るいざき
2024-09-05 12:43:02
15687文字
Public AC6_ラス6_銀環
 

片翼Ⅱ 解√ラス6♀

⚠️長い



「ラスティ……
「アーシル、怪我はどうだ。ツィイーは?」
「私達は大丈夫ですよっ。それよりも、SGヘリに掃射されたって聞きましたよ、大丈夫なんですか?!」
「ご覧の通り健在さ。」
 帥叔からファクトリー調査潜入部隊の編成を任されたラスティは、アーシルとその同僚たちを呼び出した。プラットホームにて8人分隊を待機させ、AC格納コンテナにスティールへイズ及びMT2機を収容し貨物車に連結させている。問題はファクトリーまでの経路途中に無数に存在するジャンクションだ。正しい道のりを調べあげるまではかの地には辿り着けない。
……あの、ラスティ。何故私が隊長なんですか? 同僚たちは優れたMT乗りですし、兵士としても優秀です」
「その中でもとりわけ対人戦で優れたスキルをもつ君が適任だと思ったからだ」
「でも、レイヴンを守れませんでした」
 バラック街へ降りるエレベーターの扉が開く。吹雪混じりの寒風はホールを凍りつかせていた。閉まりかける扉を寄りかかるようにしておさえつけ、ラスティは俯く勇士の一歩を待つ。
「アーシルだけが負い目を感じる必要は無い、その敗因は今活かせば良い。何よりも私は君の力を欲している。……応えてはくれないか」
……分かりました。この任務で、必ず報いてみせます。」
 よし、とラスティは降り立つアーシルに並ぶ。

 決意新たなふたりだったが、ファクトリーへのしるべは無いに等しかった。事前調査ではどうあっても貨物車のコンピュータへは干渉できず、殆ど手詰まりであった。
(エアならあるいは……
 彼女はラスティの契約不履行によって取り合っては貰えないだろう。そもそもそんな相手にどの面下げて調査依頼を差し出すのか、さしもの帥叔も苦い顔をしていた。
 ともあれ、ラスティにはまだ気掛かりな内容があった。調律コーラルに仕込まれた洗脳作用に座標コードが仕込まれていたとはいえ、列車操作はおろか『なにをトリガーに』プラットホームへ誘導されているのかも実は謎のままだ。その上、孤児院の少年少女と売春婦の娘では環境条件が異なるように見える。
「時間はあまり無いが、もう一度洗い直すべきだろう。駄目なら土下座だ」
「誰にですか?」
「レイヴンの妹に、だ」
 ラスティとアーシルは、再び下層域の孤児院へと訪問した。

 シスターに顔を合わせるやいなや、アーシルはあっというまに小さなルビコニアンに包囲され身動きが取れなくなった。なんだか以前より人数が増えた気がしたが、先の薬害事件や中層テロなどがあったため、修道院全体を一時的にシェルターとして解放しているらしい。思えば以前よりも礼拝堂の方などは人の気配が多かった。
「アーちゃんだ!」
「アーちゃんこんにちは!」
「こらー、よじ登らないのっ。アーちゃん倒れちゃうから、順番な」
 長身なアーシルの腕にぶら下がる子らに和みながら、ラスティはシスターへ再調査の許可を得る。
「お身体は大丈夫ですか……? 大怪我をされたと姉から伺いましたが……
 姉、ああたしか帥父のメイドだったか。意識の無い間に介抱を受け、リング曰くホルスターの修繕も施すなど、器用な女性らしい。
「ああ、急いで上層に帰ってしまって挨拶もできず申し訳ありませんでした。お姉さんによろしくお伝えください」
「は、はい……
 姉妹そろって好みは同じなのだろうか、数日前とはやや異なる熱い視線をそれとなく受け流し、ジャングルジムとなったアーシルへ振り返る。
「アーちゃんは子どもたちの相手をしていてもいいぞ」
「いえ行きますよ! ごめんな皆、俺おしごとで来たんだ、またこんどな」
 ぶーたれるちびっこ達を窘め、ふたりは子ども部屋へと進んだ。
 隔離室として使われていた大部屋は、既に使う容態の子も居ないようで綺麗に清掃されていた。これと言った異変や、エアに聞かされたような高周波の異音なども検出されなかった。次いで他の寝室、2段ベッドの下なども覗くが、同様に不審な箇所は無かった。
「ふむ、では礼拝堂の方か……
……?」
 アーシルがふと廊下を見るのと同時に、ラスティも廊下の忍足に気が付く。何者だろうか?
(どうします?)
……アーシルはドアの陰に隠れろ。私は隅に)
(了解。)
 音もなくドアからの死角へと消える。忍び足の主は一部屋ずつ確かめるように回ると、ついにこの部屋のドアノブへ手を掛けた。そうっと隙間から覗き込むようにして、何やら無防備に身幅分開けて彼は入室した。
……あれ? おかしいな、いない……?」
 細身の少年が室内を見回す。ぱたん、とドアが閉まる音に彼は振り返った。
「どうしたんだいキリ、びっくりさせるつもりだった?」
「!!」
 ばっと彼は包丁を構え、声を掛けた人物が見知った相手だと気が付くと狼狽えたように後退る。その背が何者かにぶつかった。
「危ないな少年、キッチンに返した方が良い」
 ラスティはするりと彼の手から包丁を取り上げると、ギョッとしたように少年はアーシルの方へ駆け寄ってしまった。
「あ、アーシル!なんでこんなヤツ連れてきたんだよ!!」
「キリ、そんな言い方をしないでくれ、ラスティは──」
「行方不明の女の子が見つからないんだ。その手がかりを探しに来た」
 アーシルの言葉を遮るように、ラスティは少年キリへ一方的に答えた。すると彼は睨みつけるような眼差しを瞬いて、困惑するように表情を歪めた。
「マギーを、探してる……?」
「知っているのか?」
 ラスティは携帯端末を取り出すと、少女の写真を示してみせる。キリは大きくうなづいて、ラスティを品定めする。
「でも、もう手遅れだ。冬はもう来てる、きっとどこかで凍え死んでるんだ。もう何日も経った……
……そうだな、殆ど遺体探しに近い。……で、キリは何故私たちに刃物なんて向けたんだ」
 キッとラスティを睨みつけるも、すぐにその威勢は何かの迷いによって失せてしまう。何か隠し事があるようだ。
……少年、内緒話にうってつけの場所はないか? ここだといずれシスターが来てしまうかもしれない」
……
 口をつぐみ、キリは俯く。──爪が食い込むほど腕を握りこんでいる、どうもただの子どもの悩みでは無さそうなのだ。ラスティとアーシルは目配せする。
「ま、言わないなら良い。私は君を脅迫未遂でシスターに告発するだけだ」
「なっ?!」
「逆に、良い所へ案内してくれるなら、アーシル先生もラスティも絶対秘密にする。……君がこれから話してくれることも、誰にも言わないと誓うよ」
 アーシルはキリの傍へかがみこむと、その髪を柔く撫でた。無意識の自傷は力をゆるめ、漸く少年の疑心暗鬼は去った様だ。
……告解室。帥父様しか使わないから、今ならだれも来ないよ」
「決まりだな」

 告解室とは司祭が信者の罪を密かに聞き届け、神の許しを与える匣だったらしい。今は帥父が下層の人々のカウンセリングルームとして運用しており、かつての秘跡の形骸となっている。……いや、主神がコーラルとなっただけで、変わってはいないのかもしれない、とラスティは室内を見回した。
 司祭側の部屋にラスティ、信者側の席にアーシルとキリが詰め寄り、施錠する。これで誰かに聞かれる心配は無くなった。
「父と子とコーラルのみ名によって。」
……それっぽい言い方だ」
「ラスティ、神職もしてたんですか?」
「いや、ただのうろ覚えだ」

 キリはひとつ咳払いをして、ひとことめを探るように深く呼吸をする。
……マギー、ええと、マグノリアは俺の親友です。水商売してるお母さんがいて、仕事柄ここに預けられてました。前までは月に1回はふたりでミサに参列していて、孤児院の俺たちよりもずっと、真剣にコーラルを信奉していました」
 コーラル争奪戦が激化し、避難警報が日夜鳴り続ける毎日、マギーは飢餓に陥りミサへ通う事が難しくなった。孤児院に看病までさせては迷惑だと、シスターの恩寵を押し切って母はマギーを連れて中層へ帰った。
「アーシルが先生をしてるチャットには時々顔を出してくれるから、寂しくはなかった。年長のみんなで授業をして、話もして……。ある時、マギーからある事を頼まれました。……賛美歌のテープが欲しいって」
「賛美歌?」
「孤児院のみんなで歌って披露するんです。マギーはその中でも一番歌が上手かった。……忘れず練習したいからって」
 彼は管理室へ忍び込むと、バラック街で盗んできたカセットテープにコピーしようと企んだ。……だが、先客がいた。
「幽霊かと思ったけど、顔がのっぺらしたおじさんだって気付いて、しばらく様子をみていました。そうしたら、その人も賛美歌の音源に用があったみたいで。……おじさんが出ていってから、コピーして中層に送りました。……それが差し替えられてる事には、その時には気付けなかった」
「どうして違う音源だと気が付けたんだ?」
「毎朝みんなで練習するんです。いつも通りに音が流れて……。シスターに言ったら、怒られるかなと思って、みんな黙ってたんですけれど。耳がキンキンするような、きもちわるい音が混ざるようになってました」
 不快音、ラスティは少し身を乗り出し、透かし彫りの板壁の向こうの少年に迫った。
「その音源は、まだシスターの手元に?」
……多分。だれも気持ち悪いって言ってなければ」
 アーシルと視線を合わせると、彼が告解室から出る。キリは細く息を吹きながら、懺悔の続きを零した。
……俺が、テープを盗むなんてことしなかったら……。賛美歌がへんな音になったりなんてしなかったのに」
「卵が先か鶏が先か、確かに盗みは良くないことだが、今回に限っては……そのおじさんが悪いことを仕掛けたみたいだ」
……あの人、軍の偉い人が着るみたいなスーツだった。だから、ここへの嫌がらせなんだろうって思った。……そしたら、お前がのこのこと二度も来て、シスターに色目を使うから」
「殺してやろう!!……と思ったわけか」
 びくっと飛び上がるキリを、ラスティは薄ら笑いで眺める。バツが悪いというように、キリはそっぽ向いてしまった。
「嫌がらせと思った理由は、なんだろう」
「ふとっちょのおじさんが先月から怒鳴り散らしながら来てたんだ。ここは食い扶持を圧迫している、帥父様を説得して必ず解体してやる!てさ……。どうなっちゃうんだろ」
「そうはならない。帥父はそんな事を許しはしないさ」
 きょと、と少年はラスティを見上げる。今度はイタズラ顔ではなく、柔く目を細めた男が透かし彫りの向こうに居た。
……話が逸れたな。他に賛美歌について、何か気になる事はないか?」
 ある、とキリは頷く。
「それ以来、隔離された部屋から賛美歌を歌う声が聞こえるようになった。ふらふらの音痴で、囁くみたいに。薬でおかしくなったみんなが、夢にうなされるみたいに歌い始めたんだ」
 その時に少年は胸騒ぎがした。……あの不気味な音が混ざる音源のせいではないか?
「そしたら、マギーが居なくなったって、マギーのママから連絡があって……。俺は、きっと良くない事をしたんだって……
 ついに少年の声が弱まる。因果は分からないが、不可思議の始まりを彼は目撃し、体感していた。
「でも、こんなことシスターに話したら……。賛美歌と弱った子たちの関係性なんて説明出来ないし。……盗んだことがバレたら、俺きっとここから追い出される。……もう、寒いのもひもじいのも、嫌だ……
「シスターはそこまで厳しい方では無いと思うぞ、まして路頭に追い出すなんてな。……テープの件については、私たちが何とかするよ。秘密を話してくれた礼だ」
……いいの?」
「だがこれだけは誓うんだ。もう二度と、盗みはしないと。そんないわく付きの物を親友にあげたりなどしない、とな」
「誓う、もう二度としない!! 変なものを友達にあげたりなんてしないよ」

 キリの告解が済む頃、アーシルが件の音源を預かり戻ってきた。ラスティの端末にそれを落としてみると。
「やけに無音の部分があるな」
「ああ、シスターが全然音が出ないって困ってたっけ……
 三人そろって告解室前のベンチに座り、イヤホンに集中する。と、三者とも仰け反って耳を抑えた。
「なんですかこの音……?!」
「うえ、やっばキンキンするよこれ……。曲とリズム合ってないし」
……なるほど、そういう事か」
 ラスティだけが額を抑えて、その異音に聴き入りはじめた。携帯端末のメモ帳に、点と線が刻まれていく。
「これ、モールス信号?」
 ラスティの手元を覗き込み、キリは声をあげる。
「よく知っているな、こんなアナログなものを……
「へへ、俺たちのアーちゃん先生は物知りだからな。これでよくみんなと秘密の伝言あそびとかしてるよ。……夜に壁をノックしてやり取りするから、シスターに怒られるけれど」
「それは怒られるだろうね……
 キリが見守るなか、ラスティによる暗号の書き出しが終わる。不規則な文字列、空いてジャンクションポイントの名称、恐らく線路番号、再び不規則な文字列……いや、パスコードか。
「アーシル、君の生徒さんに、マグノリアという少女はいるな?」
「はい。歌が上手で、信号の覚えも早かった子です」
「マギーは頭良くて優しいんだ」

 つまり、だ。キリから賛美歌のテープを受け取った彼女は、毎日練習する下層の子らと同じように、この暗号を刷り込まれていく。
(その事に気が付いた政務官が、偽薬をわざわざ届けて与えた。ひとりでも多くの検体を手に入れる為。……孤児院の子らを攫う予行として)
 覚えがよい少女マグノリアは、すぐにこの暗号を読み解き、調律コーラルによってもうひとつのヒントを得てひとりファクトリーへ誘われた。……そう仮定しよう。

「キリ、君にはもうひとつ、約束して欲しいことがある」
 神妙な横顔のラスティを見つめていたキリは、途端に姿勢を正す。
「マギーがどんな姿で帰ってきても、出迎えてやって欲しい」
 ぎゅうと膝小僧のスボンを握り込んで、みるみる涙ぐむ少年は何度もうなづいた。
「大丈夫、俺は。……ちゃんとおかえりって言えるよ。」
「ありがとう、キリ。……私たちはこれから、マギーが居なくなった場所を突き止める。……必ず見つけてくる」
 ぐしゃぐしゃのかおで、彼はラスティを見上げる。手掛かりをもたらした少年をアーシルは抱き留めて励ました。



 プラットホームにて。ラスティとアーシルは早速運転室に入る。操作盤の液晶パネルに、はじめの文字列を打ち込むと、ついに貨物列車はその行き先を表示した。
 これまでの運行ログも遡る。一か月前の往復……これは初期実験時に送られた者たち。七日前の往復路……これがマグノリアの軌跡だろう。彼女は本当に、この列車でひとり旅立ってしまった様だ。そして四日前の片道ぶんの記録で仕舞いとなる。
 分隊による整備、装備品チェックが終わり、スティールヘイズのシステムチェックも完了。アーシル率いる潜入部隊とラスティは、いよいよ再構成された貨物車に乗り込む。エンジン起動、隔壁がゆっくりと開かれ、真っ直ぐ伸びる線路はホワイトアウトした世界へ消え入る。鈍い音をホームに響かせ、転輪し。見えぬ行先に向かって、列車は警笛をふく。