氷紀
2024-08-28 21:17:39
10111文字
Public 迷い込んだ彼らの話
 

誰より特別な約束を

『こうして僕は全部を選ぶことにした』の続き。CPは高沢+若干ゲタ←墓。
新しい約束の話。



 沢城が意志を固めてから、僕の日常は少しだけ変わった。ちいさいのの挨拶回りの他に、沢城に術式のことを教える時間が加わったのだ。
 沢城の願いを叶える為には、どうしても、ある程度まで術のしくみを押さえておいてもらわなくてはいけないから。

 沢城は自己申告通り、大枠で『術』と呼ばれるものについては、ほとんど知らない状態だった。それは、知らなくても生き延びられる程度に強かった、ということだ。非力を補う為に学ばざるを得なかった僕とは、大幅に事情が違う。ある程度まで沢城と『同じ』であるゲタ吉に聞いてみても、あれくらいの年だった頃は、そういうものに触れる必要性はほぼなかった……という。
 同じ『鬼太郎』でこうも違うかと思ったものの、生まれ持った力というやつは、沢城とゲタ吉に共通の、思考の軛のようなものかもしれなかった。
 力あるが故に、その扉が見えない――と、いうこと。

「霊覚、……ですか」
「そう。あのとき『どうするべきか』ではなく『どうしたいか』と沢城に問いかけたのは、結局のところ、霊覚の問題なんですヨ」
 縁側から眺める庭では、ゲタ吉と高山とちいさいのが、ボールを追いかけて遊んでいる。地面にボールを落とさないようにパスを何回回せるか、と挑戦しているらしい。……ゲタ吉と高山はともかく、あのナリでちいさいのがかなり上手い。
 そっちいったぞ、よーし、と響く平和な声を聞きながら、僕は沢城の問いに答えを追加する。
「僕は昔、実に愚かな子供でした。人間に騙されて、陥れられて、何度も痛い目に遭って、なのに戦う力もろくにない。ちゃんちゃんこが無ければ、非力な人間の子供同然で……でも父さんがいてくれたから、大丈夫だった。いつだって父さんが一緒だった」
 僕と沢城の背中では、古い座卓の上に、読みかけの本が数冊積み上がっている。父さんが行方不明になってしばらく、どうも父さんが『時空絡みのことで何かした』と気がついた頃、そのあたりのことを調べる為に入手した本たちだ。
「その父さんがいなくなったから、僕は生まれて初めて、自分の意志だけで『やる』と決めたんですヨ。父さんを追いかけるのに……力も色もない身でも、頭は何とかなるはずだ、ってネ。そこで僕の霊覚が、本格的に目を覚ましたんです」
「それで、術とかそういうのに、すごく詳しくなった……ってことですか」
 沢城の声音はごく控えめだ。
 いなくなった父さんの残した『仮構の地獄』を担えるところまで、僕は独りでたどり着いた。そこまで僕を導いたのは、幽霊族が持つ霊覚だ。話を聞く限り、沢城たちの時間軸では、この概念自体がないらしかった。
「エエ。……霊覚というのを一言で言えば、この時間軸を貫く全ての情報の中から、自分自身と同調できる部分を『既知』にする感覚、でしょうか。直感として知ることもありますし、必要なものが手に入る、のような形で発揮されることもあります」
「ああ……だから、ですか。……自分自身がぐらついてたら、同調するものもぐらついてしまう。だから、『どうしたいか』をしっかり決めなくちゃいけない……
 そういうことです、と頷きながら、僕は沢城の慧眼ついて苦笑した。沢城は外から見えている以上に、頭も回るし勘もいい。ただ、それを他の誰かと共有するのが、あまり得意でないだけで。――やっぱり、基本的なところはゲタ吉によく似ている。
「ゲタ吉がそうだったんですヨ。ここにきたばかりの頃、あいつも『帰らなきゃいけない』って必死でした。でもそれは、『帰りたい』ではなかった。だからあいつの霊覚は、帰るのに必要なものを、この世界の中から探り当てられなかったんです」
「で、そうしてるうちに、ちいさいのが来て……『帰らなきゃいけない』から、『一緒にいたい』に、なったんですね」
「エエ、強烈でしたよ、ゲタ吉の変貌は。確か……ゲタ吉が来てからちいさいのが来るまで、一年くらいだったでしょうか。その間、だいぶ荒れてたんですけどねェ。アレを境に、荒れてる顔はどこかへ消えちまいましたね」
「確かに、荒れてるゲタ吉ってちょっと想像しにくいですね。でも、荒れたくなる気持ちは分かります。ゲタ吉の故郷は、壊滅状態のまま続いてる、って……
「さっき話したことですネ」
 今日沢城に解説していたのは、時間軸の概念とその捉え方だ。引き合いに出したゲタ吉と沢城とちいさいのの関係性について、沢城は話したことをしっかり覚えていたらしい。
「まァ、実際には確かめようもないことで……ゲタ吉とちいさいのが、お互いを選んじまった以上はねェ。僕がどうこう言う筋じゃアないとはいえ、ゲタ吉もちいさいのも、とんだ横紙破りだナ、って気持ちにはなりましたネ」
 話題に挙がっていることなど知る由もなく、ゲタ吉は庭の隅の方で、ちいさいのが高く蹴り上げたボールを頭で軽く受けて弾いた。続く動きは足先、ひょいと高山にボールを回す。器用だ。
「沢城にも、あいつらと同じくらいのことはできますヨ。何せ『同じ』なんですから。ただ……
「ただ?」
 言いかけて口ごもったのを不審に思ったのか、沢城が軽く首を傾げて続きを催促してくる。その動きが本当に、『小さい頃のゲタ吉はこうだったんだろうな』と想像できるモノそのままで、複雑な気分がやってきた。
 同じ根元を持つ存在ではあるけれど、沢城の心の矛先は高山に向いている。ゲタ吉とちいさいのには何も言わずにおきながら、沢城に口を出すのは――いや、でも。

 沢城と高山の関係性については、それこそ僕が口を出す筋じゃアない。
 ただ、……相手が高山だということ、については。

「沢城。きっとお前は、いずれ願ったとおりの力を手に入れるでしょう」
 庭の三人がボール遊びにまだ夢中、つまりこちらの会話は気に留めていないことを確かめてから、僕はやや小声で呟いた。
「その上で、高山と関わり続けるなら、高山の世界に対する振る舞いには、どうか気をつけて。……高山の背負ってるモノは、地獄の鍵だけじゃアない」
「先輩の……背負う、もの」
 確かめるように、沢城が呟いた。
 沢城も沢城で、人と妖怪の狭間で生きる宿命という、非常に重いものを負っている身ではあるが――高山のソレは、スケールがすこし違う。
「元の世界に帰れば、高山は『妖怪の一大勢力の親玉』です。閻魔大王との関わりも深いですし……幽霊族の末裔であると同時に、人間と妖怪、双方の『種族の命運』を握る存在でもあるのが、高山です」
 沢城が、食い入るように庭を――高山を見ている。
 その視線の先で高山は、ちいさいのの足元から斜め上へ飛んだボールに向かって走り込み、大きく飛び上がってその軌跡を変える。程なくして垂直に落ちてきたボールを足先で蹴り上げて、その先にいるのはゲタ吉だ。
「僕には想像するしかない話ですが、高山の世界は、人間と妖怪の間に線を引く、という形でお互いが調和しています。しかし、妖怪側から線を引く力が失われればどうなるか? 更に、人間側から『見えないモノ』に対して、線を引く意識がなくなればどうなるか?」
 ゲタ吉がボールを足で受け、まるい影が垂直に跳ね上がる。
 そしてゆるやかな弧をかいて、ちいさいのの方に飛んでいった。ちいさいのは器用に膝で受け、また高山に向かってまるい影が放たれる。
「現に沢城の世界は、そうなりかかってるでショ。沢城の隣の時間軸で、少し先……ゲタ吉の世界と近い結果につながる片鱗は、もう、沢城の位置からも見えているはず」
……はい」
 少し苦い表情を浮かべながら、沢城は一つ頷いた。
「高山は元の世界で、妖怪側から線を引く力として、非常に大きな部分を担っています。高山自身がどこまで意識的かは、分かりませんがネ……
 沢城は相変わらず、高山を食い入るように見つめている。
 頭の中でどういう考えを巡らせているのかは、僕にはよく分からない。ゲタ吉の考えが、いまいち読めないのと同じように。だから何とか通じてくれと祈りながら、言葉を続ける。
「沢城が、高山と一緒に過ごす時間を持ちたいのは分かりますし、それ自体には良いも悪いもありません。でも、」
 僕はしばらくほったらかしにしていた湯のみを手に取って、軽く唇を湿らせてから続けた。

「高山の世界を乱すことがあれば、それはそのまま全て、高山の重荷になります。……そのことだけは、決して忘れないでくださいネ」

 これを沢城に言えるのは僕しかいない。この世界で、図らずも『時空の墓守』を担う羽目になった――高山と違う形ではあるけれど、巨大な流れの一端に身を置いている僕だけ。しかも沢城に、時空を渡る手段を与えようとしているとなれば尚更、言っておかなくてはいけないことだ。ちいさいのと同種の危険は、沢城にもある。

「高山の世界の住人からすると、沢城の霊力は、ひとつの『個』が持つには……明らかに、過ぎたものです。沢城にその気が無くとも、不和を呼ぶことはあり得ます。関わる範囲には、気をつけて」

 ゲタ吉うけとれー、と楽しげな高山の声が庭に響く。
 それに掻き消されないぎりぎりの声量で、沢城が言った。
「分かりました、でも……だとするなら、先輩を早く帰す方法も、考えた方がいいんでしょうか」
 僕は笑いながら、首を横に振った――本当に、ゲタ吉とよく似ている。
 好きで、大切だと思うから、手を伸ばす。線を越えて踏み込もうとする。結果が薄々分かっていても、自分の想いに嘘がつけない、その強さと危うさ。
「確かに、見つかればいい、とは言えますけどネ」
 だから、僕が線を引いてやれることだけは……とつい考えてしまうのは、やっぱり、ゲタ吉そっくりの気配に引きずられているからに違いない。
 できるだけ重くならないよう言葉を選んで、僕は沢城に答えた。
「高山の先行きは、高山の霊覚の領分ですヨ」
 庭ではまだ、パスが続いている。
 僕と沢城はしばらくの間、三人を眺め続けていた。