るいざき
2024-09-05 12:43:02
15687文字
Public AC6_ラス6_銀環
 

片翼Ⅱ 解√ラス6♀

⚠️長い



 赤く煌めく小瓶、無数に打ち捨てられた調律コーラルの山は、上層調査室に管理されている。エアはそこで異常活性化したコーラルを安定、無害化すべく、ひとり試行を重ねていた。
 調律された、一方向を向くように『調教』されたコーラルたちからは既に意思を感じ取れない。……つまり、元の群体に戻す事が不可能だということが分かっていた。ならばせめて鎮静速度を早める手段は無いだろうか。
……はあ》
 その手建てがようやく見えてきたのだが。普段のエアならいちはやくたどり着くであろう成果はまだ遠い。
「失礼するぞ、レディ」
 ノックの後に現れたのは帥叔だった。暗い部屋に静かに歩み、不可視のルビコニアンが就く実験テーブルを覗き込んだ。
《すみません、もう少し掛かりそうです。ですが、これが上手く行けば、意識障害を起こしたままの患者さんの回復を早められるかもしれません》
「そう焦らなくて良い。貴女は既に解放戦線へ従事する必要が無くなった身だ。……こちらの不義理のせいで」
……ですが、どの道行く宛てが無いのです。無形の私たちも、ヒトであるあなた達も、私にとっては同じですから》
「そうかね……
 モニターに並べられた成果の幾つかを眺め、フラットウェルは手近な椅子を引き寄せる。ゆっくりと腰を下ろし深く息をつくと、彼女の名を呼んだ。
「ラスティはレイヴン捜索に出た。ファクトリーを発見次第、我々は壁への再占領を開始する」
《ついに……はじまるのですね》
 解放への一手、険しい道のりへの新たな一歩だ。そこにはきっと、誰もが白鴉の参戦を望んでいる。
……何故レイヴンについては行かなかったのだ?」
 モニターの入力がピタリと止まる。何故、帥叔は返答を待ち、そこに居るであろう女声の横顔を見詰める。
……先程の、帥叔のご指摘に答えた通りです。このような災害を放ってはおけません……
「本当に、それだけか」
…………
 視野を割り砕くように滑り込む記憶。──暗い牢獄で衣服すべてを剥がし、手を上げるけだものたち。当初の目的が叶えられないきょうだいの身体を見ると、怒鳴り散らし嬲り、次には嘲笑し。そして第二隊長が現れた。汚物を見るような視線を送り、捕虜以下の行いを看過した。
 レイヴンの皮膚状態も精神状態もみるみる悪化していった。投獄されて数日保ったウォルターへの献身的覚悟も、声を掛けても答えられなくなる日が増えるごとに希薄になっていった。アーキバスの男たちが日々のストレスを彼女に当てつけ、血が滲むほど殴りつけても、吐くほど首を締め上げられても、手当すら施されない。監視員の女は彼女を人扱いせず、日に一回与えられる生塵同然の食事は床にぶちまけられた。
 血と吐瀉物と糞尿に塗れた少女が、薄汚れた牢獄に繋がれたまま何日も過ぎた。システム制御に干渉し治療保護を偽装しても、牢の番号をひとめ見ると無きものとして扱われた。
 ハンドラー・ウォルターの遺言を見つけるまで、彼女は彼女ではない何かになってしまった。
《もう、見たくない……
…………
《見られない、のです。あんな──酷い姿を。私は……何も出来ないのです》
「その優れた能力があるのにか?」
《私が錠前を破壊しても!彼女が歩けないのならばそこに横たわるだけなのです!!私には、私には……その身体を抱えてあげることも、撫でてあげることさえ出来ないのです……!庇ってあげることすら出来ません!!》
 ヂリンと薬瓶が震える。嗚咽とすすり泣く声、硝子に閉じ込められたコーラルが微かに明滅するように見えた。
《コーラルデバイスに干渉すれば、無理やり歩かせることも出来るでしょう。でももう一度そんな事をさせるなんて、できません。その後の彼女は……だって……っ》
「すまなかった。……辛い事を聞いたな」
 静かな声、慟哭に添う同情がエアに触れる。
……ラスティが向かったのなら、それが最善でしょう。実体へのアプローチが最も救助に適しています。……私は、不必要です》
……分かった」
 帥叔は椅子を戻し、部屋を去る。

《レイヴン……
 今、どんな目に遭っているのだろう。もしも、もしも彼女が命を落としたら。もしもラスティすら助けられない状況だったなら。無いはずの身体が震えて、胸に凍てついた水が流れ込むような、どうしようも無い無力感に駆られる。もしもを恐れるほど、自身への憤りが降り募る。
……お願いします、ラスティ……
 トリガーに指をかけたことは許せない。だが彼等の立場を思えば、その選択は理解出来るのだ。感情よりも状況を優先できる彼ならば、レイヴンを救える。……そう信じるしかない。
 実体無き存在を誇ったあの日を、今は冷めたこころで振り返る。掴んで失う事すら出来ないこの身を、今だけは呪ってしまった。