氷紀
2024-08-07 19:08:45
10728文字
Public 迷い込んだ彼らの話
 

こうして僕は全部を選ぶことにした

『やがて明けゆく』の続き。CPは高沢+若干ゲタ←墓。
何も捨てたくない沢城くんの話。



 強欲、……確かに、沢城くんの言い分は強欲だ。
 どれかを犠牲にどれかを取るんじゃなくて、全部取りたい、ってことだから。

 僕は何かに殴られたような衝撃を感じていた。世界かお互いか、って選択肢を出してきたのは墓ので、僕はどっちか取らなきゃいけないって思い込んでいた。選ばなきゃいけないんだ、って。

 でも確かに、墓のは考えておいてくれと言っていた。
 僕と沢城くんの意志次第で、手の届く範囲が変わる、とも。
 それは、つまり、こういうことだったのか。

……もう、この際だから話してしまいましょうかネ。実は父さんを持ち出すまでもなく、僕は既に、『特定の魂に時間軸を渡らせる』術を知っています」
 僕が驚きに呑まれて呆然としている間も、墓のは沢城くんに向かって話し続ける。僕も聞いてだけはいた。
「極限まで単純に言えば、複数の時間軸に一時的に橋をかけて、力なり魂なりのやりとりをする、ってやつですネ。根本の仕組みは高山の、地獄の鍵と似たようなモノで……まあ、僕がそのへんいじれるからこそ、地獄の鍵の接続先を書き換える、なんてことができたって話で」
 僕の世界の地獄じゃなくて、この世界の地獄につながるように――あの卵と戦う直前、墓のがやってくれたことだ。
「じゃあ、沢城くんがそれを覚えれば、本当に……?」
 つい声が出た。
 しかし、墓のは首を横に振った。
「僕の術では、渡らせる魂と同じ重さの『何か』を、対価としてこの時空から消失させなくてはいけない。あと僕自身、つまり術者自身を渡らせることはできません。……だからこのままでは、沢城の願いには対応できない」
「え、……帰る手段、今の時点で既に、あるにはあるってことですか?」
 あるのに黙っていたのか、と言いたげな沢城くんの声音に対し、墓のは一瞬だけ目を伏せた。
「そう、あるにはあります。でも事実上、使えない手ですヨ。『鬼太郎』の対価になり得る魂なんて、父さんか、そうでなければ、それこそ同じ『鬼太郎』くらいのものです。……何が何でも、ということなら、ちいさいのかゲタ吉を対価にすれば可能ではありますけど」
 淡々と語っているけれど、その内容はかなり酷い。
 僕はとっさに口を挟んだ。
「残った方に死ぬまで恨まれるんじゃ……
 実際は、恨む、なんて言葉じゃ追いつかないだろう。ゲタ吉が、ちいさいのを害されたときにどういう行動に出るか、僕はよく知っている。たとえ相手が『鬼太郎』だったとしても、手加減するような甘さが残るとは、ちょっと思えない。
 そしてそれは、ちいさいのだって同じはずだ。小さい分だけ、もっと手加減のない行動に出るかもしれない。……そのあたりの想像は、きっと墓のにもできたんだろう。軽いため息とともに、墓のは言葉を続けた。
「ですよネ、よって却下です。同時に、高山を対価にするのも却下です。地獄の鍵が野放しになるのは……という以上に、他ならぬ沢城が望まないでしょうし」
「当たり前です」
 沢城くんが間髪入れずにうなずく。僕も彼の立場だったら、同じようにうなずいただろう。その反応はやっぱり想像の内だったんだろう、墓のは落ち着いた表情で応じてくる。
「となると、それ以外で何とか、ってことになりますが……心当たりはあるンですよ一応。移動する時間軸が三つでいいなら、……あと、誰かを渡らせるのではなく、術者が異動するなら。沢城の世界とここは近いですから、あとは高山のところまで、照準が取れるなら……
 照準、という単語で記憶が瞬いた。
 僕が待つことに決めた248年という時間は、冥王星が同じ位置に巡ってくるまでの時間だ。僕の世界は遠いから、その照準を合わせる為に必要だと――
……ん、あれ?」
 思いついたことがあまりにも単純すぎて、ついでに僕に都合が良すぎて、間抜けな声が出た。でもそれで二人の視線を集めてしまったので、なんでもない、という言葉でごまかす気にはなれなくなってしまった。
「ねえ墓の、照準が問題なんだったら、その照準って僕じゃダメかな?」
「え」
「だって沢城くんは、僕に会う方法を確保しておきたいだけで、……僕のいない僕の世界に行きたいわけじゃ、ないよね? ……だったら、さ」
 沢城くんは深く頷いて、墓のの方に視線をやった。
 墓のは、完全に不意を突かれた顔をして僕らを見て――
 そして、深く深くため息をつく。

……お前ら」

 次に聞こえてきたのは、ため息交じりの、掠れた呻き声だった。何かまずいことを言ってしまったんだろうか。僕の術に関する知識は、父さんやココンから教わったことと、あと蒼兄さんから聞きかじった封印系のものが一通り、くらいだ。墓のには到底及ばない。だから僕はもしかすると、ものすごく非常識なことを口にしたのか?
「駄目、なんですか?」
「いや、駄目ではない……というか、むしろ大アリなンですけど、……高山も、うーん……
 何か明後日の方向を見ながら、墓のは再び小さく呻いた。
「いや、まあ……僕が言うこと、ではないか……うん、ないナ……
……えー、と?」
 沢城くんが戸惑ったような表情を浮かべている。その困惑の視線を受け止めて、墓のの咳払いが二つばかり響いた。
「と、とにかく。沢城の意志は分かりました、あと高山の希望も。二人がそう願うなら、そちらへの道をつなげるのが僕の役目です。……ただそうなると、どういう術式を組めばいいのか、一から考えなくてはいけません。めちゃくちゃ手間かかりますし、場合によっては道具の類も必要ですし……問題は沢城の時間制限ですネ」
 やっぱりそっちの問題は残るか。沢城くんの父さんが、沢城くんをあきらめるまでの時間は、果たしてどれくらいなのか。
 僕と墓のが何か言うより早く、沢城くんが口を開いた。
「父さんが理由で僕が帰れなくなるんだとしたら、それは、父さんが僕の命をあきらめた場合、だと思います。といっても、五年や十年であきらめるような父さんじゃないでしょうけど……
 僕と墓のは、つい顔を見合わせてしまった――沢城くんは、あの地下の部屋での話は知らないはずなのに。
「そう、なの?」
 どう反応したものか。墓のも判断に迷ったらしく、根拠は、という問いだけが、辛うじて言葉になった様子だった。
 沢城くんの表情は、凍ったように動かない。
「僕は前に一度、妖怪を殺す銃弾で、頭を撃たれたことがあります。それで、……酷く真っ黒な気持ちに潰されて、あらざるの地に吸い込まれて……僕は、全てを忘れて閉じこもってしまった。仲間のみんなのお陰で、何とか、帰って来られたんですけど。……大事な友人の記憶が、引き換えになりました」
 沢城くんの言う『あらざるの地』が何なのか、僕の知識にはない。でも――墓のの表情が凍り付くのを見て、相当ろくでもないやつ、ということだけは察しがついてしまった。
「まあ、僕のことはともかく。父さんが僕をあきらめるくらいの状態って、僕があらざるの地に吸い込まれたときと同じくらいの、深い絶望だと思うんです。そうなると、父さんが時間軸に干渉する力を持っているなら」
 ちゃぶ台の上に置かれた湯飲みの水面が、微かに揺れた。沢城くんが握りしめた手の震えが、伝わったからだった。
「父さんは、あの世界の時間軸そのものを拒絶するはずです。全てを否定して、……『鬼太郎が消えた事実』を否定できるところまで、時間を戻してしまうかも」
 ほんの微かに、沢城くんの表情が変わる。怖れているような、悲しむような、その実、本当は――父さんに深く愛されている確信を込めて。
「ちいさいのが、元の世界で生きることを拒んだように。ゲタ吉が、元の世界へは帰らないと決めたように。……僕があのとき、全ての記憶を拒絶したのと、全く同じように。僕の父さんはきっと、『倅のいない世界』を拒絶します。そうなったら、今ここにいる僕は、帰る先がなくなってしまう」
 墓のは苦笑しつつ、卓上の湯のみをとって唇を潤した。
 続くのは、優しい苦笑を込めた声。
「あまり慧眼なのも考え物ですネ、沢城」
 沢城くんが、推測だけで完全に正解を言い当てたこと対する褒め言葉……というには、あまりにもいたわりの色が濃い口調だった。
「でも、今の話で、沢城の魂に因果律をねじ曲げるくらいの力が秘められてることは、はっきり分かりました。それならもう、想定していたよりはずっと簡単に、……行けそうですねェ。それでも年単位は覚悟ですけど……
 墓のの低い呟きは、もう、目標を捉えたときのソレだった。
 沢城くんもはっきりと視線を上げて、答える。
「僕にできること、教えてください。……魂を賭けたっていい」

 その横顔は、やっぱり――とっても、きれいだ。