「馬ッ鹿ですねェ、相変わらず。いくらちいさいのの為とはいえ、重傷の身でそこまでしますか」
……としか、僕には言いようがなかった。ゲタ吉の傷は元々かなり深い。回復にかなりかかりそうなことは、最初から分かってはいた。その状態で妖力を使えば
――髪を伸ばしてちいさいのを包んで、更に無意識に軽めの催眠までかけるような真似をしたら、動いた妖力が瘴気に反発して痛みが出て当然だ。
「あはは、まあそうだよな。
……分かってらァ、そんなこと」
薄がけの上に、ゲタ吉の腕が軽く放り出される。その腕に包帯は巻かれたまま。
もうすっかり医務室じみてしまった離れの一室で、ゲタ吉の転がっているベッドにかけた術を調整していると、ゲタ吉の声音が微妙に変わったのが分かった。
「俺だって必死なだけだヨ。ちいさいのがどれだけ不安で怖いか、分かっちまうんだもの。
……俺に、助けて、って言うのでさえ、あいつにとってはどれだけ勇気がいることか」
「
……まあ、お前もちいさいのも、必死なのはわかってますけど」
術を調整しながら、僕は一つ頷いた。さっきゲタ吉に話したことを思い返す
――元を正せば、昔読んだある巻物に書いてあったこと。幽霊族の髪の話だ。
赤ん坊の夜泣き対策に、髪で包んでやるという手段があるらしい。
軽い圧迫感が効くというのもあるが、それ以上に、幽霊族の髪は妖力の媒体でもあるという点が有効なのだという。子の静穏を願う親の気持ちが、ごく軽い催眠のような作用として伝わるのだそうだ
――それを誰に教えられるでもなく、無意識にやってしまった結果が今のゲタ吉、というわけだ。
それだけ、ちいさいのに対するゲタ吉の愛情が、本気だという証でもある。
「そういう墓のだって、ちいさいのには妙に甘いよナァ?」
「そりゃアお前。異世界に身一つで投げ出された、喋れないし寄る辺もない同族の幼子を突き放せるほど、僕ァ外道じゃねェんですヨ。
……抱えてやれる余地があったからこそ、って面も否定はしませんがネ」
「ふゥん。
……じゃあ聞くけどサ、俺は? なんで俺拾ったの」
一拍おいて、思い出した。この微妙に違う声の調子は、ちいさいのがここに来る前の、出会ったばかりの頃に近いものだ。
今ここに二人しかいないから、だろうか。
そんなことが分かってしまうくらいには、僕はゲタ吉の言葉を聞き漏らすまいとしてきたのかと思うと
――分かってる。自覚はある。でも言うつもりは一切ない。
「父さんの行方不明と無関係とは思えなかった、ってだけです」
そう、当時はそれを疑っていた。だからこそ、目を離してはまずいとも思った。それだけだった、はず、だった。
「
……そりゃそうか。で、その結果どうなったんだ? お前の父さんは、見つかりそうなのか」
「結論から言うと、
……父さんがしたことと、その証を掴みたいってのが、今の僕の本音ですネ」
ベッドの上、ゲタ吉は数秒黙った。こいつも頭が悪い方じゃないし、それに加えて勘がすこぶる良い。
「ふゥん、そっか。連れ戻すんじゃなくて、そっちか」
素っ気ないような一言だったけれど、でも僕にはその距離感がありがたかった。
もう父さんが『生きて』はいないだろうということ、その上で、父さんが僕に何をしてくれたのか、そのことだけは知りたい。
しばらく続いた沈黙の中で、ベッドの調整を完了させる。元は安全に眠る為の繭のようなものだったベッドは、改造に改造を重ねた結果、今は便利な医療器具になってしまった。理由は、元は術の道具の保管倉庫だった場所が、今の医務室もどきに化けてしまったのと同じ。
……ゲタ吉も沢城も高山も、戦い続きの宿命だけは、時空を挟んでも変わらない。変えられない。魂そのものをねじ曲げる力は、僕にはない。
「
……なァんかさ、引き合っちゃったんだな、って気がするよナ。俺とお前と、ちいさいのと」
「何です藪から棒に」
「家族が、消えた。
……その空白を埋めたくて必死なのは、お前もだろ。そうでなきゃ、あの楔の術式は結実しない」
二の句が継げなかった。その通りだ。
何も言えないままひたすら黙っていると、ゲタ吉は微かに笑う。
「もしお前が、俺のこと拾うくらいには気になるって言うんなら、それ
……多分、無意識に父さんの面影を感じ取ってるんじゃないかナ」
僕の心を見通すような一言だった。
ちいさいのを抱きしめる横顔が焼き付いた、その本当の理由がどこにあるか
――敢えて、考えようとはしなかった。知ってしまうのが、どうしても怖い。
僕の顔を見ようともせず、天井を見つめたまま、ゲタ吉が呟く。
「俺の髪も目も、顔も肌も、もうほとんど生き写しってくらい似てるから。はっきり違うのは身長と、あと体格かな。俺のが拳一つは低いし薄い。
……いや、お前の父さんが実際どうだったかまでは知らないけど」
「ああ、お前は
……人の姿の父さんを知ってるんでしたっけネ」
「そ。今ここにいる『鬼太郎』たちの中で、俺だけが知ってること。ちょっとズルしてる気もするけど
……でも、さ」
ゲタ吉の声が、また少し変わる。僕は黙って続きを待った。
「なあ、墓の。
……前に言ってたよな、僕の父さんには時計を左回しにする力がある、そうして実際巻き戻ったら、僕は二度と帰れないって」
ゲタ吉の声が“僕”というのを、久しぶりに聞いた。この世界に飛ばされてきたころ、夢にうなされていたとき
――父さんや養父に話題が及んだとき、気を抜いたその一瞬にだけ覗く、こいつの一番弱くて柔らかいところ。
「エエ、言いました」
「それで、今もまだ、巻き戻ってない。そうだろ?」
「はい」
それは沢城の件を調べたときにも、ついでに確かめたことだった。ゲタ吉とちいさいのの帰り道は、実は閉ざされてはいない。しかし、巻き戻されていないその理由を考えると、だからこそ二人は元の世界に背を向けた、とも言える。
それは、ゲタ吉とちいさいのにとっては、『父さんがもういない証拠』に他ならないから。
――僕はそれを知っていて、二人をこの墓場の世界に括り付けてしまった、とも言える。
「それでも、やっぱり
……大事な誰かのいない場所じゃ、帰りたいとは思えないよナ。だって
……あー
……なんだこれ、眠くなってきた」
「はいはい、抵抗しないでください。そういう術ですからこれ」
胸のうちに湧いた苦味を、僕は苦笑で誤魔化した。
その“大事な誰か”のうちに、僕が入っているのは一応、分かっている。楔の術式こそが証だ。でも、それは友誼とか恩義とか信頼とかそういうものであって、僕の本音とかみ合うものではない。その上で、僕の心が勝手に、ゲタ吉に父さんの面影を透かし見ているのだとしたら
――尚のこと、ゲタ吉当人に明かしていい種類の情じゃない。
ゲタ吉が眠りに落ちるのを見届けて、僕は深く息をついた。
大事だと思うし、助けになりたい、支えたい。その三つに嘘がなければいい。それ以上を語れと言われれば、僕とゲタ吉は絶対にかみ合わないだろう。
だから今は、沈黙が正解なんだと思うことにした。
ちいさいののためにも。
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波箱
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