氷紀
2024-08-28 21:17:39
10111文字
Public 迷い込んだ彼らの話
 

誰より特別な約束を

『こうして僕は全部を選ぶことにした』の続き。CPは高沢+若干ゲタ←墓。
新しい約束の話。



 ――夜の墓地は、相変わらず静かだ。
 想いの枯れ果てた石の群れを、あと数日で満月になるくらいの月が照らしている。街のざわめきも、この時間のこの場所には聞こえてこない。寝間着の浴衣を、緩い風が揺らして過ぎる。

 ゆっくりと墓地を歩いていても、昼間に墓のに言われたことが、ずっと頭を巡っていた。……先輩のことが好きな気持ちは、何も揺らいではいない。でも、僕は今まで、先輩の背負うものまで考えていなかった。自分の気持ちしか見えていなくて、先輩の心に残りたくて、ただただ必死で。
 かえらなきゃだめだったのかな、と言っていたちいさいのの声を思い出す。ゲタ吉と一緒にいたいけど、それでゲタ吉を苦しませるのは嫌だ、と涙をこらえていた顔も。僕の中にも、ちいさいのと似たような気持ちが疼いている。
 僕は、先輩に守られたい訳じゃない。
 一緒にいたい、笑う顔が見たい、声が聞きたい、……触れて、いたい。
 墓のの言葉は、この望みが危険をはらんでいることを教えてくれた。時間軸を渡ることはできるにしても、先輩には先輩の、僕には僕の世界がある。だから僕にできるのは、きっと『会いに行く』ことまでで、暮らしを共にするのは元より無理だ。
 それならいつか、先輩は、――あちらの世界の誰かを、隣に置くことになるかもしれない。僕だっていつか、そうなるかもしれない。可能性はゼロじゃない。

 そのとき、僕は大人しくしていられるだろうか。
 そのとき、僕は先輩と交わした想いを振り切れるだろうか。

 薄い氷を踏みつけたような気持ちになった。先輩と別れたくない、という願いは叶ったとしても、その先がどうなるのか。望みは確かにつながった、でもその先にあるのは何か? ……人間なら、死が二人を分かつまで、でいいんだろう。何もなくても百年少々で終わる人間なら。
 僕と先輩は、違う。幽霊族の寿命がどれくらいかなんて知らないけど、人間より遥かに長いのだけは確実だ。ずっと一緒にはいられない、長い長い時間――たった半年少々で芽吹いてしまったこの気持ちは、いずれ冷める時が来るんだろうか。

 ざわつくものが、頭の中を次々と流れて行く。とめどなく、全部流しっぱなしにしながら墓地をうろうろしていると、不意に足音が聞こえた。
「ゲタ吉」
 僕と似たり寄ったりの浴衣姿で、小走りに近づいてくる。白い髪が、月明かりの中で柔らかく揺れた。……いつか、僕もあんな風になるんだろうか。
「何か用事でも……?」
「や、……夕飯のとき、少し浮かない顔してたナ、って」
 僕の顔を軽く覗き込みながら、ゲタ吉は笑った。
「昼間、縁側にいたよナ。墓のになんか、変なことでも言われたのか?」
「いえ……、」
 そのまま数秒、黙ってしまったけど――ゲタ吉の気配は変わらない。僕とそっくりだけど、僕より少しだけ先を歩いているひと。
「先輩のことで、ちょっと。といっても、先輩がどうこうっていうんじゃなくて、やっぱり、僕の問題なんですけど……
 抱えた気持ちがこぼれ落ちたのは、きっと、『同じ』だって安心感があったからだ。追い詰めたり、切り捨てたりはしてこないって感じるから。
「このまま行けば、先輩と……今生の別れってことには、ならないで済むだろうなって。でも、よく考えたらそれ、単に『今後も会える』ってだけで……そりゃ、会えないよりはずっといい、んですけど……
「そっか。相手が高山じゃなァ、不安だよナ」
 ゲタ吉はさらりと、僕の混乱しきった内心をかたどってくれた。
 そう、不安――
……高山には、すごい数の仲間がいるよナ。慕われてもいるんだろう。そこに少しだけ入り込むことはできても、ずっと一緒にはいられない。だから、高山の隣に誰かが座るかもしれない。もしそうなったら。……望み続ける自分の気持ちも、一体いつまで続くのか。そんなトコか?」
 僕は黙ってうなずいた。二の句が継げない、一から十までその通りだ。僕の心を読んだんだろうかと思ったけど、そもそも読むまでもないかもしれない。『自分だったらどうするか』って、考えればいいだけの話だろうし。

 下駄の音が鳴る。ゲタ吉の足元は、リモコン下駄じゃなくて普通の下駄だ。
 からん、ころん――
 ゆっくり歩く背中を、僕は半歩遅れて追いかける。

……正直、ナ。俺、お前が高山に近づきすぎると、辛くなるだろうナって思ってた。一度惹かれ始めると、もう止まンないだろお前」
「うん」
 否定しようもない。だから素直にうなずいた。
「それで高山みたいなのに惚れちまって、向こうも同じ気持ちでいてくれるらしいってのが分かったのはいいとしても、だからこそ『これから』が……余計に不安になるだろうナ、って」
……相手が悪すぎたかも、しれません」
「だよナ。時が来たら手を放すって決めておいて、目をつむって、今の状況をしゃぶりつくすってンなら、それが一番楽だけど……そんな選択、できっこないだろ」
 僕のこと以外にも、何か心当たりのありそうな口ぶりだった。でも、それについて深追いする気にはならなかった。ゲタ吉がここに来るまでに失ったモノを思えば、うかつに触れていいことじゃない。
「お前の気持ちは、罪じゃない。……他の誰が何と言おうと、俺だけはそう言ってやるヨ」
 僕の方をくるりと振り向いて笑う顔は、僕にそっくりで、きっと僕の父さんも、人の姿をしていた頃は――きっとこんな顔をしてたんだろう、と感じる。
「だから、高山にもその気持ちを見せてやれ。それで生きる世界がちょっとねじ曲がったとしても、そんなのはねじ曲がる方が悪い」
「かなり乱暴な言い分って気がしますけど……
 言いながら、僕もつられて笑ってしまった。
 気持ちの中のもやが、すっと晴れた気がする。
 ちいさいのと二人がかりで、本当に生きる世界をねじ曲げた『未来の僕』がそう言うのなら――それくらいは、言い張ってもいいのかもしれない。
「ゲタ吉が言うなら、そうなのかも」
「そういうことにしとけ。それでお前が、ちょっとでも楽になるんならナ」
 ゲタ吉の手が、僕の頭をくしゃりと撫でる。その動かし方は、水木さんそっくりだ。手の形は大幅に違うけど――軽く腰をかがめて、ゲタ吉が僕と視線を合わせる。瞳の色は、僕と同じ。
……頑張れよ、沢城」
 ゲタ吉はそれ以上なにも言わなかったけど、僕の髪を懐かしそうに撫でる手は、とても温かかった。