ドレロ|ケモノの王

2024.10.12~13 ドレロオンリー公開
とある目的のために無人の島を訪れたローが出会ったのは恐竜─の姿で過ごすドレークだった。二人は互いの目的の達成のために、数日のサバイバル生活を送ることになる。(執筆中)


序.安穏たる昼下がり

 島は静まり返った。迷い込んだエサを監視していた視線や警戒心に満ち満ちていた気配は、蜘蛛の子を散らしたかのように消えている。喉奥を転がすことで響く、低い唸り声も聞こえない。風に揺らされた木々が擦れ合い、ガサガサと乾いた音を鳴らすのが、よく聞こえるようになっていた。空高くでは、鳥も歌っているようだ。
 ローはなんとなくそれらの音に引かれて、顔を上げた。が、大きくせり出した『ひさし』が邪魔をしたので、どんな木が揺れていて、どんな鳥が飛んでいるのかは、分からなかった。代わりに見えたのは、ゆっくりと上下する喉元。前に大きく突き出した下顎の骨の輪郭とそれに沿って肉付けられた筋肉の凹凸。うろこ状の皮膚が、呼吸に合わせて震えている。
 震える、ということは空気が振動し、音が鳴るということ。実際、グルルル……ッと低く唸るような音がずっと頭の上に降っていた。あまりにもそばにあり過ぎて、その音も常ならば異質なものであることはすっかり忘れていたくらいだ。膨れては凹み、膨れては凹み、と空気の往来は一定のペースで繰り返され、それに合わせて音が鳴る。
 ローがその膨らみに手を伸ばし、揺れる肌をさすり撫でるとくすぐったそうに動いた。その反応の仕方は愛玩動物とさして変わらない。触れる感触はどことなく滑らか。クルーのしろくまの毛並みとはまた一味違う、ずっと触れていたくなるような肌触りに指の動きは止められない。唸り声はより潜められ、どこか上擦っているような高らかな音へと変わった。クゥ、クゥ……まるで小さな子犬のようだ。思わずローが「かわいいところもあるよな」と囁きを溢せば、ギャウと鋭く吠えた。独り言のつもりだったが、どうやら聞こえていたらしい。うさぎなどのように目立つ耳を持つわけではないのに耳敏いのは、狙った獲物を狩り取るためであり、外敵から身を守るためなのだろう。
 謝罪の意味をこめて再び顎の下を撫でてやると、今度は喉元からキュウ……と細く高い音を出した。どうにも機嫌が良さそうにしか聞こえないが、追求するのは止めておく。機嫌を損ねられては困るし、追求したとて今の彼に答える術はないのだから。
……寝てて大丈夫だ。その姿と体勢の維持は疲れるだろう? 今くらい休んどかなきゃ、夜になって元に戻ったときに響くぞ。おれじゃあ、おまえのことを引きずるしかないんだからな」
 手を離し、そのように声をかけると、『ひさし』──ローが隠れるほどの大きな頭は、ローの身体の横にゆっくりと下ろされた。同じようにして、大きな身体もドシンと地につけて、縮まって寝そべる。人間で言うところの額に当たるだろう部分を撫でると、鼻孔がふすふすと動いた。ローがその身体に背を預けても、身じろぐことはなかった。
 辺りを一瞥する。先ほどまで感じていた殺気は依然として感じられない。それだけ、自分が今もたれ掛かっている存在は、この島に生息するほとんどの野生生物たちにとっては脅威なのだ。
 視線を下ろすと、体格に比べると少し小さく細い腕があり、その先には鋭い爪が伸びている。これをめいっぱい振り下ろされたら、ローの頭蓋はひしゃげるだろうし、引き裂かれた皮膚の下から鮮血が吹き出し、肉骨がまろび出て、どうにも助かるまい。ローは能力を展開することもできず、息絶えるだろう。
 想像して、少しだけ身の毛がよだつ。目の前にいる生き物──恐竜は間違いなく、ケモノの頂点に君臨する力を備えていることを理解した。
 しかし覚えた寒気を上書きする柔らかな温もりの正体が、己が身を預けているその巨躯であることを踏まえると、実感した感情に対してなんとも倒錯的な現実であるなとも思う。
 それは、例え他を一瞬で葬ることができる力があっても、こいつはそれを自分に対して行使しないと確信を得ているから、に他ならない。
 そう分析すると、どうにも絆されていると思う。こいつも、自分も、お互いに。
 ひさしもとい恐竜の頭が下がったことで見上げることができるようになった空は、澄み渡って青かった。和やかに歌っていた鳥たちはすでに旅立ったのか、その姿はない。風が止んで、木々も随分と大人しくなっていた。聞こえてくるのは、実にささやかな寝息だけ。
 この調子なら安全だろう。ローはそう思って瞼を閉じる。
 真っ黒なスクリーンに浮かび上がってきたのは、男の顔だった。想定外の存在だったローと対面し、驚きに目を見開いた顔をしている。あの表情は、なかなか面白かった。
 意識が判然としていく中、脳は記憶の再演を始めていった。ローとドレークの再会という、偶然の場面に至るまでを鮮烈に─。