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氷紀
2024-05-19 01:40:53
9593文字
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迷い込んだ彼らの話
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言葉にはならないこと
『選んだ者、選ぶ者』の続き。CPは高沢+若干ゲタ←墓。
言葉にならないところが大事だったりする話。
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目が覚めたら、朝と昼の狭間のような時間だった。
隣の布団で、沢城くんが小さな寝息を立てている。意外と朝寝坊はしない沢城くんが、こんな時間まで寝ているのは珍しい。昨夜、僕が眠ってしまうまでずっと手を握っていてくれたからだろうと思うと、起こす気にはなれなかった。
つい、自分の手のひらに視線を落としてしまう。沢城くんが握っていてくれた手。舌を絡め合った感触も一緒に甦ってくる。もっと食べて、と囁かれて妙な欲望が騒いだことは、どうしても否定できない。あんまり気がつきたくなかった種類の衝動は、今も続く彼の寝息にくすぐられて騒いでいるけど、いや、ダメだ。さすがに
――
僕の状態を見かねて力を分けてくれたんだろうに、それにかこつけて何を考えてるんだ何を。
軽く首を横に振って起き上がる。沢城くんのお陰で、体の調子はだいぶマシになっていた。少し空腹感もあるけど、それよりのどが渇いてる。水を飲みに行こうと部屋を出たら、縁側にゲタ吉の姿があった。
「お、もう起きて大丈夫なのか?」
「何とかね。ゲタ吉こそ、派手にやられてたけど
……
」
ゲタ吉の服は僕と似たり寄ったりの、寝間着代わりの浴衣だ。おそらく元は墓のの持ち物だったのだろう、少し短めの袖からは、腕に巻かれた包帯がちらりと覗く。僕の視線に気づいたのか、その腕を軽く振って、ゲタ吉はからりと言い放った。
「まだちょっと痛いは痛いけどナ、逆に言うならもうその程度サ」
全く大したことのないような調子
――
やっぱり、こういう強がり方が、沢城くんとよく似てる。
ゲタ吉曰く、墓のとちいさいのは知り合いのところに出かけているそうだ。何でも、僕らが戦ってる間にちいさいのがとうとう腹を決めて、この墓のの世界で生きることにしたらしい。そうなったからには、やはり面通しをしておいた方が良い相手がそれなりにいるらしく、しばらく墓のとちいさいのは挨拶回りで忙しくなりそうだ、とのことだった。
「ちいさいの、やっぱりそうなったかぁ
……
」
縁側で、もらいものらしい饅頭といつもの番茶を啜りながら、僕は小さく呟いた。それが何かひっかかったのか、ゲタ吉は饅頭をかじろうとした動きを途中で止めて、問いかけてくる。
「やっぱり、って?」
「あ、いや、そうなるだろうな、って思ってたから」
僕の脳裏に過っていたのは、あの物置とも書斎ともつかない空間での話だ。もちろん『ゲタ吉にだけは喋るな』と墓のに口止めされていることも、忘れてはいない。だから僕は微妙にごまかした。
「
……
だってちいさいの、ゲタ吉にくっついて離れようとしないじゃないか。墓のにも懐いてるけど、一番はゲタ吉なんだろうな、って」
全く喋らないちいさいのの内心は、行動や表情から推測するしかない。でも少なくとも今ここにいる『鬼太郎』たちの中で、ちいさいのが一番大好きで頼りにしているのは、ゲタ吉に違いないだろう。ちいさいのが自分から抱きつきにいったり、何か困ったときに視線で探すのはいつだってゲタ吉だった。
それに自覚があるんだろう、ゲタ吉は饅頭を一口かじって無造作に飲み下すと、愛しさをにじませた声で応えてくれた。
「マア、それはその通り
……
離しちゃいけない、離れちゃいけないって俺も思ってる。俺が手を離したら、ちいさいのの心が壊れちまうって墓のにも言われたサ」
……
その甘い声音は無意識だろう、多分。
ちいさいのが、ほとんど手放しにゲタ吉を慕っているのはほぼ確定事項だとして
――
その逆、ゲタ吉がちいさいのをどう思っているのかといえば、もうほとんど、親馬鹿と呼べそうな領域に差し掛かっている気がする。
「で、ゲタ吉は元の世界に帰る気がないんだろ? ゲタ吉がここに居続ける気なんだったら、ちいさいのは絶対に一緒にいようとするはずだ、ってね」
「お見通しだなァ。そのうち探偵でもやるか? 高山」
「別に探偵とかじゃなくても、誰でも一目で分かる話だと思うよ
……
」
僕は思わず苦笑した。傍目からも分かりやすくくっついて居たがるちいさいのはもちろん、ちいさいのを傷つけられたときのゲタ吉の形相も合わせて知っていたら、この二人を引き離したらマズいというのは簡単に想像できることで
――
湯のみの番茶を啜っていると、同じように湯のみを手にしたゲタ吉が、小さく呟くのが聞こえた。
「正直なこと言うと、
……
元の世界に帰ったところで、ってのは、俺もちいさいのと一緒なんだヨ」
「一緒?」
そういえば、今日のゲタ吉は珍しく煙草を吸う気配がない。
傷の回復に障るからだろうか。
「前に少し話したよナ、俺がここへ飛ばされてくる直前のこと」
「ああ。人間と妖怪の戦争の最中に、父さんにかばわれた結果だって
……
」
ゲタ吉は湯のみの水面を覗き込んだまま、ぽつぽつと続ける。
「俺の生きてた世界では、水木さんはとっくにいないし、水木さんの墓も消し飛んでるし。それに父さんも、あの状況で生きのびてるとはちょっと思えない。あのとき一緒にいた、ねこ娘たちだって
……
絶望的な戦場のど真ん中で、俺一人だけ、父さんに逃がしてもらったんだ」
絞りだすような声だった。僕も同じように、湯のみを見つめて応える。
「帰ったところで、待っているのは焦土だけ
……
か?」
焦土という言葉が出たのは、やっぱり墓のとの会話を思い出していたからだ。
そう外した表現でもなかったらしく、ゲタ吉がひとつ頷く。
「そういうこと。あのとき父さんは俺に言ったんだ、心のままに生きろって。だったら、俺は
……
誰も居ない焦土の世界に帰るより、ちいさいのの手を握っててやりたい」
小さく、でもはっきりとそう言い切って、ゲタ吉はぐっと湯のみを呷った。そのまま中身を一気に空にして、しずくのこぼれる口元を拭いつつ、僕に問いかけてくる。
「お前は? 高山。お前には、帰る場所も、帰る理由もあるだろ。ひっかかるとすれば
……
沢城、だよナ」
「そうだね
……
」
その名前を出されてしまえば、頷くしかない。
248年という具体的な数字まで出ていることも、ゲタ吉には黙ってろと言われてる。だからやっぱり、僕は少しだけずらして応えた。
「僕は、方法さえあるなら
……
まあ、帰らなきゃいけないよな、って。元の世界のみんなのことを考えても。でもだからといって、ここであったことを、全部忘れてなかったことには
……
できない、から」
沢城くんとの約束。あれも、二人だけの秘密だ。
だから僕はギリギリのところを口にした。
「僕に帰る方法が見つかったとしても、沢城くんの帰る方法が見つかるまでは、ここにいるつもり」
「見届けたい、ってことか?」
「うん。帰れなくなって困ってる友だちを放って逃げ出したら、きっと僕は自分で自分を許せなくなるから」
一瞬の間を置いて、ゲタ吉がにやりと笑った。
「友だち
……
ね。マ、それも間違いじゃアなさそうだけど」
「っ、何だよ」
確かに沢城くんと僕は、友だちというには若干はみ出している仲で
――
隠してる訳じゃない、でも誰かに対して大っぴらに認めたこともなかった。
対応に困る僕を見て、ゲタ吉は笑みの種類を変えた。どこか困ったような苦笑。
「俺、元々が沢城と“同じ”だから、何となく分かっちまうんだけどサ。
……
友だちって言える範囲から、ちょっとでもはみ出してる自覚があるんなら、あんまりあいつを不安がらせるなよ? 」
「え、不安、って
……
何か僕、沢城くんにおかしなこと、」
「いやいや、高山はいたって真っ当だし正しいヨ。逆だ逆、“おかしなこと”してないのが、沢城相手だとかなり問題」
一拍おいて、考えた。でも意味がよく分からない。
「ええっと
……
?」
呟いて湯のみを傾ける僕に、ゲタ吉は更に数秒考えて言葉を続けた。
「
……
好きな相手に執着してもらえないのって、不安だヨ。少なくとも俺はそう、てことは沢城も高確率でそう」
執着という一言にどきりと心臓が跳ねた。僕は沢城くんを縛り付けたいわけじゃ
――
ない、と言い切れるか。
「っ、」
何か気づいちゃいけないような気持ちが疼いた、まるで今日起きた直後の、あのときみたいな。ごまかすように、僕は湯のみを握りしめた。割らない程度に。
続くゲタ吉の声音は、小さく笑っているようにも聞こえた。
「執着って良いことじゃないよナ、重いし。でも、その重さを感じられないって理由で、不安になっちまうことがあるんだヨ。深い仲であればあるほど、ってやつ」
ゲタ吉自身にも、何か心当たりのありそうな口ぶりだった。
でも、そこで寺の玄関口が開く音がして、墓のとちいさいのが帰ってきたので、話はそこで終わってしまった。
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