吾妻
2024-10-10 00:47:30
7272文字
Public アークナイツ
 

🐕️SS log 02

SNSなどに投げ込んでいたテキ博♀の短い話のまとめです。
つきあっていて、いちゃいちゃしています。
コラボシナリオに出してもらえて嬉しかったので、その2本めと3本めはその勢いが溢れ出したものです。


call my NAME


「君ってさ」
 手元の書類にサインを書き入れる手を止めないまま、不意にドクターが口を開いた。
「うん」
 こちらは手元の書類から顔を上げて、執務机の方へ向き直る。応接用のソファセットで確認書類の優先度付けを手伝っている最中だった。
 ここ数日またしても仕事に精を出しすぎているドクターは、夕方くらいからほとんど言葉を発することもなく手元の書類と向き合っていた。午前中で大きな山を片付け終わっているので、手元の書類さえ捌ければ今日は大手を振って定時で上がれるという寸法だ。何としてでも今日中に片付けるという気概を感じたので、数時間おきにコーヒーの提供する以外は俺も静かに雑務の処理に勤しんでいたのだが。急にどうしたというのだろう?
 室内には相変わらずサラサラとペンの走る音が響いている。大人しく言葉の続きを待っていると、やがてドクターがゆっくりと口を開いて、
「色んな同僚を本名で呼ぶよね」
 と、言った。
……え?」
 想定していたどんな言葉とも違っていたので、即座に反応ができなかった。突然何の話? 名前? ドクターはそれ以上何も言わずに、サインを終えた書類を一枚めくって隣に寄せ、別の書類に目を走らせている。
 これは――どう考えるのが正解なんだ? ただの世間話と捉えていいのかな? 彼女の意図が全く読めないので、とりあえず普通に会話を続けてみる。
「そうかな? 人によるよ。ロドスには色んな人がいて、本名で呼ばれたくない人だって少なくないしさ。でも、相手が嫌じゃないならお互いに親しみも湧くし、いいかなって――
「じゃあ私は?」
……ん?」
 雲行きが怪しくなってきた。
「私のことは名前で呼ばないのかな?」
 ドクターがペンを置いて顔を上げる。
 普段彼女が身につけているフェイスマスクは、昼食後に再装着が面倒くさくなったらしく、机の隅に追いやられてしまっている。整った顔立ちがまっすぐにこちらに向けられているのはかなり嬉しいんだけど、問題はその目がとんでもなく据わっているということで。
「ほら、呼んでみて」
……今?」
「そう」
「えーと……
 あー、これはダメかな。多分疲労がピークを突き抜けちゃってる。急ぎの書類は粗方片付いてるはずだし、今日はもう寝かせたほうがいいかもしれない。
「ドクター、もしかして羨ましくなっちゃったの?」
 とりあえず冗談めかしてからかってみた。ポーカーフェイスが標準装備のドクターも、プライベートでは案外照れ屋で可愛い人なのだ。普段ならちょっとムッとして「そんなことない」と返してくるはずなんだけど……
「そうだって言ったら?」
 涼しい顔で肯定されてしまって、逆にこっちが動揺した。
 そっか、羨ましくなっちゃったんだ。だから自分も名前で呼ばれたくなっちゃったの? ちょっとそれは可愛すぎるよね。
 だけどさ、俺にも譲れない矜持というものがあるというか。
「まだ業務時間中だよ。ドクターだって仕事中は俺のこと〝テキーラ〟としか呼ばないでしょ? 俺はドクターのこと誰よりも大切だし愛してるけど、ドクターの部下である自分に誇りを持ってもいるからさ、仕事中は君の有能な部下でいたいんだよ」
「む……
「それに、仕事中は呼んでないかもしれないけど、二人きりの時はそうじゃないよね?」
「ベッドの中のことはよく覚えてない」
……なるほど」
 確かに名前を呼ぶタイミングのほとんどはベッドの中でいちゃいちゃしてる時だし、ドクターはふにゃふにゃになってることが多いから、よく覚えてないのも仕方がない話ではある。
 つまり、これまでの話を総合すると、ドクターにはベッドの中での駆け引き以外でも名前を呼ばれたいという願望があるってことなんだよね。普段はその欲求を胸のうちにしまっておいているけど、理性が減退したせいで表に出てきてしまった、と。
 ……やっぱりちょっと可愛すぎるかも。何か嫌なことでもあって落ち込んでたりするのかな? それともこれは彼女なりのヤキモチの一種だったりする? どちらにしたって可愛いことに変わりはなくて、正直にいえば今すぐ抱き締めてしまいたい。
「ドクター、俺はさ――
 仕分けをし終えた書類を分類ごとに束ねて整え、ソファから立ち上がる。
「きっと、君が思ってるよりずっと君のことが好きだよ」
 執務机に歩み寄って、机を挟んで真正面から向き合った。ドクターは机の上に両手を重ねて置き、静かにこっちを見上げている。
「これでも一生懸命抑えてるほうなんだよ。ちゃんと線引きしておかないと、君のことばっかり考えちゃいそうでさ。だから、仕事中は〝ドクターの部下〟でいさせて。どんな時も助けになるし、どんな危険からも守るから」
 ね、と微笑みかければ、据わりっぱなしだったドクターの瞳がわずかに揺らぐ。視線は少々気まずそうに泳いだあと、机の上に重ねられた彼女自身の指先に落ち着いた。
…………ごめん」
「どうして謝るの?」
「わがままを言ったから」
「わがままなんかじゃないよ。ドクターが俺に何かをおねだりしてくれるのはとっても嬉しいし――
 そのとき。言葉を遮るように聞き慣れた鐘の音が鳴った。正確には鐘の音を模した電子音で、始業と終業を報せる艦内放送だ。つまり、便宜上今日の業務は終了ということになる。
 今日はドクターの仕事が片付いたらすぐに休ませようと思っていたから、手持ちの仕事はすでに片付けてある。パーカーのポケットから携帯端末を取り出し、手早く勤怠システムにログインして退勤処理を済ませた。
……それに、一日中仕事をしているわけでもないしね」
 用済みになった端末をポケットにしまい直し、ドクターのデスクに両手を突いて身を乗り出す。
 数秒前まで上司だった恋人の、状況を飲み込めていないきょとんとした顔を間近に覗き込み、形の良い耳に唇を寄せた。
「今日はもうお仕事終わりにして、俺と二人でゆっくりしない?」
 吐息を注ぎ込むように囁けば、ドクターがひくりと身を竦ませる。いつもフェイスマスクで隠しているからかな、君って本当に耳が弱いよね? そんな弱点、他の誰にも知られちゃダメだよ?

――ねぇ、■■さん」

 ゆっくり、そしてくっきりと。鼓膜のそばで名前を呼んで、仕上げに耳朶にキスをした。
 う、ぐ……とわかりやすく身悶えた恋人が胸元に力ない拳をぶつけてきたけど、痛くも痒くもなく、ただひたすらに可愛いだけだった。


【おわり】