【ダン飯】美味しいおそばに罪はない

わちゃっとした元迷宮の主組に悪食王を添えてなお話。その2。
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宮廷図書室は常に静寂に満ち、一千年前の貴重な書物の数々が「至って普通の書物ですが?」とすまし顔で理路整然と棚に収まっている。何処を見渡しても本、本、本。そして、此処を使用する者は限られており殆ど貸し切り状態に近かった。

天井近くまで伸びる背高のっぽで巨大な本棚の上段、梯子を使用してようやく届く高さにある棚を端から背表紙をなぞっていく。
目当ての一冊を見付けたシスルが本を抜き出し、内容をざっと確認すべく目を通す。文字を素早く追い掛けるアザミの瞳。途中までしか読み込んでいないものの、書かれた内容に問題なしと頷き本を閉じた。
「投げるぞー」
梯子の下。身を捩り見下ろした先にいるマルシルに向かって本を落とせば、彼女はやや慌てながらも両手を上げしっかり本を受け止める。
シスルがその気配を背中で感じつつ、梯子を下りていき最後はピョンと軽快に飛び降りた。
梯子横に積んでいた本タワーの天辺に受け止めた本を追加させ、よっとマルシルが本タワーを持ち上げる。視界を遮ってしまう程に積まれた本タワー。危なっかしく歩くマルシルに溜息を吐いたシスルが彼女が持つ本タワーの高さを低くする。
目を丸くして立ち止まるマルシルにシスルが怪訝な顔で、「さっさと歩け」と促す様子にマルシルは微笑み礼を述べ止めていた歩みを再開させた。
「とりあえず、必要なのは揃ったな」
「今日は何を教えてくれるの?」
「補助系魔術。これを併用すれば用途の少ない種類の魔法の幅が広がる」
「へえ」
カルデラ状に広がっていた本棚の壁から、資料閲覧や学習に適している机と椅子が並ぶ盆地へと下っていく。
段数の少ない階段を下りて行き、複数人掛けても余裕な机にシスルとマルシルが抱えていた本タワーを置き椅子に腰かけた。
そして、座った席の向かい側で外交官兼監視役のミスルンは二人が来るのを待つ間、他の書物を読み耽っていた。二人が持って来た本の背表紙を眺める黒の隻眼は問題なしと見るなり、再び手元の書物に落とされた。
非常に分かり難い許可が一応出たのでシスルは、本タワーの真ん中に挟まっていた本を一冊取りマルシルの前に置いた。
そうバランスが崩れ咄嗟に本タワーを支えるマルシルを気にせず、……シスルは何てことないように表紙を捲る。諸々言いたいことをグッと飲み込み気持ちを切り替えたマルシルはシスルの説明を真面目に聞き、時折りノートにペンを走らせては気になる箇所を臆せず質問した。



シスルとマルシルの高度な質疑応答の数々はライオスが聞けば頭が痛くなる事間違いなし。
図書館に染み入るひそめられた声と乾いた紙が擦れる音、たまに聞こえるペンがシュッシュと滑る音が集中力を増進させる。
「はい質問。ここのところなんだけど」
礼儀正しく挙手をして質問するマルシルに該当する箇所をシスルが覗き込む。長く丸みを帯びた柔らかい指先がなぞる文章にシスルの顔が微かに険しくなった。
「(ここ、ぼくもよく理解出来ていないとこだ)」
古代魔術を教えるといった手前、変に自分の中にある憶測を元に教えるのは嫌だ。
そんなシスルが唸り考えるのを隣で期待に満ちたマルシルが目を輝かせ見ている。下手に知ったかぶりをかますよりも今後の育成のため素直に言うか、とシスルが思った矢先。
向かい側から伸びてきた筋張った色素の薄い人差し指が文章の一端をコツコツ叩いた。
「この定義は──」
「おい待て」
「なんだ。ここについて知りたいんじゃないのか」
さも不思議だと見遣る黒い隻眼と複雑な感情が混ざりあったアザミの瞳がかち合う。
「ぼくが言うのもあれだが、お前監視役だろ」
「そうだ」
「立場上こういうのには普通口出ししない方がいいんじゃないのか」
「これは然程危険な部類ではないので問題ない。それよりも知りたがっていただろう?」
シスルは本気で困惑した。大概自分自身も一千年前の時をはじめ、翼獅子に精神を操られていた時期にしていた行いの数々を振り返りその異常さを理解するや自戒を込めもうしません、なんて胸にしかと刻んだというのに。
目の前にいる外交官兼監視役のミスルンはとかく自分自身がしている行いのヤバさを自覚していない。見逃す目を瞑るに至っても限度というものがある。
「(……いや、こいつの場合分かった上でやってる気がする)」
ミスルンの丁寧で分かり易い解説にマルシルが感嘆の声を上げ軽快にノートに書いていく文章が伸びていく。
その様子を頬杖をつき眺めるシスルは小さく息を吐き、教師二名生徒一名ときどき教師一名生徒二名になる妙ちくりんな状態を知らず楽しみ新たな知識を増やしていった。

白熱する古代魔術談議。あーだこーだと話す声量が少々大きくなり始めたその時。
誰かの腹の音が存外大きく響き渡った。
シスルが訝し気な目でミスルンを見るも彼は小さく首を横に振り、ならばと二人揃って視線を向ければ長い耳を真っ赤に染め俯くマルシルが居たたまれなさそうに身を縮めていた。
「そろそろ昼の時間か」
明かり窓から差し込む陽の長さを見て呟くシスルにマルシルが自身の腹部を擦る。
「お腹空いたー」
そんなマルシルに合いの手を入れるように彼女の腹の虫が今度は音量控えめに鳴いた。
続きは昼食を食べ終わったあと。シスルの提案にマルシルが異議なしと弱々しく挙手をしつつ、「本、片す?」の問いに彼は「どうせぼくら以外あまり使うやついないからこのままでいいだろ」と返した。
それでも気持ち机の上をマルシルが整えていれば、向かい側の席に座っていたミスルンが虚空を仰ぎぼそり呟いた。
「昼食はそばにするか」
「え! 私も食べたいっ!」
食い気味の前のめり気味に言うマルシルにシスルは小首を傾げる。
「そばって美味いの?」
「あれ? シスルはミスルンのおそば食べた事ない?」
「ない」
「えーっ。絶対食べさせてもらった方がいいよー」
すっごく美味しいんだから。指を組んだ手を頬に添え以前食べた時の思い出を思い出しているのか目を閉じるマルシルにシスルもそこそこ興味を抱いた。食事の美味しさや有難さは今となってはライオスから毎度鬱陶しいくらい聞いている。
なによりマルシルが思い出し口端から涎を若干垂らしている姿を見て期待も抱いてしまう。
「よ、よかったらぼくも食べたい……
下手に意地を張らずされど気恥ずかしくて声量を抑えた声でシスルがミスルンに言う──が。
「仕込みがまだ済んでいない。食べるなら明日だ」
「!?」
まさかの事態にシスルは戸惑いを隠せなかった。
先程までそばに想いを馳せていたマルシルに視線と意識、自分が抱いた同意して欲しい気持ちを向ける、が。
「明日、明日かあ。楽しみー」
何の疑いもない。残念がっているものの当たり前の如く受け止めているマルシルにシスルは自分がおかしいのかと額を押さえた。
「(だって今から食べる昼食の事を話してたんじゃないのか……?)」
ぐるぐる回る思考で佇んでいたシスルの背をマルシルが大食堂に向かって押していき「良かったら一緒にどうです」とミスルンを誘い彼もまた「うん」と言い後を付いて行った。



後日。ミスルンは「おそば食べたい」と言ったシスルとマルシルを自前の厨房に招いた。
はじめて連れられた場所にシスルは内心そわそわしては周囲を見渡すべく首を動かしていた。想像以上に整えられた厨房にはプロ御用達のものが並び、一般庶民ではまず集められない器具の豊富さにアザミの瞳が「やるじゃん」と瞬く。
カウンター席で隣り合わせで座っているマルシルの上機嫌な様子につられシスルの口端もやんわり上がる。
「今日は来てくれて助かった」
カウンターテーブルを挟んだ厨房側、あまり見かけない東方群島の衣装に身を包むミスルンが背を向けた状態で話しかけた。
「どういう事だ?」
「試作品を作り私以外の感想を求めていたのだが、パッタドルに食べる頻度を減らしたいと言われた」
刹那、上機嫌だったマルシルの脳裏を過る城の廊下で見かけたパッタドルのしんどそうな顔付で腹部を擦り口元を抑えていた姿に「ああ……」と納得の声を上げた。
お疲れさまです、と胸中呟くマルシルといつの間にか身を乗り出し厨房を覗いていたシスルの鼻を香しい匂いが擽る。時間差でマルシルもまたその食欲を誘る匂いに鼻をスンと鳴らした。
「出来た」
白く立ちのぼる湯気。山盛りになった野菜と肉、その他よく分からないでも食欲をそそる食材と麺、スープに満ちたどんぶりがシスルとマルシルの前にことり置かれた。
「これが、おそば……
初めて聞く料理名とその見た目にシスルの瞳にアザミ色の星が輝く。心なしか褐色の頬の血色が良くなっている様にマルシルが嬉しそうににっこり笑う。髪を結う欲は悪魔に食べられてしまい、自分では結う気が起きないが今ではシスルが結ってくれるので問題なくそばと向き合える。
「おあがりよ」
抑揚のないミスルンの声を聞いてから二人は箸を持ちそばを啜った。
シャキシャキとした野菜は仄かに甘く、分厚い肉はジューシー、何よりよく分からないでも滅茶苦茶美味しい食材とつるりとした麺を啜る二人の顔は幸福に満ちていた。
「んーっ! 美味しいっ! とくにこの何だかよく分からない野菜? 肉? がまたいいアクセントになってるーっ! この美味しいのなんなの?」
「それは先日調査した迷宮で狩ってきた新種の魔物の内臓だ」
「んんっ!!」
噎せ返りそうになるのを気合で耐えたマルシルの隣の席にミスルンがそばをことりと置く。
噴出しそうだった咀嚼途中のものを飲み込み、真っ赤な顔でマルシルが思いっきりカウンターテーブルを叩いた。賑やかに奏でられる食器たちの歌声。幸いな事に何かが倒れて大惨事になる事は免れている。
「なんでよっ!?」
「下処理なら問題ない。センシとライオスに協力を仰ぎ美味しく食べられるレベルまで昇華した」
「そういう事じゃないっ!!」
「センシとライオス?」
大声で叫びカウンターテーブルに突っ伏すマルシルを余所にシスルは兎角気にせず麺を啜り目で訴えかける。
「そうだ。ライオスに至っては魔物食材の使用を試みたいと提案した途端、快くこの厨房から調理器具一式揃え贈ってもらった」
「なるほどね」
ちゅるん。麺を吸い込み咀嚼しつつ、新種の魔物の内臓を箸で摘まみ頬張るシスルにマルシルがバッと顔を上げた。
「思ったんだけど、あなた魔物食に抵抗ないわけ……?」
「別に、腹に入れば一緒だろ。それが自分の好みか好みじゃないかそれだけの事じゃん」
「た、淡泊ー……
ファリンを助けるため魔物を食べるというライオスに全力で拒否した記憶がマルシルの顔を少しばかし渋くさせた。
そんなマルシルの隣、ズゾズゾゾッと勢いよく麺を啜る音に彼女は漸く自分の──シスルが座っている側ではない方を何となく見た。
果たして、其処に座っていたのはとても美味しそうにミスルン特製のそばを啜り、野菜と肉、内臓を食べているライオスだった。
「今回の魔物も美味いっ!」
「いや、なんでいる!?」
満足げに野菜と肉、特に内臓を頬張るライオスに当てない程度に手首のスナップを利かせマルシルが突っ込んだ。だが、彼女の突っ込みは慣れっこらしいライオスは兎角気にせずに、はふはふ麺を啜りスープを掬い飲んでいた。
「試食会に協力してもらった者を呼ばないのは失礼だろう?」
何故興奮しているのか定かでない。されど、マルシルの疑問に答えないのは失礼と判断したミスルンが代わりに答え。
「そうじゃないっ!!」
ものの見事に空振りした。
ひとりだけ賑やかなマルシルを眇めた目で見上げ、やたら大袈裟に身振り手振り訴える彼女からシスルはそばが当たらぬよう少しばかり横にズレた。
「本当はセンシも一緒に食べてもらいたかったけど残念だ。でも、本当にこの内臓の下処理の仕方は凄い。臭みや嫌な食感が全く無くなっているっ」
「こらそこ魔物食に興奮して語るなっ! というかライオス、あなたさっきおそば食べる前にがっつりご飯食べてたよね?」
「これは別腹」
「はぁ~。そんな事言ってていいの? これ知ったら絶対怒るよ、彼」
大きな溜息を吐き、美味しいには変わりないので諸々諦め麺を啜り始めるマルシルにライオスが手の前で手首だけを動かし手を振う。
「ないない。彼にはちゃんとそれっぽい事言って抜け出してきたからバレやしない」
笑顔でそばに舌鼓を打つライオスの後方、ミスルンだけドス黒いプレッシャーを纏い仁王立ちするカブルーの姿を隻眼で捉え、ひとまず「もう一人前作るか」と踵を返すのだった。