【あしゅやよ】恐れ知らず幼女

王子様のキスでお姫様は目覚める(要約)なお話とおね(ロリ)が抱くクッションポジになりたいショタのお話二本立て。あしゅやよ編。螢詠要素含む。

恐れ知らず幼女




「まず螢多朗をおとりにします」
抑揚のない、されど有無を言わせない夜宵の幼声に螢多朗は目をぎゅっと瞑り唇を噛み締めた。
灰色の砂浜に黒い海が寄せては引く波打ち際。周囲数キロに人工物の類や人の気配なぞ無く、煌々と光る満月だけが唯一の光源である夜の浜辺に夜宵と螢多朗、「頑張って螢くん」と両手ガッツポーズを胸元でしている詠子、そして──。
………
夜空に浮かぶ満月を彷彿させる目から赤黒い血の涙を流す月蝕尽絶黒阿修羅が絶えず周囲を警戒し続けていた。
熱帯夜にしては、身の毛がよだつ寒さが常に付き纏い螢多朗は思わず自身の二の腕を擦る。
「其処彼処から誰かに見られている気が……
纏わり付くような無数の視線。恐怖心を煽る圧迫感が螢多朗を顔を引き攣らせ、そんな彼の様子を見ていた詠子は霊感が無いものの目に見えぬ手招く暗がりに息を飲み、手に持っていたスマホを一度強く握りしめぼんやり光っている画面に表示されている文字を目で追い声に出し読み始めた。
「恒例の曰くだけど。この浜辺は潮の流れの速さから遊泳禁止になっているにも拘わらず、行方不明者の捜索願が途切れる事無く増え続け、潮の満ち引きによって浜辺に多くの死体が打ち上げられるもそのどれもが捜索願の出されていない死体なんだって。しかも、捜索願を出した次の日に死体が打ち上がるのも相俟って、自分が帰るために他の人を海に引き摺り込んでいるんじゃないかって噂があるみたい。他にも波音に紛れて『連れて行かないで』嘆き叫ぶ悲痛な声と『帰って来られた』安堵で掠れた声が重なって聞こえるとか。あとは何かを書き込もうとして消された痕跡が複数、夜宵ちゃんっ、ここの心霊スポットランクって……!!」
「E」
「E!?」
「Eなの!?」
淡々とランクを述べる夜宵に螢多朗と詠子の驚愕に満ちた声が重なる。昏い海に木霊する声音に宿る思いは、心霊スポットランクが想像以上の低さもさることながら、かの有名な七人ミサキに通ずる恐ろしい噂であろうとも夜宵の分析では然程脅威と見做していない点が大きい。
危険度不明ならまだしも、ランク付けで一番下のBを易々超えていくEランクに肩透かしを喰らえばいいのか分からず螢多朗と詠子は目を見合わせた。
実際問題夜宵の重瞳に映り込む霊的なものの数は多けれど、束になったところで月蝕尽絶黒阿修羅にとって脅威の”きょ”の字にもなりやしない弱々しいものばかり。数打てば当たる方式でチャンネルが合った者達を海に誘い込む程度の力しかないのを自覚している所為か、喉から手が出る程魅力的な螢多朗を前にしても傍に佇む黒阿修羅のプレッシャーで指を咥え見る事しか出来ない臆病っぷりに夜宵は一人納得しては頷いた。
「で、さっきの話に戻るけど。螢多朗は出来る限りビビった感じで海岸線を走って欲しい」
「どういう事!?」
夜宵が提案する突拍子の無さに慣れてきた自負があれど、特徴的な重瞳の奥に潜む深淵染みた発想や思考はいとも簡単に螢多朗の理解が及ぶ範囲から外れ飛んでいく。
「この子の戦闘スタイルを改めて確認するのと今後の応用について実験。ここにいる霊たちは全然大したことない。でも、海に人を誘い込み溺れさせるくらいの悪意は持ってる。今はこの子の姿が見えてる所為で隠れているのを螢多朗のモテモテフェロモンでおびき出して欲しい」
「念のため確認したいんだけどいいかな」
「なに?」
「僕の身の安全は……
「大丈夫、保証しまくり。そのためにこの子がスナック感覚で狩れる狩場に来たまである。なんなら詠子と一緒に『あはは、待て待て~』『つかまえてごらんなさ~い』なノリでリア充よろしく駆けてもらっても構わない」
「それ相手をものすっごく煽っていくスタイルじゃないかな!?」
「むしろそれが狙い。滅茶苦茶煽りちらしていって」
呼ばれスケッチブックで顔半分を隠している黒阿修羅の反転した目に映り込むドヤ顔サムズアップした夜宵、夜宵の無茶な要望に思わず突っ込み困惑する螢多朗、まさかの展開に胸をドキっとするも満更でもない様子で螢多朗を何回も見る詠子。三者三様の光景を無言で眺めている間に準備が整ったらしく、裸足になった螢多朗と詠子が渚に佇み夜宵と目配せしていた。
胸に手を当て呼吸を整えた螢多朗がやや後方に立っている詠子に振り返り無言で頷けば詠子もまた無言で頷き返した。月光に照らされている詠子の頬が仄かに朱が走り、海風に遊ばれ揺れる髪を耳に掛け柔和に微笑む姿に螢多朗の胸が高鳴り──、この状況でなければ素直にときめくシチュエーションを悔やみに悔やみ嘆いた後、気合一心自分の頬をパシンと叩き螢多朗が駆け出した。
「待て待て~、螢く~ん」
「あはは。つ、つかまえてごらんなさ~い」
螢多朗の半ばやけくそ棒演技にまんまと引っ掛かった霊たちが面白いくらい姿を現した。その表情のどれもが妬み恨み、生きている者への羨ましい感情に彩られ呻き叫んでいる。数多の手たちが螢多朗を海へ引きずり込むべく伸ばされるも悉く触れる前に指先から肩までの存在を削られ消えていった。
「ひぃぃぃっ!!」
黒阿修羅は自分を攻撃しない。そう頭で分かっていても間近で存在ごと消える感覚に慣れず恐れ戦く螢多朗の顔は強張っているのに対して、その螢多朗を追い掛けている詠子は至極嬉しそうな顔で頭を抱え走る螢多朗の姿を視界から一切逸らさずに走っていた。心なしか弾んでいる声は到底演技とは思えないものだった。
二人が海岸線を駆け抜けていくのに合わせ目で追う夜宵と黒阿修羅。
夜の浜辺でキャッキャウフフしている螢多朗と詠子から意識と視線をスケッチブックに描かれたものを塗り潰し肉団子に変換してはもしゃもしゃ食べている黒阿修羅に夜宵が向ける。
「隠すよ」
言うが否や夜宵の小さな両手が黒阿修羅の視界を遮った。途端、煩いまでにスケッチブックの上を駆けていた音が鳴り止み黒阿修羅の呪いも止まった。夜宵の視線が霊たちに追われている螢多朗と詠子、新たに描かれなくなったスケッチブックを交互に見遣る。
「ふむ」
浮かんだ仮説を検証すべく夜宵は黒阿修羅の視界を遮っていた両手を離した。あともう少しで螢多朗を掴みそうだった霊の手が惜しくも寸前のところで削り取られ恨み節を言う暇さえ与えられず黒阿修羅の胃の底へ落ちていく。その後も夜宵は片眼だけの場合、視界を完全に遮ってもスケッチブックに描く事は可能か試し続けた。
「やはり視認無しでの直接攻撃は難しい。物陰に隠れ視界から見えなくなった時はスケッチブックの呪いを極小化した触れると消失する雨との併用が無難っぽい」
夜宵と黒阿修羅の視界から外れない程度の範囲で、もう何往復しているか定かではない螢多朗は息か上がり足元を砂浜に捉えられ躓きかけるをくり返し、流石に螢多朗の後ろを追い掛けていた詠子からも疲れから笑みは消えていた。
そもそも黒阿修羅の底なしの胃袋はとっくに黒い海岸線に蔓延っていた霊たちを残さず平らげており、健気によろめき駆け続けている螢多朗と詠子の二人に水を差す邪魔者はいない状態である。自分たちを襲う霊の気配が無くなったのを薄ら察した螢多朗が速度を落としやおら夜空を仰ぎ足を止めたのを切っ掛けに詠子もまた膝に手をつき息を整えた。
苦しそうに胸を押さえ大きく開けた口で息をする螢多朗が夜宵を見ているのに気が付いた黒阿修羅は隣に座っている夜宵に反転した視線を投げかけるのに合わせ、ポスンと肩に軽い衝撃が走った。
見開いた黒阿修羅の目に映り込む夜宵の穏やかな寝顔。そう言えば隣で聞こえていた夜宵の声がいつの間にか聞こえなくなったのをふと黒阿修羅は思い出す。手に持っていたスケッチブックとタッパーを虚空に片付け、凭れ掛ってくる夜宵を抱き留めていれば、此方の異変に気付いた螢多朗が脇腹を擦りつつ詠子と一緒に戻って来た。
「寝てる」
「疲れちゃったのかな」
何か霊的なものの攻撃を懸念する螢多朗に黒阿修羅は首を横に振う事で答えた。
「良かった」
「今日はもう帰ろっか」
胸を撫で下ろす螢多朗の隣で帰宅を提案する詠子に満場一致の小さな声が上がる。早速寝ている夜宵を起こさぬよう螢多朗がその小さな体を抱きかかえようとするも詠子にそっと止められた。目で訴えかける螢多朗に詠子は静かに黒阿修羅を指差し目を細める。まるで、微笑ましいものを眺める目つきに螢多朗は顔を傾げるも一拍置きその意味を察した。
やせ細り骨が浮かび上がっている黒阿修羅の腕が恭しく夜宵を抱きかかえる光景に螢多朗の口元が弧を描き──。
「今度私もお姫様抱っこしてほしいな」
詠子の期待に満ちた眼差しと声音に口元を波打たせたのだった。

詠子の車の助手席に黒阿修羅は夜宵と共に乗り込み、螢多朗と詠子が乗り込むのを待った。待ったのだが車のドアが開く気配が無かった為、窓を開け外にいる二人に声を掛けた。
「乗らないの?」
「喉乾いたから近くにある自販機で飲み物買おうと思って」
「分かった」
脅威を感じるものが周囲に無いのを確認済みだが、黒阿修羅の足元から生え伸びる幽微な手のひとつが螢多朗の手をぎゅっと握る。その冷たさと気配に螢多朗が面を食らうも黒阿修羅は気にせず言葉を綴った。
「何かあったらこれで僕を呼んで」
「そんな事も出来るんだ……
「黒阿修羅くんいつの間に覚えたの?」
詠子の言葉にハッとした黒阿修羅が反転した目を泳がせ、助手席のドアに隠れるよう目元だけ覗かせ上目遣いで二人を見上げた。
「いつもは見えなくして内緒でお姉ちゃんの手握ってるの」
「内緒?」
「うん。前にそれで手握ってたら『学校にいるなり代わりにバレて色々面倒になるやめて』って怒られた」
だからいつもはお姉ちゃんにも気付かれないようにしている。黒阿修羅が噤んだ口に人差し指を添える仕草に螢多朗は「あー」と抜けた声を漏らし、詠子は「あはは」と乾いた笑い声を零した。
増えた手で螢多朗と詠子を見送った黒阿修羅は助手席に一緒に座り寝入っている夜宵に向かい合い、その自分よりも小さい体を抱き寄せる。
変わった瞳の、大好きな瞳を隠している瞼に血の匂いが漂う唇を寄せ口付けた。
「起きて夜宵お姉ちゃん、起きて僕のこと褒めて……
頭を撫でて。そう希う黒阿修羅の声は昏く甘い。頬と頬を擦り合わせていれば、頭を撫でる感覚に思わず閉じていた瞼を黒阿修羅は開けた。
半分瞼裏に隠れているものの、夜宵の柔和な眼差しが黒阿修羅を見詰め緩慢な動きで額同士を重ね頭を撫で続けては、螢多朗と詠子が帰ってくるまで屈託のない声音で黒阿修羅の名前を呼び彼を褒め続けたのだった。