しちろ
2024-02-14 16:13:37
19658文字
Public LOM・宝石泥棒編
 

宝石泥棒編 7

『コスモ』あと。瑠璃が寝込んでいる時期の話。


 田舎町のドミナは実りの季節を迎えている。
 収穫を目前に百姓たちはますます野良仕事に精を出し、旬の野菜や果実を求めて旅商人が増える時期でもある。音楽家でも来ているのか、鍵盤楽器らしき素朴な音色が広場の方角から聞こえていた。

『ようこそ! ドミナの町へ!』

 往来を行く人々は、夏頃より明らかに多くなったようだ。
 町の案内板を通り過ぎて商店街に入ると、ちょうど道具屋のジェニファーが店から出てくるところだった。買い物かごを提げているから、バザーにでも行くところかもしれない。
「こんにちは、ジェニファーさん」
「あら~、カイちゃん。なんだか久しぶりね~。元気にしてた?」
 向こうもカイに気付き、ほがらかに声をかけてくれる。
「いろいろ忙しくてさ。少し来ない間に、町がにぎやかになった気がするね」
「そうなのよう。盗賊騒ぎが落ち着いたからかしら、よそからのお客さんが増えてね。おかげさまでお店も大忙しよ。カイちゃんこそなあに、いくつも荷物しょい込んで。またどこかに遠征?」
「違うの、メイメイに占い頼みたくてさ。あと、預かってた友達の荷物返しに来ただけ」
「あら、そうだったのね。あ、もしかしてうちのドゥエルちゃん……違う? なら、空き家のシオンちゃん。何度か、二人でお店に来てくれたわよね。心配してたけど仲良くなったのねーって、おばちゃんこっそり応援してたのよう、まったく」
「え? あの」
 カイはたじろいだ。どうも、妙な誤解をされている気がする。
「占いってもしかして? やだあ、若い人たちっていいわね〜。こう見えておばちゃんも若い頃は……
「あ、あのねえ! 別にあたしたち、そういうんじゃないし! 占いは人探しだよ!」
 ついつい、必要以上に大きな声で否定してしまう。
 真っ赤な顔で鼻息を荒くしたカイに、ジェニファーはええ~と不満そうに言った。
「なあんだ、違うの? おばちゃん残念〜」
 なんで残念がるんだ。
「あの子、最近見かけないのよねえ。てっきりあなたと一緒かと思っていたんだけど。会ったら、またうちのお店にも寄ってちょうだいねって伝えておいてね。相変わらずにこりともしないけど、あれはあれで見ないとさみしくて」
「う、うん」
 すっかり変な汗をかいてしまい、カイは手団扇で顔を仰いだ。なんと言ったものか。
……カイちゃん、ちょっと見ない間に少し大人っぽくなったかしら?」
「え? そう、かな?」
「うん、そうねえ。前よりおねえさんになった気がするというか」
 頬に手を当てたジェニファーの笑顔は、昔なじみの少女の成長を素直に喜ぶ顔とは、少し異なるように思えた。カイが返事に困っている間に、ジェニファーのほうは年頃の女の子だものね、いろいろあるわよね、と勝手に解釈したようだ。また要らぬ誤解をされているかもしれない……が、この際、余計なことは言わないほうがいい気もする。
 話の流れを変えたくて、娘のレイチェルは元気にしているかと訊くと、
「レイチェル?」
 ジェニファーは目を丸くした。
 もう片方の手をしきりに上下に振りはじめるのは、誰かに話を聞いてほしい時の彼女のくせだ。
「それそれ、ちょっと聞いてよ! あの子、けっきょくバイト辞めちゃったのよ。好きで始めたわけじゃないし仕方ないと思うんだけど、それきり部屋にこもりがちでねえ……。どうしたのか聞いても、何も言わないし。やっぱり、やりたくもないバイトを無理にさせたのがよくなかったんじゃないかしら。旦那にも言ったんだけどさ」
「あ~、そうなんだ……それは困ったね」
 レイチェルがバイトを止めた原因……瑠璃のせいでなければいいが。
 またしてもマークへの愚痴が始まりそうだと感じたカイは、会話もそこそこに、あとで店に寄らせてもらうねと伝えてジェニファーと別れた。


 遊ぶ草人とすれ違い、宿屋の斜向かいの家に足を向けた。
 この家、住人が来た今も、相変わらず空き家と呼ばれているらしい。
……
 ノックをしようとして躊躇い、手を下ろす。
 何度もそれを繰り返してから、意を決してようやくドアを叩いた。

 ――留守、かな……

 それでも辛抱強く待っていると、かなり時間をおいて、ごく細く、扉が開いた。

 ……いた。

「待って」
 とっさにドアが閉じられそうになったのを、カイは自分の靴先を滑り込ませて阻止した。間髪入れず、持ってきた荷物をドアの隙間にねじ込む。
「忘れ物」
 ひるんだ気配を感じ取ったカイは、すかさずドアノブをつかみ、扉を大きく開けはなった。爆発しそうな緊張感を誤魔化すように、半ば強引に荷物を押し付ける。
「その、久しぶり……でもないか。ガト以来だね」
 両手で押し付けた体勢のまま言った。
 無言に耐えかね、そろっと顔を上げる。
 荷物を反射的に受け取ったまま、あっけにとられているシオンがいた。赤い帽子も手袋もない、険のとれた表情の彼は、そこいらにいそうな普通の少年に見えた。
……わざわざ?」
「大したことじゃないよ。あと……謝ろうと思って」
 カイは一度言葉を切り、ふうと息を吐いた。ここに来る前、自分で考えていたよりはるかに言いづらさがあった。
……キミに、ひどいこと言わせた」
 言ったそばから、カイはシオンの腕をとっさに捕まえる。シオンの手がドアノブをひこうとしたからだ。
「待ってよ、なんで逃げるのさ。まだ、話したいことあるんだよ」
 引き止める手に力を込める。シオンの手から鞄が落ちた。
 過ぎし夏、彼と出会って間もないときにも、こんなことがあった。いまここで手を離せば、本当に二度と会えない気がする。直感だったけれど。
「珠魅の言い伝え。キミ、知ってたんでしょ」
 ほんの一瞬、シオンが気まずそうな顔をしたのを、カイは見逃さなかった。
 それで確信した。瑠璃や自分の予想が間違っていなかったこと。
「やっぱり、わざとだったんだ。『珠魅のために涙する者、全て石と化す』――魔法都市で偶然、珠魅に詳しい人に会ってさ。……それでやっと、気がついたよ」
 居心地の悪さに耐えかねて目を逸らしたカイは、あたしも大概ニブイよねとぼやく。手が自由なら、頭なりかきむしりたいところだ。

 ルーベンスが死んだ日。
 あのままならば、カイは間違いなく、涙を流していただろう。ルーベンスの無念を思い、自分の無力さを悔やんで。
『珠魅なんか、狩られるだけのクズ石じゃないか』
 シオンの言動に絶句しカイの瞳から涙がこぼれ落ちたとき、涙の理由はルーベンスを助けられなかった悲しみから、シオンへの怒りと落胆に変わっていた。
 結果的にカイは、『珠魅のために』泣かずに済んだ。
 
「あたし、もっと珠魅のこと、自分から知るべきだった。そうしたら結果とは違ったことができたかもしれないし、ああなる前に手を打てたかもしれない。キミにだって、あんなこと言わせずに済んだのにね。キミなんて、瑠璃にまで殴られちゃったしさ」
 シオンが何も言わないので、一人でしゃべっているみたいだ。
 あの日、瑠璃に派手に殴られていたシオンだが、もう治ったのか傷跡は見えなかった。
……なぜお前が謝っているのか、よくわからないけれど」
 最初の一言きり黙っていたシオンが、もそっと口を開いた。
「俺のことなら、買い被りだよ。俺はお前ほど珠魅に肩入れできない。あの日言ったことだって……
 そこまで言ってシオンは語尾を濁し、所在なさげに視線をさまよわせた。結局最後まで言わなかったが、言いたいことは何となく伝わった。暴言の全てが嘘、というわけでもなかったのだろう。
「初めて聞いた気がするな。キミの本音」
 彼の腕をつかんだままだったことに気がつき、手を離す。
 シオンは返された大剣に目を落とすと、そっと傍らに立てかけた。それから、落とした鞄を拾い上げる。昨日カイが手入れしてやった刀身は、鞘の中で青く濡れていることだろう。
……最初から、知ってたんだね。はじめて瑠璃と出会ったときから」
……
 シオンは肯定も否定もしなかった。代わりにこう言った。
……人間は、珠魅と関わらなければ、少なくとも関わる人生よりは平穏に生きられると思うよ。珠魅狩りに狙われることもないし、旅先で思いがけず珠魅の死を目の当たりにして、気を病むことだってなかった」
「そう思うなら、なんであたしと一緒に瑠璃たちのこと探してくれたの? 旅の間、危ないことだってたくさんあったのに」
「なぜって」
 シオンが口ごもる。
 苦難や危険は承知で、いやだからこそ、珠魅に協力することを選択したのだ。瑠璃と真珠姫のことが好きだから。そうと口にはせずとも、シオンだって同じだろうとカイは思っていた。今も、思っている。
「その荷物、ガトから持って帰ってくれたのね、あたしじゃないよ。瑠璃だよ。キミがいなくなった次の日にまとめてた」
 この事実は、シオンには少し意外だったようだ。
 無理もない。あの夜、一番怒っていたのは瑠璃だった。カイも理由がわかるまでは、瑠璃の気遣いが不思議で仕方がなかった。
「瑠璃、なんにも言ってなかったけどね。キミと同じで。……全くもう、男の子ってみんな、そんなもんなのかな」
 うっかり溜息をもらしてしまい、慌てて両手を振った。別に彼を責めたくて言っているわけではない。
……あたし、情けなくってさ。自分でやってきたつもりがなんもできなくて、結局誰かに頼りきりでさ……って、あたしの話は、今はいいんだけど!」
 言葉を重ねるうち、だんだん何を言いたいのか分からなくなってくる。
 どうしよう。道々、話すことは色々考えていたけれど、いざとなるとうまく言えなかった。
 落ち着きのない動きでわやわやと焦るカイを前に、シオンが小声で呟いた。
……叩いてすまなかった」 
「シオン……
 カイは動きを止め、眉を情けなく下げる。いざ謝罪されると、つらかった。
……あのね、ジオに行ったの」
 子どものはしゃぐ声がする。道行く旅人たちの気配がする。
 遠くで陽気な音楽が鳴っている。ジオとは全く異なるが、明るくにぎやかな田舎町の情景だ。
「キミの言う通りだったよ。ううん、珠魅だとか人間だとかは、関係ないかな……。あたしが……
 エメロードの死。傷ついた仲間たち。にぎやかで平穏な町の日常とは、あまりにかけ離れた現実だった。
 カイと会わなければ、自分がこんな頼りない騎士でなければ、きっとエメロードは今も生きていただろう。ヌヌザックに怒られ、厳しくも温かく守られながら魔法の勉強に励んでいたはずだ。メキブでもそうだ。自分にサンドラと拮抗するほどの腕があれば、きっと瑠璃を守れた。真珠姫だって、瑠璃のそばを離れなかったかもしれない。
 考えるうちにうっかり熱いものがこみ上げそうになってきて、カイはぎゅっと両目を閉じた。何度も首を振り、瞼の熱を振り払う。
「あ、あの、キミにはわかんない話だよね。その……いろいろあって瑠璃大怪我して、真珠ちゃん行方知れずでさ。これから探しに行かないと」
 空元気を出して笑うカイに、シオンが訊いた。
「お前は?」
「あたし?」
 カイはきょとんとした。
「ちゃんと寝てる? 食事は?」
「あたしは、別に……いつも通りだし」
 パンなり果物なり多少はかじったし、(うたた寝だけど)少しは寝たし。とくに空腹も感じていなかった。
 煮えきらないカイがもごもご言っていると、例によって何を考えているかわからない顔をして、シオンが玄関から出てきた。
「叩いた詫びだ。昼飯くらいおごる」
「は?」
 シオンは明後日を向いたまま、赤い帽子を目深にかぶった。そうするとようやく見慣れた姿になった。
「お前、鏡見ているか? ずいぶん大変みたいだけれど、そういうときほどきちんと休んだ方がいい。へたばる前に休息をとるのも仕事のうちだ」
 よほどひどい顔でもしているのだろうか。
 どこかで聞いたようなセリフだと思ったカイだが、すぐに思い出した。自分が双子に言ったのと同じだ。
 それにしても鏡を見ろと言うなら、シオンも大概だとカイは思った。長い前髪に隠れがちの、目の下にできたクマに気がつかないほど、カイは鈍くはない。



 正午を迎えたアマンダ&パロット亭は、たいそう繁盛していた。
 以前は、地元客がほとんどの料理屋兼酒場だったが、旅人や旅行客らしき姿が多く見えるようになっている。これも盗賊騒ぎが落ち着いた効果なのだろう。
「すみませーん」
 店内に向かって声をはりあげるが、一向に店員が出てこない。壁にはウエイター募集の張り紙があった。
「レイチェル、バイト辞めちゃったって」
 シオンに話しかけつつ、しばらく待っていると、
「いらっしゃい~!」
 威勢のいい声が厨房の奥から聞こえた。カイが挨拶を返すと、店の料理長兼オーナーが顔をのぞかせて、矢継ぎ早に言った。
「お待たせしましたぁ……って、棒の嬢ちゃんと赤帽子の兄ちゃんか。今日はあの、ほわほわした可愛い子ちゃんとしかめっ面の怖い兄さんは? いないの? あいにく今は僕しかいなくてね、注文はそこの紙に書いてここまで持ってきて。出来たら呼ぶから。悪いけど飲み物はセルフサービスで頼むよ。なにしろ人は辞めちゃうし急に客は増えるしで、人手が足りなくってさ」
「はあ」
 調理場ではフライパンや鍋がいくつも火にかけられている。オーナーの額には玉のような汗が浮かんでいた。料理を作るので手いっぱいで、接客どころではないらしい。
「なんなら君たち、うちでバイトどう? 二人とも若くて元気そうだし、レイチェルちゃんの友達なら大歓迎だよ」
「うう~ん、それも楽しそうだけど、いろいろやることあるからさ」
 求人に書かれている時給はいたって平凡だが、まかないつきは魅力的かもしれない。
 カイは注文用紙を一枚取り、空いている席を探して腰かけた。
 店中に料理の良いにおいと客の活気が充満している。それに気づいたとたん、突如思い出したように、ひどい空腹感が襲ってきた。
「お腹、すいてきた」
 エメロードの件があってから、まともに食べていない。
 テーブルに置かれたメニューを開くと、前に来た時から内容が一新されていた。
「秋のメニュー出てるんだ。季節のおすすめ、マスクイモとフィッシュフルーツのサラダ・自家製ミントを添えて、どっきりマッシュとサラミのきのこたっぷりピザ、ごろごろ秋野菜とラビ肉のブラウンシチューか……骨付きグレートオックスの香草グリル、ガルフィッシュのパイ包み……肉と魚どっちにしよういいや両方頼んじゃえ。パンと米も行きたいよね、焼き立てパン盛り合わせと四種チーズのリゾット、新鮮卵のオムライス二つ、いや三つずつ……と。やっぱりカボチャのグラタンとバケツカボチャプリンは外せないし……あ、小屋ダケあるじゃん! しかも丸ごと一軒網焼きだって、すっごい! 珍しい、これ頼んでいい?」
…………どうぞ」
 幻のキノコ・小屋ダケは超高級品である。
 カイは思いつくままに注文を書き連ね、しまいには書く欄がなくなって追加で用紙を取ってきた。
「シオン、キミは? ぜんぜん書いてないけど、いいの?」
……うん」
 三枚目の注文用紙が埋まるころ、シオンが無言で財布の中身を確認した。ちょっと笑ってしまったカイだが、この際遠慮はしないことにした。
「おっ、決まったかい……って、相変わらずすごい量だな」
 カイは注文票を店主に渡し、出来上がってきた料理を自分で運ぶと、あっという間に平らげた。
「キミは? 食べないの? あっ、小屋ダケ追加で頼んでいい? いやぁ、あんなにおいしいもんがこの世にあったとは」
……
 シオンはちまちまと水だけ飲んでいる。
 温かな料理で腹が満たされると、沈みきっていた気持ちが和らいだ気がした。
「お茶いれてくるね」
 カイが腰を浮かせかけると、先にシオンが席を立った。
「あたし持ってくるよ?」
「茶くらい淹れられるよ」
 遠慮なくカウンターに入ったシオンは、適当に茶筒を開けて中身を確認しはじめた。なぜか、いくつもふたを開けては閉め棚に戻す、を繰り返している。
「帽子の兄ちゃん、コッチにも持ってきてくれよ。エール、大ジョッキで」
「店員じゃないんですけど」
 シオンは厨房に声をかけ、店主に頼んで何やら受け取った。やかんに湯を沸かし、温めたカップとポット、カウンターのかごに入っていた茶菓子をトレーに乗せる。ついでに、カウンター内の棚からろくにラベルも見ずに酒瓶を取り、男のテーブルに雑な手つきで置いた。
「サンキューって、おい、これ! めちゃくちゃ高い酒じゃねえか! そんなカネ持ってきてねえよ」
「知りませんよ。俺、未成年だし」
 親切なんだかいい加減なんだかわからない。
 男がぎゃあぎゃあ言うのをしり目に、シオンはトレーを持ってくると、やはりあまり丁寧とは言えない手つきでソーサーとカップを置いた。
「ずいぶん悩んでたね」
「どの茶筒にも、乾燥したカボチャの種と皮ばっかり入ってるんだよ」
「この店、まだ出してるんだ。カボ茶」
 カイの弟子のせいだけど。
 硝子のポットには、先ほど注文した料理にも使われていた、生のハーブが浸かっている。シオンがポットを軽く揺らし、中身をカップに注ぎ入れてくれる。すっと鼻に抜けるような、さわやかな香りがした。
「ハートミント。安眠効果があるらしい。淹れ方教えてくれた人が言ってた」
 ご丁寧に説明してくれる、伏し目がちの横顔をまじまじと見てしまい、カイは気恥ずかしくなって横を向いた。ジェニファーが妙なことを言うからだ。
「俺が言うと、そんなにおかしいか?」
 よほど変な顔でもしたらしい。
 カイは慌てて、別にそういうわけではないと適当に取り繕った。お茶について言うならば、本音を言えばキャラに合わないと思ったが、さすがに失礼なので飲み込んだ。
 またしても妙な汗をかきつつ、一口飲んで感嘆の声を漏らす。
「ほお」
 雑味のない、澄みきった味だ。カイが素直に感心すると、茶だけはうまく淹れられるんだとシオンが言った。
 すっかり気持ちの落ち着いたカイは考え考え、ゆっくり話し始めた。

 ジオであったこと。メキブの洞窟でのこと。
 ……エメロードのこと。
 カイが話す間、シオンは一度も口をはさむことなく、黙って聞いていた。

 話をするうち、いつの間にかうつむいていたカイは、まっすぐに顔を上げた。
「あの、泣かないからね。あたし」
「なにも言ってないけど」
……うん」
 いくばくかの心苦しさを覚えながら、頷いた。これで泣いたら、あまりにもシオンに悪い。
「珠魅を、探そうと思ってるんだ。涙石も、探したい……ううん、見つけなきゃ」
 あてはないが立ち止まれない。
 カイは、内に秘めた想いを辿りながら、ひとつひとつ口にする。
「あたしは珠魅じゃないから、できることには限りがあるかもしれない。けれど、それでも絶対にエメロードを取り返す。瑠璃のことかならず助けたい。あの黒い人探して、真珠ちゃんのことだって聞かなきゃいけない」
 シオンは、料理同様、自分で淹れた茶にもほとんど手を付けず、じっと目を落としていた。瞬きも忘れて微動だにしない。
 あまりにも動かないので、聞こえているのか心配になったカイが、
「シオン?」
 名前を呼んでみると、
「瑠璃の様子は?」
 シオンがやっと口をきいた。聞いていたのか。
「瑠璃、ね……
 カイの表情がひどく曇る。
 サンドラに傷つけられた瑠璃。双子には安心させるようなことを言ったカイだが、シオン相手に気休めを言っても仕方がない。正直に答えた。
「今は落ち着いているけれど……どうだろう。核が真ん中から大きくひび割れてて」
 動くどころか、命をつなぐのがやっとという状態だ。レディパールの言うように、無理さえしなければ、いずれは普通の生活を送れるようになるのかもしれないが、それがいつになるかもわからない。サンドラの発言を肯定するのは癪だったが、彼を本当に救うにはそれこそ、癒しの涙が必要だった。
 話を聞いたシオンは、また押し黙って考え込んでしまった。
 手元無沙汰のカイは、すっかりぬるくなったお茶をカップに注いで飲み干した。これはこれで、話疲れた喉にはちょうど良い。
「今日はごちそうしてくれて、ありがとう。あたし、そろそろ」
 カイが腰を浮かせようとすると、先に、シオンが椅子からするりと立ち上がった。
「少し、待ってろ」
「ん?」
 シオンは一度店を出て行き、ほどなくして戻ってきた。手に何か握っている。
「持ってけ」
 彼がテーブルに置いたのは、手のひらに収まるほどの小さな革袋だった。口は革ひもで堅く閉じられている。カイが開けてもいいか聞くと、シオンは首を縦にふった。
 苦戦しながら、結び紐をほどく。
「なに? これ」
 中身は崩れかけた小石だった。色は透明で、石というよりほとんど砂になりかかっている。
 不思議に思ってカイが訊くと、シオンが抑揚のない声で答えた。
「薬」
「くすり?」
……珠魅に効く」
 シオンの言葉に、カイが目を見張った。
「珠魅に薬は効かないはずじゃ?」
 なぜそんなものを。
 シオンは今度は問いには答えず、一方的につらつら話した。
「いちおう本物だけど、期待はするなよ。使えるかはわからない。見ての通り、古いもので崩れかけているし……
 何やら言いかけて、口を閉ざす。相変わらず表情の読み取れない少年だが、詳細を聞かれたくない空気だけはありありと伝わってきた。
「もしかして、大事な物じゃないの、これ」
「使い道ないし、俺が持っていても仕方がない」
 シオンはそういうが、要らないものではないだろう。……むしろ。
……いいの、本当に?」
「それでも詫びにならないくらいのことは言った」
 それに……と、シオンは目線を落とした。
「多分、ここで渡さないほうが、それの主に怒られる」
 カイは何も言えなくなった。
 シオンが珠魅に詳しいわけだった。知り合いがいたのだ。……おそらく、とても親しい。
 カイは革袋のひもを閉じ、中身を崩さないようそっと握った。
「もし、手が必要なら呼べ。お前は何でもかんでも一人で背負いこみすぎだ」
……ありがとう。瑠璃は、絶対助ける。真珠ちゃんも」
 
 精一杯に生きようとする珠魅たちも、関わろうとする人間たちも。そこにはたくさんの想いがある。
 ドミナに赴いたときとは違う、小さな灯火が心に灯った気がした。



『わくらば』 おわり