない。
この詩を聞く者はどこにもいない。歌声はただ風に乗って飛んで行き、大気に溶けていく。
それでもボクは謳おう、世界から忘れられた彼らのために。
いつまでも謳い続けよう、名もなき、英雄たちのために。
■■■
レイリスの塔を出る頃には、すっかり雲が晴れていた。金青の夜空に映える月と星に見守られながら、真珠姫を取り戻した一行は帰途に着いた。
無理のないペースで歩き、森を抜ける。瑠璃は本調子ではないし、真珠姫も疲れているだろう。途中、ロアの町に立ち寄りマスターにあいさつすると、瑠璃が「ガトのことをコイツに吹き込んだのはアンタだったか」と言って笑った。マイホーム宛ての『安心してほしい』との手紙を郵便ペリカンに託し、そのあとをさほど急がず追いかけた。
荒れ野に囲まれたリュオン街道は、今日も乾いた風が吹いていた。
秋ごろ、四人でこの道を歩いたのは、やはりレイリスの帰りだったか。あれから季節は進み、ずいぶんと風は冷たくなった。けれど、瑠璃と真珠姫を包む空気は、前にも増して柔らかくなったようにカイには思える。
「それじゃ、ここで」
夕暮れ時。リュオン街道の、いつもの分かれ道。
カイは、瑠璃と真珠姫とともにマイホームへ。ドミナのシオンは自分の町へ。いつも通りに解散しようとした、その時だった。
「
……
?」
一度は去りかけたシオンが、マイホームの方角を見て、軽く眉を寄せた。
「どうしたの?」
カイが訊いても、道の向こうを凝視したまま反応はない。
「あっちに、なにかある?」
つられて同じ方向を見てみる
……
が、とくに変わった様子はなく、シオンに目線を戻す。
すると、
「え?」
シオンの姿がなくなっていた。
きょろきょろ探すとなんということか、赤い帽子が道の彼方に消えかけている。唐突すぎてぽかんとしてしまったカイだが、すぐさま全速力で追いかけることになった。真珠姫を連れた瑠璃は当然、ついて来られない。
「は、速いんだけど!」
カイがめいっぱい飛ばしても、距離はぐんぐん開く一方だ。すでに豆粒だったシオンは、みるみる米粒かゴマ粒ほどの点になり、あっという間に見えなくなった。あんなに速く走れたのか、アイツ。
「もう、どうしたっていうんだい!」
カイといるとき、シオンは(愚痴と小言は多いものの)基本的には控えめで、勝手に行動したりはしない。だから、こういう行動をとることは珍しいのだけれど。
困惑しながら追うカイだったが、突然、身の毛がよだつ怖気に襲われた。
ごごご、と不気味な地鳴りがし、大気が鳴動しはじめる。前方の茜空が、そこだけ夜を迎えたかのように真っ暗になった。マイホームのある方角だ。
「な、なに?」
ただならぬ気配に、走りながら目を凝らした。近づくほどに闇が濃くなる。本能が危険を訴えかけている。
どん!!!
突如、爆発音が辺り一帯に轟いた。と同時に、不気味な噴煙が空高く立ち昇る。
「う、嘘でしょ!?」
激しい気流は濃煙を巻き込み、昇竜のごとく吹き上がっている。ほとんど竜巻だ。
全身を粟立てたカイは残りの道程を一気に駆け抜けると、木で組んだ簡素なポーチを駆け上がり、自宅の敷地に飛び込んだ。すると、玄関先でたまげたコロナが尻もちをついている。師の姿を見つけたコロナは、「こ、腰が抜けちゃった
……
」と口をパクパクさせた。
「コロナ、今のは!」
「わ、わかんない。バドが、向こうに
……
今、知らない人が」
「なんだって!」
反射的に牧場へ首を向ける。直後、今度は金の煌めきを交えた白光がほとばしった。
「ひゃ」
カイは慌てて身を伏せ、コロナを抱き寄せてかばった。鈍器のような風圧が固まりとなって二人を襲い、コロナがカイの腕にぎゅうとしがみつく。光を伴う風は大荒れに荒れ、黄金色に色づく大樹と家がみしみし揺れた。
しかし、それもわずかのことだった。
一帯を揺るがす風勢はみるみる弱まり、煌めきの余韻だけ残して、嵐は嘘のように消え去った。
「お、収まった?」
そろっと薄目を開ける。
真っ暗だった空は夕焼けの色を取り戻しており、何事もなかったかのように静けさが戻っている。身を縮こまらせたカイとコロナの頭上から、黄金色の葉がひらひらと落ちてきた。
「そうだ、バド!」
カイは動けないコロナをその場に残し、牧場へと走った。おそらくそこが中心地だ。牧場へ至る小路は、風に飛ばされた小石やら枝やら木製のバケツやらがそこいらに転がり、乱れきっていた。
「バド!」
「し、師匠」
現場に駆けつけると、姉と同じ格好でへたり込んでいるバドと、バドを背にして突っ立っているシオンがいた。彼らの周囲は荒れ放題に荒れていて、やはり暴風にやられたのだろう、緑生い茂る牧草地帯は見るも無残に禿げてしまい、至る所で茶色い地表を露出させている。
カイは歪んだ木の囲いを一気に飛び越えて、バドに駆け寄った。
「バド、ケガは!」
「だ、だいじょうぶ
……
」
驚愕に表情を貼りつかせたまま、バドは情けない声を出した。とりあえずは無事のようだ。カイから安堵の息がもれる。おーい! と、かなり遠くの方から瑠璃の大声が飛んできた。
「おい、大丈夫か! なんださっきの爆発は!」
怒号から少し遅れ、真珠姫を背負った瑠璃が、散らかった枝や葉を踏みつけながらやっと追いついてきた。二人とも顔面に青筋を立てているが、カイだって事態が呑み込めていない。
「どういうこと、何が起きたの?」
シオンに声をかけるが、彼はぼんやり立ち尽くしたままだ。よくよく見れば、なぜだか手に古びた本を持っている。
「ねえ」
反応がない。
「ねえってば」
業を煮やしてシオンの肩に手をかけた。それでも無反応。無視している
……
というより、カイの声が耳に入っていないようだ。シオンは黙りこくったまま、ところどころ剥げた表紙を開いて、ぱらぱら頁をめくりはじめた。
やむなくカイはもう一度弟子の前にしゃがみ、目線を合わせた。シオンが何も説明してくれないので、バドに訊くしかない。
「バド、お話しできるかな」
「
……
」
バドは一度不安そうにカイを見つめた後、しゅんと俯いた。言いづらいらしい。
カイが何も言わずに待っていると観念したのか、バドは聞こえるか聞こえないかの小声でぽそりと告白した。
「魔法の本を、読もうと思ったんだ。いつものより少し難しいやつ。手っ取り早く魔法が上手くなるぞって言われて」
「言われてって
……
誰に」
カイが聞くと、バドが首を横に振った。わからないらしい。
でも
……
と続けて、口をつぐむ。大きな目にじわっと涙が浮かんだ。
バドの傍らには、何本か弦の切れた竪琴が転がっていた。失敗したのだ。
「自分じゃどうにもできなくなっちゃって。そしたらあの兄ちゃんがむりやり、本、取り上げて
……
くれて」
驚いてカイは、本をめくっているシオンを仰ぎ見た。
「
……
なんてこった」
ゆるゆる頭を振る。すると彼はいち早く異変に気付いて走ったのか。
混乱しているバドにこれ以上訊くのは難しい。シオンに詳細を訊ねようとしたカイは、少し迷ってやめた。今の彼には声をかけづらいものを感じる。
「バド、立てる?」
カイに手助けされて、バドがよれよれと立ち上がった。転がっている竪琴を拾って渡してやると、バドは悲しげに手で泥を払う。竪琴は弦を張りなおせば使えるだろうが、幼い子どもにはショックは大きいだろう。
「おい、チビ」ぱたりと本を閉じたシオンは、バドを見もしない。氷のような声だった。「どこにあったんだ、この本」
「
……
書斎」
バドが言うなり、シオンは本を抱えたまま外周の小径を回り、問答無用で家のなかに上がり込んだ。
「ちょ、ちょっと!」
カイが追うと、乱入者を止める間もなかったらしい。あっけにとられた顔のコロナが、さっきの格好のまま座り込んでいる。カイは立てないコロナを片手で抱き上げ、もう一方の手で玄関のドアを開けた。バド、そして瑠璃たちがついてくる。
居間に入ると書斎のドアが開けっぱなしになっており、本棚の前でシオンが茫然と立ち尽くしていた。
「
……
シオン?」
様子が変だ。
カイが遠慮がちに声をかけると、彼は思い出したように本棚を物色しはじめた。
「カイさん。あのお兄さん、誰ですか」
やっとカイの腕から降りられたコロナが、師の袖口をひく。
「旅仲間
……
だけど」
「仲間って
……
ああ、たしか偏屈で愛想がなくって、おまけに口まで悪いっていう
……
むぐ!」
カイはとっさにコロナの口をふさいだ。同行者の話になった時、赤い帽子をかぶった不愛想な変わり者だとか、言いたい放題に言った覚えがある。
「おねえさま
……
おにいさま?」
「おい、カイ。大丈夫か、どうした?」
牧場とほぼ同じセリフを言いながら、瑠璃と真珠姫が、後ろからそれぞれ顔をのぞかせた。ただでさえ物であふれるカイの書斎は、六人も集まるとかなり狭く感じる。
「大丈夫、というか
……
」
瑠璃に返事しながら、カイはシオンに視線を送った。シオンの意図がわからないので答えようがない。
周囲の困惑をよそに、シオンは本棚から無造作に本を抜き取りはじめている。バドが、あ、とか、それはとかいちいち声を出した。
シオンは本を選び終えると、最初の一冊だけ自分の手元に残して、それ以外はまとめてカイに渡した。
「なに、これ」
「上級魔導書」
「上級?」
やけに古びた本ばかりだが、魔法文字で書かれたそれらは、タイトルからしてカイには読めない。魔法学者が研究に使うレベルのやつだとシオンは言った。
「子どもが使うには難易度が高すぎる。どうにかして発動できたところで、術者の手に余る魔法は制御を失って暴走することになる。魔法の規模にもよるけど、下手すりゃこの辺一帯黒焦げだ」
カイの背筋が三度凍りついた。
「それじゃあさっきの本も、もしかして」
「それは
……
まあ、似たようなものかもしれないけれど」
シオンは言葉を濁した。これだけはあまりお勧めしない、とだけ言い、魔導書とは別に机に置く。
「なんで、そんな本がうちに?」
「お前
……
知らずに置いていたのか」
言われて、カイは少し気まずい思いをした。書棚など彼女にとっては昔から背景みたいなもので、気にも留めていなかったのだ。
「
……
師匠、ごめん」
師の立場を悪くしたと感じたのか、バドがしゅんとうなだれた。だが、弟子の失敗は師の失敗。今回の件は、管理を怠ったカイのミスでもある。魔法の適性がないのはどうしようもないが、魔法使いの弟子を持った以上、まったくの無知でいるわけにはいかなかっただろう。
カイがしおらしく反省していると、再び、
「ところで、そこのちっこいの」
シオンが言った。カイに隠れて縮こまっていたバドが、びくりと身を震わせる。
「手っ取り早く上達したいとか言ってたな。将来、大魔法使いになりたいとかいうのは、お前か?」
「お前じゃないよ、バドだよ」
「なら、バド。大魔法使いになったら、どんな魔法が使いたいんだ」
「そりゃ、でっかくて、派手で、カッコよくて
……
」
最初は意気込んでいたバドの声は、だんだん尻すぼみになった。しょげた顔で、汚れた竪琴をぎゅっと胸に抱く。常日頃高らかに語っている自分の夢が、急に子どもっぽく思えてきたらしい。
シオンは別に、笑いはしなかった。
バドの読みかけの本はところどころ付箋が挟み込んであったりもし、彼なりに読み込んで研究している様子がうかがえる。
「どんな強大な魔法も、根本にあるのは膨大な基礎の積み重ねだ。それも、術式の骨組みが巨大で複雑な分、土台一つ崩れるだけで簡単に瓦解する。お前、そこの師匠に体力づくりの基礎習ってるんだろう? 魔法もそれと同じだ。焦って背伸びしたところでうまくはいかない」
口数の少ない彼にしてはつらつら述べて、本棚の中から一冊選ぶと、バドに渡した。
「お前のレベルならお似合いだ。これでもやってろ」
これはカイにも読めた。『精霊魔法入門』と書いてある。
バドは最初のページを開くなり、不満そうに口をへの字に曲げた。カイが横からのぞいてみると、これまた実に分かりやすい内容で、いろいろ書いてはあるが要約すれば、精霊と仲良くしましょうだとか、楽器は大事にしましょうだとか、魔法は手順通り丁寧に行いましょうだとか、そんなことだ。
「いくらなんでも、これくらいはわかってるよ
……
。初等部で習った内容じゃんか」
バドが納得のいかない顔をする。早くに上達したいのだ。
するとふいに、シオンが手袋を外した。脱いだそれを机上に置いて、代わりにバドの抱えていた竪琴を取り上げる。
「シオン?」
なんのつもりだろう。疑問に思うカイをよそに、少年は椅子をひいて腰かけ、構えをとった。
バドの愛器は、吟遊詩人が持つような、一般的な形の竪琴とはだいぶ違う。弓にも三日月にも似た、独特の形をしている。
シオンは、音合わせに一つ二つぽろんと鳴らした。書斎がしぃんと静まる。
静寂のなか、彼はゆっくりと弦をつま弾きはじめた。
「
……
うそだろ」
バドが目を見張った。自分の、しかも弦の足りない楽器から、こんな音が出ることが信じられなくて。
もしも消えゆく明けの星々に音があったならば、誰にも踏まれぬ新雪が音楽を奏でたならば、こんな音色かもしれない。ひそやかで優しく、柔らかく、そしてどこまでも温かな音だった。
音色は淀みなく奏でられ、心をすみずみまで照らすように語り掛けてくる。
カイは息をのんだ。おそらく、他の面々も。
聴き入るあまり、まるで世界中の時が止まり、彼の周りだけが動いているような錯覚さえ覚えていた。
やがてひとつ、ふたつ。薄暗くなりかけている部屋のなかで、小さな光が瞬きはじめた。
それは見る間に数を増やし、広くはない書斎を幻想的な光が満たしていく。
「うわあ
……
」
「すげえ
……
」
バドもコロナもすっかり心を奪われている。
陶然として魅入る彼らを見ているうち、カイは気がついた。季節外れの蛍でも、自然現象でもない。これは魔法だ。呼びかけに応え、姿を現した光の精霊たちが、音楽に心を躍らせ、音色に身を委ねて踊っているのだ。
カイは理解できた気がした。なるほど、カイがアーティファクトの声に耳を澄ませ、道具に秘められた思いを聞くように、精霊魔法は精霊との対話なのだ。音楽を通じ精霊に語りかけ、その助力を得る。ここをおろそかにしては、どんな才能ある魔法使いもいずれは行き詰まる。精霊の想いや意志を無視し、術者の命令を押し付けるような一方通行では、魔法は成り立たないのだ。
雪の最後のひとひらが落ちるように竪琴は静かに鳴りやみ、曲は終わりを迎えた。
泡沫の夢の世界に呆けていたカイは、我に返るなり夢中で手を叩く。真珠姫とコロナも続き、瑠璃が感服したように息を吐いた。演者当人は賞賛を浴びてもにこりともしない。
シオンはいつもの無表情で竪琴を置くと、先ほど断られた本を手にバドの前に立った。
「基礎」
夕暮れを迎えた薄暗い空間に、光の余韻が残っている。
差し出された教本を、今度こそバドは受け取った。
シオンが使ったのは、小さな光を生む魔法。魔法を習い始めた子どもが最初に教わるような、ごく初歩の魔法だった。
「アンタ、そんな特技あったのか」
めずらしく感心する瑠璃さえ無視して、シオンはさっさと手袋を嵌め直している。
「用は済んだ。帰る」
いつものこととは言え、素っ気ない。というよりも素っ気なさすぎる。今の今まで見事な演奏を見せてくれた人間とは思えない。
「え~? せっかくだし晩御飯食べて行けば? 今からじゃ、ドミナに着くの夜になっちゃうよ」
さすがに引き留めたカイだが、「飯食いに寄ったわけじゃないよ」と断られた。
「遠慮しなくていいってば。こないだのお返しもあるしさ、あたし腕ふるうよ?」
「いや、それはそれで
……
ちょっと」
「なんだよ、ほんとに失礼だな。キミは」
カイの奈落料理は実は、コロナと料理するようになってから少しは改善されているのだが。
結局シオンは応じてくれず、瑠璃たちやコロナの声も振り切ってさっさと玄関を出て行ってしまった。
「まったく、勝手な奴だぜ。アイツの付き合いの悪さは何とかならんのか」
瑠璃は瑠璃で、人のことを言えた義理でもないのだが。
カイは仕方なしにシオンの後についていき、外まで見送りに出た。一緒に旅するようになってそれなりに経つし、いい加減双子に紹介くらいさせてほしいのが本音ではある。
そんなことを考えていたせいか、まずは礼を言うべきところなのだが、先に愚痴が出てしまった。
「キミさ、隠し事多いよね。魔法使えるなんて初めて知ったよ」
「だって聞かれなかったし」
「聞いたら教えてくれるんだ?」
カイがちくりとやると、シオンはちょっとつまった。
「といっても俺、簡単なのしか使えないし
……
。それに、旅してて、困ることなかっただろ」
「それは、まあそうだけどさ
……
」
言いかけて、いや、そうでもあるとカイは思った。近接戦に特化している槍や剣は、遠距離から狙ってくる敵や空を飛べる相手にはやはり不利だ。
「
……
魔法使えるなら、もっと楽できたんじゃん」
「楽器を持ち歩くのが面倒くさい」
「フルートとか、小さいのにしたら?」
「魔法は疲れるからいやだ」
「まったくもう」
カイとしては、本人が乗り気でないなら無理強いはできないが、惜しいとは思う。書斎で見た光景はあまりに美しかった。
「
……
あのさ」
「うん?」
「遅くなったけど、ありがとう。キミがいなかったら今頃、大変なことになってた。それに、さっきの曲良かったよ。とても」
はにかみながら笑う。文句を言い合うことが多いだけに、いまさら正面切って褒めるのは照れくさかった。それはシオンも同じだったのか、意外そうにゆっくり目を瞬かせた。
「牧場の件なら、大したことじゃない。発動しそうになった本の術を止めただけ」
カイには本当にそれが大したことなのかそうでないのか、よく分からない。だが、あの事態にいち早く気付いて収拾できたのは、シオンだけだったのは確かだ。
魔法は無理でも、音楽くらいたまには聞かせてほしいと頼むと、それも嫌だと言われた。
「だって、楽器持ち歩くの」
「めんどくさい」
カイがにやりと笑うと、とうとうそっぽを向かれた。毒舌に見えて実はこういうやりとりは苦手なのかもしれない。
「
……
ところで、お前の先祖。魔法使いでもいたのか?」
「聞いたことないよ。どちらかっていうと、あたしみたいに魔法とか勉強苦手な感じの人が多いんじゃないかなぁ」
少なくとも、カイの家系に関してはそんな印象だ。この家の先代はカイの祖父だが、祖父もとくに読書家というわけではなかった。だから、それ以前の古い住人に学者なり本の蒐集家でもいたのだろうとカイは思っている。
「なんでだか知らないけど、昔っからあるんだよね。世界辞典とか古い歴史の本だとか、植物だの変な道具だのよくわかんない専門書とか、小難しいのばっかりさ。キミはああいうの好きそうだよね」
「別に
……
好きではないけれど」
好きではないのに読んでいるとはこれいかに。
シオンは、牧場のほうを見て、さっきの本は危険すぎるので、よく言って聞かせるか、いっそ手の届かない場所にしまうかした方がいいと言った。カイもその方がいいと思う。
「それから、書斎の魔導書のことだけど。バドは興味を持っていたようだけど、あのチビには早すぎる。十年後に見せるくらいでちょうどいいんじゃないか」
「うーん、十年後かぁ
……
」
魔法学園で言えば上級生クラスだろうか。今日の今日まで完全にスルーしていたカイが言うのもなんだが、貴重な書と分かればそれはそれで、あと十年も眠らせておくのはもったいない気がする。
「キミ、よかったら家で読む? 気になるのがあれば、好きなの持ってっていいよ」
「俺には必要ないよ。弟子に、いつかその時が来たら見せてやればいい」
そうなると、それまでは大事に書棚にしまっておくことになりそうだ。本当は、弟子にきちんと魔法を教えてやれる人がいるといいのだけど。
「あと、この間頼まれた件だけど。
……
引き受けてもいいかと思う」
何かお願いしていたっけと思ったカイは、少し考えて思い出した。
たしか、ガトに行く前だ。武術の稽古に付き合ってほしいと、短剣が得意な彼に頼んでいたのだ。
ダメもとのつもりだったので本当にいいのか確認すると、たまになら
……
と返事があった。
■■■
久しぶりの賑やかな食卓になった。
夕食を楽しみながら先ほどのシオンとの話をすると、コロナがうんうんとうなずいた。
「魔法使いあるあるですね」
「そうなんだ?」
「なので、持ち歩きにはハープやフルートが人気があります」
ファ・ディールの魔法は主に、精霊の力を込めた魔法楽器を媒介とする。魔法使いは楽器を通じて大気のマナと己の精神の波長を合わせ、魔法を行使する。美しい音色は大気のマナと感応しやすく、故に優れた演奏者が魔法巧者でもあるということは往々にしてあるらしい。
問題は、その楽器に重量級のブツが多いということであり
……
。
ハープやフルートはともかく、巨大なマリンバやドラムの持ち歩きに苦慮する魔法使いは多く、魔法楽器を使うために筋トレに励んだ挙句、下手な戦士より仕上がってしまう魔法使いもわりといたりする。
「すっごい魔法使いになると、楽器なしでも魔法使えるみたいなんですけどね。数は少ないと思います」
「魔法学園の先生たちとか
……
あとたぶん、マナの七賢人とかさ」
コロナとバドの解説を聞きながら、カイは思い出した。そういえばヌヌザックは、転移魔法を使うのに楽器など使っていなかった。正体不明だが、ロアで会った謎の黒い鳥人もそうだった気がする。
「もちろん俺だって、将来はそうなるつもりだぜ? 魔法を撃つときにこう、手でしゅびしゅばば~って」
「へええ。バド、初心者用の楽器だってまだまだ使いこなせていないくせに」
「なにを!?」
「ハイハイ、ケンカしない」
手慣れた加減で仲裁し、カイはスプーンをくわえたまま宙を仰いだ。脳裏には新しいプログラムが浮かんでいる。
「なるほど、じゃあバドのトレーニングも魔法の役に立ちそうだねえ。これからは、楽器を持ち運ぶのに必要そうな筋トレも追加して
……
」
「
……
ありがたいけど、フクザツっす」
日々走り込み、形見のフライパンを振りまくるバドの筋力は、成長する一方である。七十三年後には、マリンバやドラムを背負って世界を旅する、史上初の剛腕大魔法使いが誕生するかもしれない。
ちなみに珠魅はどうかというと。
「珠魅の核には魔力があるの。だから、楽器をつかわなくても魔法をつかえる珠魅はいるわ」
そして、だから、狙われるのだ。魔法の媒介として、魔力を取り出すツールとして優秀だから。
よどみなく答えた真珠姫を、それこそ複雑そうな目で瑠璃が見ていた。真珠姫の話の内容、彼女の持つ知識は明らかに依然の彼女とは異なっている。
レイリスで悩みを深めたようにも見える彼だが、意を決したように顔を上げた。
「
……
真珠。オマエに相談がある」
「そうだん?」
ジオに行こう、と瑠璃は切り出した。
「ディアナに話を聞こう。
……
やっぱりオレは、オマエと一緒に聞くべきだと思うんだ」
■■■
食後の落ち着いたころを見計らって、カイはバドを書斎に呼んだ。
バドを大きな椅子に座らせ、自分は小さな丸椅子に腰かける。精霊のランプは、今でもその炎を保っている。
「ねえ、バド。さっきの、牧場のことだけれど」
「
……
うん」
落ち着きを取り戻したバドは、ゆっくり話し出した。
「本棚で、変わった本見つけてさ。何度か挑戦したんだけどなかなか読めなくて。でも、はじめて、声が聞こえたんだ」
――
ねえねえ。そこの、魔法使いのお坊ちゃん。
――
手っ取り早く経験積んで、大魔法使いになりたいとは思わないかい?
――
七十三年後は、長いだろう。
「はいって、言ったんだね」
「
……
うん」
本から? 声が聞こえるなんて。
奇妙に思ったバドだが、声の主がした提案はこの上なく魅力的だった。
『大魔法使いに? いい方法があるの?』
あるともさ、と返事があった。
――
君が望めばなんでも起きる。もし新たな世界を望むなら、私を広い場所に出してくれ。
言われるままに、バドはそれを牧場へ連れ出した。
カイは改めてぞっとした。声の主が何をする気だったかはわからないが、シオンがいなければ危うかったことは間違いない。
バドだって、怪しいと思わなかったわけではなかったのだ。けれど好奇心が勝ってしまった。誘惑に抗うことができなかった。誘う声は蠱惑的で、思わず従いたくなる力があった。
「
……
早く、強くなりたくてさ。そうしたら、みんなの力になれるだろ」
七十三年後は、やはり遠い。
「バド、早く強くなりたい気持ちはわかるよ。でもね、それでバドに何かあってからじゃ遅いんだ。バドのほうがずっとずっと大切なんだよ」
カイが諭すように言うと、バドは俯いた。
「わかってる
……
ううん。さっき、あの兄ちゃんの話聞いてて、思いだしたよ。おれ、もともと何のために大魔法使いになりたいと思ったのかって。コロナを守りたかった。うんと強くなって、すごい魔法を使えるようになって、コロナを守ってやりたかった。おれたち、お父さんもお母さんも、いなくなっちゃったからさ。
……
それに」
バドは拳をぎゅっと握った。口元が、肩が小刻みにわなないている。
何も言わず、カイは抱きしめてやった。
「
……
ふえ」
バドの目から、涙が堰を切ったようにあふれ出した。怖かったのだろう。
バドは泣きじゃくりながら声を絞り出した。
早く大魔法使いになって、父と母の研究を、完成させたかった。大人たちから同情され、あるいはバカにされた両親の実験がすごいものだと証明したかった。だから、魔法を覚えるために多少の無茶もした。難解すぎる書にも挑戦した。早く、少しでも早く、自分が思い描く理想の自分に手が届くように。
「だ、だって、おれは、だ、大魔法使いハインの、息子、なんだ、だから」
「
……
うん」
バドが学園を追われた経緯は、エメロードから聞いている。
双子の両親が命を落とした魔法事故の、詳しいいきさつや原因はわかっていない。しかし事故の状況から、夫婦が実力に見合わない大魔法を使ったのだろうとは言われていた。
「でもさ」
しゃくりあげながら、バドはぽそりと言った。
「
……
お父さん、言ってたんだ。英雄として死んでしまうより、弱虫のままでも生きていたいって」
英雄はたくさんいるけれど、バドとコロナの父さんは一人だけだろう?
「バド」
カイは、下を向くバドの肩をつかんだ。「キミたちの父さんは、本当に大魔法使いだ。一番大事なことを、知ってる」
バドのまっかな目が師を見上げる。
「お父さんが教えてくれたこと、今ならわかるね? キミたち自身より大事なものなんてないんだよ」
自分は誰かの、たった一人の大切な存在であること。誰かは誰かにとって、かけがえのない存在であること。
どんな魔法よりも大切なことを、父は子どもたちに伝えていた。
「バド、キミたちが大きくなるまで、あたしがかならずそばにいるよ。キミやコロナを守るのがあたしの仕事だ。子どもは大きくなるのに、そんないそがなくっていいんだよ。それにキミたちのお父さんとお母さんは、きっと二人のこと見てくれてる。一つ一つ、ゆっくりでいいんだよ。ガイアは言ってた。ガイアに会った、あの日の気持ちのままでいればいいんだって」
ゆっくり語る師の言葉を、バドはうんうんと涙を浮かべてただ聞いた。
やがて泣き疲れた弟子を、カイはコロナの隣に寝かせた。
バドの枕元には、弦を張りなおしたばかりの竪琴と、シオンに渡された魔法の本が置かれてあった。
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