不破
2024-07-28 20:23:10
5398文字
Public 空戦
 

#22




 『カノープス隊は2番ハッチから発進。その後シャウラ隊、1番カタパルトから順に発進します』

 広いカタパルトのデッキに立ち、手にした槍の感覚を確認するようにしてぐるりと持ち直すと、隣の2番ハッチのデッキへと目をやる。
 こちらと同じ広いデッキに2人だけの人影。先頭に立つ少し小柄な女性、ニオ・ダヴェンポート少佐。チョコレートのような明るい茶髪には緩やかにウェーブがかけられており、映山紅の花のような色の目がよく映えている。凛とした雰囲気の立ち姿は、彼女の在り方を表しているようだ。彼女も興味を惹かれる若者の1人ではあるが、それ以上に興味――というよりも好奇心か?――があるのは、その後方に立つ人物だ。
 腰に差した刀の柄に左手を掛け、気怠そうな雰囲気で立つ男。鴉の羽のような艶のある黒髪、その奥の左右で色の異なる眼に見た異形のなにかの正体に、ウメは興味がある。

『カノープス隊、発進して下さい』

 と、通信から響いた管制官の声に、ブーツ型のサテライトで浮かび上がったニオが加速し、ハッチの向こうの空へと躍り出る。続いてボード型のサテライトを加速させたフュゼがハッチから飛び出していく。

『続いてシャウラ隊、シャウラ1、カタパルトに接続。推力正常、シャウラ1、発進を許可します』

……了解。シャウラ1、発進する』

 管制官の声に従って大きなレールごとカタパルトに接続されていくシャウラ1の機体に手を振り、続けてレールごと1つ上層のカタパルトに上がっていくシャウラ2の黒い機体を振り返った。
 彼は持ち合わせた魔術によってその存在の認識を阻害する。それは敵や味方に関わらず発動するため、共に出撃する味方はシャウラ2の機体を端末に登録し、意識とIFFに同期することで、その存在を把握している。ゆっくりと上っていく機体を見やりながら、そのコクピットに座す人物に視線を向ける。殺し屋としての仕事に失敗したばかりのアレンに少しだけ目を細めて笑むと、アレンはくたびれた調子で肩を竦めて返してきた。

『シャウラ2、出ます』

 アレンの声が響き、カタパルトの作動音が聞こえてくる。響くエンジン音が遠ざかっていき、続けてセシアの機体がカタパルトへとせり上がっていく。うら若い少女が戦いに身を投じるのは本意ではないが、せめて無事に帰ってこられることを祈る。彼女は聡い子だ。機を読み違えることはないだろう。

『シャウラ3、発進します』

 カタパルトの作動音に続いて、同じようにエンジン音が響いて遠ざかっていく。それを耳にしながら、ブーツ型のサテライトで浮かび上がる。

『シャウラ4、進路が確保されました。発進どうぞ』

「案内をありがとう。了解した。シャウラ4、行ってくるよ」

 サテライトで加速し、滑るようにしてハッチから飛び出した。青い空に躍り出ると、速度を上げながら上昇し、自分が飛び出してきた都市を振り返る。
 アムステルダム。巨大な水路を有する、メルゼブルクの西側に位置する都市だ。自分達はその都市の防衛のために駆り出された。接近してきているらしいウィンズレット軍の第12艦隊を遠目に見ながらも、高度制限の解除を告げた管制官に「了解だ」と返し、高度を上げる。

『こちら、AWACS早期警戒管制機、”ハウメア”。これよりアムステルダム防衛に置ける通信管制を開始します』

 やや緊張した声色の声が響く。出撃前のブリーフィングにオンラインで参加していた少女だ。新兵であるものの、軍学校の在籍中に航空管制官の試験に合格し、非常に優秀な成績を収めたらしく、正式配属と同時に新型のAWACSを任されたらしい。

『カノープス1よりハウメアへ。期待しているわ、失敗を恐れずお願い』

『はいっ……!』

 ダヴェンポート大佐の優しげな言葉に答える少女――たしか、アールステット軍曹と名乗っていた――の声に小さく笑みを浮かべながら、ウメはHUDで展開した端末に向けて口を開いた。

「さて! 先陣は私と黒鳥君だったね!」

 サテライトの速度を上げながら言い、手にしている槍をぐるりと翻す。敵の飛空艇から出撃してきた数多の空兵がレーダーに赤いマーカーとして表示され、その数に笑みを浮かべる。
 さすが、ウィンズレットの物量は桁が違う。些か骨は折れるかも知れないが、それでこそだ。通信の向こう側から短く不愉快そうに息を吐く音が聞こえたが、ウメは躊躇うことなくサテライトの速度を上げる。

「一番槍は頂くよ!」

 正面から迫る敵兵達が銃を構えた。サテライトで飛行している空兵に対して銃が無意味であることは彼等も承知のはずだ。その上で銃を構えるというのなら、それに意味があるということ。常磐色の目を見開き、笑みを浮かべたウメは即座に身を翻した。響いた銃声とともに放たれたのは弾丸ではなく熱線。炎を凝縮して撃ち出す魔術のようだ。それを飛び越えるように急上昇して回避しながらも、槍を大きく振り上げて敵兵へと襲いかかる。飛び込むように槍の切っ先で敵兵の心臓を一突きにしながらも、視線を次の標的へと移す。鮮血を散らしながら引き抜いた槍を翻し、急迫してきた敵兵が振り上げた剣を迎撃する。金属音が響き、遠心力を乗せた一撃に敵兵が空中で体勢を崩したところへ翻した槍の石付きで突き掛かり、そのまま後方へ投げ飛ばす。

「さあ! 上げていこうじゃないか!」

 と、翻る槍を両手に握り直し、己の魔術を発動して加速しようとした瞬間だった。猛スピードで黒い影が上空から急降下して過ぎ去り、目前に迫っていた敵兵が目にも止まらぬ速さで斬り裂かれた。そのあまりの速度に、諸共に斬り裂かれた敵兵のサテライトが爆炎を上げるのに一瞬を要したようにさえ見えた。

「は……?」

 過ぎ去っていった黒い影。巨大な鳥と見紛うようなそれが、自らが黒鳥と呼ぶ人物だと理解できたのは、遥か下方でサテライトに着地した彼が旋回して上昇を始めた辺りだった。

「ははあ……名は体を表すとはこのことだね」

 言いながらも、自らの魔術を発動する。水を身に纏うようにして自らの両足を魚の鰭へと変貌させる。長く伸びた白い髪を払い除け、空中を泳ぐようにして加速し、手にした槍で敵兵を正面から貫く。
 黒鳥。バックハウス中将が口走った黒い鳥という響きを気に入って勝手にそう呼んでいるが、暗殺者アレンを差し向けられた上でけろりとしているところを見ると、相当な手練れで間違いない。しかし、あの身のこなしは洗練された剣士のそれというにはあまりに逸脱しており、かといって、狂乱する戦士のそれというにも、あまりに無駄がない。近いものがあるとすれば暗殺者のそれだが、暗殺者のような血の通った冷徹さはない。

……君はどう思う? ウィンズレットの空兵君。あの黒い大きな鳥がどのような類の勇士なのか、気にはならないかね?」

 槍で貫いた敵兵に顔を近づけて問いかけながら、敵兵の目を誘導するように自らの視線を動かし、かの黒い大きな鳥へと向ける。
肺を貫かれている敵兵は上手く呼吸が出来ないらしく、肩を上下させながらも歯噛みし、こちらに視線を戻して嗚咽とともに吐き捨てた。

「魔女め……!」

憎らしげにこちらを睨み、ぎりぎりのところで吐き捨てられた言葉にぽかんとした表情を一瞬浮かべるも、ウメはすぐにサングラスの奥の目を見開いて笑み、敵兵を貫いたままの槍を引き抜き、身を翻して水で形成された尾鰭を振り上げ、敵兵の頭目掛けて振り下ろした。