エワに出した作品。荒船隊結成の道のりと、二人が付き合うまで
二人が高校一年5月入隊と仮定していて、入隊式、結成後、転向後の話です



 呼び出された。もちろん、あの殴られた一件ではない。
 学校で、女子にだ。
 放課後、指定の場所で待っている、と言われ、今日は防衛任務も遅い時間からだったし、わかったとうなずいた。横にいた水上は紙パックのジュースを飲みながら、彼女が去ったあとに意味ありげな相づちを打つ。
「告白のための約束って、もっと密かにやるもんやと思っとった」
 たしかに、友人とただぼんやりと廊下の窓際にもたれかかっているタイミングで言われるとは思わなかった。
「約束……手紙を入れるとかか? 靴箱に」
「古風やな、そういうんが好きなん?」
「相手の顔も姿もわかんねーから微妙だな、その手段は」
「狙撃手らしい見解やな」
 そうかもしれない。
 情報を覚え、相手の姿を俯瞰から見下ろし、頭を、足を、胴体をスコープで捉える。どこを撃てば戦況の不利を誘えるか、それとも確実にここで仕留めておくべきか。
 彼女が、ボーダーにいる自分が、人間をそういうふうに見ることもあるのだというを、理解してくれるのだろうか。
「いやそもそも忙しすぎて、やっぱ無理ってなるやろ」
「だろうな」
 彼女の噂はなんとなく把握している。顔はかわいいが、性格がきつい。勝気な人は好きだが、元気で明るい、というのとも少し違うようだ。まえに彼氏がいたような気がしたが、すぐに別れたんだろうか。
「モテたいんやろ?」
「理解のありそうな人にな」
「わがままやな。まあ、そうやなかったら、本当に好きかどうかなんて気にせえへんか」
 水上は、過去にオレが話したことを律儀に覚えているらしい。
 ──中学のころ、「本当に好きって思ってる?」と別れ際に聞かれ、言われてしばらくその言葉は頭を駆け巡っていた。高校に入ってもそれは続いた。続いたので、「本当の好きってなんだ」と水上にある日問いかけたら、突然のロマンチズムに気持ち悪そうな顔をされながらも「俺にもわからん」とあっさり言われた。
 あのときと同じように、水上は天を仰ぐ。
「最初やしお試しで付き合ったらええんちゃうの? 付き合ってから好きになることだってあるやろ」
 少女漫画のセリフをそのまま抜き出したような言葉の羅列に、もはや水上の興味は告白してきた女子生徒からとっくに離れたな、と悟る。読み上げたセリフも棒読みだった。もしも水上が真剣に話をする気なら、自分の言葉で話すはず。オレは滑稽さに、口の端を上げて笑った。
「それに……今、付きうても、時間ないやろ。荒船、転向したばっかやん。鋼との一件も、ようやくこの間落ち着いたんやろ」
 これはこいつの本心での言葉だった。水上に釘を刺され、オレは小さくうなずいた。
 転向して、荒船に狙撃を教える機会も、ログを見る機会も格段に増えた。ランク戦でまずは勝たなければいけないのだ。荒船に課せられた役割は隊長というだけでも多いのに、新しいことに挑戦しようとすればさらに時間を取られる。それを見過ごせるほど淡白ではない。防衛任務も門が開いたことによる市民の避難誘導も、スケジュールは次々にやってくる。
 オレたちはそんな中で生きている。そしてそこまで器用にできていないオレは、きっと彼女に時間を割くことができない罪悪感を抱える。
 きっとまた、付き合うことがどうしても義務になる、責任がまとわりつく。だから。
「今は手一杯だな、荒船のことで」
 オレがなんの気なしにそう言うと、水上は空になってぷらぷらと行儀悪くくわえていたプラスチックのストローをポトリと落とした。
「どうした」
 しばらく水上の体がフリーズしているのを見守る。その体がギギギ……と油切れの機械のように動いて、床のストローを拾った。面白い動きをするもんだ、こいつも。
 ようやくこっちを向いた水上は、苦々しい顔をしていた。
「お前……それ絶対他のやつに言うんやないで」
「なんでだ」
「いや、言うてもいい、言うてもええけど、言いふらすな。わかったな」
……言いふらすほど困ってるわけじゃ」
「そういう意味やなくて」
 教室のゴミ箱に紙パックを捨てた水上に、深いため息をつかれた。なんだかここのところ、人によくため息をつかれる気がする。そんなにオレの行動に呆れるようなものが多いだろうか。

 放課後、彼女からの告白は断った。強気な彼女は一度だけ「どうして?」と食い下がってきたが、水上に言われた通り、荒船のことは引き合いに出さずに「忙しいから」とだけ。納得のいかない理由に、しかし彼女はなにも言わずに唇を尖らせ、その場を去った。
 ……明日には、あることないこと言いふらされるんだろうか。ひどい振り方をされた、とか、別にあいつのことはそこまで好きじゃなかった、とか。
 それでも、これは自分だけが参る問題だ。下手をしたら、オレの耳にだって届かないかもしれない。どうにでもなればいい。オレは気にならない。
 今はやっぱり水上に言った通り、なにもかも隊のことで──荒船のことで、手一杯なのだ。

 ◇

 本部からの帰り道は、アスファルトで整備されていて近隣の住宅街は少し離れたところに置かれている。直接的被害を被った四年まえの大規模侵攻以来、この区域はかなり厳重に調査をされ、本部付近からは住民も転居をしたり、本部側からも資金繰りをして新しい住居を用意したりと動きがあったらしい。だから、いつも夜は人気ひとけの少ない道になる。
 二人で帰ると、人感センサーがパッと道を照らす。荒船の髪がそのつど赤茶に見えて、前髪が目元に落とす影で目がはっきりと見えなくなるのだ。それをオレは、少しばかり惜しいと思いながら並んで歩く。
「今日は行かないのか、かげうらに」
「ああ、珍しく親が早く帰ってくるから、今日は行けない。ようやく行ける顔になったってのに悪いな」
 あれから三日経つ。頬の腫れはずいぶん引いて、換装していなくても周りからとやかく聞かれることはなくなった。
 今朝荒船と会ったとき、頬をなぞられて「よし、腫れが収まったな」と満足そうに笑われた。心臓が痛かった。指先が離れるまでの温度を覚えていようと、ついオレの笑顔がぎこちなくなった。
「いや、いい。また行けば」
 今もそう言いつつ、目を合わせることは難しかった。
 住宅街の灯りが離れているから、ここだけは星の瞬きが見える。空は深い藍色で、星の黄色みと反対色をしていた。だからなのか、いつもより星がえているように感じる。
「なあ」
 と荒船に呼ばれた。その後ろで星が一つ、チカチカと揺れた。
「お前、告白されたんだってな」
 水上に聞いたのか。それしか考えられない。
「どうして知ってる?」
……この間、たまたまそういう話になった」
 荒船は、意外と嘘がつけない。嘘が下手だ。だからこういうときは正直に話してくれる。
「恋愛の話にか?」
「水上と、当真と、国近に会ってな。学校帰りで、水上が勉強を教えてて……息抜きにそういう話でもって」
「国近か当真あたりか、聞きたそうなのは」
「水上は嫌がってたな。自分にはそういう心当たりがないって言って──それで、お前のことを思い出したみたいだ」
 ──そういや、この間穂刈が女子に言われとんの、横におって聞いとったわ。
 あいつは、ふっかけたんだろうか。荒船に。オレが荒船のことで手一杯だと言って、そのことを誰にも言うなとか口止めをしておきながら。
 まあ、気まぐれなやつでもある、が、他人の感情を無闇に踏み荒らすような真似もしない。きっと荒船の反応を見たかっただけかもしれない。
「そうか、とだけ返したな。あと、あいつはモテたいやつだからな、とも」
 オレは驚いて、荒船の顔をまじまじと見た。
 まさかモテたい、だなんて出会ったばかりのころに言ったことを覚えられているなんて。
 
 中学のときにできた彼女に、理由をつけて振られて以降、理解のある人にはモテたいとは思っていた。荒船はそれに対して、ふうん、と漏らし、
「俺はしばらくはいいかな」
 と放った。同じ年頃にしてはずいぶん達観してるな、と思ったが、今はそれどころじゃない、という荒船の決意をわかってからは、そういった恋愛に関する話は荒船のまえに一切出さなかった。
 もしかしたら荒船も、六穎館の女子生徒に告白されているかもしれない。もしかしたら、ボーダー隊員の誰かから。考えれば考えるほど、可能性はごろごろとそこら中にある小石のように転がっていて、一つ一つに目を剥いていてはきりがない。
 荒船が、ある日ガラリと心境を変えて、良いと思える人と出会ったら祝福してやりたいと思っていたし、彼女ができたからと言ってボーダーの活動に手を抜くようなやつではない、というのは誰もがわかっている。むしろ、彼女との時間がいい息抜きになれば、くらいに思ってはいたが。
 荒船は宣言通り、高校に入ってから一度も彼女を作っていない。いないし、そういう噂も伝聞も全く口に出さない。周りからも聞かない。

「モテたい、とは思っていたが、」
 オレはすぐに口を開いて、否定を始める。
「今はもういいんだ。理解を得るのは難しいから」
「まあ、そうだよな」
 荒船はうっすら笑う。
「ボーダーの活動を理解して、それでもなお付き合おうだなんてやつはなかなかいねぇな」
 違う、そうじゃなくて。
 オレは言いかけて、口をつぐんだ。本当にこれが正しいことなのかわからなかった。
 これを言えば、荒船とはどうなるのか。
 これを言って、オレはどうなりたいのか。
 これを言うことで、二人の間に変化をもたらしたいのか──今が一番、荒船の正念場だというときに。
 オレはなにも言えないまま、砂利っぽい地面を眺めた。一つ一つは小さなかたまりだが、形を成して道を作っている。その道を二人で歩いて帰っている。
 この小さな石のかけらを、ついさっきまでは荒船に言い寄る様々な人たちだと仮定していたのに、今度はこれが砕け散ったオレみたいに見えてくる。
「そうじゃ、なくて」
 いっそ砕け散ってしまったらいいだろうか、いさぎよく。
「今は、手一杯なんだ、お前のことで」
 本気のような、冗談のようなあやふやな言い方で、オレは荒船に告げる。
 荒船はしばらく目を見開いたまま、口をつぐんで立っていた。そして帽子を下ろして髪をぐしゃりとかき分ける。
 居心地を悪くしてしまっただろうか。そりゃそうだろう。でも、ここまで言ったからにはもう引き返せない。
 キャップをかぶり直す動作が、やけに遅く感じた。荒船はなにかを言おうとして、やめる。そしてまた、口を開こうとして、閉じる。珍しい姿だが、それをずっと見ることは敵わなかった。すぐに荒船が咳払いをして話し始めたからだ。
「迷惑か?」
 星の光はときどきまぶしく荒船の周りを飛び交う。オレはそれらを振り払うように、首を横に動かした。
 荒船の、とうとう開いた口から、
「でも、そんなこと言ったら……いつまでも、手一杯のままだぞ」
 と放たれる。
 告げられた意味を咀嚼するのに、とても長い時間を要した。自分の肩口、遠くに見える街並み、荒船の胸元あたり、そして荒船の顔と目線を動かす。すっかり見慣れた顔だったが、やっぱり出会ったときと変わらない、澄んだ表情をしている。きれいだといつものように思う。
……銃手になっても?」
「なっても」
「理論が、完成してもか?」
「してもだ」
 これがふんぞり返って言われようものなら、笑って「わかった」とついていくかもしれないし、この話もここで終わりになる。けれど荒船は、涼しい顔をしていた。いや、涼しい顔をしようとして、取りつくろっていた。
 だから思い切って聞いてみる。
「荒船隊が、解散するときになってもか?」
 荒船は腕を組む。これは荒船の癖だ。自己防衛ではなく、ただ考え事をするときに自然と腕が収まる。
「解散した先は……お前がどうしたいか次第だな」
「なんだそれ」
 ここまでさんざん引っ張っておいて、解散後のことを急に明け渡されても。オレはいかにも荒船らしい答えに肩の力が抜けた。
「だってそうだろ、それ以上先は、お前がどうしたいかだ」
 荒船の声は少し震えていた。言い慣れないことを言わされて、嫌なんだろう。ああもう、と悪態をついて、鼻の頭と頬を赤くしている。
「お前といると、俺は楽だし、甘えちまう」
 褒められてるんだかよくわからない話を振られ、オレはじっと黙って続きを聞いた。
「だからこの隊から離れたら、その……もう、違うだろ」
「なにがだ」
「わかれよ、いつも察しがいいくせにこういうときはわかんねぇ振りしやがって」
「わからない、荒船からちゃんと聞かないと」
 ついに荒船は、クソ、と舌打ちした。オレだって意地悪で聞いているわけじゃない。
 これは、荒船からちゃんと聞きたい。ちゃんと聞いて、もしかして荒船も、同じ気持ちなんだろうかと期待したい。
 義務でも、責務でもなんでもなく、本当に、ただそばにいたいと思ってくれているのか。それは中学時代から続くオレの葛藤の答えにもなるのだ。
 荒船は苦々しい顔をしながら話し出した。
「隊を離れたら、世話を焼く必要はねぇからなってことだ」
「焼きたいと思っててもか」
「俺はそんなにガキっぽいか?」
「荒船」
 違う。違う、そうじゃない。なんて言ったらいいだろう。こういうときに、お前になんて言えばわかってもらえるだろう。
 オレが絞り出したたった一つの答えはなんとも脆弱で、貧相で、お粗末で、「それしかなかったのか?」とこののち数年くらい荒船に呆れられることになるのだが、今この瞬間の煮え切った頭にはそれしかない。なかった。
「病めるときも、健やかなときも、って誓いを立てたらいいか? お前に」
 ……言ったあとに、どこかで聞いたことあるセリフだったな、とようやく頭が追いついた。少女漫画から、ではない。古典的な教科書に載っているなにかしら、でもない。どこで聞いたんだっけ、自分にはまだ実感の湧かないようなそのセリフ。
(そうか、教会か)
 と遅まきに気づき、荒船をそっと見れば、開いた口が塞がっていなかった。手一杯だと告げたときと同じような顔つきはしていたが、さっきのそれよりも明らかに動揺を含んでいて、必死に息つぎをする魚みたいに見える。オレはおかしくて、でも自分の発言にも驚いていて、笑えばいいのか戸惑えば良いのかわからないでいた。
「お、まえ……っんな大事なこと……!」
 引き返せないが、引き返したい。なんてことを言ったんだ、と恥ずかしくもなる。開き直って堂々とかっこよく「大事だからだ、お前が」と言えたら良かったんだろうが、そもそもすごく順序をすっ飛ばしている気がするのだ。
 無意識に詰めていた短く息を吐いた。言ってしまったものは取り消せない。吐いた息を今度は吸って背筋を伸ばし、オレは荒船に近づいた。さっきまでセンチメンタルに、この砂利が砕け散ったオレみたいだ、なんてほざいたが、それを踏み潰してパキパキ言わせながら、歩みを進める──その音よりもなによりも、心臓がこんなにうるさいことが人生であっただろうか。
 まずなにから説明しよう。初めて荒船の顔を見たときの話? 初めて当真と三人で話したときのこと? 今思えば、「本当の好きというのはなんなのか」という中学のころからの哲学(水上にこう言ったら「かっこつけんな」と肩をすくめていた)がそんなころから徐々に薄れていったというオレの内面の変化を教えたらいいだろうか。荒船が転向するまえに漏らした自我を、きちんと両手ですくい上げられて良かったと思った、ということを言えば、わかってもらえるだろうか。
 最後に、
「お前にモテればいい、オレは」
 となんだか締まりのない言葉をぶつけたら、荒船は今度こそ呆れたため息をついた。
 一世一代の告白にため息を返されるのは、普通だったらありえないし脈なしだなと思う。でもその帽子のつばの下に隠された顔色は赤くて、滅多に見かけない表情をしている。
 変な気を起こしても、今日からはいいんだよな、と思いながら、オレは荒船のキャップに手を添えた──もちろん、ちゃんと荒船の返事を聞いてから。