百鬼の夜に福来る

MHRウ教×ハ♀。相思相愛。
節分の日の里。

鬼面を着けた不思議な訪問者の話。



陽の光があっても薄暗い、路地裏。
そこには青鬼の面をしっかりと顔に着け、羽根のようにふわふわとした白の帽子とお揃いの外套 がいとうを羽織った子どもが、豆の少ない升を片手におかめの面を頭に着けた二人の少年にすっかり奥まで追い詰められていた。

全員、里の子ではない。

「おまえ! 何でさっきから全然しゃべらないんだよ!」
「変なカッコウしやがって! おまえ、ホンモノの鬼だろ!? 」

怒声と言うより罵声に近いものを浴びせられながら、おかめの面を頭に着けた二人の少年に詰め寄られる青鬼面の子は、彼らの方を向いて家屋の壁と闇を背に うつむき、表情も見えず何も答えない。

「おいっ! なんか言ってみろよっ!」
「言い返さないってことは、やっぱりホンモノの鬼だっ!」

おかめの面を着けた二人の少年が、自身の持っていた升から、躊躇いなく豆を掴み取る。

そんな光景を前にしても、青鬼面の子は何もせず、何も答えなかった。
一瞬だけ二人の少年の方に機敏に顔を向けたので何か言いたそうにしていた様子はあるが、それは大人であってもよく観察しなければ分からない微かな主張。

それに気付けるわけもない二人の少年は、豆を握った手を無情に振り上げた。

「きもちわるいやつ! やっちまえっ!」
「鬼は外ッ!」

鬼面の子が、びくんと体を震わせる。
無抵抗の子へ向けて弾丸の勢いで投げつけられた豆。

だが、それが彼に当たることはなかった。

「やめなさいっ!」

鋭い声と共に上空から『猛き炎』たる娘が、勢い良く降り立つ。

彼女は青鬼面の子を咄嗟に抱きしめ、その背で彼の代わりに弾を受けた。
ウツシが言うように豆も全力で投げられれば痛いものだと実感しつつ、彼女は腕の中の、ふわふわの白い帽子と外套がほんの少しだけくすぐったい青鬼面の子へ柔らかに微笑みかける。

「大丈夫? どこか痛くしてない?」
…………

やはり表情の見えない青鬼面の子だが、憂う娘の温かな澄声とその笑顔は見えているのか、ゆっくりと、ぎこちなく頷いた。
良かった、と娘がほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。

「おいっ! なんでジャマすんだよ!」
「おまえも鬼の仲間か!」
「ま、待ちなさい、この子が何をしたの? 何もしていないでしょう!?」

青鬼面の子を腕の中に収めたまま、娘が二人の少年の顔を見やる。

その瞬間、彼女の背にぞわりと冷たいものが走った。

子どもとは思えぬ、どろりとした黒い憎悪。
共存を突き放す、嫌悪感。

「何もしゃべらないし、変なカッコウだし! 気持ちわりぃんだよ!ソイツ!」
「ずーっと広場をウロウロしてたし! そういう変なのがいると、楽しいキブンが台無しだろ!」
「ほ、本気で……言ってるの……!?」

愕然 がくぜんと震え声で尋ねる娘に、二人の少年は迷い無く「当たり前だ」とでも言いたげに頷いた。
彼らは再び升の中に小さな手を突っ込んで、豆を握りしめる。

「どかないなら、おまえも鬼のナカマだ!」
「ジャマすんな! まとめて追い払ってやるっ!」
「く……!」

娘が唇を噛み締め、眉間に皺を寄せて苦しげに表情を歪めた。

反撃することは容易い。
実に容易いが、相手は子ども。
ならば撤退を、と考えたものの、それもできない。

自分一人ならまだしも、腕の中の青鬼面の子を抱えたまま翔蟲で飛び上がるには狭い路地裏、屋根が邪魔だった。

ならば、残された選択は一つ。

「!」

びくん、と再び青鬼面の子が驚いたように体を震わせる。
娘が再び自分の体を盾として、先ほどよりも少々強く彼を抱きしめたからだった。

「大丈夫だよ、私がついてるから。キミは何も悪くないよ」

娘の囁き声は状況にそぐわず、とても落ち着いていて、 さざなみのように穏やかな声音だった。
やはり何も答えない青鬼面の子だが、面の向きを見れば彼女をじっと見つめている。

背中からまた弾丸を浴びることを覚悟し、娘は静かに瞼を下ろした。

二人の少年の目は本気だ。
排除の欲求が満たされない限り、この青鬼面の子を打ちのめすことを止めないだろうと彼女は確信している。

長い忍耐になるだろうと考え、背中で空気が震えたことを感じて覚悟を決めた、刹那。

……あっ……!?」

少年の驚声と共に、ぱらぱらぱらと豆が地面に散らばっていく、乾いた音。

同時に娘も、自分の背中に大きな壁のような熱を感じた。
この熱を、この気配を、彼女が察しないはずもなく。

目を開いて振り返れば、そこには見慣れた大きな背中。
今日だけは主役になれず、腰で揺れるジンオウガ面は、どこか愛らしくさえ見える。

「ウツシ教官っ……!」

追って来てくれると確信していた娘だが、やはり実際に彼が目の前に居るという安心感は凄まじい。

彼女は名を呼びかけたが、ウツシは振り返らず二人の少年の方を向いたままだった。
彼は娘と彼女が抱きしめる青鬼面の子を襲った豆の弾丸に、正面から盾となったようだ。

「お、おまえ、見たことあるぞ……!? こ、この里の人だろ……!?」
「なんで、この里の人が、鬼のミカタなんかするんだよっ!?」

先ほどの威勢はどこへやら、二人の少年が籠り声で呟き動揺しながら一歩だけ後退すると、彼らの頭に着いていたおかめの面がずれ動いた。
二人の少年の問いに、ウツシは場違いなほど穏やかに目を細めて、微笑んで見せる。

「はてさて。今、ここに居る鬼は……人の目には見えないものだね」

娘の視線を背で感じながら静かに告げたウツシの言葉に、二人の少年が目を丸くする。
彼らは あざけるように鼻を鳴らした。

「は、はあ……!? 鬼は、そこだろ……!?」
「何言ってんだ、おまえ……!」
……鬼とは、人の心に巣食うものということさ」

ウツシの目元から、笑顔が消える。
彼は雄々しく、堂々と、その場から動かぬまま凛と真っ直ぐ、二人の少年を見つめた。

「無害な相手に心無い言葉をぶつけ、力をぶつけ、強引に排除しようとすること。それは果たして鬼かな、福かな? よぉーく、考えてごらん」
…… !?」

鼓膜どころか心臓まで震えそうな、貫禄に溢れたウツシの低声に驚いたのか、二人の少年は息を飲んで顔を見合わせる。
そんな彼らに向けて、ウツシは目を三日月に細めた笑顔で両手を広げると、一歩、さくりと地面を鳴らして進み出た。

「考えて、それでもぶつけようと言うのならそれも構わない。だが、俺にぶつけなさい! 言っておくけど……俺、この里の教官だから強いよ。ちょっとやそっとじゃ、追い払えないぞ!」

教官、の言葉の意味はさすがに分かったらしい。
二人の少年は分が悪いことを判断したのか「チッ!」と舌打ちをした後に踵を返し、二人で一緒に走り去って行った。

……やれやれ。悲しいね……俺の言葉を分かってくれる日が来れば良いけれど」

ふう、と深くため息をつきながら二人の少年を見送った後、ウツシは軽やかに娘と彼女が抱きしめる青鬼面の子の方に振り返った。

「二人とも、大丈夫? 異様な空間で怖かっただろう、怪我はないかい?」
「大丈夫です、ありがとうございます」

答えながら娘は内心、ほっと息をついていた。
子どもの目にも分かりやすい強者 ツワモノであるウツシが来てくれたことによって状況が変化し、自分たちは助かった。

彼に守ってもらったのだと痛感しながら腕の抱擁を解いた娘は、中に収めていた青鬼面の子と面を基準に目線の高さを合わせてしゃがみ覗き込む。

「もう大丈夫だよ。怖かったね、ごめんね」

里の子の仕業 しわざでないとは言え、せっかく里に来てくれたのに、怖い思いをさせてしまった。

そんな気持ちから飛び出た娘の謝罪にも、青鬼面の子は何も答えない。
無言のままで分かりづらいが、先ほどよりは怯えた様子もなく、大分 だいぶ落ち着きを取り戻したようだ。

「ねえ、お父さんとかお母さんは? もし迷子になっちゃったなら私、一緒に探すよ?」

ねえ、と娘が青鬼面の子の手に触れようとした刹那。
今までで最も驚いたように体を震わせた青鬼面の子は、彼女の手をぱしん、と音を立てて払い除けてしまう。

「冷たっ……!? 手、何でこんなに……!?」

思わず、娘が声を漏らした。
ウツシは一瞬眉を顰めるも、立ったまま何も言わずに様子を見守り続けている。

初めて大きな反応を見せた青鬼面の子に手を払い除けられたことなど、娘は全く気にしていない様子で、そんな彼女の目線は真っ直ぐその子の手に向けられた。

「さ、寒かったんだね!? ね、ねえ、良かったらこれ使ってっ……!」

慌てて、娘が自分の腰に着けていた小さな革鞄 かばんから取り出したのは、冬は常に持ち歩いている瑠璃色をした手袋。
手首付近に小さな桜の刺繍が施してあって本人もお気に入りの品だったが、そんなことはお構い無しに、彼女は青鬼面の子の手の中に手袋を押し込める。

本当は着けてあげたかったが払い除けられてしまいそうなので、そんな時ばかり英雄『猛き炎』の力強さを発揮して。

「それ、あげる! 冬に使ってよ、温かいから!」
………………

青鬼面の子は手の中に押し込められた手袋を払い除けたり捨てたりすることなく、それと目の前で揺れる灯火のように、柔らかく温かな娘の笑顔を交互に見つめていた。

何の躊躇いもなく「良かったら」と自分の物を差し出した彼女に、無言ながら驚いているようだ。

青鬼面の子は娘の手袋を固く握りしめると、彼女と、そしてじっと見守ってくれているウツシの顔を順に、ゆったりと確認するように見つめた。
改めて娘が微笑むより先に、青鬼面の子は、脱兎のように走り出す。

「あっ……!」

思わず声を漏らした娘だが、無理に引き止めることも追いかけることもしない。

青鬼面の子はウツシの横を駆け抜けたのだが、彼も特に声をかけたり手を伸ばしたりすることはなかった。
その様子を、冷静な観察の目で追い、無言を貫いている。

先ほど逃げて行った二人の少年を思い出すような勢いで去って行った青鬼面の子は、姿が見えなくなる直前に一瞬止まって、娘の方に振り返る。

落ち着かない様子で顔を振っており、何か言いたそうにしていたが、やはり言葉が聞こえてくることはなく。
青鬼面の子の姿は、やがて角を曲がって、見えなくなってしまった。

……行っちゃった……大丈夫かな……

立ち上がりながら、娘はまだ心配そうに眉を下げ、声を漏らす。

そんな彼女を、正確には彼女と青鬼面の子の様子をずっと無言で見守っていたウツシが、ようやく「大丈夫さ」と彼らしからぬ小声で、非常に静かに同調した。

「走って行く様子そのものに迷いはなかったし、行先は定まっているようだったからね。きっと親御さんに会えるさ、大丈夫だよ」
……そう、ですよね。きっと会えますよね」

里の子でなければ、観光客。
今日はたたら場前広場に人が集中しているので、とりあえず広場に戻れば会えるだろう。

二つの悪意に晒されても目立った抵抗をすることなく、二人を傷つけることもなかった青鬼面の子の震える姿は、彼女の心に澄み渡る風を吹かせる。
冷たい体をしたあの子の中に、鬼は居ない。

娘は改めてあの子が手袋を使ってくれればと願いつつ「ふう」と自分自身を整えるように息を吐き、ウツシの方へ改めて顔を向けた。

「ウツシ教官、来てくださってありがとうございました。結構痛かったでしょう? 大丈夫ですか?」
「ハッハッハ! 大丈夫だよ! 俺よりも……キミだ」

快活に告げた前者とは対照的に、甘く抜けるように後者を低く囁いたウツシは、娘の腕を優しく引き寄せ、「わ」と声を上げた彼女に構わず、自分の腕の中にすっぽりと収めた。

「ウ、ウツシ教官っ……? わ、私、大丈夫ですよ……!?」
「本当に? 怖かったろう。あれほど間近で人の中の鬼を、悪意を目にしたのだからね」
「!」

全て見透かしているようなウツシの言葉に、娘はどきんと心臓を震わせる。
怖かったろう、という彼の言葉はあまりにも的確で、子どもとは思えぬ絶対零度を浴びて震える娘の心を優しく包み込んだ。

…………教官は……いつも、優しいですね」

安らぎの吐息混じりに、娘がウツシの腕の中で呟く。

ウツシは「キミこそ」と片手で娘の頭を撫でた。
ねぎらうような、何も心配いらないと安心させるような。
そしてもう一つ、愛する人の存在を確かめ、無事を喜び愛でる手つき。

「キミにもらった優しさだ」

娘を抱きしめる腕に、ウツシがほんの少しだけ力を込める。
寒さを通さない熱いほどの腕の中で彼女は「そんなこと」と首を横に振り、彼の胸にぴたりと耳をくっつけた。

とくとくとく、と聞こえる心臓の音は早鐘 はやがねを打っていて、その速度に、娘は彼の自分に向けられている想いの深さを感じ、甘く胸が締め付けられる。

青鬼面の子を抱きしめ守り、他に最適な手段が浮かばなかった自分たちを守ってくれたウツシの背中。
守護の意志に満ち満ちたあの広い背中を思い出すだけで、娘の心は安堵で温まる。

彼はいつもそうだ。
幼い頃からずっと見守り、大事な時に必ず助けて守ってくれる。
そしてたくさんの笑顔と幸せをくれる。

(あなたはずっと、私の福の神さまですね)

口に出さず胸の奥で呟いた娘が、ウツシの背にそっと腕を回す。
そのままゆらりと顔を上げれば、互いの視線は必然的に熱く絡まり合って。

白い吐息が重なり、名を呼び合おうと唇が動きかけた刹那。

「おーーいっ! ふたりとも、そんなところにいたのー!?」

後方から響く、寒さも甘さも吹き飛ばす元気な声。

娘とウツシが、夢から覚めたように即座に身を解き離す。

覚醒した二人の背中に、路地の入口から兎のように飛び跳ねながら声をかけたのは、おかめの面を頭に着けた茶屋のヨモギ。

「そろそろ解散になっちゃうよー! みんなで歳の数だけ食べよー!」
「うん! 今行くよ、ヨモギちゃん!」

溌剌 はつらつと返答したウツシに「待ってるねー!」と改めて呼びかけてから、ヨモギはたたら場前広場へと駆け戻って行った。

里の人々に関係を隠しているわけではないが、ウツシの腕の中に居た瞬間を見られたであろうことが何となく気恥ずかしくなった娘の顔には、 またたく間に熱が集う。

いつの間にか、里には宵闇が広がり、更に寒さは鋭くなっていた。

そんな中で湯気が立ちそうなほど沸騰顔をした娘は、それを隠すようにウツシの横を駆け抜けて行く。

「み、みんな待ってくれてるみたいですし! も、戻りましょうか、教官!」
「ああ、そうだね……って、あ、ちょっと愛弟子! そんな全力で!?」

体能力は他の追随を許さぬ英雄『猛き炎』の見事な走りと、ガルクも真っ青の速度。

路地裏に残されたウツシは目を丸くして驚いたものの、すぐに彼女の背からそれが照れ隠しであることを察して「可愛いんだから」と声を漏らした。

娘が背が角を曲がって姿が見えなくなった刹那、不意に彼の表情からは笑顔が消える。
里の教官、 おさの懐刀たる彼の瞳には、先ほどの青鬼面の子の姿が揺れていた。

(──あの子は……本当に、人の子、だろうか)

あの子は姿を消してしまい、今や気配もないのでもはや確認することは叶わない。
自分を罵っていた二人の少年にさえ危害を加えるような様子はなかったので、あの子そのものに悪意がないことは確かだろう。

娘から手袋をもらった瞬間のあの子は、強いて表現するならば驚喜に満ち、それをどう相手に伝えれば良いか分からない様子だった。

(人より遥かに素直で、無垢な存在だったのかもしれないな)

もはや答えの出ない疑問に自分なりの終止符を打ってから、ウツシは軽やかに翔蟲を宙に放つ。
愛する人の背を、自分を待つ人々が集まるたたら場前広場へと向かった。

@acadine