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gib_fox
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wt穂荒
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序
エワに出した作品。荒船隊結成の道のりと、二人が付き合うまで
二人が高校一年5月入隊と仮定していて、入隊式、結成後、転向後の話です
1
2
3
4
作戦室を与えられ、もう長い時間が経った。真っ白い隊服は役割を終えて、今では黒い隊服がすっかり板についた。
荒船が弧月で八千点を超えて、ブースへ行くと一戦交えようと群がる後輩も増えた。そういうとき、オレはそっとその場を離れ、荒船が楽しそうにしているのを遠目で見やる。
そのうち、
「暇そうにしてんな」
と当真か東さんあたりに声をかけられ、荒船に一言告げて狙撃手の訓練室へ向かう。
しばらく訓練を続けていると、荒船が顔を出す。
「さっきは悪かったな」
と言って、オレも周りに挨拶をしてその場を抜ける。
加賀美や半崎が隊に入ってきても、そういう淡々とした日々は続いていた。加賀美は食事に誘っても、やることがあるからと断られることもあるし、半崎は同じクラスのやつらと用事があって、と言われることもある。四人でどこかへ一緒に、というのは、数えるほどしかない。必然的に、荒船と二人で行動することが増えた。個人ランク戦のときが唯一、互いが互いを個として高める時間だった。
けれど──いつからか、荒船は個人ランク戦を切り上げるのを早め、狙撃訓練をじっと見ていることが増えた。
「もういいのか、鋼たちは」
「ああ、いい。ほとんど教えることもなくなってきているからな」
腕を組んで壁に寄りかかっていた荒船は、オレの訓練を見たあとに他の隊員の後ろ姿を眺めていた。
「やってみるか?」
となんの気なしに尋ねる。いつも弧月を握っている手に、ライフルは似合う気がした。彼の趣味である映画の影響から、そう思わせるのかもしれない。
荒船は自分の顎に手をやると、逡巡する。
「これは、まだ構想でしかないが、」
ようやく話し始めた荒船は、誰にも聞かれないような声で言った。
「次のポジションは、狙撃手にしようと思っている」
……
ふと頭に、深い緑色の頭をした同級生を思い浮かべた。荒船を師匠と慕い、今も時折師事を乞いにくる男、村上鋼。鈴鳴支部という人間関係に恵まれた環境に置かれることになり、サイドエフェクトのことも知っていたオレたちは、良かったな、と彼の肩を叩き、かげうらでささやかに食事をしたこともある。
そういえば、オレは狙撃手界隈ばかりにいたから鋼の様子を荒船越しにしか知らない。それに、荒船も誰かの情報をペラペラ話すような人間ではない。だから鋼の奮闘ぶりは、カゲに聞いたり、鋼よりも少しまえにスカウトで入ってきた水上に聞くくらいで、それらはみんな、前向きな情報ばかりだった。
その情報と、今の荒船の表情とは、どうも食い違いを感じる。
「狙撃手三人の隊ってのも新しいしな」
荒船は吹っ切れたように話している。本当に、自己解決のうまい男だと感心した。
オレの心は、チリチリと積もる違和感を拭えないままでいる。
荒船は、誰にも言えないままでいいんだろうか。オレぐらいは、世話を焼いてもいいものだろうか。それはお節介が過ぎて、荒船にとってはそんなもの、なんの成長にもならないと切り捨てられるだろうか。
守ってやりたいわけではない。助けてやれるとも思っていない。少しでも隙間を縫って荒船のために役割を探す、なんてことは、オレがやることではない。そういう意味で、こいつのそばにいたいんじゃない。
オレは自分を、そして荒船をよくわかっている。と思う。
「
……
そこに、ないんだな、私情は」
少しだけ低い位置にある、荒船の顔を見つめた。オレの背丈に隠れ、端正な顔に陰りができるが、荒船の目の輝きはちっとも失われていない。だから、野暮なことを聞いている自覚はある。
けれど。
「
……
鋼に、ポイントを抜かれたんだ」
小さな水滴が、水たまりに波紋を作る。そんなふうに、ぽつりとこぼすような声だった。決して落ち込んでいるとか、苦々しい気持ちを隠しているのではない。ただ初めて、荒船の自我らしいものを
垣間
かいま
見た。
オレは驚いて、次いで慎重になる。他人の、ましてや荒船の吐露する気持ちにはどんな対処が正解なのか、神経を集中させる。
「ショック、なのか、わからないが。少なくとも俺が理論を確立しさえすれば、あいつは俺よりも早くパーフェクトオールラウンダーへの道を進めるだろう。そう考えることにした」
どうやら、オレは聞くのが一歩遅かったらしい。事情を知り得なかったとはいえ、後悔した。もう少し早く気づいていれば、一人で解決する苦しさを、多少は肩代わりしてやれたかも。
……
いや、そもそもこの男は、そういうことで苦しんだりすることがあるんだろうか。
「うん
……
ショック、だったのかもな」
荒船は、自分の気持ちとまだうまく向き合えていなかったらしい。オレはまだ間に合った、と確信して、往来動きづらい表情筋の下で、荒船が言葉を整理するのを待った。
荒船はうなっている。自分と向き合うことがまるで初めてかのように、眉間にシワを寄せている。オレの弟が、なにかで悩んでいるところを思い出す。あいつも優秀なやつだから、こうやって初めての悩みを抱えたとき、同じように首をひねっていた。頭はいいのに、自分の感情にはとことん疎いというか、気にしないで進んでしまうというか。
だからといって、荒船と弟は違う。全然違う。オレはこの男を弟と同等には見れない。
「そうか」
一つ呼吸を置いて、オレは荒船の帽子のつばに触れる。少し上げれば、すぐにオレを見上げる目線とかち合った。濁りも曇りもない、きれいな目だった。
「狙撃手三人っていうのは面白くていいかもな、尖った編成で」
そのきれいな目は、オレの同調で丸く開く。そんなふうに目のふちまで見えるほど開くのは、かげうらで初めて荒船と隊を組めたらと話したとき以来だ。
気がつけば、ブースの周りには誰もいなかった。訓練室はいつでも使えるから、人の出入りも自由でいつもならひっきりなしに誰かが訪れるというのに、今に限って誰もいない。荒船の、滅多に見せないもろくて淡い部分を隠してくれているようだった。
「
……
そう言ってもらえると、助かる」
凛として放つ声は何度か聞いたことがあるが、今日ほど心に重たく広がった日はない。いつか感じた、荒船の中の重りを預けられているような。
「これからよろしくな」
荒船は短く告げた。そして帽子のつばに手をかけ、かぶり直した。まえを向いた荒船は紫がかった瞳をまっすぐ向け、次に備えて構想を練っているんだろう。そこにはもう、ショックだったのかもしれないと話していた荒船は消え失せてしまった。
これでいい。とオレは安堵する。
自分の思いは報われなくてもいい。荒船は、今はどんな問題にもかまけている場合ではないのだ。
荒船が道筋を決めたと同時に、オレもオレなりの道を歩くことに決めた。
決めたから、許せないことには立ちはだかった。
◇
立ちはだかった、と言っても、大したことじゃない。
そう言ったら、荒船に呆れられた。怒っていたような気もする。
「大したことだろ、殴られてんだから」
消毒液をつけられながら、オレはそうかな、と言いつつピリピリと痺れる痛みに耐えた。わざと沁みるようにしているんだろうか。
「荒船、痛い」
不満をぶつけてみれば、荒船はため息をつきつつ全く力加減をセーブしてくれない。これは、痛いのも味わっておけということか。
オレはされるがまま、頬にできた腫れを──殴られた跡を差し出して座っていた。殴られるのだって痛かったが、治療も痛いのは割りに合わない。
「しばらく本部に来るときは、生身じゃなくてすぐ換装しとけよ」
「
……
了解」
それだけ告げて、救急箱が閉まる音を聞いた。
荒船はこうなった原因を知っている。さっきオレが渋々話した。
──荒船が狙撃手に転向してからしばらく経った今日、オレが本部へ来て早々、荒船の噂話を耳にした。噂をしていた、というより陰口を叩いていたC級隊員にオレが近づいた。二、三の言葉の応酬のあと、やりきれなくなったそいつがオレを
咄嗟
とっさ
に殴った。
それだけの話だ。
その場に荒船はいなくて、オレと、オレを殴ったC級隊員の、当事者は二人だけ。周りにもちらほら人影はあったが、全員に口止めはしてある。気休めの口止めではあるけれど、果たしてそんなに効果を見出せるのか
甚
はなは
だ疑問だ。
きっと噂は静かに広まって、ここ一週間ぐらいは狙撃手連中がざわざわするんだろう。当真あたりは「一回換装解いてみて」と冗談めかして心配を寄越すかもしれない、オレの腫れた頬を想像して笑いながら──
相手はC級隊員だし、もしもバレたとしても、オレは特に相手に処罰なんて求めていない。厳重注意だけできっと終わる。その後のあいつの歩む道がボーダーで一緒だったとしても、オレはなにも気にならない。
むしろ気になるのは、今の荒船の表情だ。
苦い顔をしている。唇を結んで、殴られた傷をじっと見ていた。ときどき紫色に光る目が、ゆっくりオレの目元から顎までを眺めて、地に伏せる。
「気にすんな」
荒船がパッと顔を上げた。その顔は出会ったころとちっとも変わらない、きれいな顔立ちだった。不謹慎にもそう思う。
オレのこんな傷ごときで壮大な決心が揺らがれては困る。荒船の示す指針は、オレたち荒船隊の道でもある。
……
本当にそれだけか? とオレの中の悪魔のようななにかが囁いたが、脳内で振り払った。
このまま見つめていると、変な気を起こしてしまいそうで、オレは目をそらした。
「けがしてるやつを見ながら、気にしねぇって言えると思うか?」
またため息をつかれた。それも結構長い。
「言ってくれ、そうじゃないと困る」
つい本心を口に出した。
「勝手に困ってろ」
そう言いながら、荒船は救急箱をしまいに戻るために背を向けた。あれは怒っているんじゃない、というのは長くなってきた付き合いで感覚的にわかるが、あとで機嫌を取った方が良さそうでもある。
単純にできていない隊長の、複雑な思いを抱えている表情は、滅多に見られるものじゃない。心配、動揺、自分に対する気持ちの揺れ。
顔を見たいが、見たら今度こそ確実に変な気を──キスぐらい、してもいいかな、という気を起こしてしまう。
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