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えのうえ
2024-10-09 00:01:57
11654文字
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掌微ホラー集
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夢
受け取った名刺には、『ドリぃム☆製作委員会 日本支局 シナリオ部門 副部門長代理 奈津原主水』と書かれていた。
奈津原主水は、教科書の肖像画で見たような眼鏡をかけ、着物の下にパーカー、袴とスニーカーといった具合に、和装とも洋装ともつかぬ格好をしていた。髪は無造作にうねっているし、目には充血とくまがあった。さては二日はまともに鏡を見ていないな、と予想できる程ひどい顔だった。
偶然入った居酒屋で隣り合った奈津原主水から「最近担当が変わっちゃって。それからもうね、全然筆がのらないんです。なのにノルマは年ごとにどんどん増えていくでしょ、恐ろしいことだとは思いませんか」と話しかけられたのがきっかけだった。
普段の私なら、こういう絡み酒にのることなど絶対にない。しかし、奈津原主水の要領を得ぬ問いかけに対して、自分でも驚くほど自然に「ええ、本当に」と答えていた。
「やはり。わかってくれますか」奈津原主水がグラスに注がれた青い液体を呷る。そして、底が見えた頃「そうそう。私、こういう仕事をしてましてね」と名刺を差し出してきたのだ。ちょっとやそっとのことでは傷まなさそうな、上質な紙だった。私が営業先で配り歩いているものより、少しばかり大きい気もする。
「どりぃむ製作委員会
……
」と小声で読み上げる私に、奈津原主水は「副部長代理なんてけったいな肩書がついていますけれどね、ここに勤めているのは私だけなんですよ」と紙を薬指の爪でつついた。
「はぁ、なるほど」私が言うと、「そう、なるほど」と奈津原主水は何度か頷いた。
「ええと、シナリオってことはあれですか、脚本とかそういうのを書いてらっしゃるんですか」
「似たようなものですが、少し違います。そうだ、あなたは最近何か夢をみましたか?」
奈津原主水の質問に私は頭を捻った。そして、ああと思い出す。
「先週、巨大扇風機に向かって自転車を漕ぎ続ける夢をみました」
「他には?」
「他? あー
……
実家の犬と散歩する夢とか、学生時代の友人とファミレスで再会する夢とか。すみません。私、昔からあんまり夢をみないタイプで」
入店時に頼んだイカフライとだし巻き、小海老のサラダが運ばれてきたので、箸を割り、小海老の下に敷かれたレタスを一枚引っ張り出して頬張る。以前テレビで一口目は野菜が痩せ体質への第一歩! と紹介されたのを観てからずっとそうしているが、効果は未だ現れそうにない。
「私はあなた方が毎夜みているであろう夢を、書いているんです」奈津原主水がうなだれるようにして言った。私の食事と一緒に交換されたはずのグラスが、また空になっていた。「先ほどあなたがおっしゃったものは、私が以前の業務担当の際に書いたものです」
いよいよ面倒くさくなってきた。やはり無視しておけばよかった、と半ば後悔しつつ「そうだったんですか」と相槌をうった。わざわざ名刺を作ってまでするホラ話が、どう着地するのか試してみたくもなったからだ。
奈津原主水の手にしたグラスには、今度は緑色の液体が注がれていた。一気に半分ほど飲み干し、ふぅと息を吐いてから再び話し始めた。
「半期前に今の担当
……
ああ、凶夢製作のことですけれど。そこに異動してからというもの、本当に調子が悪くって」
「なんと、凶夢ですか」大げさにのけぞってみる。「それは、大変だ」
「そうなんです。まあ、これまでは過去の練り直し、例えば昔は妖怪を出しておけば安心という風潮があったのですが、今はそうはいかないので変わりの何かに差し替えたりして。そういうので、なんとか繋いできたんです。いや、業界ではみんなそうやって担当ジャンルの空気感を掴んでいくものでしてね」
「なるほど」
「ただ、私、人間が何を恐れるのかよくわからなくって。だって前は吉夢担当だったんですよ。人々の日常やファンタジィから連想していれば良かった」
「ああ。巨大扇風機とか犬の散歩とか」
「まさに。ただ、凶夢となるとこれが厄介で」
私はレタスで小海老を包みながら、奈津原主水の言葉を振り返ってみた。大きな齟齬は見られない。余程作り込まれた話だ、と笑みが漏れる。
レタスの繊維と小エビの食感を楽しむことなく飲み込む。だし巻きに添えられた大根おろしに醤油を垂らす。そうしながらも、私の頭の中は、自分が直近にみたであろう凶夢、つまり悪夢は何であったろうかというのでいっぱいだった。
「学生時代、テレビでゾンビ映画を観た夜は絶対夢にゾンビが出てきましたよ。なぜかトイレに逃げ込んで、そこから便器を通って花畑に抜けるっていう。今思うとあんまり怖くないですね」
「ああ、私が担当配置直後にシリーズのDVDを借りて観て、勢い任せに書いたうちの一つですよ。まだどうしてもファンタジィ要素を手放せていないのがよくわかる」
奈津原主水が照れくさそうに笑う。
「じゃあ、オニババに追いかけられるのは? あれも奈津原
先生
・・
の作品ですか」
「先生だなんて! なんとも恐縮な
……
いや、それは前前任者の頃から受け継がれている、古典作品の一つです。どんな世代からも恐れられる素晴らしい凶夢だと認識しています」
私は、奈津原主水の言うことを少しずつ信じ始めていた。というより、本当だとしたらロマンがあるなと思ったのだ。もっとも、奈津原主水のペースに合わせて、酒を飲みすぎただけかもしれないが。
いい機会であるから、私は夢の製作者を語る奈津原主水にいくつか質問をしてみることにした。例えば「夢占いって本当に当たるんですか」や「白黒とカラーの違いは」、「匂いや味について」だ。
夢占いについては「御神籤みたいなもので、我々が作った夢を皆さんが引いているような状態なんですね。ので、何をみるかというより、みた夢にあなたが何を思うかの方が重要でして」と、色については現在着色作業中であるが、まだほんの一部しか済んでおらずバラつきがある。と答えた。
「匂いや味に関しては、やはり創り手が実際に体験したものでないと完全な再現が難しいんです。私のように実地調査に出向くものも少ないですし」奈津原主水がそのぼっさり頭を捻る。
「やっぱり想像だと限界がありますもんね」
「ですです。人間の皆さんが日々肌身で感じていることを、ぽっと出の我々が簡単に出力できちゃうってのもどうかと思うし、丁度良いんですけれど」
どうせ半分以上は忘れちゃうわけですしね、と奈津原主水は自虐的に笑った。不思議と私もおかしな気分になって笑っていた。イカリングを箸でつまみ上げ、口に放る。いつの間にか冷めていたが、十分美味しかった。
じゃあ、と私は冗談ぽく言ってみた。「じゃあ、今度の新作にはイカを出すのはどうです? 海外で言うクラーケンみたいな、デカいの」
「良いですね、怖そうです。やはり海に引きずり込まれるというのが鉄板でしょうか」
「いや、ここはもっとファンタジィっぽくいきましょうよ。あなたが書いていて楽しいと思えるのが何よりじゃないですか」
「じゃあ、空を飛ばせるのはアリですか?」
「アリです!」
「じゃあじゃあ、それが口から棘のある蔓を吐いて、みんなで登るというのは?」
「アリよりのアリです。夢なんで。でもどうせなら、自分だけ蔓のもとへ辿り着けないようにしましょうよ。時間がおかしいくらい早く過ぎるのに、全然用意できない」
「ああ、古典と組み合わせるんですね!」
追加で頼んだ食事も全て平らげ、勘定をする。安い居酒屋ではあったが、いつもの倍は飲んだために頼りなくなった財布を尻へとしまい、奈津原主水と連れ立って店を出た。
互いに礼を言い合っていると後ろから声をかけられた。
「探したぞ三号、早く戻らないと奈津原一号殿に叱られるぜ」
奈津原主水に似た顔であったが、服装や醸し出す雰囲気は全く異なっていた。赤いアロハシャツの上に濃紺デニムのジャケット、ところどころダメージのついたジーンズ。ブロンドの髪は全て綺麗に後ろへと流している。檸檬色のカチューシャなど、色が多いのが印象的だった。
その人物は私に気づき、先ほどの奈津原主水と同じように名刺を差し出してきた。
上質で、名刺にしては少し大ぶりな紙に『ドリぃム☆製作委員会 日本支局 シナリオ部門 リーダー 奈津原主水』と書かれている。私はそれを小さく音読した。騒がしい夜の街では埋もれてしまうような、か細い声だったように思う。
しかし、二人の奈津原主水には届いたようで、一人は笑み、一人は怪訝そうな顔で私を見ていた。
「あなたのアドバイスのお陰で、ノルマが達成できそうです。ありがとう。新作が完成した折には、一番にあなたにみてもらうこととしますね」
あの日、どうやって家に帰ったのか。誰と飲み、どんな話をしたのか。ぼんやりとしか思い出せない。ただ、とても気持ちの良い夜であったことだけは確かであった。
いつものように、スマートフォンで目覚ましを五つセットする。画面を消し、自然光以外のなくなった部屋で、薄く天井を見つめた。深く呼吸をしていると、次第にまぶたが重くなり、現実から意識が遠のいていく。
吸って、吐いて。吸って、吐いて。吸って、
───あっ。空飛ぶ巨大イカが、真っ赤な星を食っている。
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