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ユコ
2024-07-14 18:42:41
19084文字
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Sincerely xxx.
お題:君に夢中
意味を知らずに手紙で乱用してくる『xxx』無自覚なギャンブラーとそれに振り回されて煩悩丸出しになる教授との恋文合戦。両片思い万歳!
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【2】
その手紙の末文を読んだ時、思わず飲んでいた珈琲を吹き出しそうになった。
先日、ギャンブラーから丁重な贈り物が届いたのは記憶に新しい。時折、彼の謝礼はやりすぎだと感じることもあるが、あのピノコニーで託した処方箋の意味を汲み取れたのは、彼が朴念仁ではない証拠でもある。彼がきちんと僕を考えて選んだ一流の品であることは一目でわかる大層な品であったし、それなりの礼儀は返す必要があるだろうと、いつものチャットではない手紙という選択をとった。
それに対して、またさらなる手紙で返してきたアベンチュリンの行動は丁寧すぎる気もするが、まぁ悪い気はしない。手紙を開き、普段、顔を合わせると喧しいアティニークジャクのように回りくどい話ばかりをしてくる男がこうして素直に言葉を曝け出してくれるのは気分がよかった。言葉よりも文字のほうがあの男の場合はずっと素直だ。──末文の最後のサインを見るまでは。
──xxx。
これをどう受け止めるかで、彼の手紙の意図は変わってくる。
ギリギリのところで珈琲を飲み込み、今日も仕事である講義を済ませた僕は、研究室にいる学生たちに尋ねた。
この手の話題は彼と同じぐらいの世代の人間に聞くのが一番いいと思ったからだ。
「君たちは普段、友人間の手紙や星間メールのやり取りをなんと末文を締めくくる?」
僕の問いに学生たちは自由に答えを述べていく。
「bye(さよなら)ですかね?」
「Regard(よろしく)?」
「私はお母さんにはlove(愛を込めて)って送るわ」
「
……
では、君たちぐらいの若者にとってのxxx(トリプルエックス)の意は?」
僕の発言に、研究室の学生たちがぴたりと雑談を止めた。そうして僕の顔色を伺うように恐る恐る学生の一人が口を開く。
「え。教授ってやっぱり恋人いるんですか」
「馬鹿、質問を質問で返すなよ、チョークが飛んでくるだろ」
「積極的な恋人っていいよね」
「そこまでいう? 私はそこまで重く捉えないけど。だってハグみたいなものじゃない」
「それは君の星ではキスが挨拶みたいなものだからだろ、さすがに恋人ではない相手には僕の星では送らないよ」
「レイシオ教授、恋人の写真とか持ってたら見せてくださいよ」
調子に乗り出した学生たちの会話に、僕は手にした電子チョークを壁に投げつけた。その瞬間、水を打ったように学生たちが静まり返る。
「喧しい雑談は終わりだ、今日の論文の提出は五時までに教官室のボックスに提出するように。0.1秒でも遅れは許さない、標準システム時間での五時以外の理屈も認めない」
以上、と締めくくり石膏頭を被れば、もう質問は受け付けないという僕の意図は、僕の研究室の生徒には流石にわかったらしい。納得がいかない顔はしていたが、素直に各自の研究机に戻っていく。
つまり、彼らの反応を見る限り僕の受け止め方は、大して変わらないということだ。
──xxx(トリプルエックス)。
世間には疎いが、そのスラングが意味することぐらいは知っている。
世間一般では恋人や愛する人に送る末文──つまり、キスの意だ。
女性同士などでは深い友人同士の交流で使うのも文化としてあるが、男性同士のやりとりでこれが記載されているのには特別な意味を感じてしまう星は多い。
星間同士でコミュニケーションの表現はさまざまだ。
共感覚ビーコンは確かに僕達に相互コミュニケーションを与えたが、それによる溝も生まれた。
身体言語
ボディランゲージ
は特に異なる星同志の出身だと問題を生みやすい。だからこそ、無難な表現を選び、こういったトラブルの元になる表現は避けるのが普通だ。
しかし、確かに学生の言った通り、キスの捉え方だって星それぞれだ。
ツガンニヤの星の記録はあまり残されていないが、もしかしたら彼の出身のその星では出会いの挨拶がわりにキスは男女問わず交わすものだったかもしれない。今まで仕事の上でそんな非常識なコミュニケーションを彼からされたことはないが、思わず手紙だから出てしまったということもありうる。
だから、僕は改めて万年筆を握り、綴った。何を考えてこれを送った? とわざわざ丁寧に問うてやったのだ。まさかこんな上等なペンでこんなくだらない質問を書く羽目になるとは思わなかった。
僕の返事に、さらにアベンチュリンは手紙で返事を寄越してきた。別にチャットでもいい内容だと思うが、向こうも意地になっているらしい。
一字一字癖もなく読みやすい字でこう書かれていた。
『何って。
君のことを考えて送ったよ。
xxxx.』
意味がわからない。しかも、記載された
x
キス
の数も増えている。
この男は文章というものを理解しているのか?
僕はイライラしながらもう一度万年筆を握った。
この万年筆の書き心地でなかったら、とっくに何本かダメにしていたかもしれない筆圧でしたためてやった。
『こういった表現は、君にとっては日常的な表現なのかと聞いている。
誰にでも伝えるものだと? それならそれでいい。
僕もそういうものとして処理するだけだ』
返事はまたすぐに返ってきた。
『日常的? いや、君が特別な相手だからだ。君だから、送りたいと思った。
今後も君とは友好的な関係を築きたいし、ピノコニーの件では君には心の底から感謝してる。
あの処方箋を見て、君が僕をどう思おうが、僕にとって君は特別だって確信した。
わざわざこんなこと書かせないでほしいな。
君が僕のことを嫌っていたっていい。
僕が君を必要とするだけだから。
この間の贈り物も、この手紙も、君だからだよ。
僕の思いを君もたまには素直に受け取ってほしいな。
xxxxx
Aventurine』
──さすがにこれは口説かれているのか?
数を重ねるたびに増えるxの数にそう思いたくなる僕がおかしいのか。
こちらを馬鹿にするにも程がある。
さすがにもう手紙ではやりとりの速さが足りない。
僕は端末を開き、チャットを立ち上げて彼にショートメッセージを送りつけた。
『君の頭はどうかしてる。君の手紙のせいで、僕は毎日君のことを考える羽目になった』
『わお。それは光栄だね!』
『今の君はアホバカマヌケの代表だ。君が真面目にいうなら考えるが、今の君からは真意が見えない。気持ちに価値をつけるつもりはないが、この伝え方は0点だ』
『真意って?』
『胸に手を当ててよく考えるんだな。追試は用意しない』
そう一方的にメッセージを送りつけて、僕はいつものように彼とのチャットルームを退出する。
いつものアティニークジャクの喧しさなら、僕がチャットを退出した瞬間、新しいチャットルームがすぐさま新設されるわけだが今日ばかりは向こうも思うところがあったのか端末はそのあとも沈黙するのみだった。僕は溜息と共に端末を机に投げ出し、研究室に備え付けてあった休憩用のソファーに腰を下ろす。いつもの読書で気を紛らわせようと本を手に取るが、彼の手紙が意識に残りすぎていてちっとも集中ができなかった。
僕の脳は勝手に彼の手紙の文章を反芻しはじめる。まるで僕の思考を侵食し出すようにその文字情報はだんだんと僕の脳内で彼の声に置き換わり始める。
──僕の思いを君もたまには素直に受け取ってほしいな。
彼の耳に残る声が僕の耳元で囁く。
この手紙のスラングを前提として。彼が僕とキスをしたいと仮定する。
彼から僕に? それとも、僕から彼に?
──わからない。今までそんな想像をしたことはなかったからだ。
僕の脳細胞が活発に、考えたこともなかった議題を考え出す。わからない、なんて言葉で片付けるのは愚鈍だ。そんなことを自分に許すわけにはいかなかった。僕の記憶領域は正しくアベンチュリンの姿を、声を克明に脳内に描きだす。
レイシオ、と彼が微笑みながら僕の名前を呼ぶ。僕はその声に誘われるように彼の手を伸ばす。彼のやわらかな絹のような頬が僕の頬に触れる。彼の骨格は成人男性にしては少し小さい。蜂蜜色の髪をしたあの小さな頭は、簡単に僕の左手に収まってしまうだろう。いつも言葉で人を陥落させる言葉を紡ぐ小さな唇はその時ばかりは静かだ。僕はそれを悪くないと思う。花の蜜に蝶が誘われるように、僕はふらふらと唇を彼のそれに近づける。素直に受け取ってよ。僕の唇を掠めるような距離で、彼の小さな唇が甘く囁いた。
──そこまでで限界だった。
僕は手にした本を壁にめり込ませる勢いで投げつけた。
こんなものは思考ではない、ただの煩悩だ。僕はソファーの背に深く背を預け、天井を仰ぎ見る。
最悪の気分だった。
「
……
凡人め」
俗物に塗れる自分の頭を恨む。
たかが一人の男の手紙の末文一つにこんなにも揺れ動かされる男が、知恵の神になど振り向かれるわけがないのだ。
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