るいざき
2024-09-06 01:04:29
13937文字
Public AC6_ラス6_銀環
 

曙光 解√ラス6♀

⚠️小物ボスが好きだ



 ここに連れてこられて、何日が経ったのだろう。
 確かめる術もない621は、自らの身体に戻ることも出来ずにいた。あの恐ろしい実験は二度三度と目の前で行われ、同じ波形体シエル──おそらくCEL240制御導体及びコアに使われたコーラルの集合意識──と共に被験者の意識散逸を留めようとした。だがふたりの努力虚しく、アイビスの前には幾人もの死に際の波形、断末魔が残留していった。
 精神的にも追い詰められ、CEL240のコアの陰で蹲る621だったが。シエルに肩をゆすられてぼんやりとした意識をどうにかはっきりさせた。白衣の研究員たちと、あの不気味なのっぺらぼうの男が何か言い争っている。
…………?』
 おそるおそる近づき、その内容に聞き耳を立てた。

「──ですから、急いでくださいませんか? 壁の配置は済みました。流石に解放戦線の猿共も馬鹿ではありません」
「しかし、それでは確実なデータを取れません。検体にだって限りがあるのです。……HC、LCも配備されているのでしょう? 無理に急ぐ必要など──」
 男は研究員の胸ぐらを掴むと、壁に背を叩き付けた。強化人間の力で宙に浮いた研究員は、たらりと鼻血を垂らした。
「分かっていませんね、ここでのんびりと研究暮らしが出来るとでも思っているのですか?」
 藻掻く手が男の手首を掴むが、彼はもう一度強く研究員を叩きつける。たじろく人々は止めることも出来ず、泡をふく同僚を見守ることしかできない。
「これは我々ごとルビコンを再封鎖しようという封鎖機構への反抗でもあるのです。貴方はアーキバスの目的を忘れておいでですか? バスキュラープラントを稼働させ、星外へコーラルを輸出する! アーキバスはコーラルによって力を得、社会の絶対的存在へと昇華するのです! その為には土着の殲滅が、鏖殺が、必要不可欠なのだ!!」
 一際強く叩き付けられ、鈍い音……何かが折れる音がした。締め上げられていた研究員は首と腕をぶらぶらとさせて、二度と抵抗する事は無くなった。
「ゆめゆめ、神のしもべとなった事を忘れないでください。生きるためです、寝食や研究欲の充足などどうでも良い。戦果の為だけに働きなさい。さすれば救済があります」
「す、すぐに最有力候補者の適応実験に入ります、ジェイミー様」
「ああ、よろしい。……マグノリアを使いなさい。彼女は見込みがある」
 平常の微笑みを作り上げるジェイミー、新たな上官に彼らは戦き、逃げ出すようにして各自の配置へと就いた。

『アーキバス進駐部隊の指揮官がV.Iではない……?』
 621はジェイミーの背を追った。ザイレムにて、V.IIスネイルはこの手で撃破したが、おそらく地上部隊の指揮を執っていたフロイトは以降の動向は不明のままだ。ラスティ曰く、進駐部隊及びヴェスパーの頭脳はスネイルが一手に背負い、他部門を各隊長が負う精鋭部隊だと説明を受けた。肩書き持ちにこのような男は居なかった。スネイルの腹心といった所だろうか。
……C4-621……
 ぞくっと背筋が粟立つ。ジェイミーは621の横たわる牢に立ち入ると、その顎を掴み取り獲物を品定めするように見回した。身体に吹かかる息がどうしてか波形にも感じ取れ、思わず壁際まで後退る。
「すべて貴方のせいですよ、害獣め。貴方さえいなければ、第二隊長閣下は今もこのルビコンで素晴らしい敏腕を振るったことでしょう……不条理だ、ただの害獣ごときが抗い、神なる方に歯向かうなど……っ!」
 痛い、頬から顎にかけてリンクした痛みが波形体を襲う。顔を覆って蹲ると、シエルがジェイミーを背にして抱き締める。……少しだけ鋭利な痛みが鈍くなった。
「そうだ……貴方は特別に、アーキバス最新鋭の強化手術を施して差し上げましょう。」
 男一人を片手で殺せる手で乱暴に掴むかと思えば、途端にしつこく首から胸部を撫でつけられる。じっとりとした感覚が身体を這い、嫌悪感でいっぱいになって涙が滲んだ。
「貴方のご主人様と同じ施術ですよ。これで、死装束もお揃いになれますねぇ、レイヴン……
『!!』
 波形であるが故。最も琴線に触れる言葉から、ジェイミーの脳深部デバイスに干渉してしまう。彼が思い浮かべる記憶、その景色。──四肢のないウォルターが虚無を眺めて、だらりと唾液を零す。あんなにも澄んで優しかった氷水色アイスブルーの瞳は曇ってくすんでいた。
『う、うう……ッ』
 憎悪にも怒りにもなりきらない、熱く苦い塊がせり上ってくる。喉を割り開く熱風がただ声帯を震わせて呻く。
 室内の脳波計が鮮やかな色帯をまとい、男はにたりと笑んだ。
「聞こえているのですね。それは良かった」
 男はこちらへ向かってくる。不可視の殺意と憎悪を込めて睨み上げても、彼は知る由もない。のっぺりとした白面に歪な笑みを貼り付けて、彼は回廊へ去った。

 シエルは621を抱き竦める。よく似た波形は彼女にも伝うのか、ぐっと目を閉じて項をさすってくれた。輪郭を歪める程の感情を飲み込んで、その抱擁に縋りついた。
 おそらく、ジェイミーはこのまますぐに621の改造を始めることだろう。そうなればきっと、波形のまま戻れないか、あるいは……

──声?
……?』
 暫くして、ふたり同時に顔を上げる。きょろ、と赤眼が辺りを見回し、621はじっと耳を澄ませた。
……ラスティ?』
 よろ、と621は立ち上がると、その鼻先に幾重もの声が押し寄せた。名前、ルビコンで騙ることとなり、いつしか名詮自性となった名が621に触れては淡く発光した。
「どこにいるんですか……?」
 声の波の根元を目指す。暗い施設を泳ぎ、程なくして見覚えのある男が同じような波形の姿で漂うのを見つけた。
『ラスティ……?! なぜ、こんなことに……
 そのまま流れてしまわないよう、背高のっぽの身体を抱えて受け止める。その後ろ首からは、621と同じ様にして──彼には金の──糸があちらの暗がり、壁の向こうにまで伸びていた。どういった所以か分からないが、彼も多量あるいは強烈なコーラルに被ばくして、ここに流れ着いた様だ。うわ言のように、レイヴン、レイヴンと彼女の名を呼び続けていた。
『は、はやく起こさないと……!』
 金の糸を手繰る。先程壁に埋まったのだから、きっと通り越せると身を突っ込むが、しっかりと物理的な壁にぶつかるようにして621は跳ね転がる。
『だ、だめか……
──こっち。
 ラスティにたんこぶができていない事を確かめていると、シエルが手を引く。ラスティの命綱は、よく見れば不思議な形に撓んでいた。
──パルス障壁。ここだけ空いてる。
『隙間……、ラスティはここから通り抜けて来てしまったんですね』
 彼を抱え直し、621は隘路を抜ける。暗がりの先はトンネルが続いており、金の糸はその向こうまで繋がっているようだった。
──この先、障壁ない。……呼び掛けて。
 621は頷き、ラスティの耳元へ顔を寄せる。
『ラスティ、』

──目覚めてください。
 あなたの意識が散逸してしまう、その前に──。



「!!」
 灰銀に煌めく万華鏡が視界を遡り、ACへ接続した視界が球状に歪みながら暗がりばかりの現実へ押し返されていく。
「はぁっ……はぁ……
 ごろ、とした硬質な異物を掌に感じる。ああそうだ、確かこの──薬瓶に封された偽薬をあおった。そうして意識を失い……
「レイヴン……?」
 確かに声を聞いた。静かで、幽かなふるえを聞いた。
──そこに、君はいるのか?