しちろ
2024-02-14 16:13:37
19658文字
Public LOM・宝石泥棒編
 

宝石泥棒編 7

『コスモ』あと。瑠璃が寝込んでいる時期の話。

わくらば

「カイさん、おかえ……って、きゃああっ! 大変!」
 玄関を蹴り開け瑠璃を担ぎ入れるや、マイホームは上を下への大騒ぎになった。仰天した双子が、帰還した師へと駆け寄ってくる。肩に担がれた瑠璃は、固く目を閉じたまま、ぴくりとも動かない。
「どうしたの、怪我!? 病気? 大丈夫なのかよ、瑠璃のお兄さん!」
「大丈夫、息はあるよ。だけど傷が深いんだ。とにかく休ませないと」
「わわ、ど、どうしよう! ええと、私、おにいさんのお布団用意してくる!」
「今はいいよ! このままあたしの部屋に寝かせるから、コロナはお湯沸かしてきて。バド、悪いけど、外に落ちてる槍と剣運んでくれるかな。重たいから、ひとまずその辺の壁際に置いてくれたらいいよ」
「甘くみんなって、これでも毎日鍛えてるんだぜ! 任せとけって!」
 腕まくりしたバドが、勇んで外へ飛び出していく。
 カイはなるべく揺らさないよう瑠璃を二階へ運び、寝台に寝かせた。靴とマントを脱がせ、衣類を緩めてやる。
 だが、それ以上打てる手がないことに、すぐ気付かされることになった。
……薬」
 棚から薬箱を取り出したところで、動きを止める。
「師匠~、お兄さんの剣持ってきたぜ……ん?」
 瑠璃の剣を二本抱え、階段をよろよろ上がってきたバドが、首を傾げた。
「どうしたの? 手当しないと」
 不審そうな顔の弟子だが、すぐにカイと同じことに思い当たったのだろう。あっと声をあげ、はずみで抱えた剣を落としかけた。
「あっ、あぶねえ! ……そっか、瑠璃のおにいさんって」
 わたわたと剣を寝台の傍らに立てかけ、難しい顔で唸ってしまう。
 そこへ今度は、湯桶を抱えたコロナが姿を見せた。
「マスター! お湯沸かしてきたよ……二人とも、どうしたの? もしかして、お薬足りない? だったら私が買いに……
「だめだよ」
 硬い表情のバドが、瑠璃の胸元を見つめて言った。
「瑠璃のお兄さん、珠魅だもん。薬とか、効かないんだよ」
「えっ!」
 コロナが絶句した。弟に同じく、湯桶を落としそうになってしまい、湯がばしゃりとこぼれてしまう。
「師匠……それ、本当なの?」
 師を見つめる幼い顔には、ありありと不安の色が浮かんでいる。
 カイとしてはコロナの不安を払拭してやりたいところだが、今回ばかりはそうもいかなかった。
「バドの言う通りなんだ。正確には、核の傷には」
「そんな……
 コロナの顔が泣きそうに歪んだ。
 珠魅ではないカイや双子から見ても、瑠璃の負った傷は深い。
 レディパールの見立ては、『命に関わるほどではない、剣を握ったりしなければ』――珠魅が言うのだから確かなのだろうが、カイの目からは、少しでも無理をすれば核が割れて砕け散ってしまうのではないかと思わされた。
「今は休ませるしかないね……はやく目を覚ましてくれればいいんだけど」
 瑠璃は眉をきつく寄せ、死んだように眠り込んでいる。
 カイは一つ深呼吸し、暗い顔を浮かべる双子の頭にそれぞれ手を乗せた。
……ところでコロナ、バド。キミたちは、あれから休んだかな」
「え? えっと」
 双子は、そろいもそろって言葉に詰まった。あの状況下で眠れたわけはないだろう。
 カイは、困り顔の姉弟の頭をわしゃわしゃなでてやった。非常事態だったとはいえ、結果的に、状況も呑み込めていない子どもたちを二人きりで、家に取り残す形にしてしまった。
「手伝ってくれてありがとう。あとは大丈夫だよ、瑠璃はあたしが見ているから。人間のだけど、薬もこれだけあるしね、ダメで元々、いろいろ試してみるさ。二人は今のうちに部屋で休んでおいで」
「でも、それどころじゃ」
「なら、二人が休憩したら、あたしと交代してもらおうかな」
 カイは笑って、双子の目線の高さまでしゃがみ込んだ。
「心配かけてごめんね。子どもはね、ちゃんと寝るのも仕事のうちさ。こんなときに、キミたちまでへばっちゃ大変だよ」
 交互に目を見ながら、ゆっくり話しかけてやる。コロナとバドはそれぞれに頷いて、屋根裏部屋への梯子を上がっていった。
 それを見届けて、カイは自分の額をぴしゃりと叩く。
「余裕ないなぁ、あたし」
 いくら緊急時だからって、あんなに子どもに心配をかけているようではだめだ。
 気を取り直し、コロナの運んできてくれた湯を使って瑠璃の身体を拭いてやる。核もきれいにしてやりたいところだが、傷が深く、うかつには触れられそうもない。
 気を張りっぱなしで疲れ果てていた双子は、あっという間に眠り込んでしまったらしい。梯子の上から、バドの大きないびきが聞こえてきた。
 何か使える物はないか、薬箱をひっくり返してみる。
「包帯……核には巻けないなぁ。これも、これも、だめか……
 手当たり次第に医薬品を出しては口をへの字に曲げ、あっという間にテーブルの上が包帯や薬瓶だらけになった。普段使いの傷薬、鎮痛剤、薬効のある成分を固めた丸薬。乾燥させて瓶詰にした薬草などもあるが、どれも役に立ちそうにはない。
 割れた宝石は二度と元には戻らない。それと同様に、傷ついた核もまた、人間の薬など用を為さない。珠魅の核を癒すことができるのは、珠魅の涙のみ。そして、珠魅に涙を流すことはできないのだ。
……参ったな」
 つい、愚痴をこぼしてしまう。
 そのとき、ベッドの瑠璃が身じろぎする気配がした。カイはすぐさまベッドに飛びついた。
「瑠璃!」
「ここは……
 瑠璃は虚ろな視線を彷徨わせ、弾かれたように身を起こす。 
「真珠!」
「急に動いちゃだめだよ!」
 起き上がった瑠璃は、核を抑えて前のめりになった。
「ここは、あたしの家。キミ、ケガしてメキブの洞窟から戻ってきたんだよ」
 カイは瑠璃の両肩を支えてやりながら、噛んで含めるように言って聞かせる。
「メキブ?」
 混乱した様子の瑠璃だったが、カイを認めると次第に落ち着きを取り戻した。
「あ、ああ。そうだ、そうだった。……そうか……
 瑠璃は己の核を見下ろして、あからさまに顔をしかめた。中心付近に大きく亀裂が入り、黒々と不気味な溝を作っている。見るからに痛々しいそれは、呼吸するたびにひどく響くらしく、瑠璃は肩でしきりに浅い息を繰り返していた。
……真珠姫は?」
 切れ切れの息の中から、かすれ声で訊いてくる。
 とっさには答えられなかったカイだが、瑠璃は返答を待つまでもなく、彼女の表情で察したようだった。
……真珠を探しに行く」
 瑠璃はベッドに肘をつき、身体を起こそうとした。慌てたカイが両手で止めようとする。
「その身体じゃ無理だよ!」
「離せよ!」
 瑠璃は反発したが思うように力が入らず、そのまま仰向けに倒れこんだ。
「チクショウ……
 悔しげに吐き捨て、ラピスの腕で目元を覆う。碧い鉱石の肩が小刻みに震えていた。
「瑠璃、今は自分の身体のことを一番に考えないと。真珠ちゃんはあたしが探すから」
「なにを、そんなこと……オレはあいつの」
 言いかけたところで、瑠璃は口をつぐんでしまう。横を向いてうなだれるそのさまが、いつになくひどく小さく、頼りなく見えた。
 カイは何度か迷って、問いかけた。
「瑠璃……あの女の人のこと、知ってるの?」
……
 運命の部屋での出来事は、もちろん瑠璃に話している。
 騎士の亡霊に襲われたことも、黒真珠の珠魅に出会ったことも。
 しかしそれらを聞いた彼が、黒真珠について言及することは一度もなかった。そうした様子をカイはとくに疑問に思ってはいなかったが、もしも瑠璃が、なにかを知っていて黙っていたのだとしたら。
……その剣」
 くぐもった声が聞こえた。
「『運命の剣』というんだ」
「運命の……?」
 カイは、立てかけられた長剣に目線を送る。彼が日ごろ愛用している黒曜石の刀とは別の、もう一振り。実戦用というよりは宝飾品か祭礼用かと思われるほど、繊細かつ美しい金細工が施されている。
……もらったんだ。あの人に」
 それだけ言うと、瑠璃はくるりと背を向けて頭から布団をかぶってしまった。
 カイはそれ以上、追及する真似はできなかった。瑠璃は多分、なにか隠している。

『真珠姫はもういない』

 黒真珠の、あの言葉をどう捉えればいいのだろう。
 わかるのは、真珠姫は自分の意志であの姿を選んだこと、そしてレディパールは自分の意志で瑠璃の元から立ち去った、ということだけだ。
 マイホームに予告状が届いた事実もまた、あまりに重かった。ここはもう安全ではない。

 サボテン君と話をし、ときどき瑠璃の様子を見ながら居間で家事をこなしていると、目を覚ました双子が屋根裏部屋から降りてきた。
「師匠、瑠璃のお兄さんは?」
「うん、目は覚ましたよ。会話もできてる」
 カイが伝えると、双子はそろってほっとした様子を見せた。
「師匠は寝ないの? 帰って来てから、ずっと看病し通しだろ」
「あ、ああ、そうだね。そういえば」
 眠気などちっとも感じていないが、言われてみれば昨日から一睡もしていない。
「瑠璃は落ち着いてるし、書斎に布団敷いてあるからさ。もう少ししたら休むよ」
「そう? 師匠も無理しないでよね」
「わかってるって」
 そうは言ったが実際には眠るどころではなく、旅の片づけや武器の手入れをこなすうちに日没を迎えた。
……夜か」
 双子が屋根裏部屋に戻っても、相変わらず睡魔は襲ってこない。
 居間の灯火を消して書斎に入ったカイは、床にのべた布団には入らず、文机の椅子を引いた。それから旅鞄を開け、一冊の分厚い本を取り出す。一般書ではない。革とも紙とも判じがたい奇妙な手触りの表紙には、ウロボロスと六つの魔法陣、そして、天使と悪魔の羽が対で描かれていた。
 ランプを手元に引き寄せ、適当な頁を開いてみる。
 見た瞬間に諦めた。
 黄ばんだページを埋め尽くすのは果たして、古代文字なのか古の魔法言語なのか。文字というよりもはや、記号か暗号にしか見えない。もしかしたらメフィヤーンスやヌヌザックなら読めるのだろうか。
 そんなことを思いながら、カイは机の引き出しを開けた。
 そこには、手に入れたアーティファクトが升目に沿って丁寧に並べられている。
 ポスト、積み木の町、翡翠の卵。炎に、錆びた錨……
 いずれもが持ち主の手によって細やかに手入れされ、愛されていることを喜ぶかのように、ほんのりとマナの生み出す淡い光を放っている。
 カイは空いたスペースに、先の奇妙な書物を置いた。
……魔導書」
 アーティファクト『魔導書』
 ディアナから受け取った、ジオの記憶を封じた古の工芸品だ。

 アーティファクト使い。

 妖精戦争時代に存在し、今やほとんど使い手の存在しない伝説の術者。
 そのものに込められた思念を読み取り、思い通りに世界を描くことができる。新たな世界を思い描き、それを現実にする。古くに伝承の途絶えた、奇跡の力だという。

 ――だから、なんだっていうんだ。

 カイは机に突っ伏した。



 ■■■
 


 頬に当たる暖かさと眩しさで目が覚めた。
「いけない、寝ちゃってた」
 最初はのろのろと、途中ではっと気がつき、勢いよく顔をあげる。首と背中がやたら張っているのは、変な体勢で寝入ってしまったためか。
 壁掛け時計に目をやれば、短針が半周ほど回っていた。すっかり朝だ。
 書斎を出たカイは真っ先に二階へあがり、ベッドの瑠璃を確認した。幸いにも容体は落ち着いているようで、彼は目を閉じて静かな寝息を立てていた。
「夜中……目が覚めたのかな?」
 瑠璃の枕元に置いた、水差しの中身が減っている。彼を起こしてしまわないよう、そっと水差しを手に取ったカイは、一度キッチンまで降りて水をかえてやり、そのうち少しをサボテン君の鉢に注ぎ入れた。
「おや、サボテン君日記が更新されてる」
 いつ書いたものか、柱にかけられたサボテン君日記に新たな頁が加えられている。読んでみると、そこにはサボテン君なりの愚痴がつづられていた。

『しんじゅひめがさらわれて、るりがおいかけて、ほうせきおうやらさんどらやらそのへんがでてきて、あとはよのなかのはなし。ねちゃった』
 
 これには、さすがのカイも苦笑するしかない。
 日記を元に戻し、ベッドへ目をやると、目を覚ました瑠璃がこちらを見ていた。
「ああ、ごめん。起こしちゃった?」
「いや……ちょうど目が覚めた」
 瑠璃の声は弱々しい。
 瑠璃はこちらを向くと、背中を丸めて長々息を吐いた。深く傷ついた身体には、些細な動作すら堪えるらしい。
 息を整えた彼が真っ先に尋ねたのはやはり、パートナーの行方だった。
「なあ、真珠は……
 返事に迷わなかった、と言えばうそになる。
 ひとまずこの場は安心させてやろうかと思いかけたカイだったが、優しい嘘をつくことは、正直者すぎる彼女にはできなかった。
「ごめん、まだ」
……そうか」
 さしたる反応がなかったのは、瑠璃も予想はしていたということなのか。
「今日は、すこし落ち着いたみたいだね。真珠ちゃんはあたしが探しに行くよ」
「馬鹿を言うな。真珠を探すなら、オレも一緒に……うっ」
 起き上がろうと腹に力を込めたところで、失敗に終わる。
 いくら休息をとったところで、今の瑠璃には気休めにしかならない。
 一度傷ついた核は、けっして癒えることはない。自然治癒することもなければ、痛みを和らげてやることさえできない。
 カイが休むよう言うと、瑠璃は「少し眠る」と素直に従った。目を閉じて身体を布団に預けたのを確認し、その場を離れる。
「師匠、少しは寝たの?」
「うん、寝た寝た」
 軽く返事するカイだが、コロナは、不満げな目で師の背中を追っている。書斎の布団に、使った形跡はない。
 さて、真珠姫探しに加えてもう一人、カイには会わなければならない人物がいた。
 水だけ飲んで身支度を整えたカイは、愛槍を手に取ると、もう一方の手で布に包まれた長物と小さな荷物を取りあげた。瑠璃がガトの宿から持ち帰ったものだ。カイは小さく息を吐いて、二つの荷物をひもでひとまとめにし、背負子のようにして背負った。見た目からして大ぶりの長物は見た目以上の重さがあり、肩にずっしりのしかかった。
「ごめん、二人とも。少し瑠璃のことみておいてくれるかな」
「師匠、出かけるの?」
「ちょっくらドミナにね。情報探しと、ついでに買い物も済ませてくるよ。二人とも、要るものあるかな?」
 双子に留守を頼み、背負った荷物を揺らしながらリュオン街道を行く。長年歩き慣れた道なのに、自分の歩みがいつもよりずっとずっと、頼りなく思えた。
……天気だけは、文句なしと来たもんだ」
 ドミナが遠い。
 淀んだ気分とは裏腹に秋風は心地よく、空はバカみたいに晴れていた。トンボが一匹、視界をかすめて飛んでいく。

 ――あたし、知らないことばかりだ。

 ガトを出た瑠璃は何も口にしなかったが、きっと、うすうす気づいていたのだろう。
 少し前の自分なら、そうと知った瞬間に食ってかかったかもしれない。なんで言ってくれなかったの、知らなかったのは自分だけか、と。けれど今は、そうやって瑠璃や友人の少年に文句を言うのも筋違いな気がした。
 守れない無力さもこれまでの無知も、自分の責任だ。
 いつもそうだ。
 自分の気付かないところで誰かに助けられ、気を使われてばかりいる。

 珠魅の都市……もう一度、みんなで……
 あたし、涙が出ない……。姉さまのためにも、自分のためにも、涙なんて……
 真珠姫はもういない。君は自由だ。
 
 カイの脳裏に、いくつもの顔が浮かんだ。何もわからぬまま、知らぬままに、命ばかりが奪われていく。
 悩み、苦しむ友たちの力になれない。
 疲れのせいもあるのか、背負った荷物がやけに重たく感じた。この持ち主とは、ガトで仲違いして以来、一度も会っていない。
 顔を合わせづらい、とは思った。向こうも会いたくはないかもしれない。
 それでも話がしたいと思った。別れてから長い期間ではなかったけれど、その間いろんなことがあった。ありすぎた。……彼ならなんと言うだろう。
「また、怒るか、呆れるかな……アイツ、魔法都市に行くことだって反対してたもんな」
 そもそも会ってくれるだろうか。もしかしたら頼りない自分に愛想を尽かしたかもしれない。
「だめだ、いかん。ぐずぐずするのは、あたしらしくない」
 カイは空いている手で頬をたたき、気合を入れなおした。
 真珠姫のこと、瑠璃のこと。涙石。
 やるべきことはたくさんあるのだ。呆けている場合ではない。
 彼のことだって、まずは会ってみなければわからない。ダメならダメで仕方がない、当たって砕けろだ。
……でも、あの張り手だけは、謝ってもらおう」
 顔を合わせたところで、何の話をすればいいのかは、やっぱりわからなかったけれど。