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沁月
Public
ウ教×ハ♀ 相思相愛 読み切り
百鬼の夜に福来る
MHRウ教×ハ♀。相思相愛。
節分の日の里。
鬼面を着けた不思議な訪問者の話。
1
2
3
4
節分の賑やかさが嘘のように、夜の更けた里の中は、風の音すら聞こえるほどの静寂に満ちていた。
片付けを終えて豆まき、節分は終了。
すっかり観光客の波が引き、里の人々も各々挨拶を交わした後に解散して帰路についた頃。
月光満ちるたたら場前広場に居るのは、今や娘とウツシの二人だけ。
「みんな帰っちゃったし
……
俺たちもそろそろ帰ろうか、愛弟子」
「そうですね、明日もありますし」
最もな現実を語りながら、娘の本心はどうしても名残惜しい。
今日もたくさん助けてもらったのに感謝を伝えることはおろか、何もできていないことがもどかしくて。
娘はウツシの顔を見上げ、彼の腕に手を伸ばした。
「
……
あの、ウツシ教官」
「うん? 何だ
……
いっ?」
ぐい、と強めにウツシを引き寄せた娘は機敏に顔を近づけて、自分の唇で、硬い帷子越しの彼の唇に押し当てるようにして触れた。
珍しく不意を突かれたらしい。
ウツシは瞬く間に耳まで赤くしながら大きく目を見開いている。
そんな彼の顔が見られたことも嬉しくて、月光の下で娘は悪戯っぽく、けれども深い感謝を瞳の中に滲ませた。
「
……
ありがとう、ございました。ウツシ教官。私
……
あなたと一緒に居られて本当に幸せです」
「
……
ま、愛弟子
……
!
…………
ッ!」
自分自身の中の猛る何かを抑え込むように、ウツシがごくりと喉仏を上下させて息を飲む。
目の前で、
月白
げっぱく
の光に煌めく愛する人は、ただただ美しく、愛おしくて。
彼は片手で帷子を下ろすと、そんな娘を抱き寄せ、金色の双眸を固く閉じた。
そのまま、彼女の柔らかな桜色の二枚貝に食らいつく。
「ん 、う
……
!
……
ん
……
!」
くぐもった声を漏らした娘だが、瞳はとろりと歓喜に満ちて、それをゆっくり閉じていく。
暗闇で感じるウツシの唇は生き物のように
蠢
うごめ
いて、何度も何度も
啄
ついば
むように、娘の唇を吸い上げる。
やがて彼の唇が微かに開き、間から、ぬるりと舌が伸びようとした時。
はっとしたように目を見開いたウツシが、撃たれたように顔を離して抱擁を解いた。
「
——
あ、あ
……
! ご、ごめん、俺
……
」
微かな震え声で、明白な動揺を瞳に湛えたウツシに、娘は自らの意思でそっと抱きついた。
鍛えられた分厚い体にしがみつき「謝らないで」と何度も首を横に振り、緩やかに顔を上げる。
ウツシは睫毛を伏せ、力を込めてきゅっと唇を結んだ。
「俺
……
俺の中に、まだ、鬼がいるのかも」
「
……
鬼? ウツシ教官の中に、鬼?」
「ああ。キミを欲しがってしまう、鬼がね
……
」
「
……
ふふふっ
……
!」
娘がふわりと、ウツシに微笑む。
眉を下げ、金色の瞳を天満月の如く輝かせた彼の唇に、娘は優しく人差し指を添えた。
先ほど重ね合わせて
湿潤
しつじゅん
な唇は、可愛らしいほどぷるりとして煌めいていて。
「
……
優しい鬼さん。お会いできて、とっても幸せです
……
」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、ウツシがぱちくりと目を瞬かせる。
偽りなく響いた娘の、鈴を転がすような声に、彼の心は救われるように
凪
な
いでいく。
「
……
優しいね、愛弟子。俺の福の神さま。愛しているよ」
「ふふふ、私もです。私の福の神さま。今日も、ありがとうございました」
互いに視線を絡ませ合って、晴れやかな笑顔を交わして、互いに優しく抱きしめ合う。
軽快に奏られる心音も、蕩けそうな体温も分かち合い、相手を想えば想うほど、水面に波紋が広がる如く、満ちた想いが名残惜しさに切なく震えた。
そんな二人を、
寒気
かんき
が邪魔などできるはずもなく。
やがて二人は半身を切り離すように、ゆっくり、ゆっくりと腕を解き、体を離した。
先にウツシが懸命に口元を綻ばせ、最後まで触れていたいとばかりに娘の頭を緩やかに撫で、目元に寂しさを残して微笑む。
「
……
遅くなっちゃってごめん。また明日、だね」
「はい。
……
おやすみなさい、ウツシ教官」
「おやすみ、愛弟子。ゆっくり休んで、良い夢を見るんだよ」
娘も同じように微笑み、軽く手を振って踵を返す。
明日また会えると頭では分かっているのに、彼女は『別れ』が苦手だった。
だから急いで歩き出す。
たまに振り返って、見送ってくれているウツシに笑顔で手を振りながら。
水車小屋に戻ると、娘は玄関
引戸
ひきど
の前に、こんもりとした小さな影の山を見つけた。
(? あれ
……
何だろう
……
)
駆け寄って見れば、そこにはぼろぼろになった皮袋に入った大量の古びた金貨と、氷に包まれた大きなグンカンガキが山盛りに積まれていた。
「え? ええ? 何これ、一体誰が
……
」
思わず独り
言
ご
ちて、娘の言葉はぴたりと止まる。
みっちりと金貨が詰まった穴の空いた袋の傍らに、見慣れた手袋を見つけたから。
瑠璃色の生地の中、手首の一輪の桜の刺繍が愛らしい娘の手袋。
「
……
これ
……
。
…………
まさか
…………
」
夕暮れに路地裏で出会った、青鬼面の子の姿が鮮やかに蘇る。
手袋を先に拾い上げ、娘は思わずその場で体ごと回転させながら、周囲を見回した。
すると、よく知る気配が急接近していることを察知する。
「おーい、愛弟子ー! さっき挨拶したばかりなのにごめんよー!」
「ウツシ教官?」
短距離でも、翔蟲で軽やかに娘の前に舞い降りたウツシは「ごめんね」と申し訳なさそうに眉を下げ、次第に凛と表情を引き締めていった。
「今さっき、報告があってね。里の近辺で、ゴシャハギが確認されたそうなんだ」
「え、ゴシャハギ? め、珍しいですね、里の近くでなんて
……
」
普段は寒冷群島など、寒いところに生息している彼らがわざわざこんなところにまで降りて来ることは、非常に稀だ。
娘の言葉にウツシが「そうなんだよねえ」と怪訝に同調しつつ、緩やかに腕を組む。
「そのゴシャハギ、報告によると子連れらしいんだ。一直線に寒冷群島方面へ向かっているそうだから、近辺に危害を加えることはなさそうだけど
……
まあ一応、警戒はしておいてねって話のようだよ」
「そうでしたか、ありがとうございます。
……
でも
……
」
ちらりと娘が玄関引戸前の山盛りの金貨とグンカンガキの山を一瞥すると、それにウツシも気付いたようで「うわあ!?」と素直に声を上げた。
「凄いじゃないか! まるで宝の山だね!? どうしたんだい?それ」
「帰ってきたら置いてあって
……
多分、お礼です。
……
この子からの」
「え?」
不思議そうに目を瞬かせるウツシに、娘が手袋を見せる。
瑠璃色の桜刺繍、夕暮れに出会った青鬼面の子に彼女が渡したはずのもの。
ウツシも覚えていたらしく、彼は「えっ」と先ほどよりも驚いた様子で声を漏らしながら、改めて『宝の山』を確認する。
「その金貨に、グンカンガキ
……
。どちらも寒冷群島にあるもの、だね
……
? ゴシャハギは寒冷群島に普段生息していて
……
」
「
…………
え? じゃあ、まさか、もしかして、あの子
……
」
娘とウツシが、呆然として顔を見合わせる。
白いふさふさとした外套に、帽子。
ぴったりと、青鬼面を着けて。
二人の少年たちに危害を加えることも、決して、喋ることもなく。
確認されたゴシャハギは、一直線に寒冷群島に向かっていて、尚且つ、子連れ。
(
——
まさか、あの子の手が冷たかったのって
……
!)
そもそも、人ではなかったとしたら。
娘はそこまで考えて「ふふっ」と笑みを零し、思考をやめた。
鬼の顔をしたモンスター、人よりも優しき、無垢な心。
「
…………
。ウツシ教官。グンカンガキ、こんなに食べきれないので少しどうですか?」
「え、いいの? 」
「もちろん。
……
あの子、きっと教官にも持って来たかったはずですよ」
「そうかな? じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
朗らかに、娘とウツシが笑顔を交わして『宝の山』の前にしゃがみこむ。
氷塊のように凍りついたグンカンガキはどんどん溶けて、地面に大きな水溜まりを作っていった。
息は白いが、以前と比べて夜も随分と温かくなりつつある。
節分が終われば、明日から春のはじまり。
「そうだ教官、明日一緒に牡蠣鍋とかどうですか?」
「おっ! いいねえ。去りゆく冬を名残惜しんでやろうか」
ひゅう、と音を立てて
凱風
がいふう
が吹き、笑い合う二人を撫でていく。
たたら場前広場の地面に残っていた福豆が、ころころと風に転がって、やがて見えなくなっていった。
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