ユコ
2024-07-14 18:42:41
19084文字
Public
 

Sincerely xxx.

お題:君に夢中
意味を知らずに手紙で乱用してくる『xxx』無自覚なギャンブラーとそれに振り回されて煩悩丸出しになる教授との恋文合戦。両片思い万歳!

【1】




 その黒曜石の冷ややかで鋭い漆黒の輝きを見た時、僕はとある博識な友人のことを思い出した。
 それは、定期的に僕の元に訪れる宝石商の男が、僕の元に持ち込んできた中の一つだった。宝石は磨かれる前は、元々は火山のマグマが冷えて生まれるただの石ころだ。この銀河には様々な環境下の惑星があり、その自然環境でその石本来の輝きや強さは変わる。同じダイアモンドでもたとえば火山活動が活発な星のマントルから生まれるその純白の輝きは漆黒の夜空に瞬く星のように透き通っている。僕が懇意にしている宝石商は、そういった厳しい環境下にある惑星から元来の宝石よりも数倍の価値がある宝石を見つけ出し、取り揃えるのが得意だった。
 けれどその日、僕の目に止まった宝石は極彩色の輝きを放つものではなかった。

「これは?」

 宝石商が僕との契約書の上に文鎮のように置いていた漆黒の石。その冷たく艶やかな黒が僕の目に止まった。

「ああ、これですか。これは無人の地ノーマンズランドから採れたものと言われてまして。黒曜石は溶岩が冷却されてできるただの石です。けれど、かつて氷河で急速に冷やされたからか、他の星でみる黒曜石よりも硬度も高い。ただ宝石を好む方にはやはり輝きが欲しいのか、あまり振り向かれないので、こうして趣味として使っています」
「へえ」

 マグマのように人が触れられない熱と、誰も寄せつけない冷たさを持つ石。
 情熱と冷静。
 ただの見た目の輝きではない。その二つの温度を併せ持ち黒曜石は、とても僕の博識な友人──ベリタス・レイシオに似合うと思った。
 先日のピノコニーの一件で、彼には契約以上の働きをしてもらった。僕個人の判断で博識学会経由で相当の信用ポイントは支払われているが、それだけでは足りない働きだ。僕の生存を望み、あの孤独な虚無の深淵で僕の背中を押してくれた処方箋。あれは仕事の範疇を超えた、レイシオ個人の僕への贈り物だった。そんなものが信用ポイントなんかで返せるわけがない。僕はこの休暇中に、僕を理解してくれた彼への深い感謝と、これからの関係性の継続を望むものを金銭以外の価値で示したかった。
 そこで出会ったのが、この黒曜石だ。
 僕は宝石商の彼に、言い値で買うのでこれを譲り受けられないかと交渉したところ、彼は喜んでと僕にその黒曜石の原石を譲ってくれた。

「この黒曜石を加工するとしたら、どんなものに仕立てるのがおすすめかな?」
「そうですね、もともと磨けは剣や槍などにも使われていた石なので、磨いてペーパーナイフにされる方や、男性であればネクタイピンやカフスなども。あとは最近は旧時代のコレクションも流行りですから、万年筆などのボディにされる方もいらっしゃいますね」
「それはいいね。送ろうと思った相手は学者の人間でね。アナログの書物や手書きのものを尊ぶ人なんだ」
「ならきっと喜ばれるものができますよ。この黒曜石を溶かして作るインクの漆黒も美しいと思います。よろしければ合わせて仕立てましょうか?」
「是非。ああそうだ、アクセントに金とガーネットを使えたりするかな。あと何かその人への幸運を願えるようなポジティブな意味合いがある紋様なども刻みたいんだけど」

 教授の瞳の色を思い出しながら、僕はいろいろと要望を宝石商に伝えた。万年筆のボディに彫り込む紋様はその夜に宝石商経由で紹介された職人からすぐに連絡が来た。もし送り先のかたの故郷がわかれば、その方のご出身の惑星の文化に合わせた紋様を入れますよ、という素敵な提案をされたので、博識学会経由で教授のプロフィールを調べ、その星に伝わる紋様でメアンダー紋様──恵みの雨による万物の恵みを祈る意味のあるものらしい──の情報を送った。四角が渦を巻くように交互に途切れることなく繰り返される、シンプルだけれど良い模様だと思った。それに恵みの雨を尊ぶのは僕の故郷にも馴染みがあるし、そんな僕にとっても祈りの馴染みがあるものを、彼に持ってもらえるのは少し嬉しい。願わくは僕の幸運が彼に少しでも分けられたらと願う。
 そんな僕の願いが込められた逸品は、一週間程度の時間で職人から上がってきた。スターピースカンパニーの高級幹部という役職はこういう時に便利だ。おそらく、職人は僕相手であることを鑑みてこの仕事を優先してくれたに違いない。最高の品のお返しに、彼には良い仕事を斡旋しよう。
 仕上がった品は、様々な品を見てきた僕から見ても一流の万年筆だと思った。
 漆黒の冷ややかに艶めくボディに、細やかに掘り込まれたメアンダー模様。キャップトップには僕が希望したガーネットが小さく埋め込まれ、細い純金の輪が細やかに周囲を飾っている。黒曜石の程よい重さは手に馴染む。強い筆圧に耐えられるボディと、黒曜石を混ぜた鋭い繊細なペンの鋒は、どんな力も柔軟に受け止め豊かな書き心地に変えるだろう。職人からの手紙には、内部のインクボトルもどんな環境下でも書ける仕様にしてあると書かれており、学者の割にアクティブに自分の足でフィールドワークに出かけてしまう教授にぴったりだと思った。どこからどうみても宇宙で一つしかない特別な品だ。
 『君が僕にとっての今後も良きパートナーであることを願って』
 そんな短い一文のカードを添えて、僕は星間便ですぐにその万年筆を教授の元に送った。
 その24システム時間後だった。
 翌日出勤すると、僕のデスクの上には一通の手紙が置かれていた。
 秘書に聞くと今日の早朝に速達で届いたとのことで、宛名を見るとVeritas Ratio.──レイシオの名前が達筆な文字で書かれている。目を奪われるような深い漆黒のインクに、ああ、きっと僕が送ったものを使ってこの手紙を彼は書いてくれたのだと察した。いつもの短文ですぐに退出するチャットではなく、こうした形で反応をくれるということは、僕の贈り物は彼の心に届いたらしい。逸る心で僕は手紙の封を開ける。



『アベンチュリン
 
 君の信用と信頼の形を確かに受け取った。
 君は口を開くとアティニークジャクのように喧しいが君の審美眼は素晴らしいものだとこの品を受け取って改めて感じた。
 相手のことを知り、正しく求めるものを用意する君の推察力は商人として確かなものだ。
 不思議なぐらい、君から送られたペンは僕の手に馴染み、こうして書いているだけで心地がいい。
 君の誠意に感謝を。

 追伸:
 休暇明けと聞いている、あまり無茶はしないように。
 また僕の知識が必要となった際は、君の力になろう。

 Sincerely yours.
 Veritas Ratio. 』



 手紙の最後には達筆な文字でそう署名されていた。
 ──Sincerely yours.
 僕にとっては初めての言葉の響きに、僕は首を傾げた。
 これは一体どういう意味で、彼は綴ったんだろう?



          *



「トパーズ。君に相談したいことがあるんだけど」

 僕は覗いた休憩室のソファーに座り休んでいる同僚の彼女を見つけ、呼び止めた。
 朝から面倒な商談があったのか次元プーマンのカブに顔を埋めてすーはーしている彼女に声をかけるのは少し躊躇われたが、僕と彼女の休憩がかぶるのはこれを逃せば52システム時間後だ。多忙な彼女に尋ねるのは今しかなかった。
 僕の声にジェイド相手には決して見せない嫌々そうな顔を隠さず、トパーズは顔を上げる。

「なぁに? 仕事の書類のまとめ方のアドバイスなら、評価ポイントをもらわないとやらないよ」
「違う違う。プライベートでの質問だ」
「プライベートの相談? 仕事人間の君が?」
 
 僕の依頼に、彼女の夜明け前に似た爽やかなブルーグレイの瞳が丸く見開かれた。

「そんなに驚かないでくれよ。僕にだって多少のプライベートはある。仕事大好きの君に言われたくないな」
「私は君と違ってオフはしっかりAIに任せて、オフするもの。それで? 聞きたいことって何」
「プライベートで手紙をもらって。その手紙に返事を出したいんだけど、僕はビジネス以外の手紙の形式に詳しくない。君はよく交渉相手にも手紙を綴るし、こういう紙の形式は得意だろう?」

 チャットでお礼をくれるだけでもよかったのに、わざわざ手紙というものを選択して僕にお礼を返してくれたのは彼なりの礼儀だ。それに、自分が送ったあの万年筆で僕へのメッセージを手書きで送ってくれるのは正直嬉しかったし、僕が返せば律儀に彼はまた手紙を返してくれる可能性もある。だって、チャットだと時間が無駄だと思っているのか、短略的で「ふん」とか「了解」しか返してこない男があんなにも行数のある手紙を僕にくれるだなんて! もっとそんなレイシオを見たいという下心もあるし、それには彼の琴線を動かせる手紙を僕もしたためる必要があった。けれど、正直、僕は人より識字を学んだのも奴隷時代もあったゆえに遅かったのもあって手紙という形式に自信があるわけではない。送る相手も教養高いレイシオだ。そこで、数々の手紙で狸親父ども──上層部の人心を陥落してきたと噂のトパーズを頼ろうと思ったのだ。
 僕のお願いはトパーズには以外だったのか、きょとんとした顔で僕に尋ねた。
 
「まぁ、ビジネスにおける『型式』の重要性は石心に着く前からしっかり私は指導されたけど……。でも手紙に型式なんてある? 素直に思いを書けばいいだけだよ」
「相手が相手なんだよ。送られてきた手紙の末文で、こういうサインがあってさ。名前の手前に置くこのサインっていわゆる型式だろ?」

 僕はそう言って端末にレイシオが認めていた単語を打ち記す。
 Sincerely yours.
 その単語を見て、トパーズは青い瞳を輝かせて面白そうな顔をして僕を見上げた。

「驚いた。君にもこういう真摯な手紙をくれる人、いるんだ」
「からかわないでくれ。僕はコミュニケーションがチャットが主だし、こういう表現には不慣れなんだ。どういう意味かしりたい。共感覚ビーコンで訳しても心や誠意という意味が出てくる。そんなのわざわざ名前の前に書かないだろ?」

 もしかしたら普通の人生を歩んできた人には当たり前の表現なのかもしれないと思うと、部下に気軽にも聞けない。
 だからトパーズを頼ったという僕の経緯は、賢い彼女はすぐに汲み取ってくれたらしい。トパーズは深くは聞かずに僕の問いにすぐに答えてくれた。

「そうね。確かにこれは星神信仰の星ではよくある、手紙の末文を締めくくる形式よ。正しい訳は、たしかに難しいね。共感覚ビーコンに任せるとちょっと意図がずれそう。親愛なる君へ、とかそんな感じかな」
「ええ……、ちょっと恥ずかしい訳だな……
「だから、温度感が難しいのよ。星によっては拝啓と敬具──謹んで申し上げる、なんて固い訳になる時もある。でも、きっと君にその手紙をくれた人はいい人なのね」
「これだけで人柄がでわかるの?」
「ええ。最近はそんなふうに手紙を丁寧に締めくくる人っていないもの。君にこの言葉を送ってくれた人は、きちんと教育がされてる人なんだろうね。末文に入れる表現はいろいろあるけど、これは真心を込めて、とか相手に敬意や信頼を見せる表現だもの」

 レイシオが僕に真心。
 わざわざ末文にこの言葉を記してくれた意味をようやく理解する。彼は無駄な表現はしない。だから、彼は本当に僕に誠意を返してくれたんだ。思わずにやけそうになる顔をトパーズは見抜いたのか、得意げな顔で微笑んだ。

「こういうのが手紙のいいところよね。チャットとか顔を見ては伝えられないことも真摯に伝えられる。君もたまには素直になった方がいいよ。手紙ならそれができる」
「まぁ、君のいうことは一理ある。でもさ、君のいう通りなら、この表現は学のある人間が使うのが似合うだろうし、僕が使うには固くない? もう少し、僕らしい表現で、友達みたいな感覚で返事を返したいんだよ」

 彼が綴ったSincerely yoursの意味はわかった。
 でも、僕が彼に返事を送る上でその末文を記すには、やっぱり少し表現が固そうな気がする。
 僕の質問にトパーズはうーん、と考えるそぶりを見せる。

「友達……、ね。その場合は、仲良しのレベルによるね。それは最近知り合ったばかりのカジュアルな友達フレンドに対して? それとも君にとっての理解者であり、特別な友達パートナーに対して?」
 
 僕はトパーズからの問いに考えた。
 教授との関係はカジュアルなお友達とは言い難い。
 仕事でのお付き合いもそうだが、知識の教えを乞う相手でもあり、僕の理解者でもある、僕にとってはすでに欠かせない人になっている。友達という言葉でまとめきれない、あらゆる意味で重要なパートナーだ。

「近しいのはどちらかというと、後者かな? 僕にとっては他と同じじゃない、特別な人だ」
「ふうん。君にそんな人がいるとはね……

 何やらトパーズは意味深な顔をして僕を見つめる。そうして少し考え込んで、僕に言った。

「そうだね。なら、私はそういう相手には、xxxをよく使うかな?」
「何だい、それ」
「いわゆる、スラングよ。ビジネス相手には使えないけどね。好きな相手ほど、xの数をふやして表現もする。特別な相手や好きな人とかなら全然私は使うな」
「ふーん」

 じゃあ、僕がレイシオにそれを使うのはあってるってことだ。 
 僕は早速、家に帰って星間通販で買ったばかりの手紙のセットを開き、文章をしたためた。
 何回も何回も書き損じたり、書き間違えたり、実に3システム時間ほど無駄な時間を浪費して、僕はようやく一枚の手紙を書き終えた。


『レイシオへ。

 君のことを考えて贈った品だったから、喜んでもらえて何よりだ。
 思えば、このデータアーカイブが溢れる星間コミュニケーションの時代で紙に書かれた君の時代錯誤な手書きの処方箋は僕にとって初めてだった。
 あの悪夢は二度とごめんだけれど、君の処方箋を夢から形として持ち帰れなかったのは唯一、あの悪夢で心残りに思ってたんだ。
 だから、君の手紙が現実で送られてきたのは嬉しかった。
 君の書いた文字を、言葉を、こうして形として手元に残して置けるのは嬉しい。
 大事にする。
 僕の贈り物で、君が豊かな言葉がこの先も綴られるのを楽しみにしてるよ。
 それは僕と同じように、たくさんの人の支えになるだろうからね。

 ところで、手紙って不思議だね。
 いつものチャットよりも、少し真面目になってしまうし、普段は口に出せない言葉で、君にいろいろと伝えたくなってしまう。
 でもこれが、僕の誠意だと思ってほしいな。
 
 手書きの手紙というものを今までろくにしたためたことがないから、表現や文法がおかしかったらごめん。
 君への僕の想いが伝わりますように。
 
 xxx
 Aventurine」


 君もたまには素直になった方がいいよ。
 そう言われたトパーズに倣って、可能な限り自分の素直な心を書いたつもりだ。
 こういう手練手管でトパーズは数多のじいさんたちを虜にしてきたのかと思ったりもする。礼儀と真摯さを忘れない彼女のファンはこの一筋縄ではいかないカンパニーの上層部には多いのだ。彼女にそれを言ったら怒って地の果てまで次元プーマンに追い回されるだろうけど。けど、まぁ……、確かに悪くはない。言葉では伝えきれないことがあるし、伝えそびれてしまうことは人生多々ある。今日会える人に、明日会えなくなるかもしれないのが、この広い宇宙の現実だ。
 それに、レイシオ相手なら、これを伝えても後悔はしないと思った。
 あの処方箋をくれた彼だから。
 えいや、と思い切って綴った手紙を次元伝書鳩に渡して送る。
 反応は贈り物をした時よりも早かった。3システム時間後、手紙を加えた次元伝書鳩が僕の住居の扉を叩き、その手紙をドア前に置いて去っていった。手紙の署名にはまた流麗な文字でVeritas Ratio.の名前がある。僕はわくわくしながら封を開ける。

 そこには彼らしい、簡素で端的な一言が綴られていた。


『君は一体、何を考えてこの手紙を送ってきたんだ?』