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ぶたたけ(名もなきルビコニアン)
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序 チャーリー・ゴードン・アルツハイマー・シンドローム
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同じ背丈のファイルと勲章が納められたラックの中央、メッシュ生地のエルゴノミクスチェアに座り、彼は待っていた。
「来るのが遅過ぎますよメイナード。診断終了から16分もかかっています」
スネイルはタブレットから目を離す事なく言った。
「 診断が終わった時間も把握してるの?」
「 当然です。時間は希少ですからね、特に私の時間は」
デスクに置かれたニュートンのゆりかごが、カチカチと規則正しい音を立てている。
神経質な弱者の砦。
ホーキンスが彼のデスクのことをそう呼んでたのを思い出す。
規則正しく振り子がぶつかる音が彼の刺々しい威圧感をより強くさせている。
「産業医から話は聞いています」
「その事なんだけど
……
」
「本日この時より貴方は除隊扱いとなりました。寮にあった荷物は既に貴方の住居に配送済みです。異動先は追って連絡します。話は以上です。即刻ヴェスパー本部から退去するように」
僕の話を遮って、話を終わらせたスネイルは手に持つタブレットを手早く操作した。
「貴方のヴェスパー登録IDは削除しました。このまま居座るつもりなら侵入者として排除します」
「
……
君は僕の話は聞いてくれないの?」
取りつく島もない。
何も言わせてくれないスネイルに痺れが切れる。
スネイルが初めて僕の目を見る。
「ACも操縦できない犬の意見など聞く必要がありません。部外者は消えなさい」
「でも
……
」
呟いた瞬間スネイルが僕を睨んだ。
最後通告だ。
ここから離れるのは寂しい。
でも、これ以上は居ちゃいけないみたいだ。
「
……
わかったよ」
カチカチと鳴るゆりかごの音に急かされて、僕はスネイルに背を向ける。
出口のドアが自動で開く。
部屋を出よう、思ったその時、僕は思い出した。
……
ジャケット。
会社支給のジャケットを着たままだ。
これ、返さないといけないのかな?
「スネイル」
「なんですかメイナード、これ以上貴方と話す必要は無いと言った筈です」
「このジャケットなんだけど
……
もらっちゃダメかな?」
彼がため息をつく。
メガネのブリッジに指を当てて呆れた顔をしているが、駄目というつもりは無いらしい。
「
……
それくらいならば許可しましょう、お疲れ様でした、メイナード」
「今までありがとう、スネイル」
僕はスネイルに頭を下げる。
「貴方は無能の割にはそこそこ使える人間でしたよ。」
「それって褒めてくれてるのかな?」
そう言った途端にスネイルの眉間の皺が深くなる。
照れ隠しとうざったいから早く帰れ、多分そのどっちも。
君は攻撃的で冷たいけど、ほんの数ミリの優しさは持ってるんだ。
「じゃあね、スネイル」
軽く彼に手を振る。
彼は僕のことは見なかった。
さようなら、スネイル。
さようなら、ヴェスパー。
心の中で唱えながら、デスクから出る。
もう、2度と通ることはできないから、僕は出来る限りゆっくり廊下を歩いて外へと向かった。
ヴェスパーに入ってから3回しか帰らなかった我が家。
どこにあるかも思い出せなくて、ナビを使って家路に着く。
通る道は全部知らない道だ。
愛しくもない家に帰るのって寂しい。
同じ規格で建てられたコンテナハウスの規則正しい配列を一つ一つが目に入る。
家々は規律があるのに、僕はカオスだ。
今まであったヴェスパーの肩書きも生活も、整列する家達の中には無い。
規律を失った僕だけが此処にいる。
ナビのアラーム音が鳴る。
目的地に着いたみたいだ。
ル・コルビジェのモダンデザインを何十回もリサイクルしたような白い四角の家。
そんな無個性な家の前に白い封筒が一枚落ちていた。
僕は封筒を手に取り宛名を見る。
ヴェスパー本部からだ。
僕は封を破いて、中身の紙を開いた。
『定期診察の案内』
指定された病院の住所が書かれた書類と紹介状が入っている。
その他には何もない。
手紙を片手に、スチール製の白いドアを開ける。
暗い部屋の中には家具ほとんど無い。
パイル材のテーブルと椅子。
テレビ、冷蔵庫、それだけ。
きっと寝室にはベッドしかない筈だ。
ただいま、僕。
おかえり、僕。
見慣れない、冷たい家の中を横切って、僕は寝室を目指す。
今からすること、寝ること。
これからの予定、定期通院。
それだけ。
何もない未来が怖くて、ジャケットも脱がないまま僕はベッドに潜り込んだ。
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