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めぐみ
2024-06-25 20:24:59
28027文字
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HERO/HEROINE(轟百)
支部で3話にわけたやつ
今読むと恥ずかしい
3年生なふたり
1
2
3
4
1.八百万百の初恋
ゴツン、と鈍い音が聞こえて八百万百は目が覚めた。
不自然な態勢で寝ていて身体の節々が痛かったので、伸びをしようとしたところで初めて身体の自由を奪われていることに気がつく。
目隠しに、身体全体を太い鎖のようなものでぐるぐるに拘束されている。今の音はこの拘束具が床にぶつかった音なのかもしれない。身体の片側は冷たい床に触れている。この感触だと、どうやら自分がいるのは屋内のようだ。
―
攫われた。八百万がそう気づくまでに時間はかからなかった。
(
…
落ち着いて。まずは、状況の確認を。)
幼い頃から家が裕福だったことに加え個性も珍しいものだったので、このような「誘拐」には口酸っぱく注意されてきた。
出歩く際は必ず誰かと一緒であること。人通りの少ない場所へは行かないこと。やたらと個性をひけらかさないこと。
――
万が一誘拐されたら、おとなしく助けを待つこと。
ただ、どこに行くにつけても送迎をしてもらっていたこともあって、被害に遭うのはこれが初めてだ。
遠くで数人の男が何か話しているのが聞こえる。聴力は生きているが、内容までは聞き取れない。八百万の近くに人の気配はないことは分かった。
個性は使えそうなので、八百万にとって脱出はそう難しくないかもしれない。鎖などチェーンソーでも創造して断ち切れば良い。ただ、どうしても大きな音が伴うから、外の男たちにも気づかれてしまうため得策ではないだろう。すぐに戦闘になった場合、この状況では自分が圧倒的に不利だ。
一通り自身の置かれた状況を確認したが、今はまだ動くべきではないと判断した。周囲を伺いつつ脱出を試みよう。
誰かに救けを求められたら良いのだが
――
そこまで考えて自分が連れ去られる前に創造したものをはたと思い出して、八百万はここで「あるもの」を創造した。直前まで行動を共にしていた”彼”が気付いてくれれば、すぐに救けが来るだろう。
気づくだろうか。まず彼が「それ」を見つけてくれるかも分からないし、見つけたとしても少々仕掛けがついているので八百万が意図した使い方をしてくれるかどうか保障はない。しかし、八百万がこの状況いち早くを打破する手段は「それ」である。
しかし、よりによって彼だ。来て欲しい、来て欲しくない。人一倍頼りになる彼だが、今日の出来事を思い返せば心がズシリと重たくなった。
はあ、とひとつため息をつく。彼が助けに来てくれることはまずないと考えて行動しよう。自分とて雄英ヒーロー科。この程度の状況を打破出来なければその肩書きが泣く。
それに、ヒーローを志す者であるのに、救けられる側になってしまうなんて、とてもとても屈辱的である。
しかし、一体自分はこれからどのように扱われるのだろうか。家柄のこともあるし、女でもある。自分の「使い方」はいくらでもあることを八百万は知っていた。
八百万は自分の短慮さにひとり後悔した。
◇
その日は八百万にとって一世一代の決戦日であった。
その身に纏うのはフリルが付いた白のワンピース。丈は膝上で、露出も程々な清楚なものをクラスの女の子たちが選んでくれた。うっすらと化粧をしたのも、彼女たちに教えてもらったのである。足元はヒールのない黒のパンプスを。恐らく今日会う相手は身長差なんて気にしないだろうけど、少しでも女の子らしく見られたいという八百万の僅かな乙女心だ。いつもポニーテールをしている髪は下ろしてゆるく巻いた。1年のときの職業体験が思わぬところで活きてしまった。
ここまで来ればお分かりだろうか。そう、決戦日と言ってもなにも敵と戦う日ではない。これは1人の女としての決戦日なのだ。
今日、八百万百は轟焦凍に告白する。
待ち合わせの15分前に到着した。
この日、八百万は轟を映画に誘い出している。これも、初デートなら映画でしょ!というクラスメイトのアドバイスによるものだ。よく彼が承諾してくれたなあ、と思いを馳せる。
八百万が轟への気持ちを自覚したのはいつだったか。時期は定かでないが、A組女子による"女子会”がきっかけであった。
雄英の生徒らしく互いの戦闘スタイルについて話し合うことも多いが、女子高生が6人集まれば自然と話題は恋愛へと転がる。
これまで八百万は恋愛とは無縁の人生を歩んでいた。
良くも悪くも自分の個性を使いこなすために一心に勉強に励んでいて、恋をする暇なんてないと思っていたからだ。
しかし、人並みに憧れは抱いていた。いつだったか読んだ本のラブロマンス。認め認められ、愛し愛されるヒーローとヒロインのように、いつか自分も恋をしたいと思ってはいた。
よく轟のこと目で追ってるよね、と言われて八百万は初めて自分の恋愛について考えた。
はじめはそんなことは無いと思っていたが、轟が八百万の中で特別であることは確かで、そうこう意識してしまっているうちに八百万はあっさりと落ちた。
優しいのだ、彼は。きっと轟は何も意識していないだろうが、彼はいつも周囲をよく見ている。言葉少なで表情も少ないし、些か「ズレた」ところはあるが、彼の行いはいつも思いやりに満ち溢れていた。
それに、彼は八百万をひとりのヒーローとして認めてくれている。それが堪らなく嬉しかった。
クラス随一の実力者で、八百万が尊敬するその人に実力を認められるのは彼女にとってこれ以上ない幸せである。
何度も共闘する中で、八百万は着実に轟に惹かれていった。
それと同時に、彼の危うさにも気がついた。
基本的に戦闘時以外はポーカーフェイスである彼だが、時折ひどく寂しそうな表情になる。
一見完璧に見える彼の内側に何があるのだろうか。今の八百万には分からない。だが、支えになりたいと思った。
今になって告白しようと思い至ったのは、八百万たちA組は3年になって卒業まで残り僅かであるからだ。卒業してしまえば互いにヒーロー稼業で慌ただしくなって会うことも少なくなるだろう。そうなってしまう前に伝えなければ、きっと後悔すると思ったのだ。
「八百万」
ぼうっと考え事に耽っていると、轟が到着した。時計は待ち合わせ時間の五分前を指していた。
「悪い、待ったか」
「いえ、全く。私も今来たところですの」
全くもってありきたりな受け答えだと八百万は思ったが、それ以外に良い応えが出てこなかった。轟の私服を見るのは初めてではない。だが、いつもと見慣れぬそれに毎回どきりと心臓が動いてしまって、そんなことしか言葉に出来なくなる。
「行くか」
「はい」
◇
「なかなか面白かったな」
「ええ!戦闘シーンは今後の参考になるくらい、素晴らしかったですわ」
映画は今話題のアクションものを選んだ。主役は「ヒーロー」で、敵とのアクションありヒロインとの恋愛ありの話題作だ。戦闘シーンはなかなかの出来で、この超常社会で実際に見られるヒーローの活躍にも負けず劣らずの出来であった。
2人話しながら映画館を後にする。少し歩けば広い公園があるので、その辺を2人でぶらぶらする。暦の上ではもう冬になっていたが日中はまだ暖かく、こういう日にぴったりの天候だ。
あそこが良かった、ここが良かったと話しながら歩くのが楽しい。恋愛要素もあったのに2人の会話はそちらには流れず、ついアクションシーンについて盛り上がってしまう。
「あの敵、八百万ならどう戦う」
「そうですね
…
、敵は砂を操る個性でしたわね。市街地でならともかく、映画のように森の中ですと非常に強力ですわ。私ならまず砂避けのゴーグルを創造して
…
、うーん、地面で戦うのは危険ですから、木の上から奇襲を仕掛けるでしょうか。それか、相手の個性発動条件は砂に触れていることですから、トラップをしかけますわ。でも、やはりわたし単独だと仕留め切れるかあやしいですね。轟さんならどうしますか?」
「そうだな
…
俺だと左の個性よりも右のほうが相性良さそうだな。相手が砂を操る前に一帯の地面を凍らす。地形的に炎出すと火事になりかねないしな。ただ、反応速度の勝負になっちまう。先に凍らすか砂使われるかの競争だ。こんなだから攻め方が大雑把だとか言われちまうんだけどな」
「いえ、轟さんの個性なら充分有効ですし、多様な攻め方が出来そうですわ。轟さんは高い判断力をお持ちですから、劇中の敵くらいなら圧倒できると思います」
「そんなふうに言ってくれるな。俺はお前みたいにいろいろできる個性で作戦も立てれるほうが羨ましい」
はあ、とため息交じりに轟が言う。こういうことろでさらりと褒めてしまうところに八百万は非常に弱かった。嬉しすぎてつい上がってしまいそうになる口角をおさえる。
「羨ましいだなんて
…
。それは私のセリフですわ。私の個性の場合、単独での戦闘は不向きですから」
「なるほどな
…
お互いないものねだりってやつか。でもまあ、俺とお前が組めば問題なさそうだな」
「へっ?」
「いや、最初からそういうのに長けた奴だと思ってたが、八百万と実際組んでみて動きやすかったから。あ、お前のほうはそうでもなかったか?合わせてもらいっぱなしだったもんな」
「い、いえ!轟さんは個性の扱いがお上手ですし、判断が早くて私としても非常にやりやすかったですわ。わたしのほうが助けられてばかりでした。それに、何より轟さんのこと信頼しておりますもの」
「そうか
…
じゃあ、お互いに悪くないな。プロヒーローになっても組むの」
轟は少し笑って言った。そのせいで八百万の心臓はもう限界を突破しそうである。
プロになっても組む、とは。いや、轟きっと相棒的な意味で言っているに違いない。あるいは、プッシーキャッツのような友人同士のグループを指しているのだろう。
ただ、世の中には例えば夫婦でコンビを組む者もいるわけで。
八百万には今そちらが頭に浮かんでしまって。
嬉しいやら恥ずかしいやら、真意が気になるやらで八百万の頭はパンクしそうだった。
「! お前、顔真っ赤だぞ。 体調悪かったのか?気づかなくてすまなかった」
「い、いえ、そういうわけではなく、大丈夫です」
「女の大丈夫は当てにならんと姉さんが言っていた。とりあえずベンチ行くぞ」
ぐい、と腕を引かれて木陰のベンチへとずんずん連れられていく。高校に入ってからお姉さんと一段と仲良くなったと聞いていたが、そんな話までしているのか。いや待て、違う。そんなことを考えている場合ではない。この状況はまずい気がする。
「轟さん!私本当に体調が悪い訳じゃないんですのよ。ただ
…
」
「ただ?」
八百万が言い淀んだところで、轟が足を止めて振り向いた。掴まれた腕が熱くて、視線はついそちらへ泳いでしまう。
口をついて出てきてしまった言葉の先を求められ、どうしようかと八百万は思案する。誤魔化すべきか。何でもないと笑えば彼は追求して来ないだろう。ただ、この機会を逃しては八百万は当初の目的を達せられない気がした。
そう、目的。なにも今日、八百万は映画を観て互いの糧にすべく話し合いに来たのではない。それはそれで有意義であるが、そもそも今日を「決戦日」としたのは他でもない自分である。
「八百万?」
一向に口を開かない八百万を不思議に思ったのか、轟が顔を覗き込んでくる。視線が重なる。もう迷っている猶予はなかった。
(女は度胸ですわ!)
八百万は腹を括って想い人と目を合わせた。
「
…………
私は轟さんのことをお慕いしておりますので、そのように、プロになっても組む、とか言われてしまうと、嬉しくて、どうにも照れてしまうのです。顔が赤いのはそのせいです」
八百万はなるべくゆっくりと言ってみた。そうでなければ緊張のあまり早口になってしまう気がしたからだ。ただ、声はいつもに比して小さくなってしまったから、それでも結局聞き取りづらかったと思う。彼は目を少し見開いていた。まるでそこで初めて合点がいったというような表情に八百万は少し笑ってしまった。
「好きです、轟さん。お気づきでなかったと思いますが、私随分と前から轟さんのことが好きでしたのよ。あなたの隣でなら私はもっと強くなれるし、あなたの支えになりたいって思うんです。」
「...
…
ありがとう」
「...轟さんは、私のことどう思ってらっしゃるんですか?」
なけなしの勇気を振り絞って八百万は尋ねた。先ほどから心臓はどくどくとうるさくて、もう何も考えられない。A組一と言われる自身の頭脳もここではまったく役に立たたなくて、ただただ必死に思いのたけをぶつけ、答えを待った。
「
……………
」
沈黙が長く続いて、八百万は彼の答えが分かった気がした。ちらりと様子を伺うと、轟は少しだけ眉根を寄せて、言葉を探しているようだった。
鼻の奥がツンと痛くなって、目頭が熱くなる。自然と目線は下へと落ちて、彼に少しでも可愛く見られたいと思って履いてきたパンプスが目に入った。これを選んだときは不安で一杯だったけど楽しかった。友だちにたくさん相談して、「きっと大丈夫だよ」と励ましてもらったのがもう懐かしい。
「......クラスメイトとして、ヒーローとして尊敬している。ただ、俺は好きだとかそういうのさっぱり分からねえ。考えたことないんだ。」
やっぱり。ついにじわりと視界が歪み始める。泣くことだけは避けなければならない。八百万はぐっと歯を噛みしめた。きっと轟にとっては突然の告白で困惑しているだろう。これ以上彼を困らすようなことはしたくない。
ヒーローたる者いつでも笑顔でいるべし。
いつかどこかで聞いた言葉が頭に浮かんで、八百万は必死に涙を堪える。
「お前に限らず、好きだとか惚れたとかが分からねえ。八百万がそう想ってくれる気持ちは嬉しい。ただ...、悪い」
慰めるようにかけられる言葉に、八百万の胸はさらに痛んだ。視線を上げると轟はひどく困ったような顔をしていた。
そういう顔をさせたかった訳ではないのに。伝えないほうが良かっただろうか。どうにも上手くいかない自分の想いがやりきれない。
「.........いいえ、こちらこそ突然戸惑わすようなことを言って、申し訳ありません。これからも変わらずクラスメイトとして接してくださると嬉しいです」
「では、用事を思い出しましたので私はこれで。今日はお付き合い頂き、ありがとうございました。また学校で」
そこまで何とか笑顔を作って言い切ったところで、八百万は逃げるように走り出した。掴まれたままだった腕はあっさりと離れてしまった。走り出すと同時についにぼろぼろと涙が落ちる。もう限界だった。
きっと彼は八百万が泣いたことに気付いているだろう。だけど、想いが通じなくともせめてヒーローとして恥ずかしくない人でありたいと思って、なるたけ涙を隠したかった。
おい、と轟が呼び止める声が聞こえた気がしたが、聞こえないふりをしてとにかく駆けた。
◇
はあ、はあ、と大きく肩で息をする。もうどれほど走っただろうか。八百万は無我夢中で宛もなく走り続けた。この間も涙は止まらなくて、周囲からの目が痛い。雄英の体育祭等メディアへの露出によって八百万の顔は世間に知られているところである。雄英の三年ともなればヒーローの卵として覚えられている。泣き顔を隠すために八百万は建物の間へと滑り込んだ。
人の目から外れて立ち止まり、息を調える。ぼろぼろと流れる涙を雑にぐいと腕で拭った。
もう今日してきた化粧はぼろぼろだろうし、髪もぐちゃぐちゃのひどい格好だ。しかし八百万にとってそんなことはどうでも良かった。轟ただ1人のためにしてきたお洒落だから、彼に見られないのならもうどうだって良い。
気付けばもうや陽が落ちかけていて、空は茜に染まっていた。涙が止まったら家に帰ろう。家の人は心配するだろうから、なんと誤魔化そうか。
「おねえさん、どうしたの」
考えごとに耽っていると突然男の声が聞こえ、八百万はびくりと肩を震わせた。声はさらに奥から聞こえた。泣き顔を晒したくなくて、下を向いたまま答える。
「なんでもありませんわ。ただ、少し辛いことがあっただけなんです。ご心配ありがとうございます」
「へえ、こんなに可愛い女の子を泣かすなんてなあ。もしかして、失恋?」
八百万に影がかかったところで声が近づいてきていることに気がついた。警戒心を欠きすぎていたか。何でもないと言おうと慌てて顔を上げた刹那、薬品の臭いが押し付けられる。
(しまった
―
!)
防ごうと反射的に蹴りを入れようとするも、力が入らなくてあっけなく止められてしまった。
「だけど、こんな場所に入り込んじゃうなんておねえさんも考えが足りないなあ」
消えゆく意識の中、八百万は助けを求められるようなものを残そうと必死で創造した。
敵にバレないように。すぐに自分が創れるもので。
カタンと小さな音を立てて脚から創造された「それ」が落ちたのと、八百万が意識を失ったのはほぼ同時であった。
それは、幾度となく創ってきたマトリョーシカである。
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