あつき
2024-07-23 00:50:12
14275文字
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退治人は吸血鬼に泡沫の恋をするか

片思いのロくんが三十年後の未来に唆される話。安心安全のハッピーエンドです。




三度目の好奇心に駆られた時、覗くのはこれで最後にしようと思った。未だにドラルクとはただの同居人。期待させるような未来にすがってばかりいたら、精神衛生上宜しくないと気付いてきた。
覗いた先には、やはり事務所。でも、リビングじゃなかった。ここは……予備室? ベッドが置かれていて今より部屋らしくなっている。そのベッドの上に、二人は居た。縺れ合うように、笑いながら抱き合っている。やがてドラルクが上になり、ロナルドにキスを落として服に手を掛ける。ロナルドは抵抗なく受け入れて、もどかしそうにドラルクの服も脱がしに手を伸ばす。
ロナルドは結局最後まで見守ってしまったが、あとはお察しというか、コンプラ違反というか。

……分かってた……分かってた!!」

(今までの流れで何となく想像はついていたけど、やっぱり最後まですることしてるじゃん? なのにあのクソ砂まじ訳わかんねえ後でカンストするまで殺す!!)

「しかも、俺が下なのかよ!!」
これも薄々察しはついていた。ロナルドがどんなに妄想をしても、ドラルクをリード出来る想像はつかず、押し倒すことは出来てもその先が続かない。逆に組み伏せられる自分なら容易に想像できてしまうのだ。しかし改めて映像で見せつけられると中々の破壊力があった。

未来の自分のセンシティブな面を覗いてしまった複雑な心境で、ロナルドは決意する。
そうだ、まだ諦める訳にはいかない。ロナルドは肝心な言葉を伝えていないのだ。拒否されるのが怖くて無意識に避けていたが、ここまで未来に後押しされたら恐れるものもない。

あんな熱の籠った瞳でキスをしておきながら忘れろなんて、随分と虫がいい話だ。ロナルドが素直に聞いてやる義理も道理もない。
見てろよクソ砂、とまるで果たし合いに赴くような勢いで、ロナルドは息巻いた。

****

遅い夕飯が終わり、いつもなら各々したいことをして過ごす時間にロナルドは切り出した。
「なあ、どんな気持ちであの時俺にちゅーしたんだよ」
「はあ!?」
明日の料理の仕込みをしようとしていたドラルクが、危うく包丁を取り落としそうになる。
「危ねえ。下に落ちたら床が傷付くだろ。賃貸だぞ。気を付けろよ」
「先に私の心配をしろ!」
「お前怪我しねーじゃん」
ドラルクは憮然とした表情で肯定する。
「確かにそうだが。……気を付けろだと? どの口がいうか。ジョンは出掛けて居ないがキンデメさんもいるリビングで話す内容じゃないだろ」
件の金魚は巻き込むなといわんばかりに背を向けて水中に漂っている。ため息をついたドラルクは包丁を置き、エプロンを外す。
「話が長くなるなら、予備室で話そう」

ぱたんと扉を閉めれば、しんとした殺風景な室内にまるで世界に二人だけのような錯覚を起こす。
「先程の台詞、そっくり君に返してやる。どんな心境で君はあんなことをしたんだ」
ねめつけるように、どこか挑戦的な視線を真正面に受ける。その挑戦状は、ロナルドも望むところだった。
「ドラ公が好きだから」
誤魔化しも回りくどい言い方も、もはや必要なかった。万華鏡で見た映像は、望むなら自力で手に入れろと未来からの託宣だ。不意を付かれたようなドラルクの表情に、胸がすく思いだった。
「ずっと好きだった。本当は言うつもりなんてなかった。でも諦める前に、俺はお前が好きだということを知って欲しかった」
不完全燃焼で燻っていた想いは、もう燃え上がるようにロナルドの胸を焦がしていた。後戻りは出来ないが、後悔はしないつもりだ。ドラルクからの愛を貰えなければ、この想いは自分が大切にしなければ誰が守ってやれるのか。もう好きだったことを否定したくない。夢幻などではなく、確かにここにあったのだとこの恋を認めてやりたい。
「少し前にくれた万華鏡を覚えているか? あれ、本当に未来が見えたんだ。年を取っても、お前と一緒に暮らしている未来だった。それをみたら、欲が出た。ドラルク、俺はお前との未来が欲しい」
ドラルクはまさか告白されるとは思っていなかったのか、こちらを見つめたまま動かない。返事が来ないので、ロナルドは更に煽るように言葉を続ける。
「お前はどうなんだよ。忘れろったってそうもいかねえんだわ。そんな随分と都合のいい話ないだろ。……俺をからかったのかよ?」
そんなことは無いと、確信した上で少し意地悪を言ってみる。
「違う!あれは……
言い淀み、赤の瞳を揺らしたが、ドラルクも覚悟を決めたようにロナルドを見据えた。
「君がキスをしてくれたことで、私も気付いてしまった。ロナルド君が好きだとあの時自覚したんだ。君が欲しいと衝動的に、唇を重ねた」
ドラルクからの素直な言葉に、ロナルドは自分でも頬が火照っているのが分かった。
「じゃあ、なんであの時逃げたんだよ」
「好きになったら、駄目だと思った。吸血鬼の執着心は君も知っているだろう。一度欲したら、君の心も、身体も、その血はもちろん、人間としての生の後も手に入れたくなってしまう。この牙を君の体に打ち込み、同胞として悠久の時を共に生きたいと願ってしまう。だから、忘れて欲しかったし、忘れようとした」
ロナルドは呆気に取られて話を聞いていた。
ドラルクとの未来が欲しいなど烏滸がましいと思った自分より、よっぽど目の前の吸血鬼の方が強欲だった。
何だか可笑しくなって、ロナルドは、ふへ、と笑ってしまう。
「お前、俺の人生を二度も欲しいのか? いや、この場合は人生と吸血鬼生? まあなんだっていいや。随分と欲張るじゃん?」
にやにやと笑うロナルドに、怒り心頭といった表情で牙を見せてドラルクは声を荒立てる。
「笑うな若造が! こっちは真剣なんだ」
憤慨する吸血鬼がやけに愛しかった。そんなに求められているなら、ロナルドは自分の想いを言葉に乗せて応えるだけだ。
「分かってるよ。そんなの、覚悟の上だ。心はもう手遅れだし、体はまあ……俺だってそうだしな」
「えっ、ちょっとそこのところ詳しく……
興奮気味に近づいてくるドラルクを、殴って砂にして黙らす。
「最後まで人の話を聞けやドすけべ砂おじさん。あと血は……まあお前がどうしてもって言うなら、考えてやらないこともないぜ?」
にかっと悪戯めいた笑みを見せるロナルドは、ドラルクの頬をかっと上気させた。
「最後の……要は転化の話だろ? 今の俺はそれだけは首を縦には振れないな。お前も言った通り、人間としての俺は死んでしまうってことだからな」
ロナルドの一存で決められることでは無いし、今考えても結論はすぐ出せるものではない。
「だから、お前が本気ならさ、何年でも俺を口説いて説得してみろよ。話はそれからだ。三十年くらい経ったら俺も折れるかも知れないぜ?」
顔を赤くして二の句を告げないドラルクに、ざまあみろと笑ってみせる。万華鏡の未来のロナルドは、おそらくまだ人間だった。でもその先は分からない。泡と消える予定だったロナルドの恋心が今も確かにあるように、人の心は良くも悪くも、移ろいゆくものだから。
ようやく言い返す気力が戻ってきたのか、ドラルクはロナルドを憎らしげに眉を寄せてにらむ。
「大口叩いたな青二才。その言葉、忘れるなよ。私無しには生きられなくなって、懇願して頼むようにしてやるからな」
「望むところだ、クソ雑魚吸血鬼おじさん。せいぜい足掻いてみせろよ」
想い合っているとは思えない可愛げない応酬だが、それが自分達らしいのだろう。
その時、パキッと、ロナルドのポケットから何かが割れる音がした。
それはドラルクの耳にもはっきり聞こえたらしく、何の音かと目をすがめた。取り出してみれば、ドラルクに返そうと思ってポケットにしまっていた万華鏡にひびが入り、割れてしまっていた。
「忠告したのに、まさか本当に壊すとは。ゴリラは手加減を知らんのか」
「俺じゃねえ! 今何もしてないのお前も目の前で見てただろが」
「うーん。御祖父様に聞いてみるか」
タタッと素早くメッセージを打って送信すれば、ピコンと秒で返事が返ってくる。
「早すぎてこわ。お前のじいさんやっぱ未来が見えるんじゃないか?」
「やめろ。あながち否定出来ないところが恐ろしいだろ」
液晶画面に表示された返事を覗き込む。

『万華鏡は、見た未来が確約されたら壊れるよ』

ドラルクの悪い顔色が更に青ざめて、明らかな動揺を隠しもせずロナルドを見る。
「やっぱり恐ろしい副産物があるじゃないか! 見た未来が良いものなら問題ないが、悪い未来ならどうする!! おい若造、見た未来を詳しく話せ!!」
狼狽するドラルクに、ロナルドは真っ赤になって固まった。
……おい、どうした。言え、何をみた。」
「いや、言ったろ? 俺たちが一緒に暮らしてたって。ただそれだけだ」
ロナルドが見た未来は、どれも大したことはない。ただ二人が仲睦まじい様子を見せつけられただけのこと。
あれが確定した未来だと知れば嬉しさはあれど、どうにもむず痒く、気恥ずかしい。特に三回目に見た二人のことを思い出すと、体が火照って仕方なかった。
そんなロナルドの顔色を見て何かを察した吸血鬼は、意地悪く牙を見せてにやりと笑う。
「ほう。それで? 洗いざらい話すまで、今夜は寝れないと思え」
「ばっっ……!! どういう意味だよ! 変なこと言うんじゃねえ!」
「逆にどういう意味だと思ったのかね?」
いつの間にかズリズリと壁際に移動していて、膝の間に細い足が入り込み、両手首を捕まれ壁に押し付けられる。
「さあロナルド君、教えて?」
耳元で囁かれ、首筋がぞくぞくした。
「お前が俺を押さえつけられる訳ねーだろ!!」
「ア ゛ー!! 知ってた!!」
ロナルドにあっさり振りほどかれ、ドラルクはストレートジャブを身に受け塵と化す。すぐに人型を取り戻すと、ため息をついて眉を下げ、今度は両頬を包まれた。
「ロナルド君が、心配なんだよ。焦る君が可愛くてからかったことは詫びよう。教えて。思い悩むような未来は見てないの?」
ロナルドはうっと言葉に詰まる。ドラルクの、こういう所がずるい。
「大丈夫。幸せな未来しか見てない」
嘘は交えずそう言えば、ドラルクはほっとしたようだ。
「なら、まあこのくらいいいだろ?」
「は」
両頬を冷たい手に挟まれたまま、冷たい唇がロナルドの唇に触れる。想いを打ち明けてからは、初めてのキス。
咄嗟に拳が出て砂が舞う。いつもならすぐ怒りを含んだ煽りの言葉が出るはずだが、代わりに聞こえたのは「もしかして私からキスしたい時は、毎回お伺いを立てんといかんのか?」と呆れたような声だった。
「いっ、色々順番がおかしいんだよ。もっと先にすることあんだろ」
「なんだ。はっきりいいたまえ」
「ほら……ちゅーはしたけど、…………ぎゅっとしたいとか、あるだろ……
ごにょごにょ口ごもって言った恥ずかしい台詞も、ちゃんとドラルクは聞き逃さなかったようだ。瞬きを一度して意図を汲み取ると、珍しく馬鹿にせず腕を広げて微笑んだ。その笑みは、万華鏡を通して見た未来の自分に向けられたものと同じだった。今のロナルドには初めて向けられた、あのとびきり優しい微笑みだった。
「ほら、おいで」
そう言われても、ロナルドはその笑顔に釘付けになって動けない。未来の映像だけの世界と違って、耳に心地良い優しい声音も合わさって、ぶわっと顔から蒸気が出そうなほど熱を上げる。
赤の瞳は灯火のように暖かい熱を持って見つめてくる。
なかなか来ないロナルドに焦れたのか、細い腕がロナルドの腰に背中に、きゅっと巻き付いてくる。
「君から誘ってくれたのに、ロナルド君は抱き締め返してくれないのかい?」
全身が沸騰しそうな熱さを、ドラルクのひんやりした体温がちょうど良く下げる。ごくりと唾を飲み込んで、そっと細い腰に手を回し返せば、渇望して夢にまで見たその体は、あっさりとロナルドの手に収まった。
「いつか、未来のこと教えてよ」
まだ詳細を聞くのを諦めていないらしい。
「絶対むり」
おじさんになった自分がドラルクに抱かれていたなんて、誰が教えてやるものか。髪の長いドラルクの色気すごかったなと思い出してしまい、火照りっぱなしの頬が更に赤くなる。
「んふふ。じゃあ三十年後の楽しみかな」
いつもの意地悪い笑みが戻ってきた。こっちの方が見慣れていて良い。あの笑みは、心臓に悪い。
「キスしても?」
今度は殺されないように許可を取ってきた。
「おう、こいや」
「雰囲気を出すにはまだ練習が必要だな」
口づけを受け入れ、来る未来に想いを馳せる。三十年後も楽しみだが、まずは直近の未来が気になるところだ。ふわふわと浮かれポンチな頭も今日くらいいいだろと、もう逃げないと分かっている吸血鬼の腰に回す手を強めると、あっさりと砂になった。
「抱き締め加減も、練習な」
今日ばかりは無駄に優しい声が、砂山から響いた。


おわり