えのうえ
2024-10-09 00:01:57
11654文字
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掌微ホラー集



 ほんとうにつづきをききますか?


 子どもの頃、よく島根にある祖父母の家に遊びに行ったんよ。
 父と母とで交代で運転して、半日くらいかかったんちゃうかな。僕も妹もまだ小さかったから細かくサービスエリア寄ったりで、そんくらいよな。まあ今はもう道も良なって、昔の半分くらいで行けるらしいわ。知らんけど。
 と、私のコンビニバイトの先輩である曽田そだまことが言った。
 深夜の、それもこの嵐の中ともなれば、客など来るはずがなかった。店内では、女性アイドルグループのメンバーがおすすめスイーツを紹介する音声が延々と流れ続けていた。それはもううんざりするくらいで、耐えきれず雑談を始めたのだった。
 曽田真は二十代後半のフリーターだ。高校生の頃からこの店で働き始め、今日でちょうど十年目らしい。一時間ほど前に自分へのご褒美だと言って、割引シールのついたケーキをレジに通していた。
「知らんけどって。曽田さんは最近行ってへんのですか」
「うん。バイトあるし。店長、僕んこと暇人や思とるんか、すぐ呼び出しよるやろ。気軽に遠出できひんのよ」
 確かに、と私は頷いた。
 誰かが休んだ。人手が足りない。クリスマスに年末年始。そういう時、レジには必ず曽田がいた。店長に呼び出されて、あるいはシフト表通りに。今日はこの天候で急遽休むことになった大学生バイトの代わりに、原付バイクを飛ばして出勤してきたのだ。
「いつもありがとやで」
「店長のマネすなって」
「かまへん、かまへん」
 ワッと効果音を付けたくなるような表情で曽田真が笑う。この人懐っこい、明るい感じは天性のものだな。嫌味がない。私は思った。
「ま、でもホンマの理由は一回ちょっとトラブルっちゅうんかな、とにかく曽田家では口にするのもタブーな事件が起きたんよ」
「事件?」
「そう。僕が最後に島根の家に行った時にな。長くなるけど、ホンマに聞く?」
「どうせお客さんも来ぅへんし、聞きたいです」
 私はおにぎりを整列させる手を止め、曽田真の隣に移動した。煙草たちを背に二人並び立って、狭い店内を見渡す。左から生活雑貨、お菓子、冷凍食材・弁当類と、他店と変わらぬ配置であるのになぜか寂れて見える。入荷前で空きが多いからだろうか。道路を挟んで斜向かいにできたコンビニ店とは大違いだった。

 曽田真が「じゃあ」と軽く身動いだ。そして、ゆっくりと語り始める。
「僕が最後にあの家に行ったのは、小学六年の時。妹はまだ小二やった。いつもやけど、僕は約半日の移動の間、どうしても寝れやんくて。暇で窓の外ばっかり見てた。山が、痩せた人間の背中みたいやなって。思ったことない?」
 私は、以前友人との旅行で新幹線の窓から見えた景色を思い返してみた。電線と田畑。そしてその奥に連なる青緑色の山々は、確かにそういう風だったかもしれない。
「考えたことなかったですけど、確かにそうかも」私の回答に、曽田真は満足気に笑う。
「そんで、島根の家に着いたら毎回じいちゃんが出迎えてくれて。そのまま父、母、妹と僕の四人、じいちゃんの後について裏山の小さい祠に挨拶に行くねん。ちょっとの間お世話になります〜ってな」
「へえ。仏壇に手ぇ合わせるのはあるあるですけど、祠っていうとなんか、すごいですね」
「せやろ。けどそこ、人の手が入ってる感じはあったけど、なんや薄気味悪くて。毎回ビビりまくってたわ」
 何となく、祠に向かい手を合わせる曽田少年の姿を想像する。昔は野球少年だったと言っていたから、きっと坊主だろう。似合いそうで、やっぱり似合わなさそうだな。私は微笑んだ。
「その日の夜は今日みたいな天気やった。家全体がキィキィ鳴いてた。今にも屋根が全部捲れて、雨空が落ちてきそうな感じや」

 突然、バン。と音がした。見ると、店内入口横の大きなガラス窓にどこから飛んできたのかダンボールが張り付いている。一瞬取りに行くべきかと考えたが億劫になってやめた。濡れた制服であと数時間、過ごしたくはない。
「風、強くなってきましたね」私が口に出す前に、曽田真が「やば」と入口へと歩いて行った。斜向かいの新店舗とは違いこちらは手動ドアであるため、近づいても勝手に開きはしない。私も後を追う。
「念の為、開かへんようにしとくか」
「えっ、いいんですか」
「かまへん、かまへん」
「いや、急に店長すな」
 笑いながら、私は曽田真の指示で掃除用具入れからモップを二本持ち出した。軽く床を拭いてから、ドアノブへと引っ掛ける。油拭き用に取っておいた古紙を床に広げると、少し染みができた。
「それでさっきの続きやけど、ホンマに聞く?」
 曽田真は言う。目は真っ直ぐ外を向いている。斜向かいのコンビニや手前の信号の光を吸収して、瞳が赤く染まって見えた。私は頷く。「はい」
「えっと、それで屋根は無事やったんですか」
「無事や。今もなお住人を自然から守っとる」
 雨の打ち付ける音が強まった気がした。視認できるほど横なぐりだ。
「夜、それも今くらいやな。外で物音がした。起き上がると、隣におるはずの妹がおらんかった。僕はそれを報告せなと思って父と母の寝る部屋へ眠い目こすって歩いてったんや。玄関のすぐ隣のちょっと広い和室。襖に手をかけたところで、妹の靴がなくなってることに気づいた」
「事件発生や」小声で相槌をうつ。曽田真も頷いた。少し表情が固くなっていた。「僕は急いで外に出た。だってこの雨の中、小二の子がおらんようになってんねで? 当然のことやろ」と自分に言い聞かせているような話し方だった。
「足あとが、裏山の方に続いてて、僕はその後を追った。祠へ続く道で、知ったとこやってちょっと安心もした。不思議よな、日中はあんなにビビってたのに」
 曽田真が黙ると、店内はシンと静まり返った。店内放送も、いつからか止んでいた。
 曽田真の視線を辿る。
 斜向かいに、明明と灯るコンビニが見える。その手前では点滅信号が赤く光ったり、消えたりしていた。人はもちろん、車通りもない。
「なぁ、自分ホンマに続き聞く?」
「ここまで聞いたのに。気になりますよ」
「僕は正直もうええかと思てんねんけど」
「えっ。もしかして、妹さんって……
 背中を冷や汗がつたう。曽田真の話がどう続くのか、勝手に想像して、ゾッと身体中が粟立った。
「は? ちゃうちゃう。妹は普通に家におった。母の布団の中で朝までぐっすりや」曽田真が慌てたように否定した。
「なんや、びっくしりた。めっちゃ嫌な想像してもたやないですか。ややこしい雰囲気出さんといてくださいよ」
「ごめんごめん。でも当時、僕もそう思ってん。やけど勘違いやった。僕が追ってたんは妹やなくて──」
 パッと視界が真っ暗になった。続いて、どんどんどんどんとドアを叩く音。思わず「ワァッ」と叫ぶ。腰が抜けてしまい、立ち上がることができない。何も見えず、後退ることも困難だった。
 どんどんどんどん。音は次第に大きくなっていく。体中を、水分が取り囲んだような不快感に襲われた。息をすれば濡れた土の匂いが肺を満たす。違和感が血管内でパチンと弾けて、全身を痺れさせる。
 背中をめいっぱい丸め、耳を塞ごうとした時、突然曽田真の声が割り入ってくる。腕を、ぎゅう、と強い力で掴まれた。「痛い!」私が抗議するも、曽田真が力を緩めることなく「なぁ、続きは? 聞く? 聞くよな? ついにオチやでオチ」と捲し立ててくる。異様だ。怖い、とも思った。
「聞かへんわアホ! 今、それどころやないでしょ。ふざけてんのですか。まじでおもんない!!」
 私は怒鳴った。
 瞬間、空気がふっと軽くなったような気がした。ドアを叩く音も次第に弱まり、消える。視界に光が戻ってきた。
 先ほどと何ら変わらぬ嵐の夜だった。店内放送ではアイドルグループのリーダーがおすすめスイーツを紹介している。
 プルルルと着信音が鳴り響く。私は急いで曽田真の手を振り解き、半ば転ぶようにして事務所へと駆け込んだ。勤怠管理用パソコンの横にある子機を取る。
「はい。エブリィーマート○✕店です」
 あいつはおばけや。
 ノイズ音と子どもの声がした。きいたらあかん。きいたらあかん。きいたらあかん。と、繰り返している。
「どちら様ですか。何の様があってこんなイタズラしはるんですか。こっちは仕事してるんです。迷惑なんでやめてください」
 私は捲し立てる。曽田真へのちょっとした尊敬心や親しみの気持ちが、たった一瞬で恐怖と怒りに転じてしまったことへの困惑もあった。神経が、紙やすりでゆっくり擦られているみたいだ。

「大丈夫か。なんかあったんか」
 次に受話器から聞こえてきたのは店長の声だった。ノイズ音はない。私は「なんや、店長か」と深く息を吐いた。
「なんやて何や。どうした、トラブルか」
「そういうわけやないです。大丈夫です」
「やったらええんやけど。まぁとりあえず、今おかんを避難所連れてったから、そっち向かうわ」
「えっ」
「さっきやっと警報出たから。曽田くんにもそれまでお願いって言うとったんやけど」
「そうやったんですか」ほっと安心が身体を巡る。
 事務椅子を引き寄せ、座る。緩い背もたれに力をあずけると、キィと小さく音がなった。
 店長が私の名を呼ぶ。そして「いつもありがとやで」とお決まりの台詞が続く。
「雨、今より強くなるみたいやし、もう店閉めよか。二人とも家まで送ってくから準備しといてな」
 願ってもない提案に、私は「いいんですか」と食い気味に言ってしまった。
「かまへん、かまへん。ウチ閉めたところで、向かいはやっとるし大丈夫やろ」
 電話を切って、天井を見上げる。黒い染みが三つあって、顔みたいや。と曽田真と話した時を思い出す。店長到着まであと十分。私は深く息を吐いた。席を立ち、店内へと向かう。

 *

 なあ、続き聞く? と曽田真は尋ねた。相手は河川敷、高架下で居を構える男性で、歯がないというのに曽田真の渡した消費期限の一時間過ぎたケーキを三口で食べてしまった。
 男性は首を振る。「兄ちゃんな、話長い上に全然おもろないわ。オチまで聞いてほしかったらな、酒持ってこいや。酒」

 傘をさし、河川敷を歩く。スニーカーは泥にまみれ、足を踏み出すたびに重さを増していく。
「お前、ウザいねん。ついてくんなや」
 曽田真は言った。ずっと何かが己の跡を付けていた。
「ぼくのからだかえして」子どもの声がする。
「ぼくのからだかえして」と啜り泣いている。
 曽田真は笑った。
 ぼくのからだかえして。
「いややね」
 ぼくのからだかえして。
「うっさいボケ」
 ぼくのからだかえして。
「お前が僕に渡したんやろ。黙って寝とけや。僕はもうあんなとこ絶対帰りたくないねん」
 やのに、いつも邪魔しやがって。ああ、の両親は幼い息子の話を最後まで真剣に聞く、良い人らやったな。曽田真は言った。
 背後では、ぼくのからだかえして。ぼくのからだかえして。と子どもが泣き続けていた。