清春
2024-09-20 23:52:37
10117文字
Public BL
 

ヤスチハ

まとめ


お前じゃない

「バイト行ってくる。戸締りよろしくな」
「行ってらっしゃい」
「ちょっと遅くなるかもしれねえから、勝手に飯食っててくれ」
「うん、わかった」
 チハルがいつものように、眉尻を下げて控えめに微笑む。この顔はただでさえ可愛いチハルが更に可愛くなる魔法の笑顔で、好きだ。
 そして、一人になると情緒に乱れが見え始め、自己肯定力が著しく下がり、それでいて承認欲求は高まるばかりの、不安定なチハルがたまらなく、好きだ。
 俺が平気な顔で嘘をつくのを知っているのだろうか。知らないのかもしれない。しかし、チハルは馬鹿ではない。薄々何かを感じてはいるのかもしれない。
 最後に戻るのは自分の元だから。そう思って精神を安定させているのかもしれない。もしそうなら、ああ、いいな。興奮する。
 その通りだ。結局、俺は女を抱こうとチハルでしかこの空虚な隙間を埋められない。チハルじゃないとダメだから。
 ————けれども、抱きたくもない女を抱く。
 チハルに似た長身痩躯で黒髪の女から誘われたらセフレとしてキープしている。今は何人いるか忘れたが、溜まっていたらバイト終わり相手の家に寄って都合よく利用している。それだけだというのに、女は嬉しそうにして俺を受け入れてかいがいしくする。
 ……これがチハルなら。何度もそう考えた。
 現実は残酷だ。チハルだと思っても、相手の女はやはりチハルじゃない。痩躯に見合った大きさのため大してないが乳房の膨らみは邪魔でしかないし、俺と同じ男性器はもちろんついていないし、性感帯へ義務として適当に触れれば耳障りな甲高い嬌声を上げる。
 全身の肉付きが悪くガリガリで、陰鬱な表情をよく浮かべ、女にしてはハスキーな声のセフレがかつていた。なんでも男にこっ酷く振られたとかで、バイト先のバーで潰れていたところを介錯したら、流れで。そいつは幾分かマシだったが最近は誘ってこない。男ができたのだろう。
 ———余計なことを考えながら終えた行為は、味気なく、ただの性処理の過程でしかなかった。女がピロートークを求めてくるも、そのような気分でもはない。無視を決め込んでいた。
「あたしのこと好きじゃないくせに、求めてくるんだから」
 ぷりぷり怒りながらも、なぜか嬉しそうに下着をつけている女の背を忌々しげに一瞥した。
 誘ってきたのはそっちのくせに何言ってやがる、お前のことなんか求めてねえよ。チハルの代わりにもならねえくせに。……などと言ってしまえたら楽だが、風俗に行く手間が省ける都合のいい女をキープするために黙る。
 女は寝そべったままの俺の横に手をつき、ブラで一生懸命に作った谷間を強調しながら顔を寄せてくる。
「ね、ね、安浩。あたしはいつでもフリーだからね」
 そう言ってぽってりした唇を重ねてきた。不快でしかないが、顔に出さず適当に舌を入れてやれば女は喜んだ。都合が良い女で本当に助かる。
 ……あとで口、しっかりゆすぐか。