mishiadd
2024-06-17 18:08:42
9673文字
Public
 

ザ・ショーストッパー

サムレムがミュージカルになった俳優パロ。ビッグナンバーを一手に引き受けさせられて異常ストイック性を発揮して舞台で歌い死ぬ勢いの宮本伊織と何百回の通し稽古で可惜夜を疑似体験させられて精神衛生が常にやばいセイバー、差し入れ魔の柳生宗矩、K-Pop出身舞台俳優のカヤちゃん、過労死寸前の演出家兼舞台監督兼俳優の若旦那など胡乱極まるドタバタコメディ。


3. The Rehearsal

さて――今更であるが、この演目は『ダブル主演』である。

伊織がビッグナンバー ――になり得る可能性のある、且つ超高難易度の楽曲――のほとんどを引き受けている一方、もう一人の主演であるタケルは、伊織とは別方向での負荷を余儀なくされていた。
なにがそんなにまずいのか――というとそもそもなぜタケルがこのカンパニーにいるかの話をしなければならず、そして案外その説明は一言で済んでしまうのだが――実はタケルは原作となったゲームのそもそものファンであったのだ。

通常であればこれは利点である。伊織などはゲームの存在自体知らず、仕事が決まった後に慌ててプレイしたクチである。役作りの一環として当然すべてのエンディングはクリア済だが、どうしてもただ純粋にプレイするのとは見方も受け止め方も違ってくる。
タケルの場合はそうではなかった。なんとなく手に取ったゲームを殊の外気に入り、じっくりと何十時間もプレイして、そして二周目の――例の――今回の演目のベースとなっている真エンドを迎えて、涙は枯れて廃人のようになり数日は寝込んでしまってまったく使い物にならなくなった。

タケルにカンパニーから声がかかったのも、タケルがSNSに本作をプレイしたことを呟いたことが発端であった。そんなに好きなら是非――と声がかかったのだ。



――で、何がそんなにまずいのかというと。



涙も枯れて廃人と化し数日間使い物にならなくなったあの結末を――何十回、何百回と、タケルは自身の身をもって繰り返し再演させられるハメになったのである。







「しんどい……心がしんどい……心が死ぬ……

通し稽古のあと舞台の隅っこで蹲って呻いているタケルの姿はもはや見慣れた舞台装置の一部のようであった。
伊織などはまだ歌い足りないのか、舞台上でバミリの位置を確認しながら発声練習をしたり、楽曲の最も難しいフレーズを何度も繰り返し練習したりなどしている。

一通りやりたいことを済ませてようやく周囲の様子に気が付いたのか、はたまた「喉を枯らす気か加減を考えよたわけ」と舞台監督に叱られたからなのか、伊織がようやく舞台袖に下がろうとする。その途中で蹲っているタケルにようやく気付いた始末だった。

「『セイバー』、大丈夫か?」

愛称代わりの役名で呼びかけ、蹲るタケルの横に腰を下ろす。少し悩んでから手に持っていたミネラルウォーターのペットボトルを差し出した。「すみません」と弱々しく零しながらタケルが受け取った。その間、ずっと伊織と視線が合わない。ん、と思い、伊織が身を屈めて俯くタケルの顔を覗き込んだ。

「『セイバー』?」
「うおあ!? ――か、勘弁してください宮本さん」

タケルがぱっと身を引く。拍子に真正面から伊織の顔を見てしまう。――みるみるうちに大きな瞳が潤み、大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちた。
「えっなに」と焦る伊織の横で膝を抱えて蹲り、ぐしぐしとタケルが顔を服の袖で乱暴に拭いた。

「ちょっ……ともう、宮本さんの顔見るとこうなってしまうんで……
「わ――悪かった。俺が考えなしだった」
「いいです……おかしいのは自分の方なんで……

はーああ、とひときわ重い溜息をついてタケルがますます縮こまる。どうしていいかわからず、とりあえずその背中をぽんぽんと叩いた。タケルのぐすぐすと鼻を鳴らす音がひときわ濡れて大きくなる。
うーん、と少し悩んでから、言うべきでないのだろうなと思いつつ、小さな声で伊織は尋ねた。

……役を降りるか? そんなにつらいのなら」
「いやです。自分以外がこの役をやる方が何千倍もいやです」
「だろうなあ」

ふうん、と伊織が天井を仰ぐ。見慣れた巨大な照明器具の数々をなんとなく眺めていると、ぽつりとタケルが言った。

「繰り返せば繰り返すほど、自分の演技はよくなっているとは思います。――だんだん、よくわからなくなってくるんです。自分が誰で、宮本さんが誰なのか」
――うん」
「虚構と現実の境目が――日を追うごとにわからなくなってくる。ゲームで見た記憶なのか、舞台の上で見た記憶なのか、自分の想像の中で見た記憶なのか――この手に残る感覚が一体なんなのか――
「だいぶキてるなあ」

タケルが顔を上げる。

「この、薄暗い舞台の上を熱いスポットライトが照らす中で、あなたと向かい合って――語ったこと、やったこと、全部、本当に自分の記憶だったような気がしてくるんです。この涙も、全部自分のものだった気がしてくる」
「いい役者だな。――いい役者だ」

くしゃくしゃと伊織がタケルの頭を撫でる。少し考えてから、伊織がタケルの耳元に唇を寄せた。ひそ、と囁く。タケルが目を見開いた。――労わるように優しく紡がれた、『セイバー』の真名だった。

上半身を起こし、照れたように伊織が言った。

「これでどれだけ助けになるかはわからないが。俺の勝手な思い上がりのようでもあるし」
「いえ。――すごく助かります。……すごく、救われた気がする」

じわ、と再び大きな瞳に涙が滲むのが見えたが、それが先程までの涙とは違うことは伊織にもわかった。

「すみません、もう一回呼んでもらっていいですか。――それから、これからもたまにその名で呼んでもらえますか」
「構わないが、そんなのでいいのか?」
「また今日みたいにダメになった時に呼んでくれたら助かります。……また、頑張れる」
「それでいいのかな……

――それでよいわけがなかったのだが、その場にいたのは伊織とタケルだけだったので、正常な判断をできる者が誰もいなかった。

ますます伊織と彼の『役』を混同したタケルの演技には悲壮感が増し、その壮絶な悲劇性は辛口の演出家をも唸らせるほどのものとなったが、ただでさえ崖っぷちだったタケルの精神は更にギリギリを走り続けることとなったのであった。