【健全】首輪なき犬達の家【小説】

621の性別は読者選択式。
解放者√後
スッラ(普通に元気)がウォルター(肉体的にも精神的にも無事じゃない)&621のお家に居つく話
ほのぼの生存・共存ルート


*

「あの。せっかく来て貰ったので、ひとつ、提案したいのですが」
「なんだ」
「お金と住居を提供しますので、雇われて貰えませんか」
 ――ぱちりと、あの人は瞬きをしました。
「雇う?」
 眉を顰め、首を傾げられてしまいます。けれど提案と交渉を続けます。
「私ひとりでは、ウォルターさんのお世話は、なかなか難しくって。でも、助けが欲しくても、解放戦線の皆さんに知られるわけにはいかなくって。ラスティくんにもフラットウェルさんにも秘密なんですけど、このまま続けるのは、もう無理かもしれなくって。……ね、貴方は、ほら。暇なんでしょう?」
 この人はウォルターさんより歳上ですが、とても元気そうです。きっと非力な私に代わって、力仕事の類も、やってくれるに違いありません。
「失礼極まりないな」
「違うのですか」
「まあ、前の雇い主は見限ったが」
「じゃあちょうど良いではないですか」
「私に介護をしろと?」
「ACパーツも弾薬もサービスしますので、何卒」
「大体お前、何故私を信用する」
 こうして交渉をまともに聞いている時点で、ある程度は信じていい人間である気がしているのです。それに――
「だってウォルターさんが」
「ウォルターが?」
「貴方の事を」
「私の事を?」
……
…………
「すみません、何でもないです」
「おい途中で止めるな」
「気になりますか」
「気になるだろう」
 謎めいたあの人について、ウォルターさんが教えてくれた数少ない事。それを話そうと思いましたが、けれど勝手に私から伝えてはいけない気がして。途中で止めました。あれはきっと、ウォルターさん自身が伝えるべき言葉です。それはともかく。
「でも。会いにきたのに、殺さないじゃないですか。色々と、気にしているではないですか。だったら、それで良いではないですか」
……
「本当は、仲良くしたいんでしょう?」
「違う」
 すかさず否定されてしまいました。
 語尾を強めたその声に反応したウォルターさんの身体が、ビクリと大きく揺れます。
「スッラ、殺すな。頼む、そいつはようやく、自由を手に入れた。奪わないでくれ、やっと、……生きて……
 ウォルターさんは、飽きもせず懇願し続けて、そしてもがきます。心配してくれている事自体はとても嬉しく思えるのですが、とはいえ、あまりにも苦しそうな様子を見せ続けられると、ちょっと耐え難いのです。
「ウォルターさん、ウォルターさん。落ち着いて」
 そうしているうちに、あの人は目線を、ウォルターさんの身体に刻印された、企業の『証』に向けました。とても怖い顔で、睨んでいます。
 企業の人達は、私のウォルターさんの身体に勝手な事ばかりしました。だって、とにかく酷いのです。足が悪いからって、切らなくったっていいじゃないですか。腕は、撫でてくれたりだとかして、ちゃんと動くはずだったのに、それも両方。勝手に外してどこかに捨ててしまったのです。
 そのうえ、身体に管理番号だとか、ケーブルの差し込み口だとか。そういうのをつけてしまって。長ったらしいごちゃごちゃとした文字やバーコードの類は、ゴシゴシしても全然取れません。凄く困っています。ケーブルが差せるのは色々と便利ですが、でも、なんだか嫌です。手足より優先度は低いですが、これもなんとかしてあげたいのです。
 勿論、頭部が一番の優先なのですが。
「かなり弄られたらしいな。こういう事を言う男ではなかった」
「うーん。これでも随分とよくなったほうなのですが」
 連れ帰った当初は、企業がどうとか、友人達がどうのこうの、使命がなんとかかんとか。話すのはそればかりでした。投薬など色々と試した結果、症状は少しおさまったのですが、そうすると今度は『私』と『犬』の話ばかりをするようになったのです。
 ウォルターさんが私の話をしてくれるのは嬉しいです。けれど、なんだか前のウォルターさんと違うから、困るのです。
「治るのか、これは」
「分かりません。でも貴方に手伝って貰えれば、近道になるかもです」
 飼ってくれていた頃のように、話したい。飼ってくれていた頃には出来なかった話を、したい。沢山、お話がしたい。それなのに、上手くいかないのです。

「っはあ~~~~………

 びっくりするほど、長い溜息が聞こえました。
「犬。住み込みの仕事だが、食事は出るんだろうな」
「もちろん」
……気の進まない仕事だ」
「でも、毎日顔を見られますよ」
「数日で飽きがくるだろう」
「そんな事ありませんよ」
 あの人は頭を抱えています。けれど乗り気になってくれたようです。
 ――私は嬉しくなり、少し頬が熱くなりました。
「スッラ。頼む、やめてくれスッラ……621を……
「ウォルターさん、ウォルターさん。この人、今日からここで働く事になりました。心強い味方ですよ、多分ですけど」
「スッラ、見逃してくれ、621だけは」
 話しても話しても、全然分かって貰えません。でも良いのです。これから、この暮らしがもっと良いものになるはずなのですから。そうしたら、きっと。
……おい。本当にいいのか? 今のコレは、私という存在のストレスで衰弱死しかねんぞ」
「そのうち分かってくれるはずです」
「物分かりがよければ、こうはならなかったのだがな」
 また酷い言葉です。
 けれど、良いのです。壊れたウォルターさんが元通りになる未来に辿り着けるのならば、それで。
「スッラ……ぐっ…………こう、なったら、貴様を、排除するしか」
「無理ですよウォルターさん」
「HALを、持ってきてくれ……お前がやらなければ、俺がやるしか、ない」
「無理です。HALくんは今もバラバラの焼死体のままです」
「なら、お前の機体を、貸してくれ。俺が、始末する」
「無茶です。今、キック縛りをしているので武装全部外しています、ウォルターさんには難しいですよ」
…………621?」
 無茶苦茶な要求をし続けるウォルターさんが困惑の表情を浮かべたような気がしますが、きっと気のせいです。
 大体、手足が無いウォルターさんには改修された専用機以外動かせません。無理なものは無理なのです。
「おい、犬。鎮静剤だ、鎮静剤を打て。麻酔でもいい」
「はい」
『レイヴン……鎮静剤の在庫は、ありません。麻酔もです』
「あらら」
「どうした、犬」
「あの。すいません、さっそくミッションなのですが、お使いを頼みたくって」
「621……ミッションを……そいつの、撃破を、頼む」
「うるさいぞ、ハンドラー・ウォルター。首の後ろを『トンッ(当身)』されたくなければ大人しく寝ていろ」
「やめてください、そんな乱暴な。死んでしまいます」
「死なん」
「死にます」
「621の為に……死んでくれ、スッラ……
「死なん」

 ――こうして。
 秘密の隠れ家で、私とエアちゃんとウォルターさん。
 そしてあの人を取り込んだ、奇妙な共同生活が始まったのです。