クレープを食べた後はまっすぐ女子寮へ向かった。
入り口前に入ると、私は五条君から鞄を受け取ろうとするものの、部屋の前まで持って行くと言って手放さなかった。寮母さんに注意されないかハラハラしていたが、意外に寮母さんは五条君が事情を説明すると「あら、優しいわね」と褒めていた。
「ほい」
「あ、ありがとう」
よっこらしょ、と鞄を下ろして私の手に渡る。私は鞄の手提げ部分を掴む。
「運んでくれてありがとう。あと、クレープもご馳走様でした」
「お、おう。別に、半分は
……俺のせいみたいなもんだし」
お礼を言ったら何故か彼は少し照れくさそうにそっぽ向く。褒められ慣れていないのだろうか。
……まぁ、夜蛾センには説教、夏油君には態度や口調の指摘をよくしている印象だ。硝子ちゃんもクズ呼ばわりで、素直に褒めてくれる人はあんまりいないのかもしれない。
(少し、可愛いかも)
本人の前で言ったら怒られそうなので、心の中に留めておく。
学生時代って意外とみんなそういうものなのかもしれない。お礼をいうことも謝ることも簡単なのに難しく考えてしまってうまく言葉に出来ないものなのかもしれない。実際、私もそういう時もあった。何というか、こそばゆくなるのだ。彼もそういう、思春期なのかもしれない。
それじゃ、と部屋に入ろうとするのを「
沙奈」と五条君が呼び止めた。振り返ると、少し言い淀んだが、意を決したのか言う。
「
……あのさ。傑たちが言ってた奴、覚えてる?」
「ん?」
「ほら、怪我が完治するまで俺が面倒見たらいいとかなんとかの奴」
「ああ
……そんなの気にしなくていいよ。普通に生活をする分には影響な
――」
そう言うなり、私はガクリと身体が揺れた。崩れそうになるのを五条君が「あぶねっ!」と支えてくれた。
(急に何だろう。呪霊
――はいないはずよね?)
「やっぱり体無理してんじゃねぇか!」
「いや、少しふらついただけだから。鞄の重さに驚いただけ」
「んなわけねぇだろ! いい、悪いけど中入るぞ」
「えっ、ちょっと!」
そう言って床に落とした鞄を五条君が持ち上げて部屋の中に堂々と入っていく。
覚醒した私でもこれから見るところなのに、変なものでもなければいい
……と微かな祈りを捧げる。
「
……沙奈。お前、ずっとこんな部屋で過ごしてんの?」
「え?」
中に入った途端、立ちすくむ彼がそう尋ねてきた。何かヤバイものでもあっただろうか。そう思って私も部屋に入ると、私自身も驚いた。
それは、最低限の家具しか置いていない殺風景な部屋だった。
机と椅子、窓にはシンプルな白い無地カーテン。一人用のクローゼットに、シングルベッド。布団も何の飾り気もない無地の白。まるで刑務所に住んでいる囚人のようだった。
(とてもじゃないけど、今時の女子高生が過ごす部屋じゃなさすぎる! 寮生活の子でももうちょっと自分の物とか好みにインテリアするだろうに)
しかもこれをそうだと装わないといけない。いや、オタクグッズが一つもないことがよかったかもしれない。
(同人誌とかあったら一生の終わりだ)
同人誌は私のバイブルだ。それを全く知識ない人間から見ればキモい、気持ち悪いでしかないだろう。
……心配ない、本棚はあっても本一冊もない。強いて言うなら高校の教科書と呪術の教科書しかない。女子の部屋とは到底思えない部屋仕上がりだった。
「いや、別にお前の部屋なんだからどうしようが勝手だけどさ」
「そ、そうなの。ひ、必要最低限の物があれば十分だから!」
最近、『ミニマリスト』という考え方もある。必要最低限の物だけで生活をするという考え方。それには確かに私も思うことがあり、たまに不要な物を気がついたときにゴミに捨てるくらいだけど、意識している。大人はあっても、中高生ではちょっと理解しがたい考え方だろう。特に、五条君のような大金持ちの名門家ならばなおさら。
「硝子の部屋とは真逆だな。いやアイツもわりとシンプルだけどさ、ゴチャゴチャしてたわ」
「祥子ちゃんの部屋、行ったことあるの?」
「はぁ? この前俺達で各部屋でゲーム大会しようぜって話してただろ? 俺と傑、この間硝子の部屋にゲーム機持って来て遊んだじゃん」
(それ、次私の部屋で遊ぶ約束してる奴じゃん!)
客人呼ぶのにこんな殺風景とかドン引きレベルじゃん、何やってんの覚醒前の私!
存在していたであろう覚醒前の私に心の中で睨みつけてやる。
「はぁ
……なんか、ずっと俺達が部屋に来るの嫌がってた理由分かった気がするわ」
「そ、そう
……?」
自分のことなのに他人事のようでどうも馴染めない。当人は私だからそう話しているのだけど、中身は別の精神の私だからこっちも困っている。そんなの五条君には分からないだろうけども。
「けどさ」
そう言って、五条君はサングラスをスッと外した。裸眼で周囲を見て、私に振り返る。
「何もないから安心して居られるわ。物がないのも悪くねーな」
「そ、そう?」
「
……ここに来るまで五条家で育っててさ。ここに来て傑や硝子たちにいろんなもん教えてもらって、五条家にはないものばかりであれやこれやと買い物して部屋に飾ってたけど」
「うん」
「何だろうな、六眼の力が強すぎるのか部屋を見るとしんどい時があんだよ。それを和らげるためにスイーツも食べて何とか過ごしてたけど、
沙奈の部屋見て分かったわ」
「
……多分、視界から得る情報量が多すぎるんだろうね」
そう、私もそういう理由があって少しずつ元の世界での物をたまに整理して不要な物を捨てていっている。そうすれば気持ちも晴れるし、部屋も綺麗になるし、一石二鳥なのだ。
そう言ったら五条君は大きく目を見開いて私を見つめる。
「色とか物という認識、人としての認識、全てにおいて視界が最初で脳が働いてそれを〝認識〟する。私たちより視力がいい五条君なら脳内が常に忙しくて、オーバーラン状態なんだろうね」
「
……お前にも、そういうの分かんだ?」
(いったいどういう設定で過ごしていたんだ覚醒前の私!)
とんでもない馬鹿として認識されていたのか。心の中で考えあぐる。
「少しだけ、ここに居ていい?」
「えっ、お持てなしも何もないけど」
「いーよ
……なんだ」
五条君のガラケーがブルブルと震えだし、ガラケーを開くなりポチポチと軽々と操作している。私たちはもうスマホの世代だったので、ガラケーをいじる男子高校生を見るのは斬新だった。
パタン、と閉じると私は尋ねた。
「誰から?」
「傑から。そろそろ戻ってこないと夜蛾センに叱られるってさ。けど、もう少し休憩してから行くわ。どうせ説教の後、任務押しつけてくるし」
そう言って椅子を引いて彼は座る。さすがにベッドの上に座るといった行動は控えたようだ。そうまでしたら単なる同級生の間柄ではないように思う。
「そういや、ケータイ買った?」
「?」
「前に話してただろ? 今度ケータイ買いに行くって」
どうやら、私はガラケーを持っていないらしく、学校関係者は勿論のこと三人とも連絡手段がない状態らしい。それもあって任務を割り振りたくてもできない、と補助監督らから言われてしまっているらしい。
確かに任務中に何かがあった時、ケータイがなければどうやって連絡するのかっていう話だ。
「うん
……まだ。イマイチよく分からなくて」
「なら買いに行こーぜ。傑達も誘ってさ」
「いや、そんなお金持ってないし」
「そんな高価なケータイ買おうと思ってんの? 電話メールできたら十分じゃね?」
「いや、そりゃあそうだけど
……扱いきれるかどうかも分からないし」
それにこれから元の世界に帰る方法を探さないといけないのに、あまりこの世界の所有物を増やすと世界線が揺らぐかもしれない。だから出来る限り私の物を作らないようにしたい。多分、この殺風景な部屋もそういう理由であまりいじっていないのだろう。
「っし! 決めたわ」
「?」
椅子から急に立ち上がり、私を見るなり宣言するように言い放った。
「
沙奈の怪我が治るまでの間、俺が世話してやるよ」
そういった現代呪術師最強になる予定の少年はどこか自信満々だった。
【続】
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.