氷紀
2024-08-07 19:08:45
10728文字
Public 迷い込んだ彼らの話
 

こうして僕は全部を選ぶことにした

『やがて明けゆく』の続き。CPは高沢+若干ゲタ←墓。
何も捨てたくない沢城くんの話。



 僕と先輩とちいさいのと墓の、四人が朝食を済ませて、日がだいぶ高くなっても、ゲタ吉は起きてこなかった。かなり深めに術をかけたんで、と墓のは言っていたから、それは仕方のないことなんだろう。しかしちいさいのは、それを聞いてもゲタ吉の側に行くと言って――はいないけど、朝食の席でもそわそわと落ち着かず、隙あらば離れの方角を見つめているとあっては、その本音がどこにあるかなんて、分からないはずがない。
 結局墓のが、ちいさいのにおやきを三つと、戸棚に残っていた缶入りの緑茶をひとつ持たせて、離れの部屋に連れて行った。

 程なくして母屋に戻ってきたのは、墓のだけだった。
「今やっと起きたみたいですけど、あの分じゃ、挨拶回りは今日も延期ですねェ」
「本当に、ゲタ吉大好きだよな、ちいさいの……
「マ、挨拶回りといっても、そこまで急ぐことじゃアないですから、いいんですけどネ」
 苦笑しながら居間で茶を啜る墓のに、先輩もつられて苦笑していた。僕は二人の湯のみにお茶をつぎ足して、座り直す。
「急ぐこと、といえば。……墓の。前に言ってた、僕の帰り道のことなんですが」
 墓のだけでなく、先輩も顔色を変える。
 いきなりすぎたかな、とはちょっと思ったけれど、でも早い方がいいと言ったのは墓のだ。
 ちいさいのの想いと先輩の言葉が導き出してくれた、僕の答え――だけど言葉にする前に、いくつか確かめたいことがある。僕の想像が合っているか否か。
「僕は……いずれ帰れなくなるときがくる、って言ってましたよね。それ、ゲタ吉とちいさいのも同じなんでしょうか」
「あの二人には、不可逆地点はありません。より正確には、かつてはあったが、今この時点では既に失われてしまっている、と言うべきでしょうかネ」
 遠回りな言い方だったが、僕が確信するには充分だった。
「ということは、やっぱり。……その不可逆地点を握っているのは、『父さん』、ですね」
 墓のは一瞬、明らかに表情を強ばらせたけれど――完全な沈黙はまずいと思ったのか、小さな声で、そのとおりと呟いた。
「しかし、何故それを……
「単純に、僕にあって、あの二人にないもの、と考えただけです。ちいさいのの父さんは『消された』って話ですし、ゲタ吉も……元の世界で父さんが生きていたのなら、ちいさいのの手を、あんな風に迷いなく取れるわけがない」
 ゲタ吉と小さいのは、根元は僕と『同じ』だ。だから僕は確信を込めて言い切った。僕ならどうか、と考えればいいだけだったから。
 先輩が、納得した、という風に表情を動かした。墓のも湯のみの茶を一口啜って、先輩と同じような調子で息をつく。
……なるほど、そういう」
「僕は術とかそういうの、全然分からないですけど……でも、墓のに言われてからずっと、そもそも何でこの世界に飛ばされて来たんだろうって考えてて、それで……少し確かめたいことがあるんです。先輩にも」
「え、僕にも?」
 居住まいを正す先輩に向かって、僕は小さくうなずいた。
「はい。……まず先輩に聞きたいんですが、元の世界で、どこかの社の封印を直している最中に、ここに飛ばされてきた……って言ってましたよね?」
「うん、蒼兄さんに頼まれたんだ。旧い水神の社で、暴れる気配はないけど、封印がほころんでて……でも今自分は手が回らないから、直しておいて欲しいって言われたんだ。それで、その封印を直している間に、その社全体が何か別の空間につながった、って気配があって……そう、そこで、変なものを見たんだ」
「変なもの?」
 墓のの問いかけ。僕にはもう、先輩の答えが予想できている。
「遠くの夜空を、右から左へ横切っていく汽車……機関車だよ。大きくはないけど、すごく古い感じの。なんで水神の祠にそんなものが、って思ってるうちに、目の前が真っ暗になって、で気がついたらここに来てた」
 やっぱり、同じだ。
 僕はそっと墓のに視線をやった。いつもの、にらみ上げるような目に驚きの色が浮かんでいる。……何か心当たりがあったのか。
「僕も飛ばされる直前、古い機関車が右から左へ走っていくのを見ました。ただ、僕は遠くの空じゃなくて、一つ向こうのホームくらいの距離でしたけど……なんで機関車なのかは分かりませんけど、きっと先輩と僕は同じモノを見たんでしょうね。……それで、先輩が封印を直しにいったのは、水神の社で間違いないんですよね?」
「うん、それは間違いない。蒼兄さんの指定だったし、父さんもそう言ってた」
「ですよね……
 一秒だけ時間をかけて、考えをまとめる。
「僕と、ちいさいのと、ゲタ吉のお義父さん……あと墓のの養父の水木さんも、死因は水神の力に呑まれたこと。これも、間違いありませんよね?」
……ええ」
 墓のの声が、珍しく固くなっている。僕は構わず続けた。
「今ここにいる五人の『鬼太郎』、それぞれ近い時間軸であればあるほど、元の世界で体験する物事も似てくるはずです。『人間の養い親を水神に奪われる』体験をしていないのは先輩だけ、だとすると、時間軸同士の距離はきっと、先輩は少し遠くて、墓のと僕はかなり近くて、ちいさいのとゲタ吉は僕と重なるくらいに近い、ってことになりますよね? 見えた機関車の距離からしても、先輩は遠いはず……
「まあ、そうだね」
 先輩が軽く頷いた。
「沢城くんたちと違って、僕は水神には特に深い因縁がない。だけどあのとき、封印が解けかけてる水神の社に行ってたわけで……少し遠いところを、水神が『繋いだ』のかなって気はする。何となくだけど」
「あとゲタ吉は、『ゲタ吉の父さんの力で墓のの世界に飛ばされてきた』って前に言ってました。となると、僕の父さんも、ちいさいのの父さんも、何かしら時間軸に干渉する技を持ってる……または持っていたはずで、僕らの世界と『近い』墓のの父さんも、何か時間軸に干渉する手段を持っていた可能性が高い、と思うんです」
「昨日もだけど……ずっとそんなこと考えてたの、沢城くん」
 湯のみの水面を見つめながら、僕は小さく頷いた。
 どうしても捨てられない望みの為に、抜け道を探して、考えて――墓のは少し興味深げな声音で、問いかけてきた。
「僕もそう思います、ゲタ吉の父さんの一件がある以上はネ。……それで、その『父さんの力』が、沢城は気になると?」
 僕は手元の湯のみから視線を上げて、その言葉に応じる。
「結論を言えば、僕も同じ種類の力が欲しい。ただ元の世界に帰るんじゃなくて、時間軸を渡れる力。……どこへでも自在にとは言いません、先輩の世界と僕の世界と、あと可能なら、今いるここ。この三つの線を渡るのだけで、構わないから」
 先輩が、思い切り生きを呑むのが聞こえた。
 大きな目をまん丸に見開いて――その顔を、かわいい、と言ってしまったら失礼だろうか。気持ちはそっと胸の中にしまって、僕は墓のに向かって続ける。
「僕は、……帰らなきゃいけないって思ってます、今でも。でもこのまま帰ればもう、先輩とは二度と会えない。だからどうしても、心から『帰りたい』とは言えなくて……だったら、先輩にいつでも会いに行けるようになっておけば、心置きなく帰れる、って」
「さわ、そんな、ええ……?」
 珍しく、混乱して絶句する先輩を余所に、数秒口元に手を当てて考えた墓のは、やがてぽつりと呟いた。
「一理ありますネ」
「だって、ちいさいのがそうでしょう? ちいさいのは望めば帰れたはずです、でもゲタ吉と一緒に生きたいと願って、その通りになったんです……墓の、言いましたよね。究極的なところ、僕が何を願うかだ、って」
 あの、朝の縁側で聞いたこと。
 墓のが出した選択肢は、帰るか、残るか、先輩と一緒に行くかの三択だった。でも絶対に三つから選ばなくちゃいけない、とは言われていない。あのときの墓のに出せる選択肢が、その三つしかなかった、というだけだ。
「ちいさいのが、大切な誰かと生きたいって願いを叶えられるなら、僕にだってできるはずだ。そのための方法だって、『父さん』たちがそういう技を持っていたなら……きっとどこかに、あると思うンです」
 いつか父さんが言っていた――僕の持ってる霊力は、父さんよりずっと強い、って。それは、父さんより強かったお母さんの血がもたらす力だという。
 もちろん、本当にそうだという証拠はない。父さんは目玉の姿だし、僕にお母さんの記憶はほとんどないから。でも僕の霊力が父さんより強いのが本当なら、父さんに使えた術なら、僕にだってきっと使えるはずなんだ。
 祈りを込めて、言葉を続ける。
「僕は、自分からも先輩からも、お互いの世界のみんなからも、誰からも何も奪いたくない。……奪わないまま、叶えたい」
 言い切った僕に、二対の視線が飛んでくる。
 墓のの冷静な目と、驚愕の下にいろんな感情をにじませている先輩の目と。
 やがて、口を開いたのは墓のの方だった。
「そう来ましたか、沢城」
 墓のは笑っていた。穏やかな笑顔は、本当に珍しい。
……確かに、ソレをやるなら沢城の方ですね。高山ではなく」